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不幸な令嬢は王宮専属魔法使いに救われる  作者: 雪銀華
第三章

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第40話「リオールの葛藤」

夜会の翌朝、リオールは早くからライオスの執務室を訪れていた。


「こんな朝早くから、どうした?」


ライオスは驚いた様子で迎えた。


「相談がある。」


リオールの表情は深刻だった。


「フェリシアのことだ。」


「ああ...噂のことか。」


ライオスは頷いた。


「私も聞いている。あまりにも悪質だ。」


「何とかしなければならない。」


リオールは拳を握りしめた。


「このままでは、フェリシアが...。」


彼は言葉を詰まらせた。


昨夜の夜会でのフェリシアの様子が、頭から離れない。


笑顔を保ちながらも、その目には痛みが宿っていた。


周囲の冷たい視線に耐え、中傷を聞きながらも、堂々と振る舞っていた。


あまりにも健気で、そして痛々しかった。


「ロザリンド・ヴァンフォールが関与しているのは明白だ。」


ライオスが言った。


「しかし、証拠がない。」


「わかっている。」


リオールは苛立たしげに言った。


「だからこそ、厄介なんだ。」


ライオスは窓辺に立ち、外を見た。


「お前は、ロザリンドとどんな関係だったんだ?」


「研究仲間だ。」


リオールは即答した。


「それ以上でも以下でもない。」


「本当にか?」


「ああ。」


リオールは頷いた。


「確かに彼女は優秀だった。魔法理論について語り合うことも多かった。しかし、それだけだ。」


「彼女は、お前に想いを寄せていたのではないか?」


リオールは黙った。


思い返せば、確かにそういう兆候はあった。


ロザリンドは頻繁に図書館を訪れ、リオールに話しかけてきた。


魔法の話だけでなく、プライベートなことも聞いてきた。


しかし、リオールは気づかないふりをしていた。


いや、気づきたくなかったのかもしれない。


「もしかしたら...そうだったのかもしれない。」


リオールは認めた。


「しかし、私には彼女への想いは全くなかった。」


「それが、彼女を傷つけたのかもしれないな。」


ライオスは振り返った。


「三年間、隣国で研究に打ち込んでいた。おそらく、お前への想いを断ち切るためだ。しかし、戻ってきたら、お前は婚約していた。」


「だからといって、フェリシアを傷つけていい理由にはならない。」


リオールの声には怒りが滲んでいた。


「もちろんだ。」


ライオスは同意した。


「しかし、証拠なしに彼女を非難することはできない。それに、ヴァンフォール侯爵家は有力な貴族だ。慎重に動かなければ。」


「では、どうすればいい?」


リオールは頭を抱えた。


「フェリシアは、あんなにも辛い思いをしているのに、私は何もできない。」


ライオスはリオールの肩に手を置いた。


「お前ができることは、フェリシアを信じ、支え続けることだ。」


「それだけか...。」


「それが一番大切なことだ。」


ライオスは真剣な目で言った。


「フェリシアは強い。しかし、お前の支えがあってこその強さだ。」


リオールは深く息をついた。


「わかった。」


―――


その日の午後、リオールは魔法の研究室にいた。


しかし、集中できなかった。


魔法陣の図面を見つめているが、頭には入ってこない。


フェリシアのことばかり考えてしまう。


彼女を守りたい。


しかし、どうすればいいのか。


その時、ドアがノックされた。


「リオール様、いらっしゃいますか?」


ロザリンドの声だった。


リオールは眉をひそめた。


「何の用だ。」


「少しお話ししたいことがあります。」


リオールは迷ったが、ドアを開けた。


ロザリンドが優雅に入ってきた。


「お邪魔いたします。」


「用件を聞こう。」


リオールは冷たく言った。


ロザリンドは少し驚いたように目を見開いた。


「随分と冷たいですのね。」


「君がフェリシアに何をしているか、私は知っている。」


「まあ。」


ロザリンドは手を口元に当てた。


「何か誤解をされているようですわね。」


「誤解ではない。」


リオールははっきりと言った。


「君がドレスの注文を妨害しようとしたこと、そして噂を流していることも。」


「証拠はありますの?」


ロザリンドは微笑んだ。


「証拠がなければ、それは単なる憶測ですわ。」


リオールは歯を食いしばった。


「なぜそんなことをする。」


「私、何もしていませんわ。」


ロザリンドは澄ました顔で言った。


「ただ...。」


彼女は窓辺に歩いていった。


「リオール様。あなたは本当に、あの女性と結婚して幸せになれるのですか?」


「何を言っている?」


「フェリシア様は、確かに治癒魔法の才能はあるでしょう。」


ロザリンドは続けた。


「しかし、それだけですわ。魔法理論も知らない、社交界での立ち回りも下手、貴族としての教養も浅い。」


「黙れ。」


リオールの声が低く響いた。


「あなたには、もっと相応しい方がいるはずですわ。」


