第20話「魔術師の影」
儀式まで残り一日。
王宮は、緊迫した空気に包まれていた。
騎士たちが巡回を強化し、魔法使いたちは最終準備に追われている。
リオールは、地下の儀式場で魔法陣の最終確認をしていた。
「完璧だ。」
複雑な魔法陣が、床一面に描かれている。中心には、レーナの首飾りを置くための台座。
「セラフィナ様、治癒魔法の準備は?」
「万全じゃ。」
老魔女が頷く。
「フェリシア嬢の生命力を守る結界も、準備できておる。」
「私たちも、外部からの侵入を防ぐ結界を張ったわ。」
ルナとステラが報告する。
「魔力供給システムも完成した。」
ユリウスも親指を立てた。
「よし。」
リオールは、皆を見回した。
「明日の夜、午前零時に儀式を開始する。」
「了解じゃ。」
その時、オズボーンが駆け込んできた。
「大変だ!グレゴールが、王宮近くで目撃された!」
―――
会議室に、全員が集まった。
ライオス、リオール、魔法使いたち、そして騎士団長のレオナルド。
「グレゴールが、王宮の周辺を探っている。」
レオナルドが報告する。
「おそらく、儀式のことを察知している。」
「当然だろうな。」
リオールが腕を組む。
「奴は、フェリシアの魔力を狙っている。」
「儀式を中止すべきでは?」
一人の騎士が提案した。
「いや、中止はできない。」
ライオスが首を横に振る。
「グレゴールは、いずれ襲ってくる。ならば、こちらが準備万端の今の方がいい。」
「殿下の言う通りです。」
レオナルドも同意した。
「警備を最大限に強化します。グレゴールを、絶対に儀式場には近づけません。」
「頼む。」
リオールは立ち上がった。
「俺は、フェリシアのところに行く。」
「ああ、彼女も不安だろう。」
ライオスが頷いた。
「俺も後で顔を出す。」
リオールは、会議室を出た。
―――
フェリシアの部屋をノックすると、エミリアが出てきた。
「リオール様。」
「部屋にいるか?」
「はい。でも、今日は少し元気がなくて…。」
エミリアは心配そうだった。
「わかった。少し、話してくる。」
部屋に入ると、フェリシアは窓辺に座っていた。
「フェリシア。」
「リオール様。」
フェリシアは振り返った。その目は、不安に満ちていた。
「明日、ですね。」
「ああ。」
リオールは、フェリシアの隣に座った。
「怖いか?」
「はい。」
フェリシアは正直に答えた。
「とても怖いです。」
「当然だ。怖くない方がおかしい。」
リオールは、外を見た。
「でも、俺たちがいる。」
「はい。」
「お前を、必ず守る。」
リオールは、フェリシアの手を取った。
「信じてくれ。」
フェリシアは、リオールの手の温かさを感じた。
「信じています。」
「ありがとう。」
二人は、しばらく黙って外を見ていた。
―――
その夜、王宮の屋上に一つの影があった。
黒いローブを纏った老人。グレゴールだ。
「明日の夜か。」
グレゴールは、地下の儀式場を見下ろしていた。
魔法使いとしての感覚で、そこに強大な魔力が集まっているのがわかる。
「フェリシア・アイテール。ルシェール家の最後の血。」
グレゴールの目が、狂気に光った。
「お前の魔力を手に入れれば、私の計画は完成する。」
彼は、懐から小さな人形を取り出した。
レーナの髪で作られた人形。
「レーナの魔力は、すべて娘に受け継がれた。」
グレゴールは、人形に呪文を唱える。
「だから、この人形を使えば、娘の居場所がわかる。」
人形が、微かに光った。
「儀式の最中、娘は無防備になる。」
グレゴールは冷笑した。
「その時が、チャンスだ。」
しかし、その背後に気配があった。
「そうはさせない。」
リオールが立っていた。
―――
「リオール、王宮専属魔法使いか。」
グレゴールは振り返った。
「よく気づいたな。」
「お前の魔力は、異質だ。すぐにわかった。」
リオールは魔力を解放する。
「今夜、お前を捕らえる。」
「ふん、若造が。」
グレゴールも魔力を解放した。
二人の魔力がぶつかり合い、空気が震える。
「お前は、何人殺した?」
リオールが問う。
「覚えていない。」
グレゴールは平然と答えた。
