第24話「呪いの影響」
グレゴールが逮捕されてから一週間。
フェリシアは、王宮での新しい生活を楽しんでいた。
呪いから解放され、自由になった。
もう、誰も傷つけることはない。
そう思っていた。
しかし、ある日の朝。
「お嬢様、大変です!」
エミリアが、青い顔で部屋に飛び込んできた。
「どうしたの、エミリア。」
「庭師のトーマスが、倒れました!」
「え?」
フェリシアは驚いた。
トーマスは、昨日フェリシアと話していた。庭の花について、楽しく語り合った。
「すぐに行きます。」
庭に急ぐと、トーマスが地面に倒れていた。
周りに、人が集まっている。
「トーマス!」
フェリシアが駆け寄ると、人々が一斉に後ずさった。
「あ、あの。」
「不幸な令嬢が。」
「また、始まったのか。」
囁き声が、聞こえてくる。
フェリシアは、凍りついた。
―――
「違う。」
フェリシアは震える声で言った。
「呪いは、解けたはずです。」
「でも、トーマスは昨日、お嬢様と話していました。」
一人の使用人が言った。
「そして今朝、倒れたんです。」
「偶然です!」
フェリシアは必死に訴えた。
「私の呪いは、リオール様が解いてくださいました。」
しかし、人々の目は疑いに満ちていた。
その時、リオールが駆けつけた。
「何があった。」
「リオール様。」
フェリシアは、安堵した。
リオールは、倒れているトーマスを診た。
「これは…。」
リオールの顔色が変わった。
「呪いの痕跡がある。」
「え?」
フェリシアは、信じられなかった。
「でも、私の呪いは…。」
「フェリシアの呪いではない。」
リオールは立ち上がった。
「これは、別の呪いだ。」
「別の呪い?」
「ああ。しかし…。」
リオールは、フェリシアを見た。
「この呪いは、お前に反応している。」
フェリシアは、膝から崩れ落ちた。
―――
「どういうことですか?」
フェリシアは、リオールの研究室で尋ねた。
トーマスは、治癒魔法使いたちによって治療されている。命に別状はないが、しばらく安静が必要だという。
「フェリシアにかけられていた呪いは、確かに解けた。」
リオールは、資料を広げた。
「しかし、十八年間も呪いをかけられていた影響が、お前の体に残っている。」
「影響?」
「ああ。呪いの残滓のようなものだ。」
リオールは図を描いて説明した。
「お前の魔力に、呪いの痕跡が混じっている。」
「それが、人を傷つける?」
「正確には、お前の魔力に触れた人が、一時的に体調を崩す可能性がある。」
リオールは、深刻な表情だった。
「ただし、これは一時的なものだ。お前の体から、呪いの残滓が完全に消えれば、問題はなくなる。」
「どれくらいかかりますか?」
「わからない。数週間かもしれないし、数ヶ月かもしれない。」
フェリシアは、顔を覆った。
「結局、私は…。」
「違う。」
リオールは、フェリシアの手を取った。
「お前は、何も悪くない。」
「でも…。」
「これは、クロスとグレゴールのせいだ。」
リオールは、強く言った。
「お前の責任ではない。」
―――
しかし、王宮の人々の見方は変わった。
「やはり、不幸な令嬢だった。」
「呪いは、完全には解けていなかったのだ。」
「近づかない方がいい。」
フェリシアは、再び孤立し始めた。
使用人たちは、彼女を避ける。
貴族たちも、距離を置く。
エミリアだけが、変わらず接してくれた。
「お嬢様、気にしないでください。」
エミリアは、紅茶を淹れながら言った。
「みんな、すぐに理解してくれます。」
「ありがとう、エミリア。」
フェリシアは、微笑もうとしたが、できなかった。
「でも、私。」
涙が溢れた。
「やっと自由になれたと思ったのに。」
「お嬢様。」
「結局、私は呪われたままなのね。」
フェリシアは、声を上げて泣いた。
エミリアは、ただ黙って彼女を抱きしめた。
その夜、フェリシアは一人で部屋にいた。
リオールは、解決策を探すために研究に没頭している。
ライオスは、公務で忙しい。
誰にも会いたくなかった。
窓の外を見る。
月が、冷たく輝いている。
「母上。」
首飾りを握りしめる。
「私、どうすればいいのでしょうか。」
首飾りは、いつものように光らなかった。
―――
翌日、ポリーが王宮を訪れた。
「フェリシア!」
ポリーは、妹を抱きしめた。
「聞いたわ。大変だったのね。」
「姉上。」
フェリシアは、姉の胸で泣いた。
「やっと、自由になれたと思ったのに。」
「大丈夫よ。」
ポリーは、妹の背中を撫でた。
「これは、一時的なものでしょう。」
「でも、それまで。」