ロザリンドは振り返った。


「魔法を理解し、あなたと対等に語り合える方が。」


「君のことか?」


リオールは冷たく言った。


ロザリンドは一瞬、表情を崩した。


しかしすぐに笑顔に戻った。


「私は...そうですわね。少なくとも、あの女性よりは相応しいと思いますわ。」


「ふざけるな!」


リオールは怒りを露わにした。


「フェリシアは、君の千倍も素晴らしい女性だ。」


「どこが?」


ロザリンドの声に棘が混じった。


「彼女の何が、そんなに素晴らしいのです?」


「全てだ。」


リオールははっきりと言った。


「彼女の優しさ、強さ、他人を思いやる心、困難に立ち向かう勇気。全てが素晴らしい。」


彼は一歩前に出た。


「君は優秀な魔法使いかもしれない。しかし、人として、君はフェリシアの足元にも及ばない。」


ロザリンドの顔が歪んだ。


「私が...劣っている...?」


「そうだ。」


リオールは容赦なく言った。


「君は嫉妬に目が眩み、罪のない人を傷つけている。そんな人間を、私は軽蔑する。」


ロザリンドの目に涙が浮かんだ。


しかし、それは悲しみの涙ではなかった。


怒りと屈辱の涙だった。


「後悔しますわよ、リオール様。」


彼女は震える声で言った。


「あの女性と結婚して、きっと後悔する。」


「後悔などしない。」


リオールは断言した。


「フェリシアと結ばれることが、私の人生最高の幸福だ。」


ロザリンドは唇を噛んだ。


そして、何も言わずに部屋を出て行った。


ドアが激しく閉まった。


リオールは深く息をついた。


これで、完全に敵に回してしまった。


しかし、後悔はなかった。


言うべきことは言った。


―――


夕方、リオールはフェリシアの部屋を訪れた。


「リオール。」


フェリシアは驚いた様子で迎えた。


「どうしたんですか?疲れた顔をして。」


「少し、話がある。」


二人は部屋に入った。


リオールは、ロザリンドとの会話を全て話した。


フェリシアは黙って聞いていた。


「そう...ロザリンド様と、そんな話を。」


「ああ。もう我慢ができなかった。」


リオールは彼女の手を取った。


「フェリシア、君が傷つけられるのを見ているのは辛い。何もできない自分が、情けない。」


「そんなことありません。」


フェリシアは微笑んだ。


「あなたがいてくれるだけで、私は強くいられます。」


「でも...。」


「リオール。」


フェリシアは彼の頬に手を添えた。


「あなたは、十分に私を守ってくれています。」


彼女は続けた。


「ロザリンド様に、あんなにはっきりと言ってくださったこと、嬉しいです。」


「本当か?」


「ええ。」


フェリシアは頷いた。


「あなたが私を信じてくれている。それが何より嬉しい。」


リオールは彼女を抱きしめた。


「君を信じているし、愛している。それは絶対に変わらない。」


「私も愛しています。」


二人は静かに抱き合った。


しばらくして、フェリシアが言った。


「でも、これでロザリンド様は、さらに激しく攻撃してくるかもしれません。」


「わかっている。」


リオールは頷いた。


「だから、もっと警戒しなければ。」


「はい。」


フェリシアは決意を新たにした。


「私、負けません。どんな攻撃が来ても。」


「一緒に戦おう。」


リオールは彼女の手を握った。


「二人で、必ず乗り越える。」


「はい」


窓の外では、夕日が沈んでいく。


暗闇が迫っている。


しかし、二人は恐れなかった。


互いがいる限り、どんな闇も乗り越えられる。


―――


その夜、ロザリンドは自室で一人、鏡を見つめていた。


リオールの言葉が、胸に突き刺さっている。


「人として、君はフェリシアの足元にも及ばない。」


「軽蔑する。」


彼女の手が震えた。


「なぜ...なぜあの女なの。」


ロザリンドは鏡を睨んだ。


「私は、何年も魔法を学んできた。優秀な魔法使いとして認められてきた。」


彼女は立ち上がった。


「それなのに、治癒魔法しかできない、ただの令嬢に負けるなんて。」


ロザリンドの目に、危険な光が宿った。


「許さない。」


彼女は囁いた。


「絶対に、あの結婚を阻止する。」


ロザリンドは机の引き出しを開けた。


そこには、様々な書類が入っていた。


フェリシアの過去に関する資料。


アイテール家の没落についての記録。


そして、クロスの裁判の記録。


「まだ使えるカードはある。」


ロザリンドは不気味に微笑んだ。


「フェリシア・ルミナス...いえ、フェリシア・アイテール。」


彼女は書類を握りしめた。


「あなたの過去を、もっと詳しく調べてあげますわ。」


月明かりが部屋を照らす。


その光の中で、ロザリンドの影が、まるで悪魔のように長く伸びていた。


嵐は、まだ終わっていない。


いや、これから本当の嵐が始まるのだ。


しかし、リオールとフェリシアは知らなかった。


ロザリンドが、さらに恐ろしい計画を練っていることを。


夜は深く、静かに、そして不気味に更けていった。

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