第36話「結婚式の準備開始」
ポリーとの和解から一週間後、本格的に結婚式の準備が始まった。
フェリシアの部屋には、様々な資料が山積みになっていた。
ドレスのデザイン画、花の見本、式場の配置図、招待客のリスト。
「うわあ...。」
フェリシアは机の上の書類を見て、圧倒された。
「こんなにたくさん決めることがあるんですね。」
「当然よ。」
エミリアが笑いながら言った。
「王宮での結婚式ですもの。王族や貴族が大勢参列するんですから。」
その時、ドアがノックされた。
「入ってもいい?」
ポリーの声だった。
「姉様!」
フェリシアが嬉しそうにドアを開けると、ポリーが入ってきた。
彼女は修道服ではなく、質素だが上品なドレスを着ていた。
「修道院長から許可をもらったの。結婚式の準備期間中は、王宮に滞在できることになったわ。」
「本当ですか!」
フェリシアは姉を抱きしめた。
「ええ。あなたの結婚式、絶対に成功させたいから。」
ポリーは微笑んだ。
「さあ、何から始めましょうか。」
三人は机を囲んで座った。
「まずはドレスですね。」
エミリアが言った。
「フェリシア様、どんなドレスがお好みですか?」
フェリシアは何枚かのデザイン画を見た。
どれも美しいドレスだが、華美すぎる気もする。
「私は...あまり派手すぎない、上品なものがいいです。」
「それなら。」
ポリーが一枚の絵を指差した。
「これはどう?シンプルだけど、エレガント。」
それは純白のドレスで、レースとパールで控えめに装飾されたデザインだった。
袖は長く、裾には繊細な刺繍が施されている。
「素敵...。」
フェリシアは息を呑んだ。
「これがいいです。」
「決まりね。」
エミリアが言った。
「明日、王都で一番有名なドレス店、『マダム・クラリスの店』に行きましょう。」
「マダム・クラリス...。」
ポリーが頷いた。
「あの店なら間違いないわ。王族御用達よ。」
―――
翌日、三人はマダム・クラリスの店を訪れた。
王都の高級街にある店は、大きなショーウィンドウに美しいドレスが飾られている。
店に入ると、五十代と思われる優雅な女性が出迎えた。
「ようこそ。私がマダム・クラリスです。」
彼女は一目でフェリシアを見抜いた。
「フェリシア・ルミナス様ですね。お噂はかねがね。この度は誠におめでとうございます。」
「ありがとうございます。」
「さあ、どうぞこちらへ。」
奥の個室に案内された。そこには、様々なドレスが展示されている。
「こちらが、選ばれたデザインですね。」
マダム・クラリスはデザイン画を見た。
「素晴らしい選択です。このデザインは、お客様の清楚な美しさを引き立てるでしょう。」
彼女は助手に指示を出し、採寸が始まった。
「腕を上げてください。」
「はい。」
フェリシアは言われるまま、様々なポーズを取った。
マダム・クラリスは細かく寸法を測りながら、メモを取っている。
「お客様は、完璧なプロポーションですね。」
彼女は感心したように言った。
「このドレスは、必ずお似合いになります。」
「ありがとうございます。」
採寸が終わると、マダム・クラリスは布地の見本を持ってきた。
「生地は、この最高級シルクをお勧めします。光沢が美しく、動くたびに優雅に揺れます。」
フェリシアは布地に触れた。滑らかで、まるで水のような手触り。
「素敵です。」
「では、これで決まりですね。完成は一ヶ月後。途中で仮縫いをしますので、また来ていただけますか。」
「もちろんです。」
契約が終わり、三人は店を出た。
「ああ、楽しかった!」
エミリアが興奮している。
「本当にね。」
ポリーも微笑んだ。
「フェリシア、あなたのウェディングドレス姿、きっと美しいわよ。」
フェリシアは幸せな気持ちで一杯だった。
―――
王宮に戻ると、リオールが待っていた。
「どうだった?」
「完璧でした。」
フェリシアは笑顔で答えた。
「素敵なドレスになりそうです。」
「楽しみだな。」
リオールは微笑んだ。
「君がドレスを着た姿を見るのが。」
「もう、当日までのお楽しみですよ。」
「そうか。」
リオールは少し残念そうにした。
その時、ライオスが現れた。
「やあ、二人とも。準備は順調か?」
「はい、ライオス様。」
フェリシアが答えた。
「今日はドレスの注文をしてきました。」
「それは良かった。」
ライオスは満足そうに頷いた。
「ところで、招待客のリストはもう決まったか?」
「いえ、まだです。」
リオールが答えた。
「では、今から一緒に確認しよう。私の部屋に来てくれ。」
三人はライオスの執務室に向かった。
大きな机の上には、すでに長いリストが用意されていた。
「まず王族関係。」
ライオスが説明する。
「父上、母上、私、そして親戚の王族たち。これで二十名ほど。」
「はい。」
「次に貴族。これが厄介なんだ。」
ライオスは苦笑した。
「主要な公爵家、侯爵家は必ず招待しなければならない。それだけで五十名以上になる。」
「そんなに...。」
フェリシアは驚いた。
「大丈夫だ。」
リオールが励ました。
「私も一緒に挨拶回りをする。」
「それから。」
ライオスは続けた。
「君たち個人の友人や知人も招待するべきだ。フェリシア、誰か招待したい人はいるか?」
フェリシアは考えた。
