第27話「海への旅路」
出発の朝、王宮の中庭には馬車が二台用意されていた。
一台目には、リオールとフェリシア。二台目には、レオナルドと騎士たち。
「準備は整いました。」
レオナルドが報告する。
「よし、では出発しよう。」
リオールは頷いた。
フェリシアは、小さな荷物を抱えていた。
着替え、魔法の訓練用の道具、そして母の首飾り。
「フェリシア。」
エミリアが駆け寄ってきた。
「お嬢様、どうか無事で。」
「ありがとう、エミリア。」
フェリシアは、侍女を抱きしめた。
「すぐに戻ってくるわ。」
「はい。待っています。」
エミリアは涙を拭った。
ポリーも、見送りに来ていた。
「フェリシア、気をつけて。」
「姉上も、お元気で。」
二人は抱き合った。
「必ず、無事に戻ってきてね。」
ポリーは、妹の手を握った。
「帰ってきたら、また一緒にお茶を飲みましょう。」
「はい。」
ライオスも、中庭に姿を現した。
「リオール、フェリシア。」
「ライオス。」
「無事に帰ってこい。」
ライオスは、友人の肩を叩いた。
「魔物を倒して、家名を手に入れろ。」
「ああ、必ず。」
リオールは力強く頷いた。
「行ってくる。」
馬車が動き出した。
―――
馬車は、王都を出て南へと向かった。
街道は整備されており、比較的快適な旅だった。
フェリシアは、窓の外を見ていた。
広がる田園風景。麦畑、牧場、小さな村。
「綺麗ですね。」
フェリシアが呟いた。
「ああ。」
リオールも、外を見た。
「お前、王都の外に出たのは初めてか?」
「はい。アイテール家の屋敷から、ほとんど出たことがありませんでしたから。」
フェリシアは、少し寂しげに笑った。
「こんなに広い世界があったなんて。」
「これから、もっと色々な場所に行こう。」
リオールは、フェリシアの手を取った。
「二人で。」
「はい。」
フェリシアは、リオールに寄り添った。
馬車は、ゆっくりと進んでいく。
道中、小さな村で休憩を取った。
村の人々は、騎士たちの姿を見て驚いていた。
「王宮の騎士様だ。」
「何かあったのか?」
囁き声が聞こえる。
レオナルドが、村長に事情を説明した。
「海辺の魔物を討伐に向かっています。」
「ああ、あのエルドマールに出没する魔物ですか。」
村長は、深刻な表情になった。
「噂は聞いております。どうか、お気をつけて。」
―――
村を出て、さらに南へ。
二日目の夜、一行は森の中で野営をすることになった。
騎士たちがテントを張り、焚き火を起こす。
フェリシアは、初めての野営に少し戸惑っていた。
「大丈夫か?」
リオールが心配そうに尋ねた。
「はい、ただ少し慣れなくて。」
「そうだな。お前は、ずっと屋敷にいたからな。」
リオールは、毛布を持ってきた。
「これを使え。夜は冷える。」
「ありがとうございます。」
フェリシアは、毛布を受け取った。
焚き火を囲んで、一行は夕食を取った。
簡素な食事だったが、不思議と美味しく感じた。
「外で食べると、美味しいですね。」
フェリシアが言った。
「ああ、新鮮な空気のせいかもな。」
リオールは笑った。
レオナルドが、地図を広げた。
「明日の昼には、港町に着くはずです。」
「わかった。」
リオールは頷いた。
「町に着いたら、まず情報を集める。」
「はい。漁師たちから、魔物の目撃情報を聞きましょう。」
レオナルドは、地図を畳んだ。
「では、今夜は交代で見張りを立てます。」
「頼む。」
―――
夜、フェリシアは眠れずにいた。
テントの中で、目を閉じているが、眠気が来ない。
不安だった。
魔物との戦い。
リオールが怪我をするかもしれない。
自分は、何ができるだろうか。
「フェリシア、起きているのか。」
外から、リオールの声が聞こえた。
「はい。」
フェリシアは、テントから出た。
リオールは、焚き火のそばに座っていた。
「眠れないのか?」
「少し。」
フェリシアは、リオールの隣に座った。
「不安なんです。」
「不安?」
「はい。魔物との戦いが。」
フェリシアは、焚き火を見つめた。
「私、何もできないかもしれません。」
「そんなことはない。」
リオールは、フェリシアの肩を抱いた。
「お前は、俺の支えだ。」
「でも。」
「でも、じゃない。」
リオールは、フェリシアを見つめた。
「お前がいるだけで、俺は強くなれる。」
「リオール様。」
「だから、不安に思うな。」
リオールは、優しく微笑んだ。
「一緒に、乗り越えよう。」
フェリシアは、涙が出そうになった。
「はい。」
二人は、しばらく焚き火を見つめていた。
―――
三日目の昼、一行は港町エルドマールに到着した。
海が見えた。
フェリシアは、初めて見る海に目を奪われた。
