第16話「呪術の全貌」
グレゴールの襲撃から一夜明け、リオールは禁書庫に籠もっていた。
「グレゴール。」
その名前を、古い魔術師の記録から探す。
数時間後、ついに一つの記述を見つけた。
「グレゴール・ヴァンヘルシング。五十年前、禁術使用により魔術師協会から追放された。」
リオールは記録を読み進める。
「人体実験、魔力の強奪、そして大量殺人。すべての罪で、死刑判決を受けたが、逃亡。」
その後の記録は途絶えていた。
「五十年前。ということは、今は九十歳を超えているはずだが。」
昨夜見たグレゴールは、七十代くらいに見えた。
「まさか、他人の魔力を奪って若さを保っている?」
リオールは背筋が寒くなった。
「クロスに教えたのではない。グレゴール自身が、生贄の呪術の開発者だったのか。」
急いで、ライオスの執務室に向かった。
―――
「グレゴールが、呪術の開発者だと?」
ライオスは記録を見て、顔色を変えた。
「ああ。そして、彼は五十年以上前から、魔力を集め続けている。」
リオールは地図を広げた。
「ここに、過去五十年間の不審な貴族の死亡記録をまとめた。」
地図には、無数の印がつけられている。
「すべて、魔力を持つ家系だ。そして、その死は不自然だった。」
「これほど多くの。」
「ああ。グレゴールは、計画的に魔力を持つ者たちを殺してきた。」
リオールは拳を握りしめた。
「ルシェール家も、その一つだった。」
ライオスは立ち上がった。
「父上に報告する。これは、国家レベルの危機だ。」
「ああ。そして、フェリシアを守らなければ。」
「フェリシアは今、どこに?」
「自室にいるはずだ。エミリアと一緒に。」
「警備を三倍にする。誰も、フェリシアに近づけるな。」
ライオスは騎士たちに命令を飛ばした。
その頃、フェリシアは自室で編み物をしていた。
エミリアが紅茶を淹れながら、心配そうに見ている。
「お嬢様、大丈夫ですか?」
「ええ、大丈夫よ。」
フェリシアは微笑んだが、その笑顔は少し強張っていた。
「昨夜、何かあったと聞きました。」
「ええ。でも、リオール様とライオス様が守ってくださった。」
フェリシアは窓の外を見た。
「エミリア、私、怖いの。」
「お嬢様。」
「呪いを解く儀式も怖い。でも、それ以上に。」
フェリシアは手を見つめた。
「あのグレゴールという人が、また誰かを傷つけるのが怖い。」
―――
午後、リオールはフェリシアの部屋を訪れた。
「フェリシア、少し話がある。」
「はい。」
二人は向かい合って座った。
「グレゴールについて、わかったことを話す。」
リオールは、調べた内容を説明した。
グレゴールが五十年以上前から魔力を集めていること。無数の犠牲者がいること。そして、フェリシアが次の標的であること。
フェリシアは黙って聞いていた。
「フェリシア、お前は今、大きな危険にさらされている。」
「はい。」
「だから、儀式を早める。」
リオールの言葉に、フェリシアは驚いた。
「早める?」
「ああ。本来なら来月中旬の予定だったが、来週に変更する。」
「来週。」
フェリシアの顔が青ざめた。
「準備は、間に合うのですか?」
「完璧ではない。だが、グレゴールに狙われたまま待つよりはましだ。」
リオールは、フェリシアの手を取った。
「俺は、お前を守る。必ず、呪いを解いて見せる。」
その手は、温かかった。
「リオール様。」
「怖いか。」
「はい、とても。」
フェリシアは正直に答えた。
「でも、あなたがいてくれるなら、乗り越えられる気がします。」
リオールは優しく微笑んだ。
「ああ、俺がいる。ライオスもいる。セラフィナも、他の魔法使いたちも。」
「はい。」
「お前は、一人じゃない。」
フェリシアは涙を拭った。
「ありがとうございます。」
―――
その夜、王宮の会議室に魔法使いたちが集められた。
リオール、セラフィナ、ユリウス、ルナ、ステラ、そしてオズボーン。
「儀式を一週間後に早める。」
リオールが告げると、皆驚いた表情を浮かべた。
「一週間?」
ユリウスが反対する。
「準備が間に合わない。魔法陣の構築だけで、あと二週間は必要だ。」
「わかっている。だが、グレゴールが動いている。」
リオールは事情を説明した。
「このまま待てば、フェリシアが襲われる可能性がある。」
「ならば、警備を強化すれば?」
「それでは不十分だ。」
セラフィナが口を挟んだ。
「グレゴールは、五十年以上も魔力を集め続けておる。その力は、計り知れん。」
「だからこそ、早く呪いを解く必要がある。」
リオールは地図を広げた。
「儀式の準備を、全員で分担する。」
「わしは、治癒魔法の準備を。」
セラフィナが言った。
「私たちは、結界の構築を。」
ルナとステラも頷いた。
「俺は、魔力の供給システムを作る。」