「エルドマールの町の人々を招待したいです。町長のガレスさんや、助けた人々。」
「いい考えだ。」
ライオスは頷いた。
「彼らは君たちの恩人でもあるからな。」
「それから。」
フェリシアは続けた。
「マリアンヌ侯爵夫人も。」
「もちろん。」
ライオスはリストに書き込んだ。
「他には?」
フェリシアはしばらく考えて言った。
「修道院の院長様も、お招きしたいです。姉様がお世話になっていますから。」
「それも良い。」
リストがどんどん長くなっていく。
「式場の装飾はどうする?」
ライオスが尋ねた。
「白いバラをメインにしたいです。」
フェリシアは即答した。
「母が好きだった花と聞きました。」
「わかった。庭師に伝えておく。」
「音楽は?」
「オーケストラにクラシックな曲を。」
リオールが答えた。
「厳かで、美しい式にしたい。」
「料理は王宮の料理長に任せよう。」
ライオスは言った。
「彼は腕利きだから、素晴らしい宴を作ってくれる。」
話し合いは二時間以上続いた。
細かいことまで決めていくうちに、フェリシアは改めて実感した。
本当に結婚するんだ。リオールと。
―――
その夜、フェリシアは自室のバルコニーに立っていた。
星空を見上げ、深く息をついた。
「フェリシア。」
後ろからリオールの声がした。
「こんな遅くに、どうしたんだ?」
「少し、考え事をしていました。」
リオールは彼女の隣に立った。
「結婚式のこと?」
「はい。」
フェリシアは頷いた。
「こんなに大勢の人に祝福されて、大きな式を挙げられるなんて...半年前には想像もできませんでした。」
「そうだな。」
リオールは遠くを見た。
「あの時、庭園で君に出会った夜。君は一人で、とても寂しそうだった。」
「覚えています。」
フェリシアは微笑んだ。
「あの時、あなたとライオス様が声をかけてくださって。初めて、普通に話してくれる人に会えた。」
「あれから、たくさんのことがあった。」
リオールは言った。
「呪いの発覚、裁判、魔物討伐、そして婚約。」
「本当に...嵐のような日々でした。」
「でも、全部乗り越えた。」
リオールは彼女の手を取った。
「君は強かった。どんな困難にも負けなかった。」
「それは、あなたがいてくれたからです。」
フェリシアは彼を見上げた。
「あなたが支えてくれたから、私は強くなれました。」
リオールは彼女を抱き寄せた。
「これからも、ずっと一緒だ。」
「はい。」
二人は静かに抱き合った。
遠くで鐘が鳴る。真夜中を告げる鐘の音。
「そろそろ休もう。」
リオールが言った。
「明日も準備があるんだろう?」
「ええ。」
フェリシアは頷いた。
「花の打ち合わせと、招待状のデザインを決めます。」
「忙しいな。」
「でも、楽しいです。」
フェリシアは笑った。
「こんなに幸せな忙しさ、初めてです。」
リオールは優しく微笑んだ。
「おやすみ、フェリシア。」
「おやすみなさい、リオール。」
リオールが去った後、フェリシアはもう一度星空を見上げた。
「母上、見ていてくださいね。」
彼女は胸の首飾りに触れた。
「私、本当に幸せです。こんなに素晴らしい人と結婚できて。」
首飾りが、微かに温かくなった気がした。
母も、きっと喜んでくれている。
フェリシアは部屋に戻り、ベッドに横になった。
今日決めたこと、明日やること。頭の中で整理しながら、眠りについた。
幸せな夢を見ながら。
―――
翌朝、フェリシアは早起きして、エミリアとポリーと一緒に庭園を訪れた。
庭師の責任者である老人が、待っていた。
「フェリシア様、おはようございます。」
「おはようございます。結婚式の装飾について、相談したいことがあります。」
「承知しております。白いバラをメインに、とのことですね。」
「はい。」
フェリシアは頷いた。
「できれば、母が好きだった品種を使いたいのです。」
「お母様が好きだった...。」
庭師は考え込んだ。
「レーナ様ですね。存じ上げております。」
「ご存じなのですか?」
「ええ。レーナ様は時々、この庭園に来られて、バラの世話をされていました。」
庭師は優しく微笑んだ。
「特にお好きだったのは、『月光のバラ』という品種です。」
「月光のバラ...。」
「純白で、夜に最も美しく咲く品種です。香りも素晴らしい。」
庭師は庭の一角を指差した。
「あそこに、まだ残っています。レーナ様が植えられた『月光のバラ』が。」
フェリシアたちはその場所に歩いていった。
そこには、美しい白いバラが咲いていた。朝日を浴びて、輝くように白い。
「綺麗...。」
フェリシアは思わず息を呑んだ。
「この花を、式場に飾りたいです。」
「もちろんです。」
庭師は頷いた。
「大切に育てて、結婚式の日に最高の状態で咲くようにいたします。」
フェリシアは花に触れた。
柔らかい花びら。優しい香り。
まるで母が、そこにいるような気がした。
「母上、ありがとうございます。」
彼女は心の中で囁いた。
「あなたが残してくれたものが、私の結婚式を祝福してくれるなんて。」
ポリーが妹の肩に手を置いた。
「お母様も、きっと喜んでいるわ。」
「はい!」
フェリシアは微笑んだ。
準備は順調に進んでいる。
あと三ヶ月半で、結婚式。
その日を、心から楽しみにしながら。
フェリシアは新しい一日を始めた。
2026年もよろしくお願いします。