「数えるのをやめた。」
「最低だな。」
「最低?」
グレゴールは笑った。
「私は、ただ目的のために生きているだけだ。」
「不老不死のために、何人も犠牲にした。」
「そうだ。それが何だ。」
グレゴールの目は、狂気に満ちていた。
「人の命など、塵芥に等しい。私の永遠の命に比べれば。」
リオールは、怒りで震えた。
「お前のような奴は、許さない。」
リオールは、攻撃魔法を放った。
―――
炎の槍がグレゴールに向かう。
しかしグレゴールは、軽々と避けた。
「遅い!」
彼は反撃の魔法を放つ。黒い雷が、リオールを襲う。
リオールは防御結界を張り、かろうじて防いだ。
「くっ!」
「お前は若く、才能もある。」
グレゴールは言った。
「だが、私は五十年以上も魔法を極めてきた。」
彼の魔力が、さらに膨れ上がる。
「経験の差を、思い知れ。」
グレゴールは、複数の魔法を同時に放った。
炎、氷、雷。すべてがリオールに襲いかかる。
リオールは、必死で防いだ。
しかし、グレゴールの魔法は強力だ。
「このままでは…!」
その時、別の魔力が介入した。
「リオール、一人で戦うな!」
ユリウスが現れた。
「お前たち。」
ルナとステラも、そしてセラフィナも現れた。
「我々を忘れてもらっては困るのう。」
セラフィナが杖をつく。
「お前たち。」
「一人で抱え込むな、リオール。」
ユリウスが肩を並べた。
「俺たちは、仲間だ。」
―――
「仲間、か。」
グレゴールは鼻で笑った。
「所詮、数が増えたところで。」
「黙れ。」
セラフィナが杖を掲げた。
「お前のような外道に、負けるわしらではない。」
五人の魔法使いが、魔力を合わせる。
「複合魔法、いくぞ!」
ユリウスが叫んだ。
五人の魔力が一つになり、巨大な魔法の渦を作り出す。
「なるほど、やるな。」
グレゴールも本気を出した。
彼の体から、おぞましいほどの魔力が溢れ出る。
「だが、私の五十年の蓄積を超えられるか!」
二つの魔力が激突した。
屋上が揺れ、建物全体が震動する。
「くっ!」
リオールたちは、必死で魔力を注ぎ込む。
しかし、グレゴールは強い。
「まだまだ!」
ユリウスが叫ぶ。
「諦めるな!」
ルナとステラも限界まで魔力を使う。
そして、セラフィナが。
「リオールよ。」
「セラフィナ様。」
「お前の想いを、魔法に込めるのじゃ。」
「想い?」
「そうじゃ。フェリシア嬢を守りたいという、お前の想いを。」
リオールは、フェリシアの顔を思い浮かべた。
彼女の笑顔。彼女の涙。彼女の強さ。
「フェリシア。」
リオールの魔力が、突然跳ね上がった。
―――
「これは!」
グレゴールが驚いた。
リオールの魔力が、光を帯びている。
「愛の魔力か?!」
グレゴールは舌打ちした。
「厄介な。」
五人の魔力が、グレゴールを圧倒し始めた。
「くそ!」
グレゴールは、煙玉を地面に叩きつけた。
紫の煙が、屋上を覆う。
「逃がすか!」
リオールが追おうとしたが、煙が晴れた時、グレゴールの姿は消えていた。
「逃げられた。」
「だが、奴も無傷ではないはずじゃ。」
セラフィナが言った。
「ああ、少なくとも今夜は襲ってこない。」
リオールは、仲間たちを見た。
「ありがとう、皆。」
「礼には及ばん。」
ユリウスが笑った。
「俺たちは、仲間だからな。」
その夜、リオールはフェリシアの部屋を訪れた。
「グレゴールと、戦ったのですか?!」
フェリシアは心配そうに尋ねた。
「ああ。でも、追い払った。」
リオールは微笑んだ。
「明日の儀式、大丈夫だ。」
「はい。」
フェリシアは、首飾りを握りしめた。
「私、頑張ります。」
「ああ、俺も全力を尽くす。」
リオールは、フェリシアの頭に手を置いた。
「必ず、救う。」
その言葉に、フェリシアは涙が出そうになった。
「ありがとうございます。」
夜が明ければ、運命の日。
すべてが決まる日。
しかし、二人には恐れはなかった。
なぜなら、共に戦う仲間がいるから。
そして、互いへの想いがあるから。
それが、奇跡を起こす。
明日、すべてが変わる。
フェリシア・アイテールの、新しい人生が始まる。