ユリウスも観念した様子で同意する。
「私は、魔法陣の最終調整を。」
オズボーンも協力を申し出た。
「では、決まりだ。」
リオールは皆を見回した。
「一週間後、フェリシア・アイテールを救う。」
全員が頷いた。
―――
翌日、リオールはアイテール家の地下牢を訪れた。
そこには、クロスが囚われていた。
以前とは見違えるほど老け込んでいる。白髪が増え、皺が深く刻まれ、背中も丸まっていた。
「クロス・アイテール。」
リオールの声に、クロスは顔を上げた。
「お前は、魔法使いの…?」
「話がある。」
リオールは牢の前に立った。
「グレゴールについて、知っていることを話せ。」
クロスの顔が歪んだ。
「あの男か。」
「ああ。奴が、すべての黒幕だ。」
クロスは壁にもたれた。
「私は、利用されていただけだ。」
「どういうことだ?」
「二十年前、私は行き詰まっていた。」
クロスは遠い目をした。
「アイテール家は没落しかけていた。金もなく、地位も失いつつあった。」
「それで?」
「ある日、グレゴールが現れた。『力が欲しいか』と。」
クロスは自嘲的に笑った。
「私は、愚かにも飛びついた。」
―――
「グレゴールは、私にレーナとの結婚を勧めた。」
クロスは続けた。
「ルシェール家の財産を奪う方法、レーナを孤立させる方法、すべて彼が教えた。」
「そして、生贄の呪術も…。」
「ああ。彼は言った。『レーナの魔力を奪え。そうすれば、永遠の若さと富が手に入る』と。」
クロスは顔を覆った。
「私は、その甘言に騙された。」
「レーナを愛していなかったのか?」
「愛していた。」
クロスは涙を流した。
「だが、力の方が欲しかった。そして、気づいた時にはもう遅かった。」
「遅かった?」
「レーナは死に、フェリシアが生まれた。そして、私は呪いに取り憑かれていた。」
クロスは震える声で続けた。
「呪いは、私の心も蝕んでいた。フェリシアを憎む感情、若さへの執着、すべて呪いが増幅させていた。」
リオールは眉をひそめた。
「つまり、お前も呪いの被害者だと?」
「言い訳ではない。」
クロスは頭を振った。
「私が選んだ道だ。だが、グレゴールは私を操っていた。」
「グレゴールの目的は何だ?」
「わからない。ただ、彼は魔力を集めていた。」
クロスは顔を上げた。
「そして、彼は言った。『ルシェール家の魔力は、究極の魔術に必要だ』と。」
「究極の魔術?」
「それ以上は、知らない。」
リオールは考え込んだ。
究極の魔術。グレゴールが五十年かけて目指しているもの。
「クロス、最後に聞く。」
「何だ。」
「お前は、フェリシアを娘として愛したことはあるのか?」
クロスは長い沈黙の後、答えた。
「ない。」
「そうか。」
リオールは背を向けた。
「お前は、父親失格だ。」
「わかっている。」
クロスの声が背後から聞こえた。
「頼む。フェリシアを、グレゴールから守ってくれ。」
リオールは振り返らずに答えた。
「言われなくても、守る。」
―――
地下牢を出たリオールは、ライオスと合流した。
「クロスから、何か聞けたか?」
「ああ。グレゴールは『究極の魔術』を目指している。」
「究極の魔術?」
「詳細は不明だ。だが、それにはルシェール家の魔力が必要らしい。」
二人は廊下を歩いた。
「つまり、フェリシアの魔力が?」
「ああ。彼女は、グレゴールの最終目標かもしれない。」
ライオスは拳を握りしめた。
「絶対に、渡すものか。」
「ああ。だから、一週間後の儀式を成功させる。」
リオールは決意に満ちた目をしていた。
「俺は、フェリシアを守る。たとえ、自分の命と引き換えになっても。」
「リオール。」
「彼女は、幸せになるべきだ。誰よりも。」
その言葉に、ライオスは友の想いを感じ取った。
「わかった。俺も、全力で協力する。」
夕方、フェリシアは庭園で花を見ていた。
一週間後に儀式がある。
それが成功すれば、自由になれる。
失敗すれば、死ぬかもしれない。
「母上。」
首飾りを握りしめる。
「私、頑張ります。」
首飾りが、温かく光った。
まるで母が、応援してくれているように。
「お嬢様。」
リオールが近づいてきた。
「散歩ですか?」
「ああ。少し、頭を整理していた。」
リオールはフェリシアの隣に立った。
「一週間後、すべてが変わる。」
「はい。」
「怖いか?」
「怖いです。でも…。」
フェリシアはリオールを見上げた。
「あなたがいてくれるなら、大丈夫です。」
リオールは、フェリシアの頭に手を置いた。
「ああ。俺は、必ずお前を守る。」
二人は、夕日に照らされていた。
一週間後。
運命の儀式が待っている。
成功すれば、フェリシアは自由になる。
失敗すれば、すべてが終わる。
でも、彼らは諦めない。
仲間と共に、最後まで戦う。
それが、彼らの決意だった。




