第18話「母の最期」
儀式まで残り三日。
リオールは、レーナの日記をさらに詳しく調べていた。魔術的な観点から、彼女が首飾りに込めた魔法の痕跡を探っている。
「不思議だ。」
リオールは呟いた。
「レーナの魔力は、首飾りに完全に移されている。しかし、何か別の力も感じる。」
ページをめくっていくと、日記の途中に一枚の紙が挟まっていた。
折りたたまれた古い紙。
開いてみると、そこには魔法陣の図が描かれていた。
「これは。」
複雑な魔法陣。リオールが見たこともない構造だ。
「転移の魔法陣?いや、違う。これは。」
よく見ると、中心に小さな文字で何かが書かれている。
『もし、この日記を見つけた者がいるなら。私の最期の記憶を見てほしい。』
リオールは息を呑んだ。
「記憶の転移魔法。レーナは、自分の最期の記憶を封じていた。」
これは、重要な情報が含まれているかもしれない。
リオールは急いで、ライオスとフェリシアを呼んだ。
―――
研究室に三人が集まった。
「記憶の転移魔法?」
ライオスが尋ねた。
「ああ。レーナは、自分の最期の瞬間を魔法陣に封じていた。」
リオールは紙を広げた。
「この魔法陣を起動すれば、レーナが見たもの、聞いたものを、俺たちも体験できる。」
フェリシアは緊張した表情だった。
「母の、最期を。」
「ああ。辛いかもしれない。でも、重要な手がかりがあるかもしれない。」
リオールは、フェリシアを見つめた。
「お前が、見たくないなら。」
「いいえ。」
フェリシアは首を横に振った。
「見ます。母が、伝えたかったことを知りたい。」
「わかった。」
リオールは魔法陣を床に描き始めた。
複雑な線、古代の文字。すべてを正確に再現していく。
「準備ができた。」
三人は、魔法陣の周りに座った。
「手を繋いでくれ。記憶を共有するために。」
フェリシアは、リオールとライオスの手を取った。
「では、始める。」
リオールが呪文を唱えると、魔法陣が光り出した。
そして、三人の意識は、二十年前へと飛んだ。
―――
目を開けると、そこは見覚えのある部屋だった。
アイテール家の寝室。
ベッドには、妊婦の姿。レーナ・アイテールだ。
「これが、母上。」
フェリシアは息を呑んだ。
栗色の髪、優しい青い瞳。自分とよく似ている。
レーナは苦しそうに呼吸をしている。陣痛が始まっているようだ。
「クロス、クロス。」
レーナが呼ぶが、誰も来ない。
「あの人は、もう私を愛していない。」
レーナは涙を流した。
「私の魔力だけが、目当てだった。」
彼女は、首元の首飾りに手を伸ばした。
「でも、この子は守る。絶対に。」
レーナは、首飾りを握りしめる。
「私のすべての魔力を、この首飾りに。」
彼女の体から、光が溢れ出した。それは、首飾りへと流れ込んでいく。
「これで、この子は守られる。」
魔力を失ったレーナの体は、急速に衰弱していく。
「もう、長くない。」
―――
その時、ドアが開いた。
クロスが入ってくる。彼の後ろには、黒いローブの老人。
グレゴールだった。
「レーナ、もうすぐだな。」
クロスの声は、冷たかった。
「クロス、お願い。」
レーナは必死に訴えた。
「この子を、普通に育てて。呪いなんてかけないで。」
「無理な相談だ。」
グレゴールが進み出た。
「お前の娘には、特別な運命がある。」
「あなたは…。」
「私はグレゴール。お前の夫に、力を与えた者だ。」
グレゴールは、レーナを見下ろした。
「ルシェール家の魔力。素晴らしい。お前の家族から集めた魔力も、申し分ない。」
「あなたが、私の家族を。」
レーナの目が、怒りに燃えた。
「そうだ。お前の父、母、兄弟。すべて、私が殺した。」
グレゴールは冷笑した。
「そして今、お前の娘の魔力も手に入れる。」
「させない。」
レーナは、残された力で立ち上がろうとした。
しかし、体が動かない。
「無駄だ。お前は、もう魔力を失っている。」
グレゴールは、クロスに指示した。
「娘が生まれたら、すぐに呪いをかけろ。」
「わかっています。」
クロスは、目を逸らした。
―――
「クロス、お願い。」
レーナは涙を流した。
