第42話「真実の露呈」
茶会でのフェリシアの演説から三日が経った。
王宮内の雰囲気は、明らかに変わっていた。
フェリシアに対する見方が、少しずつ変化している。
「フェリシア様、昨日の茶会、素晴らしかったそうですね。」
廊下で会った侍女が、笑顔で話しかけてきた。
「ありがとうございます。」
フェリシアも微笑んだ。
しかし、まだ油断はできない。
ロザリンドが黙っているはずがない。
その予感は、正しかった。
―――
その日の午後、エミリアが興奮した様子でフェリシアの部屋に駆け込んできた。
「フェリシア様!大変です!」
「どうしたの?」
「ライオス様が、お呼びです。すぐに執務室へ、と。」
フェリシアは急いで身支度を整え、ライオスの執務室へ向かった。
ドアをノックすると、中からライオスの声が聞こえた。
「入れ。」
部屋に入ると、ライオスとリオールがいた。
二人とも、深刻な表情をしている。
「お呼びですか、ライオス様。」
「ああ、座ってくれ。」
フェリシアは椅子に座った。
ライオスは机の上の書類を見た。
「今朝、興味深いものが届いた。」
彼は封筒を手に取った。
「差出人は不明。しかし、内容は...ロザリンド・ヴァンフォールに関するものだ。」
フェリシアは身を乗り出した。
「どういうことですか?」
「見てくれ。」
ライオスは書類をフェリシアに渡した。
それは、複数の手紙のコピーだった。
フェリシアは読み始めた。
最初の手紙は、マダム・クラリスの店宛てだった。
『フェリシア・ルミナスの代理として、ウェディングドレスのデザイン変更を依頼します。より豪華に、色もアイボリーに変更してください。
ロザリンド・ヴァンフォール』
フェリシアは息を呑んだ。
「これは...。」
「ドレスの妨害工作の証拠だ。」
ライオスが言った。
「マダム・クラリスが保管していたものだ。」
次の手紙は、ある令嬢宛てだった。
『フェリシア・ルミナスについて、重要な情報があります。彼女は元々アイテール家の令嬢で、『不幸をもたらす』と呼ばれていました。リオール様の地位を狙って近づいたという話もあります。この情報を、他の方々にもお伝えいただけますか。
友人より』
署名はなかったが、筆跡鑑定によりロザリンドのものだと判明したという。
さらに、何通もの同様の手紙があった。
全て、ロザリンドが噂を広めるために送ったものだ。
「これは...決定的な証拠ですね。」
フェリシアは震える手で書類を置いた。
「ああ。」
リオールが言った。
「これで、ロザリンドの仕業だと証明できる。」
「でも、誰がこれを届けたんですか?」
フェリシアが尋ねた。
「それが謎なんだ。」
ライオスは首を振った。
「封筒には『真実を知る者より』とだけ書いてあった。」
その時、ドアがノックされた。
「失礼します。」
侍従が入ってきた。
「ライオス様、ロザリンド・ヴァンフォール様が、お話ししたいと。」
三人は顔を見合わせた。
「通してくれ。」
ライオスが言った。
―――
ロザリンドが入ってきた。
いつもの優雅な笑顔はなく、蒼白な顔をしている。
「ライオス様、リオール様、フェリシア様...。」
彼女は三人を見た。
「お話しがあります。」
「座ってください。」
ライオスが椅子を示した。
ロザリンドは座ったが、その手は膝の上で震えていた。
「あの...今朝、私の元にも手紙が届きました。」
彼女は小さな封筒を取り出した。
「そこには、『全てを告白しなさい。さもなくば、証拠を公表する』と書いてありました。」
ライオスは無言で、机の上の書類を示した。
ロザリンドは、それを見て顔色を変えた。
「これは...。」
「あなたが送った手紙のコピーだ。」
ライオスは冷たく言った。
「あなたがフェリシアを陥れるために、どれだけ卑劣なことをしてきたか。全て、ここに記録されている。」
ロザリンドは唇を噛んだ。
「私は...。」
「言い訳は聞きたくない。」
リオールが厳しい声で言った。
「なぜ、こんなことをした。」
ロザリンドは下を向いた。
しばらくの沈黙の後、彼女は小さな声で言った。
「嫉妬です。」
「嫉妬?」
「ええ。」
ロザリンドは顔を上げた。その目には涙が浮かんでいた。
「私は...リオール様を、ずっと慕っていました。」
彼女は震える声で続けた。
「三年前、隣国に行く前、告白しようと思っていました。でも、勇気が出せなかった。」
「それで、研究に打ち込むことで忘れようとした。」
リオールが言った。
「はい。」
ロザリンドは頷いた。
「三年間、必死で忘れようとしました。でも...戻ってきたら、あなたは婚約していた。」
彼女はフェリシアを見た。
「しかも、相手は...失礼ですが、魔法理論も知らない、ただの治癒魔法使い。」
「それが、君の嫉妬を煽った。」
ライオスが言った。
「はい。」
ロザリンドは認めた。
「私は、リオール様には、もっと相応しい人がいるはずだと思いました。私のような、魔法を理解できる人が。」
彼女は顔を覆った。
