第43話「和解と許し」
真実が露呈してから三日後、王宮では大規模な茶会が開かれた。
多くの貴族の令嬢たちが集まる、重要な社交の場だ。
フェリシアも、エミリアとポリーと共に出席していた。
「緊張しますね。」
エミリアが囁いた。
「ええ。」
フェリシアは頷いた。
「でも、これで全て終わります。」
今日、ロザリンドが公の場で謝罪をすることになっていた。
会場には、既に多くの令嬢たちが集まっていた。
皆、今日何が起こるのか、薄々気づいているようだった。
ひそひそと話す声が、あちこちから聞こえる。
「ロザリンド様が、何か発表されるそうよ。」
「フェリシア様への謝罪だって聞いたわ。」
「まあ、本当に?」
マリアンヌ侯爵夫人が、フェリシアに近づいてきた。
「フェリシア様、お元気そうで何よりです。」
「マリアンヌ様。」
フェリシアは微笑んだ。
「あなたの優しさに、皆感動していますわ。」
マリアンヌは小声で言った。
「ロザリンドを許すなんて。普通の人にはできないことです。」
「いいえ。」
フェリシアは首を振った。
「憎しみを持ち続けることの方が、辛いですから。」
その時、会場がざわついた。
ロザリンドが入ってきたのだ。
彼女は、いつもの華やかなドレスではなく、質素な灰色のドレスを着ていた。
髪も簡素にまとめられ、化粧も控えめだった。
まるで、罪を償う者の装いだった。
ロザリンドは会場の中央に立った。
「皆様。」
彼女の声は、いつもの自信に満ちたものではなく、震えていた。
「本日、私はここに、重大な告白と謝罪をするために参りました。」
会場が静まり返った。
全員が、ロザリンドに注目している。
「私は...フェリシア・ルミナス様に対して、許されない行為をいたしました。」
ロザリンドは深く息をついた。
「彼女のウェディングドレスの注文を妨害しようとしました。そして、彼女についての悪質な噂を、意図的に流しました。」
会場から、驚きの声が上がった。
「なぜ、そのようなことを...。」
一人の令嬢が尋ねた。
「嫉妬です。」
ロザリンドははっきりと答えた。
「私は、リオール・ルミナス様を慕っておりました。しかし、彼はフェリシア様を選ばれました。」
彼女は顔を上げた。
「それが受け入れられず、フェリシア様を貶めれば、リオール様が私を選んでくださると...そんな愚かな考えを持ってしまいました。」
ロザリンドは、フェリシアの方を向いた。
「フェリシア様。」
彼女は、会場の全員が見ている前で、深く頭を下げた。
「私の行為は、卑劣で、許されないものでした。あなたを深く傷つけました。どうか、お許しください。」
会場は静まり返っていた。
フェリシアは立ち上がった。
そして、ロザリンドに近づいた。
「顔を上げてください、ロザリンド様。」
フェリシアは優しく言った。
ロザリンドは顔を上げた。その目には涙が溢れていた。
「あなたは、勇気を持って真実を語りました。」
フェリシアは言った。
「それは、とても難しいことです。私は、あなたの勇気を認めます。」
彼女はロザリンドの手を取った。
「そして、あなたを許します。」
会場から、どよめきが起こった。
「フェリシア様...。」
ロザリンドは涙を流した。
「ありがとうございます。本当に、ありがとうございます。」
「ただし。」
フェリシアは続けた。
「もう二度と、このようなことをしないと約束してください。」
「誓います。」
ロザリンドは強く頷いた。
「二度と、嫉妬に狂って他人を傷つけることはいたしません。」
フェリシアは微笑んだ。
「では、これで全ては終わりです。」
彼女は会場の全員に向かって言った。
「皆様にも、ご心配をおかけしました。でも、もう大丈夫です。真実は明らかになりました。」
マリアンヌが拍手を始めた。
他の令嬢たちも、次々と拍手をした。
それは、フェリシアの寛大さと、ロザリンドの勇気、両方への拍手だった。
―――
茶会が終わり、ロザリンドはフェリシアに話しかけてきた。
「フェリシア様、少しお時間をいただけますか?」
「はい」
二人は、静かな中庭に移動した。
ロザリンドは、長いこと黙っていた。
そして、ゆっくりと口を開いた。
「私、ずっと考えていたんです。」
「何をですか?」
「なぜ、リオール様があなたを選ばれたのか、と。」
ロザリンドは言った。
「私は優秀な魔法使いです。魔法理論も深く理解しています。リオール様と対等に語り合えると思っていました。」
彼女は自嘲的に笑った。
「でも、それは傲慢だったんですね。」
「ロザリンド様...。」
「あなたを見ていて、わかりました。」
ロザリンドはフェリシアを見た。
「リオール様が求めていたのは、魔法の知識ではなかった。優しさ、強さ、そして人を思いやる心だった。」
彼女は続けた。
「あなたは、私を陥れようとした相手を、許すことができる。それは、私には絶対にできないことです。」
「そんなことは...。」
「いいえ。」
ロザリンドは首を振った。
「私は、自分の優秀さに驕っていました。知識があれば、何でもできると思っていました。」
彼女は空を見上げた。
「でも、一番大切なものを、私は持っていなかった。」
