第35話「ポリーの祝福」
婚約発表の夜会から三日後、フェリシアの元に手紙が届いた。
差出人はポリー。姉からの手紙だ。
フェリシアは窓辺に座り、封を開けた。
『親愛なるフェリシアへ婚約、本当におめでとう。王宮からの便りで知りました。あなたがルミナスの名を得て、リオール様と正式に婚約したこと、心から嬉しく思います。
一度お会いしたいのです。あなたに直接、祝福の言葉を伝えたい。そして、話したいことがあります。
都合の良い時に、修道院を訪ねてきてくださいませんか。もちろん、あなたが忙しいことは承知しています。無理は言いません。
いつでも待っています。
あなたの姉より』
フェリシアは手紙を胸に抱いた。
彼女はすぐにリオールに相談した。
「行くといい。」
リオールは優しく言った。
「君の姉上は、君に会いたがっている。それに、私も一緒に行こう。」
「本当ですか?」
「当然だろう。ポリー様は、君の大切な家族だ。私にとっても、これから家族になる方だ。」
フェリシアは感謝の気持ちで一杯になった。
翌日、二人は修道院へと向かった。
―――
修道院は王都から馬車で一時間ほどの場所にあった。
静かな森の中に佇む石造りの建物。鐘楼が青空に向かって伸びている。
門をくぐると、シスターの一人が出迎えてくれた。
「フェリシア様、リオール様、お待ちしておりました。ポリー様は中庭におられます。」
案内されて中庭に入ると、そこにポリーがいた。
質素な修道服を着て、花壇の手入れをしている。かつての華やかな姿とは対照的だが、その表情は穏やかで、どこか清々しささえ感じられた。
「ポリー姉様。」
フェリシアが声をかけると、ポリーは顔を上げた。
「フェリシア。」
ポリーは立ち上がり、駆け寄ってきた。そして、フェリシアを抱きしめた。
「来てくれてありがとう。本当にありがとう。」
フェリシアも姉を抱きしめ返した。
「私も、会いたかったです。」
二人はしばらく抱き合っていた。
やがて離れると、ポリーはリオールに深く頭を下げた。
「リオール様、この度は誠におめでとうございます。そして、フェリシアをよろしくお願いいたします。」
「頭を上げてください。」
リオールは優しく言った。
「私こそ、フェリシアという素晴らしい伴侶を得ることができて幸せです。」
ポリーは顔を上げ、微笑んだ。
「フェリシア、あなた本当に幸せそうね。」
「はい。」
フェリシアは頷いた。
「とても幸せです。」
「良かった...。」
ポリーの目に涙が浮かんだ。
「本当に良かった。」
―――
三人は修道院の応接室に案内された。
シンプルだが清潔な部屋。木製のテーブルと椅子、壁には十字架が掛けられている。
シスターがハーブティーを運んできてくれた。
「ポリー姉様、修道院での生活はいかがですか?」
フェリシアが尋ねた。
「充実しているわ。」
ポリーは微笑んだ。
「毎日、祈りと労働の日々。朝は早く、夜は早く眠る。質素ですが、心が穏やかになる。」
彼女はカップを両手で包んだ。
「ここに来て、私は初めて本当の自分と向き合えたような気がするわ。かつての私は、ただ父の言いなりになって、見栄を張って生きていた。でもそれは、本当の私ではなかった。」
「姉様...。」
「今は違う。」
ポリーは続けた。
「毎日、自分の手で働き、神に祈り、自分の罪と向き合っている。まだ完全に赦されたとは思わないけど、少なくとも、正しい道を歩もうとしている。」
リオールが口を開いた。
「自分の過ちを認め、償おうとしている。それは誰にでもできることではない。」
「ありがとうございます。」
ポリーは感謝した。
「でも、私の償いはまだ終わっていません。フェリシアに対して、私がしたこと...。」
彼女の声が震えた。
「私は何年もの間、あなたを無視し、冷たく扱った。時には侮辱さえした。父の命令だったとはいえ、それは言い訳にすぎないわ。私は姉として、あなたを守るべきだったのに。」
フェリシアは姉の手を取った。
「もう過去のことです。」
「でも...」
「私は、もう恨んでいません。」
フェリシアは真剣な目で言った。
「あの裁判の時、姉様は勇気を出して真実を語ってくれました。それがなければ、私は今ここにいないかもしれません。」
