第15話「姉の選択」
証言を決意したポリーは、その夜からアイテール家に関するすべての記憶を書き起こし始めた。
父の行動、不自然な出来事、聞こえてきた会話。すべてを詳細に記録していく。
フェリシアは毎日、姉の宿を訪れて手伝った。二人で過去を振り返りながら、少しずつ真実を明らかにしていく。
「フェリシア、あなたが五歳の時、侍女のマリアが亡くなったわね。」
「はい、覚えています。」
「あの時、父はとても機嫌が良かった。」
ポリーはペンを走らせる。
「私は不思議に思っていたの。侍女が亡くなったのに、なぜ父は嬉しそうなのかと。」
「今なら、わかります。」
フェリシアは静かに言った。
「呪いが、また生命力を吸い取ったから。」
「ええ。父にとって、人の死は喜ぶべきことだった。」
ポリーの手が震えた。
「恐ろしい人だった…。」
二人は黙々と作業を続けた。
痛みを伴う記憶の発掘。でも、それは必要なことだった。
―――
数日後、リオールがポリーの宿を訪れた。
「ポリー、呪いの除去について話がある。」
「はい、リオール様。」
リオールは椅子に座り、資料を広げた。
「お前にかけられた呪いは、フェリシアのものとは性質が違う。」
「違う?」
「ああ。フェリシアは生贄の核として呪いをかけられている。しかしお前は、後から組み込まれた。」
リオールは図を描いて説明した。
「例えるなら、フェリシアは呪いの心臓部。お前は、そこから伸びる血管のようなものだ。」
「つまり?」
「フェリシアの呪いを解けば、お前の呪いも自然に消える可能性が高い。」
ポリーは安堵の表情を浮かべた。
「それなら、私は別の儀式を受けなくても?」
「ああ。ただし…。」
リオールは真剣な表情になった。
「念のため、お前の体内に残った呪いの痕跡を浄化する必要がある。」
「それは、危険ですか?」
「いや、簡単な儀式だ。フェリシアほどの危険はない。」
リオールは資料を畳んだ。
「来週、予備的な浄化を行う。準備をしておいてくれ。」
「わかりました。ありがとうございます。」
ポリーは深く頭を下げた。
リオールは少し躊躇してから、口を開いた。
「ポリー、お前は勇気を出した。」
「え?」
「証言をすると決めたこと。それは、簡単な選択ではなかったはずだ。」
リオールは立ち上がった。
「お前は、フェリシアの良い姉だ。」
その言葉に、ポリーは涙が出そうになった。
「ありがとうございます。」
―――
一週間後、予備的な浄化の儀式が行われた。
王宮の地下にある小さな魔法陣の部屋。リオールの他に、セラフィナも立ち会っていた。
「では、始める。」
リオールが魔法陣の中心にポリーを立たせた。
「何も恐れることはない。少し温かく感じるだけだ。」
「はい。」
ポリーは目を閉じた。
リオールが呪文を唱え始める。魔法陣が青白く光り出す。
ポリーの体が、微かに光に包まれた。
「呪いの痕跡、確認。」
セラフィナが言った。
「微弱だが、確かに存在する。クロスは、娘を完全に支配下に置いていたのじゃな。」
「ああ。だが、今日でそれも終わる。」
リオールは両手を掲げ、さらに強く魔力を注ぎ込んだ。
ポリーの体から、黒い霧のようなものが立ち上る。それは苦しそうにうねりながら、やがて光に溶けて消えていった。
「終わったぞ。」
リオールが告げると、ポリーは膝から崩れ落ちた。
「ポリー!」
駆け寄るフェリシア。
「大丈夫?姉上。」
「大丈夫よ。ただ、少し力が抜けただけ。」
ポリーは立ち上がり、自分の手を見つめた。
「不思議。体が、軽い。」
「呪いの重みが消えたのじゃ。」
セラフィナが微笑んだ。
「これで、お主は完全に自由じゃ。」
ポリーは涙を流した。
「ありがとうございます。」
―――
儀式の後、ポリーとフェリシアは庭園を歩いていた。
「本当に、体が軽いわ。」
ポリーは深呼吸をした。
「こんなに爽やかな気持ちになったのは、いつぶりかしら。」
「良かったです、姉上。」
「ええ。これで、私も父の影から完全に解放された。」
二人はベンチに座った。
「フェリシア、あなたの儀式はいつ?」
「来月の中旬だそうです。」
「もうすぐね。」
ポリーは心配そうに妹を見た。
「怖くない?」
「怖いです。」
フェリシアは正直に答えた。
「でも、それ以上に、自由になりたい。」
「そうね。」
ポリーは空を見上げた。
「フェリシア、もし私が…。」
「はい?」
「もし私があの時、勇気を出してあなたを守っていたら。」
ポリーの声が震えた。