「すごい!」
青く広がる海。波の音。潮の香り。
「綺麗だろう。」
リオールが言った。
「はい、こんなに広いなんて。」
フェリシアは、感動していた。
しかし、町の様子は暗かった。
人々の表情は沈んでおり、港には壊れた船が何隻も浮いていた。
「魔物の被害か。」
レオナルドが呟いた。
一行は、町長の家を訪れた。
町長は、六十代の老人で、疲れた表情をしていた。
「王宮から来てくださったのですね。」
町長は、深く頭を下げた。
「ありがとうございます。」
「町長、魔物について教えてください。」
リオールが尋ねた。
「はい。」
町長は、重い口を開いた。
「三ヶ月前から、魔物が現れるようになりました。」
「どんな魔物ですか?」
「巨大な海蛇のような姿です。」
町長は震える声で続けた。
「夜、満月の頃に現れます。」
―――
「船を襲い、漁師たちを海に引きずり込みます。」
町長の目に、涙が浮かんだ。
「もう、十人以上が犠牲になりました。」
フェリシアは、胸が痛んだ。
「町長、魔物はどこから現れるのですか。」
レオナルドが尋ねた。
「沖の岩場からです。」
町長は、窓の外を指差した。
「あそこに、大きな岩礁があります。」
海の向こうに、確かに岩が見えた。
「あそこが、魔物の巣だと思われます。」
「なるほど。」
リオールは、考え込んだ。
「今夜は、満月ですか。」
「いえ、三日後です。」
町長が答えた。
「それまでに、準備をしましょう。」
リオールは立ち上がった。
「必ず、魔物を倒します。」
「お願いします。」
町長は、深く頭を下げた。
一行は、町長の家を出た。
「三日間で、作戦を立てる必要がある。」
レオナルドが言った。
「ああ。まず、宿を取ろう。」
町には、小さな宿があった。
一行は、そこに泊まることにした。
―――
その夜、フェリシアとリオールは、宿の部屋で二人きりだった。
「リオール様、私、怖いです。」
フェリシアが正直に言った。
「魔物が、本当に現れるなんて。」
「ああ、俺も緊張している。」
リオールは、窓の外を見た。
「でも、やるしかない。」
「はい。」
フェリシアは、リオールの隣に座った。
「私、何ができるでしょうか…。」
「お前は、俺のそばにいてくれればいい。」
リオールは、フェリシアの手を取った。
「それだけで、十分だ。」
「でも…。」
リオールは、真剣な目をしていた。
「もし、何か起きたら必ず守る。」
「はい!」
フェリシアは、強く頷いた。
「私、頑張ります。」
「ああ、信じている。」
二人は、抱き合った。
明日から、本格的な準備が始まる。
魔物討伐。
それは、二人にとって初めての大きな試練だった。
―――
翌日、リオールは漁師たちから話を聞いた。
「魔物は、とにかく巨大です。」
老漁師が言った。
「船よりも大きい。」
「弱点は、ありませんか?」
リオールが尋ねた。
「わかりません。ただ…。」
老漁師は、考え込んだ。
「頭に、光る石のようなものがあります。」
「光る石?」
「はい。あれが、弱点かもしれません。」
リオールは、その情報をメモした。
一方、フェリシアは町の人々を手伝っていた。
負傷した漁師の手当て。
子供たちの相手。
「お姉さん、ありがとう。」
小さな女の子が、フェリシアに花を渡した。
「どういたしまして。」
フェリシアは、微笑んだ。
その時、フェリシアは不思議な感覚を覚えた。
女の子の腕に、小さな傷があった。
フェリシアが触れると、傷が少し癒えたような気がした。
「あれ?」
女の子も、驚いた表情をしている。
「痛くない。」
フェリシアは、自分の手を見つめた。
これは、何だろう。
まさか。
夜、リオールに報告した。
「今日、不思議なことがあったんです。」
「不思議なこと?」
フェリシアは、女の子のことを話した。
リオールは、目を見開いた。
「それは、もしかしたら…。」
「はい?」
「治癒魔法の才能かもしれない。」
リオールは、興奮した様子だった。
「フェリシア、お前には素質があるのかもしれない。」
「本当ですか?」
「ああ。明日、試してみよう!」
二人は、希望を感じた。
もし、フェリシアに治癒魔法の才能があるなら。
それは、大きな力になる。
魔物との戦いで。
そして、これからの人生で。
フェリシアは、胸が高鳴った。
自分にも、できることがある。
そう思うと、勇気が湧いてきた。
「頑張ります!」
フェリシアは、決意を新たにした。
明日、魔物との戦いが近づいている。
でも、もう怖くない。
リオールがいる。
そして、自分にも力がある。
二人で、必ず乗り越える。
そう信じていた。
海の向こうでは、満月が近づいていた。
運命の夜が、迫っている。