「だから...フェリシア様を貶めれば、リオール様が私を選んでくれると思ったんです。」
「愚かだ。」
リオールは容赦なく言った。
「私がフェリシアを選んだのは、彼女が誰よりも優しく、強く、そして素晴らしい人だからだ。魔法の知識など、関係ない。」
ロザリンドは泣き崩れた。
「わかっています...わかっているんです...。」
彼女は嗚咽しながら言った。
「私が間違っていたことは。でも、止められなかった。嫉妬と怒りで、冷静になれなかった。」
フェリシアは、ロザリンドを見つめた。
泣き崩れる彼女の姿は、哀れだった。
しかし同時に、フェリシアは思った。
この人も、苦しんでいたのだと。
報われない想いに、どれだけ傷ついていたのだろう。
「ロザリンド様。」
フェリシアが静かに言った。
ロザリンドは顔を上げた。
「私を傷つけたこと、許せないと思っていました。」
フェリシアは続けた。
「でも...あなたも苦しんでいたんですね。」
ロザリンドは驚いた顔をした。
「私には、あなたの気持ちが少しわかります。」
フェリシアは優しく言った。
「報われない想い。どれだけ努力しても、認めてもらえない苦しさ。」
彼女は立ち上がり、ロザリンドの前に立った。
「でも、だからといって、他人を傷つけていいわけではありません。」
「わかっています。」
ロザリンドは涙を流した。
「本当に、申し訳ありませんでした。」
彼女は深く頭を下げた。
「フェリシア様、私は...取り返しのつかないことをしました。」
フェリシアは深く息をついた。
そして、言った。
「私は...あなたを許します。」
ロザリンドは顔を上げた。
「え...?」
「許します。」
フェリシアは繰り返した。
「ただし、条件があります。」
「何でも...何でもします。」
「社交界で、真実を語ってください。」
フェリシアははっきりと言った。
「あなたが流した噂が嘘だったこと。私を陥れようとしたこと。全てを、公の場で認めてください。」
ロザリンドは唇を噛んだ。
それは、社交界での彼女の立場を完全に失うことを意味する。
しかし、彼女は頷いた。
「わかりました。」
「そして。」
フェリシアは続けた。
「二度と、このようなことをしないと誓ってください。」
「誓います。」
ロザリンドは真剣な目で言った。
「二度と、嫉妬に狂って他人を傷つけることはしません。」
フェリシアは優しく微笑んだ。
「ありがとうございます。」
ライオスが口を開いた。
「ロザリンド・ヴァンフォール。あなたの行為は、王国の貴族として許されるものではない。」
彼は厳しい口調で続けた。
「しかし、フェリシアが許すと言っている。また、自ら罪を認め、償う意志を示した。」
ライオスは立ち上がった。
「よって、刑罰は科さない。ただし、社交界での謝罪を必ず実行すること。そして、今後一年間、王都から離れることを命じる。」
「承知いたしました。」
ロザリンドは深く頭を下げた。
―――
ロザリンドが去った後、リオールがフェリシアに尋ねた。
「本当に、許すのか?」
「はい。」
フェリシアは頷いた。
「彼女も、苦しんでいました。」
「君は...本当に優しいな。」
リオールは彼女を抱きしめた。
「いいえ。」
フェリシアは微笑んだ。
「ただ、過去の自分を思い出しただけです。」
彼女は続けた。
「私も、かつては不幸に押し潰されそうでした。でも、あなたが救ってくれた。だから、私も誰かを救いたい。」
ライオスが拍手をした。
「素晴らしい。君は本当に、立派な女性になったな、フェリシア。」
「ありがとうございます。」
「ところで。」
ライオスが言った。
「証拠を送ってきた人物のことだが...誰だと思う?」
フェリシアは考えた。
「わかりません。でも、感謝しています。」
「まあ、いずれわかるだろう。」
ライオスは窓の外を見た。
「とにかく、これで一件落着だ。」
―――
その夜、フェリシアは一人で庭園を歩いていた。
月光のバラが、美しく咲いている。
「母上。」
フェリシアは花に触れた。
「私、人を許すことができました。」
風が優しく吹いた。
「これも、母上が教えてくれたことです。優しさを忘れずに、と。」
首飾りが、温かく光った。
母も、喜んでくれているだろう。
「フェリシア。」
後ろからリオールの声がした。
「ここにいたのか。」
「ええ。少し、母と話していたの。」
リオールは彼女の隣に立った。
「ロザリンドのこと、本当に許すのか?」
「はい。」
フェリシアは頷いた。
「憎しみを持ち続けても、何も生まれません。」
「そうだな。」
リオールは彼女の手を取った。
「君は、本当に素晴らしい。」
「ありがとう。」
二人は静かに、月を見上げた。
長い戦いが、ようやく終わった。
これからは、幸せな未来だけが待っている。
結婚式まで、あと二ヶ月半。
フェリシアは、心から楽しみにしていた。
愛する人と、永遠の誓いを交わす日を。
少しでも面白いなと思っていただけたら幸いです!
皆さまの応援が励みになりますので、ぜひ下部よりブックマーク・評価等お願いいたします!




