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不幸な令嬢は王宮専属魔法使いに救われる  作者: 雪銀華
第三章

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第37話「ロザリンド」

結婚式の準備が始まって二週間が過ぎた。


フェリシアの日々は充実していた。午前中は式の準備、午後は社交界での挨拶回り。忙しいが、幸せな日々だった。


この日、王宮では小規模な茶会が開かれていた。


貴族の令嬢たちが集まり、近況を語り合う社交の場だ。フェリシアも婚約者として、こうした場に顔を出すことが増えていた。


「フェリシア様、結婚式の準備は順調ですか?」


一人の令嬢が尋ねた。


「はい、おかげさまで。」


フェリシアは微笑んだ。


「皆様にもぜひ、お越しいただきたいです。」


「もちろんですわ!楽しみにしていますわ。」


和やかな雰囲気の中、ドアが開いた。


「失礼いたします。」


凛とした声が響いた。


フェリシアが振り向くと、そこに見知らぬ令嬢が立っていた。


二十代前半と思われる美しい女性。栗色の長い髪を優雅にまとめ、深い緑の瞳は知性を感じさせる。紫のドレスは高級な仕立てで、身につけている宝石も一級品だ。


何より、その立ち居振る舞いには、生まれながらの気品があった。


「あら、ロザリンド様!」


一人の令嬢が驚いた声を上げた。


「お戻りになっていたのですね!」


ロザリンドと呼ばれた女性は、優雅に微笑んだ。


「ええ。三年ぶりに王都に戻りましたの。」


「三年も!どちらに?」


「隣国で魔法の研究をしておりましたわ。ようやく一段落ついたので、帰国したのです。」


彼女は部屋を見回し、フェリシアの姿を捉えた。


「まあ、見慣れないお顔が。」


ロザリンドはフェリシアに近づいてきた。


「初めまして。私はロザリンド・ヴァンフォール。ヴァンフォール侯爵家の長女ですわ。」


「初めまして。」


フェリシアは立ち上がり、礼をした。


「フェリシア・ルミナスと申します。」


「ルミナス...。」


ロザリンドは少し目を細めた。


「ああ、あの新しく貴族になられた方ですのね。リオール様の婚約者だと聞いていますわ。」


「はい。」


「まあ…。」


ロザリンドは優雅に手を口元に当てた。


「リオール様が結婚されるなんて。驚きましたわ。」


その言葉には、何か含みがあるように感じられた。


しかしロザリンドはすぐに笑顔を作った。


「でも素敵なことですわね。おめでとうございます、フェリシア様。」


「ありがとうございます。」


ロザリンドは席に座り、茶会に加わった。


彼女が来てから、雰囲気が少し変わった気がした。他の令嬢たちは、ロザリンドに注目し、彼女の話に聞き入っている。


「隣国での研究は、どのようなものだったのですか?」


一人が尋ねた。


「魔法理論の応用研究ですわ。」


ロザリンドは優雅に答えた。


「特に、古代魔術の解析に力を入れておりました。」


「まあ、素晴らしい!」


「やはりロザリンド様は才女ですわね。」


称賛の声が上がる。


ロザリンドは謙遜するように笑った。


「いいえ、まだまだ未熟ですわ。王宮専属魔法使いであるリオール様の足元にも及びませんもの。」


彼女はフェリシアに視線を向けた。


「フェリシア様は、魔法の研究などはされますの?」


「私は...治癒魔法を少し。」


フェリシアは答えた。


「治癒魔法。」


ロザリンドは頷いた。


「それは素晴らしいですわね。女性らしくて。」


その言葉の裏に、何か棘を感じた。


「でも…。」


ロザリンドは続けた。


「リオール様のような高度な魔法研究をされる方の伴侶となられるのですから、魔法理論もお学びになった方がよろしいのではなくて?」


周囲の令嬢たちが、息を呑んだ。


フェリシアは少し戸惑った。


「それは..。」


「あら、ごめんなさい。」


ロザリンドは手を振った。


