第40話「リオールの葛藤」
夜会の翌朝、リオールは早くからライオスの執務室を訪れていた。
「こんな朝早くから、どうした?」
ライオスは驚いた様子で迎えた。
「相談がある。」
リオールの表情は深刻だった。
「フェリシアのことだ。」
「ああ...噂のことか。」
ライオスは頷いた。
「私も聞いている。あまりにも悪質だ。」
「何とかしなければならない。」
リオールは拳を握りしめた。
「このままでは、フェリシアが...。」
彼は言葉を詰まらせた。
昨夜の夜会でのフェリシアの様子が、頭から離れない。
笑顔を保ちながらも、その目には痛みが宿っていた。
周囲の冷たい視線に耐え、中傷を聞きながらも、堂々と振る舞っていた。
あまりにも健気で、そして痛々しかった。
「ロザリンド・ヴァンフォールが関与しているのは明白だ。」
ライオスが言った。
「しかし、証拠がない。」
「わかっている。」
リオールは苛立たしげに言った。
「だからこそ、厄介なんだ。」
ライオスは窓辺に立ち、外を見た。
「お前は、ロザリンドとどんな関係だったんだ?」
「研究仲間だ。」
リオールは即答した。
「それ以上でも以下でもない。」
「本当にか?」
「ああ。」
リオールは頷いた。
「確かに彼女は優秀だった。魔法理論について語り合うことも多かった。しかし、それだけだ。」
「彼女は、お前に想いを寄せていたのではないか?」
リオールは黙った。
思い返せば、確かにそういう兆候はあった。
ロザリンドは頻繁に図書館を訪れ、リオールに話しかけてきた。
魔法の話だけでなく、プライベートなことも聞いてきた。
しかし、リオールは気づかないふりをしていた。
いや、気づきたくなかったのかもしれない。
「もしかしたら...そうだったのかもしれない。」
リオールは認めた。
「しかし、私には彼女への想いは全くなかった。」
「それが、彼女を傷つけたのかもしれないな。」
ライオスは振り返った。
「三年間、隣国で研究に打ち込んでいた。おそらく、お前への想いを断ち切るためだ。しかし、戻ってきたら、お前は婚約していた。」
「だからといって、フェリシアを傷つけていい理由にはならない。」
リオールの声には怒りが滲んでいた。
「もちろんだ。」
ライオスは同意した。
「しかし、証拠なしに彼女を非難することはできない。それに、ヴァンフォール侯爵家は有力な貴族だ。慎重に動かなければ。」
「では、どうすればいい?」
リオールは頭を抱えた。
「フェリシアは、あんなにも辛い思いをしているのに、私は何もできない。」
ライオスはリオールの肩に手を置いた。
「お前ができることは、フェリシアを信じ、支え続けることだ。」
「それだけか...。」
「それが一番大切なことだ。」
ライオスは真剣な目で言った。
「フェリシアは強い。しかし、お前の支えがあってこその強さだ。」
リオールは深く息をついた。
「わかった。」
―――
その日の午後、リオールは魔法の研究室にいた。
しかし、集中できなかった。
魔法陣の図面を見つめているが、頭には入ってこない。
フェリシアのことばかり考えてしまう。
彼女を守りたい。
しかし、どうすればいいのか。
その時、ドアがノックされた。
「リオール様、いらっしゃいますか?」
ロザリンドの声だった。
リオールは眉をひそめた。
「何の用だ。」
「少しお話ししたいことがあります。」
リオールは迷ったが、ドアを開けた。
ロザリンドが優雅に入ってきた。
「お邪魔いたします。」
「用件を聞こう。」
リオールは冷たく言った。
ロザリンドは少し驚いたように目を見開いた。
「随分と冷たいですのね。」
「君がフェリシアに何をしているか、私は知っている。」
「まあ。」
ロザリンドは手を口元に当てた。
「何か誤解をされているようですわね。」
「誤解ではない。」
リオールははっきりと言った。
「君がドレスの注文を妨害しようとしたこと、そして噂を流していることも。」
「証拠はありますの?」
ロザリンドは微笑んだ。
「証拠がなければ、それは単なる憶測ですわ。」
リオールは歯を食いしばった。
「なぜそんなことをする。」
「私、何もしていませんわ。」
ロザリンドは澄ました顔で言った。
「ただ...。」
彼女は窓辺に歩いていった。
「リオール様。あなたは本当に、あの女性と結婚して幸せになれるのですか?」
「何を言っている?」
「フェリシア様は、確かに治癒魔法の才能はあるでしょう。」
ロザリンドは続けた。
「しかし、それだけですわ。魔法理論も知らない、社交界での立ち回りも下手、貴族としての教養も浅い。」
「黙れ。」
リオールの声が低く響いた。
「あなたには、もっと相応しい方がいるはずですわ。」
ロザリンドは振り返った。
「魔法を理解し、あなたと対等に語り合える方が。」
「君のことか?」
リオールは冷たく言った。