「あなたは、こんなに苦しまなくて済んだのかしら。」
フェリシアは姉の手を取った。
「姉上、過去は変えられません。」
「でも…。」
「大切なのは、今です。」
フェリシアは微笑んだ。
「今、姉上は私のそばにいてくれる。それだけで、十分です。」
ポリーは妹を抱きしめた。
「ありがとう。あなたは、本当に優しい。」
―――
その夜、ポリーは一人で屋敷の資料を読み返していた。
裁判まで、あと一週間。
証言の内容を、何度も確認する。
ドアがノックされた。
「ポリー様、お客様です。」
宿の主人が言った。
「こんな時間に?」
部屋に入ってきたのは、黒いフードを被った人物だった。
ポリーは警戒した。
「あなたは?」
「久しぶりだな、ポリー・アイテール。」
低く、冷たい声。
ポリーはその声に聞き覚えがあった。
「あなたは、あの時の…。」
「そう。お前が五年前に見た、お前の父と密会していた者だ。」
人物はゆっくりとフードを外した。
現れたのは、七十代くらいの老人。しかし、その目は異様な光を放っていた。
「私の名はグレゴール。お前の父に、生贄の呪術を教えた魔術師だ。」
ポリーは後ずさった。
「何の用です。」
「用?決まっている。」
グレゴールは冷笑した。
「証言を撤回しろ、と言いに来た。」
―――
「証言を撤回?」
ポリーは壁際まで下がった。
「できません。私は、もう決めたのです。」
「愚かな娘だ。」
グレゴールは一歩近づいた。
「お前が証言すれば、クロスだけでなく、私の計画も明るみに出る。」
「あなたの計画?」
「そう。ルシェール家の魔力を集める計画だ。」
グレゴールの目が光った。
「レーナの魔力は素晴らしかった。だが、まだ足りない。もっと多くの魔力を集めねば。」
「あなたが、母の家族を…!」
「そう。ルシェール家を滅ぼしたのは、私だ。」
グレゴールは狂気の笑みを浮かべた。
「一族の魔力をすべて集め、究極の魔術を完成させる。それが、私の悲願だ。」
ポリーは恐怖に震えた。
「あなたは、悪魔です。」
「悪魔?」
グレゴールは笑った。
「私は、ただの研究者だ。魔術の真理を求める者だ。」
彼は手を伸ばした。
「さあ、証言を撤回しろ。さもなくば。」
その時、ドアが蹴破られた。
「さもなくば、何だ?」
リオールが立っていた。その後ろには、ライオスと数名の騎士。
「ついに尻尾を出したな。」
リオールの声は、怒りに満ちていた。
―――
「リオール、王宮専属魔法使いか。」
グレゴールは舌打ちした。
「邪魔をするな。」
「邪魔?お前が邪悪な計画を進めているのだ。」
リオールは魔力を込めた。
「ポリーに手を出させない。」
「ふん、若造が。」
グレゴールも魔力を解放する。部屋の空気が震えた。
「逃がすな!」
ライオスが騎士たちに命じる。
しかしグレゴールは、懐から煙玉を取り出して床に叩きつけた。
紫色の煙が部屋中に広がる。
「次は、もっと用意をして来よう。」
グレゴールの声が響いた。
「ルシェール家の魔力は、必ず手に入れる。」
煙が晴れた時、グレゴールの姿は消えていた。
「逃げられたか。」
リオールは悔しそうに拳を握りしめた。
「ポリー、大丈夫か?」
「はい、リオール様。ありがとうございます。」
ポリーは震えながらも、頷いた。
ライオスが部屋に入ってきた。
「今の男が、黒幕か。」
「ああ。グレゴールと名乗った。」
リオールは窓の外を見た。
「奴は、ルシェール家の魔力を狙っている。」
「つまり、フェリシアも。」
「ああ。奴の次の標的は、フェリシアだ。」
ライオスの表情が険しくなった。
「警備を強化する。そして、一刻も早く呪いを解かなければ。」
リオールも頷いた。
「ああ。時間がない。」
ポリーは二人を見て、決意を新たにした。
「私は、必ず証言します。」
「ポリー。」
「あんな悪魔を、野放しにはできません。」
ポリーは立ち上がった。
「父も、グレゴールも、裁かれるべきです。」
ライオスは頷いた。
「わかった。お前を、全力で守る。」
その夜、王宮では緊急会議が開かれた。
グレゴールという黒幕の存在。
ルシェール家の魔力を狙う陰謀。
そして、フェリシアへの脅威。
すべてが、急速に動き始めていた。
フェリシアは、自室で祈っていた。
「母上、どうか皆を守ってください。」
首飾りが、強く光った。
まるで母が、娘に力を与えるように。
戦いは、新たな段階に入った。
しかし、仲間たちは決して諦めない。
フェリシアを守り、真実を明らかにするために。
彼らは、共に戦う。