「ロザリンド様は、優しい方です。」
フェリシアは言った。
「今日、勇気を持って謝罪されました。それは、優しさがなければできないことです。」
ロザリンドは驚いた顔をした。
「私が...優しい?」
「はい。」
フェリシアは頷いた。
「過ちを認め、償おうとする。それは、本当の優しさです。」
ロザリンドの目に、また涙が浮かんだ。
「ありがとうございます。」
彼女は小さく笑った。
「あなたと、もっと早く友人になれていれば良かった。」
「これから、友人になりましょう。」
フェリシアは手を差し伸べた。
ロザリンドは、その手を取った。
「はい。もし、あなたが許してくださるなら。」
二人は握手をした。
かつての敵が、今は友となった。
―――
その夜、フェリシアはリオールに報告した。
「ロザリンド様と、和解しました。」
「そうか。」
リオールは微笑んだ。
「君らしいな。」
「彼女、明日、王都を離れるそうです。」
フェリシアは言った。
「一年間、故郷で静かに過ごすと。」
「それがいいだろう。」
リオールは頷いた。
「彼女も、自分と向き合う時間が必要だ。」
フェリシアは窓の外を見た。
「今日、ロザリンド様が言っていました。私には、優しさがあるって。」
「当然だ。」
リオールは彼女を抱き寄せた。
「君は、誰よりも優しい。」
「でも、私、そんなに優しくないです。」
フェリシアは言った。
「本当は、ロザリンド様を許せない気持ちもありました」
「それは当然だ」
リオールは言った。
「彼女は、君を深く傷つけた。」
「でも。」
フェリシアは続けた。
「憎しみを持ち続けることの方が、辛いと思ったんです。」
彼女はリオールを見上げた。
「それに、ロザリンド様も苦しんでいました。その苦しみを、私は少しだけ理解できました。」
「君は、本当に成長したな。」
リオールは優しく言った。
「初めて会った時の、怯えた少女はもういない。」
「あなたのおかげです。」
フェリシアは微笑んだ。
「あなたが、私を変えてくれました。」
二人は静かにキスをした。
優しく、温かいキス。
―――
翌朝、ロザリンドは王都を離れることになった。
フェリシアは、エミリアと共に、彼女を見送りに来た。
馬車の前で、ロザリンドは振り返った。
「フェリシア様。」
「はい。」
「本当に、ありがとうございました。」
ロザリンドは深く頭を下げた。
「あなたの優しさを、私は一生忘れません。」
「お元気で、ロザリンド様。」
フェリシアは微笑んだ。
「一年後、また会いましょう。」
「はい。」
ロザリンドも微笑んだ。
「その時は、もっと良い人間になって戻ってきます。」
彼女は馬車に乗り込んだ。
馬車が動き出す。
ロザリンドは窓から手を振った。
フェリシアも、手を振り返した。
馬車が見えなくなるまで、二人は手を振り続けた。
「良かったですね。」
エミリアが言った。
「ええ。」
フェリシアは頷いた。
「これで、本当に全てが終わりました。」
彼女は空を見上げた。
青く晴れ渡った空。
雲一つない、美しい空。
長い嵐が、ようやく終わった。
これからは、幸せな日々だけが待っている。
―――
その日の午後、フェリシアは王宮の庭園を歩いていた。
月光のバラが、美しく咲いている。
「母上。」
フェリシアは花に触れた。
「全て、うまくいきました。」
風が優しく吹いた。
「ロザリンド様とも和解できました。もう、誰も傷つけることはありません。」
首飾りが、温かく光った。
母も、きっと喜んでくれている。
「あと二ヶ月で、結婚式です。」
フェリシアは微笑んだ。
「母上、見守っていてくださいね。」
その時、後ろから声がした。
「フェリシア。」
ライオスだった。
「ライオス様。」
「一人で何を?」
「母と話していました。」
フェリシアは微笑んだ。
ライオスは優しく頷いた。
「そうか。ところで、君に話がある。」
「何ですか?」
「実は」
ライオスは少し照れくさそうに言った。
「あの証拠を送ったのは、私だ。」
「え?」
フェリシアは驚いた。
「ライオス様が?」
「ああ。」
ライオスは頷いた。
「調査をして、ロザリンドの手紙を集めた。そして、匿名で送った。」
「なぜ、匿名で?」
「直接証拠を突きつけるよりも、ロザリンド自身に自白させた方が良いと思ったんだ。」
ライオスは説明した。
「そして、その判断は正しかった。」
フェリシアは感動した。
「ありがとうございます、ライオス様。」
「礼には及ばない。」
ライオスは微笑んだ。
「君は私の大切な友人だ。友人を守るのは、当然のことだ。」
フェリシアは涙ぐんだ。
「私、本当に幸せです。」
彼女は言った。
「こんなにも多くの人に、支えられて。」
「君が、それだけ愛されているということだ。」
ライオスは優しく言った。
「さあ、結婚式の準備を再開しよう。今度こそ、何の邪魔も入らない。」
「はい!」
フェリシアは笑顔で頷いた。
長い試練が終わり、本当の幸せが始まろうとしていた。
結婚式まで、あと二ヶ月。
フェリシアは、心から楽しみにしていた。
愛する人と、永遠の誓いを交わす日を。
次回最終話になります。
土曜日の19時ごろ更新となります。