「余計なお節介でしたわね。でも、夫婦は同じレベルで会話できることが大切だと思いますの。」


言葉は丁寧だが、明らかに上から目線だった。


「私とリオール様は、よく魔法理論について語り合ったものですわ。彼の研究への情熱、素晴らしいですものね。」


フェリシアは少し驚いた。


「ロザリンド様は、リオール様と...?」


「ええ。」


ロザリンドは微笑んだ。


「私が王都にいた頃、よく図書館でお会いして。魔法談義に花を咲かせたものですわ。」


彼女は遠い目をした。


「リオール様は本当に素晴らしい方。知性、品格、そして魔法の才能。完璧な方ですわね。」


その目には、明らかな憧憬の色があった。


フェリシアは胸に小さな不安を感じた。


―――


茶会が終わり、フェリシアは自室に戻った。


エミリアが待っていた。


「フェリシア様、お疲れ様です。茶会はいかがでしたか?」


「ええと...。」


フェリシアは少し言葉に詰まった。


「新しい方が来られて。」


「新しい方?」


「ロザリンド・ヴァンフォール様という方です。」


「ロザリンド・ヴァンフォール...。」


エミリアは考え込んだ。


「聞いたことがあります。侯爵令嬢で、非常に優秀な魔法使いだとか。」


「そうみたいです。」


フェリシアは窓辺に立った。


「彼女、リオール様と親しかったようで。」


「親しかった?」


「三年前、王都にいた頃、よく一緒に魔法の研究をしていたと。」


エミリアは少し心配そうな顔をした。


「それで、何か嫌なことを言われたのですか?」


「いえ、そういうわけでは...。」


フェリシアは首を振った。


「ただ、私が魔法理論を知らないことを、遠回しに批判されたような気がして。」


「それは...。」


その時、ドアがノックされた。


「フェリシア、いるか?」


リオールの声だった。


「はい、どうぞ。」


リオールが入ってきた。


「どうした?元気がないようだが。」


「いえ、そんなことは...。」


「嘘だな。」


リオールは彼女の顔を覗き込んだ。


「何かあったんだろう?」


フェリシアは少し躊躇したが、話すことにした。


「今日の茶会で、ロザリンド・ヴァンフォール様という方に会いました。」


「ロザリンド?」


リオールは驚いた顔をした。


「彼女が戻ってきたのか。それは知らなかった。」


「ご存じなのですか?」


「ああ。」


リオールは頷いた。


「三年ほど前、彼女とは確かに魔法研究で交流があった。優秀な魔法使いだよ。」


フェリシアの胸に、小さな痛みが走った。


「彼女は...リオール様のことを、とても尊敬しているようでした。」


リオールは少し考え込んだ。


「まあ、そうかもしれない。彼女は魔法に情熱を持っていたから。」


「その...リオール様と彼女は...。」


フェリシアは言いにくそうに言葉を探した。


リオールは彼女の肩に手を置いた。


「何も心配することはない。」


彼は真剣な目で言った。


「確かにロザリンドとは研究仲間だった。しかし、それ以上でも以下でもない。私の心は、最初から君だけだ。」


「本当ですか?」


「本当だ。」


リオールは彼女を抱き寄せた。


「君以外の誰も、私の心を動かすことはできない。」


フェリシアは彼の胸に顔を埋めた。


「ごめんなさい。変なことを気にしてしまって…。」


「いや、気にするのは当然だ。」


リオールは優しく言った。


「でも、信じてくれ。私は君だけを愛している。」


「はい。」


フェリシアは安心した。リオールの言葉を信じよう。


―――


その夜、王宮の図書館に一人の人影があった。


ロザリンドだった。


彼女は魔法理論の本を手に取り、ページをめくっていた。しかし、文字は目に入っていなかった。


「リオール様が...結婚される...。」


彼女は小さく呟いた。


「しかも、あんな小娘と。」


ロザリンドは三年前、王都を離れる前、リオールに想いを告げようとしていた。


