第21話「試される絆」
儀式の日。
朝日が王宮を照らす。いつもと変わらぬ朝のはずなのに、空気が違う。
フェリシアは早くから目を覚ましていた。
今夜、午前零時。
自分の運命が決まる。
「怖い。」
窓辺に座り、呟く。
「でも、これしか道はない。」
ドアがノックされた。
「お嬢様、朝食の準備ができています。」
エミリアの声。
「ありがとう。すぐ行くわ。」
フェリシアは身支度を整えた。鏡の中の自分を見つめる。
「母上、見守っていてください。」
首飾りが、優しく光った。
食堂には、ライオスとリオールが待っていた。
「おはよう、フェリシア。」
ライオスが微笑む。
「よく眠れたか?」
「少しだけ。」
フェリシアは正直に答えた。
「夢を見ました。母と、話す夢を。」
「どんな?」
「母は言いました。『大丈夫よ、あなたは強い子だから。』と。」
フェリシアは微笑んだ。
「不思議と、勇気が湧いてきました。」
リオールは、その笑顔を見て胸が温かくなった。
「きっと、レーナが励ましてくれたんだ。」
「はい!」
三人は、静かに朝食を取った。
―――
午前中、フェリシアはポリーと過ごした。
宿を訪れると、ポリーは祈りの書を読んでいた。
「姉上。」
「フェリシア。」
ポリーは妹を抱きしめた。
「今夜ね。」
「はい。」
「怖い?」
「怖いです。でも、やらなければ。」
フェリシアは姉を見つめた。
「姉上、もし私が…。」
「やめて。」
ポリーが遮った。
「そんなこと、言わないで。」
「でも…。」
「あなたは、必ず成功する。」
ポリーは、妹の手を強く握った。
「私、信じているから。」
「姉上。」
「それに、あなたにはリオール様がいる。」
ポリーは微笑んだ。
「あの方、あなたのことを本当に大切に思っている。」
フェリシアは、顔を赤らめた。
「それは…///」
「わかるわよ。あの方の目を見れば。」
ポリーは優しく言った。
「だから、あなたは大丈夫。」
二人は、しばらく抱き合っていた。
「姉上、もし私が無事に戻ったら。」
「ん?」
「一緒に、母のお墓参りに行きましょう。」
ポリーは涙を流した。
「ええ、必ず。」
―――
午後、リオールは最終確認をしていた。
地下の儀式場。魔法陣は完璧に描かれている。
「リオール。」
ライオスが降りてきた。
「準備は?」
「万全だ。」
リオールは魔法陣を見つめた。
「あとは、本番を待つだけ。」
ライオスは、友の横顔を見た。
「リオール、正直に聞く。」
「何だ?」
「この儀式、お前にどれだけの負担がかかる。」
リオールは、少し黙ってから答えた。
「最悪の場合、俺の魔力が枯渇する。」
「魔力が枯渇すれば?」
「死ぬ。」
リオールは淡々と言った。
「魔法使いにとって、魔力は生命そのものだ。」
ライオスは拳を握りしめた。
「他に方法は?」
「ない。」
リオールは首を横に振った。
「フェリシアを救うには、これしかない。」
「お前…。」
「ライオス、お前は王子として、国民を守る義務がある。」
リオールは友を見た。
「俺は魔法使いとして、力なき者を守る義務がある。」
「リオール。」
「そして、個人として…。」
リオールは微笑んだ。
「フェリシアを愛している。」
ライオスは、言葉を失った。
―――
「愛している、か…。」
ライオスは、深いため息をついた。
「お前、彼女に伝えたのか?」
「いや…。」
リオールは首を横に振った。
「儀式が終わってから、伝えるつもりだ。」
「生きて帰る気、あるんだろうな。」
「当然だ。」
リオールは笑った。
「死ぬつもりはない。フェリシアと、これから幸せになるつもりだ。」
「なら、必ず生きて帰れ。」
ライオスは、友の肩を叩いた。
「俺は、お前たち二人の幸せを見たい。」
「ああ、約束する。」
二人は固く握手を交わした。
その時、セラフィナが階段を降りてきた。
「リオール、ライオス様。」
「セラフィナ様。」
「儀式の時間だが、少し変更したい。」
「変更?」
「ああ。午前零時ではなく、日没直後に始めたい。」
セラフィナは真剣な表情だった。
「グレゴールが、必ず襲ってくる。午前零時まで待てば、奴に準備の時間を与えてしまう。」
「なるほど。」
リオールは頷いた。
「確かに、早い方がいい。」
「日没は、午後六時じゃ。それまでに、最終準備を。」
「わかりました。」
―――
午後五時。
フェリシアは、儀式用の白いローブに着替えた。
シンプルなデザイン。そして、首には母の首飾り。
「お嬢様、とてもお似合いです。」
エミリアが涙を浮かべている。
「必ず、無事に戻ってきてください。」
「ありがとう、エミリア。」
フェリシアは、侍女を抱きしめた。
「あなたは、初めての友達だった。」
「お嬢様。」
「だから、待っていてね。」
「はい!」
エミリアは力強く頷いた。
部屋を出ると、廊下にライオスが待っていた。
「フェリシア、時間だ。」
「はい。」
二人は、地下へと向かう階段を降りていく。
「ライオス様。」
「ん?」
「もし私が…。」
「やめろ。」
ライオスが遮った。
「お前は、必ず成功する。」
