第7話「秘密の同盟」
王宮に到着したのは、日が沈む頃だった。
巨大な門が開かれ、馬車は静かに王宮の中庭に入っていく。石畳の道、整備された庭園、そびえ立つ塔。すべてが、フェリシアの屋敷とは比べ物にならないほど壮麗だった。
「ここが、王宮です。」
ライオスが馬車から降りながら言った。
「今日から、君の家だ。」
フェリシアは馬車から降り、王宮を見上げた。
本当に、自分がここにいていいのだろうか。
「迷っているな。」
リオールが笑う。
「遠慮するな。ライオスが言ったんだ。ここは君の家だ。」
「でも、私は。」
「何も心配いらない。」
ライオスが前を歩き出した。
「まず、父上に会う。すべてを説明しなければならない。」
三人は王宮の中へと入っていった。
―――
謁見の間は、荘厳な雰囲気に満ちていた。
高い天井、壁に掲げられた歴代国王の肖像画、そして奥の玉座に座る現国王、オズワルド・ヴェルディアント。
五十代半ばの国王は、威厳に満ちた表情でライオスたちを見つめていた。
「ライオス、話があると聞いた。」
「はい、父上。」
ライオスは膝をつき、フェリシアとリオールもそれに倣った。
「アイテール伯爵家に関する重大な件です。」
ライオスは、これまでの経緯を説明し始めた。
フェリシアにかけられた呪い。クロスの犯した罪。レーナの死の真相。
国王は黙って聞いていた。時折眉をひそめ、時折深いため息をついた。
「なるほど。禁術の使用か。」
国王は玉座から立ち上がった。
「それが事実なら、重罪だ。リオール、お前は魔法使いとして、その呪いを確認したのだな。」
「はい、陛下。」
リオールが答える。
「フェリシア・アイテール嬢にかけられた呪いは、生贄の呪術と呼ばれるものです。極めて高度で、悪質な魔法です。」
「その呪いは、解けるのか。」
「解けます。しかし、危険が伴います。」
「どのような?」
「呪いを解く過程で、フェリシア嬢の命が危険にさらされる可能性があります。」
国王は、フェリシアを見た。
「娘よ、お前は呪いを解くことを望むか。」
フェリシアは顔を上げた。
国王の目は、鋭いが温かかった。
「はい、陛下。」
「危険を承知で?」
「はい。私は、この呪いから解放されたい。そして、もう誰も傷つけたくありません。」
国王は頷いた。
「よかろう。ライオス、お前はこの娘を助けたいのだな。」
「はい、父上。」
「ならば許可する。アイテール伯爵の調査を開始せよ。そして、この娘を王宮の保護下に置け。」
「ありがとうございます、父上。」
国王は再び玉座に座った。
「フェリシア・アイテール、今日からお前は、王宮の客人だ。安心して過ごすがよい。」
「ありがとうございます、陛下。」
フェリシアは深く頭を下げた。
―――
謁見の間を出ると、ライオスは大きく息をついた。
「よかった。父上が理解してくださって。」
「ああ、これでフェリシアは安全だ。」
リオールも安堵の表情を浮かべた。
「さて、次は部屋の手配だな。」
「もう手配してある。」
ライオスが笑う。
「俺の部屋の近くに、客室がある。そこを使ってくれ。」
「王子様の部屋の近く、ですか。」
フェリシアは驚いた。
「ああ。何かあった時、すぐに駆けつけられるからな。」
「それに、俺の研究室もそう遠くない。」
リオールが付け加える。
「いつでも訪ねてきていい。」
二人の気遣いに、フェリシアは胸が温かくなった。
「ありがとうございます。」
「礼には及ばない。さあ、部屋に案内しよう。」
三人は廊下を歩いた。
すれ違う使用人たちは、フェリシアを見て驚いた表情を浮かべる。しかしアイテール家の使用人たちとは違い、恐怖の表情ではなかった。好奇心と、少しの戸惑い。
「噂はすぐに広まるだろうな。」
ライオスが苦笑する。
「不幸な令嬢が、王宮に来たと。」
「構いません。」
フェリシアは首を横に振った。
「もう、噂を恐れる必要はありませんから。」
「その通りだ。」
リオールが頷いた。
「君は、もう一人じゃない。」
―――
案内された部屋は、フェリシアが想像していたよりもずっと広く、美しかった。
大きな窓からは庭園が見え、天蓋付きのベッド、立派な家具。アイテール家の自室とは、比べ物にならない。
「ここが、私の部屋、ですか。」
「ああ。気に入ったか?」
ライオスが尋ねる。
「はい、とても。でも、こんな立派な部屋、私には。」