しかし、勇気が出せなかった。


魔法研究に没頭するあまり、恋愛など考えている暇がなかった。


そして今、戻ってきたら、リオールは婚約者がいた。


「あのフェリシアという娘..。・.」


ロザリンドは本を閉じた。


「治癒魔法しか使えない、ただの令嬢。魔法理論も知らない、リオール様の伴侶に相応しくない。」


彼女の目に、嫉妬の炎が灯った。


「リオール様には、もっと相応しい相手がいるはず。私のような、魔法を理解できる相手が。」


ロザリンドは立ち上がった。


「私は、リオール様を諦めない。」


彼女は窓の外を見た。月が冷たく光っている。


「フェリシア・ルミナス...あなたには、リオール様は似合わない。」


ロザリンドの心に、暗い決意が芽生えた。


彼女は、フェリシアの幸せを壊すつもりだった。


―――


翌日、フェリシアはリオールと一緒に朝食を取っていた。


「今日は何の予定だ?」


「午後に、招待状のデザインを最終確認します。」


フェリシアは答えた。


「それから、料理の試食会も。」


「楽しそうだな。」


「ええ。」


フェリシアは微笑んだ。


「リオールも一緒に来てくださいますか?」


「もちろん。」


その時、侍女が慌てて入ってきた。


「フェリシア様、リオール様、申し訳ございません。」


「どうした?」


「ロザリンド・ヴァンフォール様が、お二人にお会いしたいと。」


フェリシアとリオールは顔を見合わせた。


「わかった。通してくれ。」


しばらくして、ロザリンドが入ってきた。


「おはようございます、リオール様。フェリシア様。」


彼女は優雅に礼をした。


「久しぶりだな、ロザリンド。」


リオールが言った。


「隣国での研究は順調だったか?」


「ええ、おかげさまで。」


ロザリンドは微笑んだ。


「でも、やはり王都が恋しくて。」


彼女はフェリシアに視線を向けた。


「フェリシア様、昨日は失礼なことを申し上げてしまったかもしれません。」


「いえ、そんなことは...。」


「お詫びに。」


ロザリンドは小さな箱を差し出した。


「これを受け取っていただけませんか?結婚祝いですわ。」


フェリシアは箱を受け取った。開けると、美しい真珠のイヤリングが入っていた。


「綺麗...。」


「母から譲り受けたものですの。ぜひ、結婚式でお使いください。」


「そんな大切な物を...。」


「いいんですのよ。」


ロザリンドは優しく微笑んだ。


「これからも、良い関係でいたいですもの。」


その笑顔は完璧だった。


しかし、フェリシアには感じられた。


その笑顔の奥に隠された、冷たい何かを。


ロザリンド・ヴァンフォール。


この女性は、味方ではない。


フェリシアの直感が、そう告げていた。


しかし、証拠もなく疑うわけにはいかない。


フェリシアは笑顔で答えた。


「ありがとうございます。大切に使わせていただきます。」


「それは良かったですわ。」


ロザリンドは満足そうに頷いた。


そして、リオールに向き直った。


「リオール様、もしお時間があれば、また図書館でお話ししたいのですが。」


「申し訳ないが…。」


リオールは丁寧に断った。


「今は結婚式の準備で忙しくてな。」


「そうですわね。」


ロザリンドは残念そうにした。


「では、また機会があれば。」


彼女は優雅に礼をして、部屋を出て行った。


ドアが閉まった後、フェリシアは深く息をついた。


「大丈夫か?」


リオールが尋ねた。


「はい...でも、何だか緊張しました。」


「気にするな。」


リオールは彼女の手を握った。


「彼女は昔の知人に過ぎない。」


フェリシアは頷いた。


しかし、胸の不安は消えなかった。


ロザリンドの目に宿っていた、あの冷たい光。


あれは、何を意味しているのだろう。


嵐の予感が、フェリシアの心をかすめた。

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