「それまで、私がそばにいるわ。」
ポリーは、妹を見つめた。
「あなたは、一人じゃない。」
「姉上。」
「それに、リオール様もライオス様も、あなたの味方よ。」
ポリーは微笑んだ。
「だから、負けないで。」
フェリシアは、涙を拭った。
「ありがとう、姉上。」
二人は、しばらく抱き合っていた。
その時、ドアがノックされた。
「フェリシア、入っていいか。」
リオールの声だった。
「はい。」
リオールが入ってくると、ポリーは立ち上がった。
「リオール様、妹をお願いします。」
「わかっています。」
ポリーは部屋を出て、二人きりになった。
―――
「フェリシア。」
リオールは、彼女の隣に座った。
「辛かっただろう。」
「はい。」
フェリシアは、俯いた。
「やっと、普通になれたと思ったのに。」
「お前は、普通だ。」
リオールは、フェリシアの顎に手を添え、顔を上げさせた。
「呪いの残滓があるだけで、お前自身は何も変わっていない。」
「でも、人々は。」
「人々が何を言おうと、関係ない。」
リオールは、真剣な目をしていた。
「俺は、お前を愛している。」
「リオール様。」
「それは、変わらない。」
リオールは、フェリシアを抱きしめた。
「お前が呪われていようと、いまいと。」
「でも。」
「でも、じゃない。」
リオールは、フェリシアから離れた。
「それに、解決策を見つけた。」
「本当ですか?」
「ああ。」
リオールは、資料を取り出した。
「呪いの残滓を浄化する方法がある。」
「それは?」
「定期的に、浄化の儀式を行う。」
リオールは説明した。
「毎週、小さな浄化を繰り返す。そうすれば、徐々に残滓が消えていく。」
「時間がかかりますか?」
「ああ。おそらく、三ヶ月ほど。」
「三ヶ月。」
フェリシアは、少し考えた。
「わかりました。お願いします。」
―――
翌週から、浄化の儀式が始まった。
毎週日曜日の朝、リオールとセラフィナが儀式を行う。
簡単な儀式で、三十分ほどで終わる。
「どうじゃ、体調は。」
セラフィナが尋ねた。
「少し、軽くなった気がします。」
フェリシアは微笑んだ。
「それはよかった。」
儀式を重ねるごとに、フェリシアの体から呪いの残滓が消えていく。
そして、人々の態度も、少しずつ変わり始めた。
「フェリシア様、元気になられましたね。」
エミリアが嬉しそうに言った。
「ええ、リオール様のおかげよ。」
「良かったです。」
また、トーマスも回復し、フェリシアに感謝の言葉を述べた。
「お嬢様、ご心配をおかけしました。」
「いいえ、私の方こそ。」
「お嬢様は、何も悪くありません。」
トーマスは微笑んだ。
「むしろ、お嬢様の優しさを、皆知っています。」
その言葉に、フェリシアは救われた。
―――
一ヶ月が経った頃。
フェリシアは、明らかに元気になっていた。
「今日の浄化で、かなり残滓が減ったわ。」
セラフィナが言った。
「あと二ヶ月ほどで、完全に消えるじゃろう。」
「ありがとうございます。」
フェリシアは、深く頭を下げた。
儀式を終えて、フェリシアは庭園を散歩していた。
花が咲き誇り、美しい景色が広がっている。
「フェリシア。」
リオールが、近づいてきた。
「散歩か?」
「ええ。」
二人は、並んで歩いた。
「リオール様、ありがとうございます。」
「何が?」
「あなたが、諦めずに解決策を探してくれたこと。」
フェリシアは、リオールを見た。
「あなたがいなければ、私は絶望していました。」
「当然のことをしただけだ。」
リオールは微笑んだ。
「俺は、お前を愛している。だから、お前の苦しみを取り除きたい。」
「リオール様。」
フェリシアは、リオールの手を取った。
「私も、あなたを愛しています。」
二人は、立ち止まって見つめ合った。
そして、静かにキスを交わした。
初めてのキス。
温かく、優しい。
「これから、どんな困難があっても。」
リオールが言った。
「俺たちは、一緒に乗り越える。」
「はい。」
フェリシアは頷いた。
「一緒に。」
二人は、手を繋いで歩き出した。
まだ、完全に呪いの影響から逃れたわけではない。
でも、希望がある。
愛する人がいる。
支えてくれる人々がいる。
だから、大丈夫。
フェリシアは、そう信じていた。
そして、その信念は、正しかった。
三ヶ月後、呪いの残滓は完全に消え去る。
フェリシアは、本当の意味で自由になる。
しかし、それまでの道のりは、決して楽ではなかった。
でも、彼女は乗り越えた。
愛する人と、共に。
そして、新しい人生が、本当に始まる。
フェリシア・アイテールの、幸せな人生が。