「あなたは、私を愛してくれていたでしょう。少しでも。」
「愛していた。」
クロスは、小さく答えた。
「でも、力の方が必要だった。」
「そう。」
レーナは、諦めたように微笑んだ。
「なら、せめて約束して。」
「何を。」
「娘を、人として扱って。道具としてではなく。」
クロスは答えなかった。
「クロス!」
レーナが叫んだ瞬間、激しい陣痛が襲った。
「うっ。」
「もうすぐだ。」
グレゴールが、部屋の隅で魔法陣を描き始めた。
「生まれた瞬間に、呪いをかける準備だ。」
時間が経ち、ついに赤ん坊の泣き声が響いた。
フェリシアが、生まれた。
「女の子です。」
侍女が告げる。
「完璧だ。」
グレゴールが近づこうとした、その時。
「待って!」
レーナが、最後の力を振り絞った。
―――
「娘に、触れないで。」
レーナの体から、微かな光が立ち上った。
「馬鹿な、まだ魔力が残っていたのか。」
グレゴールが驚く。
「残していた。最後の、最後まで。」
レーナは、赤ん坊を抱き寄せた。
「フェリシア。あなたの名前よ。」
赤ん坊に、優しく語りかける。
「幸せになって。笑って、愛されて。」
レーナは、首飾りを赤ん坊の首にかけた。
「これが、母からの贈り物。」
そして、赤ん坊の額に、そっとキスをした。
「愛しているわ。」
その瞬間、首飾りが強く光った。
レーナの最後の魔力が、首飾りに、そして娘に流れ込む。
「これで、完全ではないけれど、あなたを守れる。」
レーナは、安堵の表情を浮かべた。
「グレゴール、あなたの計画は、完全には成功しない。」
「何?」
「私の魔力が、娘を守る。あなたたちから。」
レーナは、クロスを見た。
「クロス、いつか、あなたは後悔する。」
「レーナ。」
「娘を、頼みます。」
それが、レーナの最後の言葉だった。
彼女の体から、力が抜けていく。
「レーナ!」
クロスが叫んだが、もう遅かった。
レーナ・アイテールは、娘を守って死んだ。
―――
記憶が途切れ、三人は現実に戻った。
フェリシアは、声を上げて泣いていた。
「母上、母上。」
ライオスとリオールも、深く心を動かされていた。
「レーナは、最期まで戦った。」
ライオスが呟く。
「娘を守るために。」
リオールは、泣いているフェリシアを抱きしめた。
「お前の母は、本当に強い人だった。」
「はい。」
フェリシアは、リオールの胸で泣いた。
「母は、私を愛してくれていた。」
「ああ、誰よりも。」
しばらくして、フェリシアは涙を拭った。
「母が、最後まで戦ってくれた。」
「ああ。」
「なら、私も戦います。」
フェリシアは、決意に満ちた目をしていた。
「母の想いを、無駄にしません。」
リオールは頷いた。
「ああ。そして、俺たちも戦う。」
「お前を、必ず救う。」
ライオスも力強く言った。
三人は、手を重ねた。
「あと三日で、儀式だ。」
「はい!」
「必ず、成功させる!」
夜空には、月が昇っていた。
レーナの魂も、きっと見守っている。
娘が、自由になる日を。
そして、幸せになる日を。
フェリシアは、首飾りを握りしめた。
「母上、見ていてください。」
首飾りが、優しく光った。
まるで、「頑張って」と言っているように。
リオールは、フェリシアの肩に手を置いた。
「大丈夫だ。お前は、一人じゃない。」
「はい。」
フェリシアは、リオールを見上げた。
「リオール様、ライオス様、ありがとうございます。」
「礼には及ばない。」
ライオスが微笑んだ。
「俺たちは、友人だ。」
「ああ、そしてお前を守ることが、俺たちの使命だ。」
リオールも微笑んだ。
三人は、月明かりの中で誓った。
必ず、呪いを解く。
必ず、フェリシアを自由にする。
そして、レーナの願いを叶える。
それが、彼らの決意だった。
あと三日。
運命の儀式が、迫っている。
しかし、彼らには恐れはなかった。
なぜなら、愛があるから。
母の愛、友の愛、そして芽生え始めた恋の愛。
それが、すべてを可能にする。
レーナの魂も、きっと力を貸してくれる。
三人は、それを信じていた。
そして、その信念が、奇跡を起こす。