「遠慮するな。」
リオールが窓辺に立った。
「君は、これから呪いと戦うんだ。少しでも快適な環境で過ごすべきだ。」
「それに。」
ライオスが微笑んだ。
「君は、俺たちの友人だ。友人には、最高のもてなしをする。」
友人。
またその言葉。
フェリシアは、涙が出そうになるのを必死でこらえた。
「ライオス様、リオール様。」
「ん?」
「私、本当に夢を見ているのではないかと。」
フェリシアは二人を見つめた。
「数日前まで、私は屋敷に閉じ込められていました。誰も話しかけてくれず、誰も優しくしてくれなかった。」
「フェリシア。」
「それが今、王宮にいて、王子様と魔法使い様が友人だと言ってくれて。」
フェリシアの声が震える。
「こんなこと、本当にあるのでしょうか。」
ライオスは、フェリシアの肩に手を置いた。
「これは夢じゃない。現実だ。」
「ああ、そして君は、幸せになる権利がある。」
リオールも頷く。
「これから、辛いこともあるだろう。呪いを解く過程は、決して楽ではない。」
「でも、俺たちがいる。君を一人にはしない。」
二人の言葉に、フェリシアはついに涙を流した。
「ありがとうございます。本当に。」
―――
その夜、フェリシアは一人で部屋にいた。
ベッドに座り、窓の外を見る。月が昇り、庭園を照らしている。
静かな夜。
でも、孤独ではない。
廊下の向こうには、ライオスがいる。少し離れた場所には、リオールがいる。
初めて、自分が守られていると感じた。
ドアがノックされた。
「フェリシア、入っていいか。」
リオールの声だった。
「はい、どうぞ。」
リオールが入ってきた。手には、何冊かの本を持っている。
「眠れないだろうと思って。」
「はい、少し。」
「俺もだ。」
リオールは椅子に座った。
「フェリシア、明日から本格的に調査を始める。」
「はい。」
「君にも、協力してもらいたいことがある。」
「何でも言ってください。」
リオールは本を開いた。
「母親、レーナについて。君が知っていることを、すべて教えてほしい。」
「でも、私は母に会ったことがありません。」
「それでもいい。屋敷に残されていた遺品、使用人から聞いた話、何でもいい。」
リオールは真剣な表情だった。
「レーナは強力な魔力を持っていた。そして、娘を守るために首飾りに魔法を込めた。彼女について知ることが、呪いを解く鍵になるかもしれない。」
フェリシアは頷いた。
「わかりました。覚えている限り、お話しします。」
「ありがとう。」
リオールは本を閉じた。
「フェリシア、怖くないか?」
「え?」
「これから起こること。呪いを解く過程。もしかしたら、命を落とすかもしれない。」
フェリシアは少し考えてから、答えた。
「怖いです。でも。」
「でも?」
「それでも、このままでいたくありません。」
フェリシアは母の首飾りを握った。
「もし呪いが解けたら、私は普通に生きられる。人を傷つけずに、笑って、友達を作って。」
「ああ。」
「それができるなら、危険を冒す価値があります。」
リオールは微笑んだ。
「強いな、君は。」
「そんなことありません。ただ。」
フェリシアは窓の外を見た。
「もう、閉じ込められたくないだけです。」
「わかった。なら、俺は全力で君を助ける。」
リオールは立ち上がった。
「約束する。必ず、呪いを解く。」
「リオール様。」
「そして、君が普通に笑える日を、必ず実現させる。」
その言葉に、フェリシアは深く頷いた。
「お願いします。」
リオールが部屋を出た後、フェリシアは再び窓辺に座った。
月が、静かに輝いている。
母の首飾りが、微かに温かい。
「母上、見守っていてください。」
小さく祈る。
これから、長い戦いが始まる。
呪いとの戦い。父との戦い。そして、自分の過去との戦い。
でも、恐れることはない。
なぜなら、今は仲間がいるから。
ライオスとリオール。二人が、共に戦ってくれる。
フェリシアは、初めて王宮で眠りについた。
不安はあった。
でも、それ以上に希望があった。
明日から、新しい戦いが始まる。
自分の人生を取り戻すための、戦いが。
月明かりが、フェリシアを優しく照らしていた。
まるで母が、娘を見守るように。
そして遠く離れた修道院では、ポリーが妹のことを想い、祈りを捧げていた。
すべては、これから動き出す。
フェリシア・アイテールの、本当の物語が。