ポリーの目から涙が溢れた。
「フェリシア...。」
「姉様、私たちはもう前を向きましょう。」
フェリシアは微笑んだ。
「過去を悔やむのではなく、これからのことを考えましょう。」
ポリーは涙を拭った。
「ありがとう、フェリシア。」
「いえこちらこそ。」
「こちらこそ?」
「はい。」
フェリシアは頷いた。
「姉様は時々、こっそり私に優しくしてくれました。父が見ていない時、食事を分けてくれたり、本を貸してくれたり。あの小さな優しさが、私の支えでした。」
ポリーは驚いた顔をした。
「覚えていてくれたの?」
「もちろんです。忘れるはずがありません。」
ポリーはまた涙を流した。しかし今度は、悲しみの涙ではなく、安堵と喜びの涙だった。
―――
しばらくして、ポリーは気を取り直して言った。
「ところで、結婚式はいつ?」
「四ヶ月後の春です。」
フェリシアが答えた。
「王宮の大聖堂で行われます。」
「素敵ね。」
ポリーは微笑んだ。
「きっと美しい式になるわ。」
「姉様。」
フェリシアは真剣な顔で言った。
「結婚式に来てください。」
ポリーは驚いた。
「え...でも、私は...。」
「あなたは私の姉です。私の唯一の家族です。」
フェリシアは続けた。
「結婚式には、姉様にいてほしいんです。」
ポリーは戸惑った様子だった。
「でも、私が行って、周りの人々は何と思うか...。」
「気にする必要はない。」
リオールが言った。
「あなたは裁判での証言をし、今は修道院で誠実に生きておられる。誰も非難などしません。」
「それに…。」
フェリシアが付け加えた。
「私は姉様に来てほしいんです。それが何より大切なことです。」
ポリーは二人を見つめた。そして、ゆっくりと頷いた。
「わかりました。行きます。あなたの晴れ舞台を、この目で見届けます。」
「ありがとうございます!」
フェリシアは嬉しそうに姉を抱きしめた。
「それと…。」
ポリーは恥ずかしそうに言った。
「もし良ければ、結婚式の準備を手伝わせてもらえないかしら。」
「本当ですか!」
フェリシアの目が輝いた。
「もちろんです!」
「じゃあ、決まりね。」
ポリーは笑顔になった。
「修道院長に許可をもらって、時々王宮に行けるようにします。」
三人はしばらく、結婚式のことや今後のことについて語り合った。
ドレスのデザイン、式場の装飾、招待客のこと。話題は尽きなかった。
―――
帰る時間になり、三人は中庭に戻った。
「今日は本当に来てくれてありがとう。」
ポリーが言った。
「こちらこそ、ありがとうございました。」
フェリシアは微笑んだ。
「また来ます。」
「待ってるわ。そして結婚式の準備、楽しみにしてる。」
ポリーはフェリシアをもう一度抱きしめた。
「フェリシア、あなたが幸せになることが、私の一番の願いよ。」
「姉様も、幸せになってください。」
「私はもう、十分幸せよ。」
ポリーは言った。
「あなたの笑顔を見られただけで。」
二人は涙ぐみながら微笑み合った。
リオールも、その姿を温かく見守っていた。
馬車に乗り込む前に、フェリシアは振り返った。
「姉様、愛しています。」
ポリーは驚いたように目を見開いた。そして、涙を流しながら答えた。
「私も愛してるわ、フェリシア。ずっと、ずっと愛してる。」
馬車が動き出した。
フェリシアは窓から手を振り続けた。ポリーも、見えなくなるまで手を振っていた。
―――
帰路、馬車の中でフェリシアはリオールに寄りかかった。
「良かった。」
彼女は囁いた。
「本当に良かった。姉様と、本当の意味で和解できて。」
「ああ。」
リオールは彼女の肩を抱いた。
「君たち姉妹は、これからもずっと仲良くやっていけるだろう。」
「はい。」
フェリシアは微笑んだ。
「姉様も結婚式に来てくれます。準備も手伝ってくれます。」
「楽しみだな。」
「ええ、本当に。」
フェリシアは幸せそうに目を閉じた。
家族との和解。
それは、彼女にとって何よりも大切なことだった。
母は天国にいる。父は罪を償っている。
そして姉は、今や本当の姉妹のように彼女を支えてくれる。
フェリシアの心は、温かな幸福で満たされていた。
馬車は王都に向かって進んでいく。
夕日が、二人を優しく照らしていた。