「でも…。」
「でも、じゃない。」
ライオスは立ち止まり、フェリシアを見つめた。
「お前は、俺の大切な友人だ。失うわけにはいかない。」
「ライオス様。」
「それに、リオールが全力で守る。」
ライオスは微笑んだ。
「あいつは、お前を愛している。」
フェリシアは驚いた。
「え?」
「気づいていなかったのか?」
「私、そんな…///」
「あいつの目を見ればわかる。」
ライオスは歩き出した。
「だから、お前も生きて、あいつに想いを伝えろ。」
フェリシアの胸が、激しく鳴った。
―――
地下の儀式場に到着すると、すでに魔法使いたちが待っていた。
セラフィナ、ユリウス、ルナ、ステラ、オズボーン。
そして、中央にリオール。
「フェリシア。」
リオールが近づいてきた。
「準備はいいか?」
「はい!」
フェリシアは頷いた。
リオールは、フェリシアの手を取った。
「怖がらなくていい。俺が、必ずそばにいる。」
「はい。」
「お前は、一人じゃない。」
リオールは、フェリシアを魔法陣の中心へと導いた。
「ここに立ってくれ。」
フェリシアは、中心の台座に立った。
リオールは、彼女の首飾りを外し、目の前の小さな祭壇に置いた。
「この首飾りが、お前を守る。」
「はい。」
リオールは、フェリシアの両手を取った。
「いいか、儀式が始まったら、お前は母のことを想え。」
「母を?」
「ああ。レーナの愛を感じるんだ。そして、その愛の力で、呪いを拒絶する。」
リオールは、真っ直ぐにフェリシアを見つめた。
「お前は強い。必ず、できる。」
「はい!」
フェリシアは、リオールの手を握り返した。
「リオール様、私…///」
「ん?」
「私、あなたに伝えたいことが…///」
その時、セラフィナが声をかけた。
「リオール、時間じゃ。」
「ああ。」
リオールは、フェリシアから離れた。
「儀式が終わったら、聞かせてくれ。」
「はい!」
―――
魔法使いたちが、それぞれの位置につく。
魔法陣を囲むように、六人が立った。
「では、始める。」
リオールが宣言した。
「フェリシア・アイテール、呪い解除の儀式を開始する。」
全員が、呪文を唱え始めた。
魔法陣が、青白く光り出す。
フェリシアの体が、光に包まれていく。
「くっ…。」
突然、激しい痛みが走った。
「フェリシア!」
リオールが叫ぶ。
「大丈夫です!」
フェリシアは、必死で耐えた。
呪いが、抵抗している。
十八年間、彼女の魂に刻まれてきた呪いが、消えまいと暴れている。
「母上。」
フェリシアは、首飾りを見た。
首飾りが、強く光っている。
「母上、力を貸してください。」
その瞬間、フェリシアの心に温かいものが流れ込んできた。
母の愛。
母の声が、聞こえる気がした。
『大丈夫よ、フェリシア。あなたは強い子。』
「母上。」
涙が溢れた。
『私が、ずっとそばにいる。』
母の温もり。
それが、フェリシアを包む。
「ありがとう、母上。」
フェリシアは、呪いに向かって叫んだ。
「私は、あなたを拒絶する!」
その瞬間、魔法陣が激しく輝いた。
―――
「来たぞ!」
リオールが叫んだ。
呪いの核心が、姿を現した。
黒い霧のような、おぞましい存在。
それが、フェリシアの周りを渦巻いている。
「みんな、魔力を集中させろ!」
リオールは、両手を掲げた。
六人の魔法使いの魔力が、一つになる。
「浄化の光よ、闇を払え!」
巨大な光の柱が、呪いに向かって放たれた。
呪いは、苦しそうにうねる。
しかし、まだ消えない。
「くそ、まだ足りないのか」
ユリウスが歯を食いしばる。
「もっと、魔力を!」
全員が、限界まで魔力を注ぎ込む。
しかし、呪いは強い。
十八年間、蓄積された悪意。
それは、簡単には消えない。
「リオール、このままでは…。」
セラフィナが警告した。
「わかっている!」
リオールは、さらに魔力を注ぎ込んだ。
自分の限界を超えて。
「フェリシア!」
叫ぶ。
「お前の意志で、呪いを拒絶しろ!」
フェリシアは、目を開けた。
周りを渦巻く黒い霧。
それが、自分を縛ってきたもの。
「私は…。」
フェリシアは、両手を広げた。
「私は、自由になる!」
その叫びと共に、彼女の体から眩い光が溢れ出した。
母の魔力。
首飾りに込められていた、レーナの最後の魔力が、娘を包む。
「これは…?」
リオールは驚いた。
フェリシアの光と、自分たちの魔力が共鳴している。
「みんな、今だ!」
全員の魔力が、最高潮に達した。
そして、光が呪いを飲み込んだ。
「ぎゃああああ!」
呪いが、断末魔の叫びを上げる。
そして、砕け散った。
黒い霧が、光に溶けて消えていく。
「成功、したのか?」
ユリウスが呟いた。
魔法陣の光が、ゆっくりと弱まっていく。
中心に、フェリシアが立っていた。
「フェリシア!」
リオールが駆け寄る。
しかし、その瞬間。
天井が破壊され、一つの影が降りてきた。
「おめでとう、呪いが解けたな。」
グレゴールだった。
「そして、純粋なルシェール家の魔力が、解放された。」
グレゴールは、冷笑した。
「今こそ、その魔力をいただく!」