ロザリンドは一瞬、表情を崩した。
しかしすぐに笑顔に戻った。
「私は...そうですわね。少なくとも、あの女性よりは相応しいと思いますわ。」
「ふざけるな!」
リオールは怒りを露わにした。
「フェリシアは、君の千倍も素晴らしい女性だ。」
「どこが?」
ロザリンドの声に棘が混じった。
「彼女の何が、そんなに素晴らしいのです?」
「全てだ。」
リオールははっきりと言った。
「彼女の優しさ、強さ、他人を思いやる心、困難に立ち向かう勇気。全てが素晴らしい。」
彼は一歩前に出た。
「君は優秀な魔法使いかもしれない。しかし、人として、君はフェリシアの足元にも及ばない。」
ロザリンドの顔が歪んだ。
「私が...劣っている...?」
「そうだ。」
リオールは容赦なく言った。
「君は嫉妬に目が眩み、罪のない人を傷つけている。そんな人間を、私は軽蔑する。」
ロザリンドの目に涙が浮かんだ。
しかし、それは悲しみの涙ではなかった。
怒りと屈辱の涙だった。
「後悔しますわよ、リオール様。」
彼女は震える声で言った。
「あの女性と結婚して、きっと後悔する。」
「後悔などしない。」
リオールは断言した。
「フェリシアと結ばれることが、私の人生最高の幸福だ。」
ロザリンドは唇を噛んだ。
そして、何も言わずに部屋を出て行った。
ドアが激しく閉まった。
リオールは深く息をついた。
これで、完全に敵に回してしまった。
しかし、後悔はなかった。
言うべきことは言った。
―――
夕方、リオールはフェリシアの部屋を訪れた。
「リオール。」
フェリシアは驚いた様子で迎えた。
「どうしたんですか?疲れた顔をして。」
「少し、話がある。」
二人は部屋に入った。
リオールは、ロザリンドとの会話を全て話した。
フェリシアは黙って聞いていた。
「そう...ロザリンド様と、そんな話を。」
「ああ。もう我慢ができなかった。」
リオールは彼女の手を取った。
「フェリシア、君が傷つけられるのを見ているのは辛い。何もできない自分が、情けない。」
「そんなことありません。」
フェリシアは微笑んだ。
「あなたがいてくれるだけで、私は強くいられます。」
「でも...。」
「リオール。」
フェリシアは彼の頬に手を添えた。
「あなたは、十分に私を守ってくれています。」
彼女は続けた。
「ロザリンド様に、あんなにはっきりと言ってくださったこと、嬉しいです。」
「本当か?」
「ええ。」
フェリシアは頷いた。
「あなたが私を信じてくれている。それが何より嬉しい。」
リオールは彼女を抱きしめた。
「君を信じているし、愛している。それは絶対に変わらない。」
「私も愛しています。」
二人は静かに抱き合った。
しばらくして、フェリシアが言った。
「でも、これでロザリンド様は、さらに激しく攻撃してくるかもしれません。」
「わかっている。」
リオールは頷いた。
「だから、もっと警戒しなければ。」
「はい。」
フェリシアは決意を新たにした。
「私、負けません。どんな攻撃が来ても。」
「一緒に戦おう。」
リオールは彼女の手を握った。
「二人で、必ず乗り越える。」
「はい」
窓の外では、夕日が沈んでいく。
暗闇が迫っている。
しかし、二人は恐れなかった。
互いがいる限り、どんな闇も乗り越えられる。
―――
その夜、ロザリンドは自室で一人、鏡を見つめていた。
リオールの言葉が、胸に突き刺さっている。
「人として、君はフェリシアの足元にも及ばない。」
「軽蔑する。」
彼女の手が震えた。
「なぜ...なぜあの女なの。」
ロザリンドは鏡を睨んだ。
「私は、何年も魔法を学んできた。優秀な魔法使いとして認められてきた。」
彼女は立ち上がった。
「それなのに、治癒魔法しかできない、ただの令嬢に負けるなんて。」
ロザリンドの目に、危険な光が宿った。
「許さない。」
彼女は囁いた。
「絶対に、あの結婚を阻止する。」
ロザリンドは机の引き出しを開けた。
そこには、様々な書類が入っていた。
フェリシアの過去に関する資料。
アイテール家の没落についての記録。
そして、クロスの裁判の記録。
「まだ使えるカードはある。」
ロザリンドは不気味に微笑んだ。
「フェリシア・ルミナス...いえ、フェリシア・アイテール。」
彼女は書類を握りしめた。
「あなたの過去を、もっと詳しく調べてあげますわ。」
月明かりが部屋を照らす。
その光の中で、ロザリンドの影が、まるで悪魔のように長く伸びていた。
嵐は、まだ終わっていない。
いや、これから本当の嵐が始まるのだ。
しかし、リオールとフェリシアは知らなかった。
ロザリンドが、さらに恐ろしい計画を練っていることを。
夜は深く、静かに、そして不気味に更けていった。
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