第11話「王子の決意」
翌朝、ライオスは父である国王オズワルドの執務室を訪れていた。
国王は机に向かい、山積みの書類に目を通している。五十代半ばとは思えない精力的な姿勢だ。
「父上、少しお時間をいただけますか?」
「ライオス、何だ。」
オズワルドは書類から顔を上げた。
「アイテール伯爵の件です。」
ライオスは椅子に座った。
「リオールたちの調査により、クロス・アイテールの罪状が明らかになりました。」
ライオスは、これまでに判明した事実を報告した。
レーナの家族を陥れたこと、結婚詐欺、魔力の強奪、そして娘への生贄の呪術。
国王は黙って聞いていたが、その表情は徐々に険しくなっていった。
「なるほど。想像以上に悪質だな。」
「はい。父上、正式な調査と裁判を求めます。」
「当然だ。これほどの罪、見過ごすわけにはいかない。」
オズワルドは立ち上がった。
「しかし、ライオス。お前はなぜ、ここまでこの件に関わる。」
「それは…。」
「一人の令嬢を救うため、王子であるお前が動く。それは良いことだ。しかし、理由を聞かせてくれ。」
ライオスは父を見つめた。
「正義のためです。」
「正義?」
「はい。フェリシアは何も悪くないのに、十八年間苦しんできました。それは、正されるべきです。」
ライオスは立ち上がった。
「そして、俺は将来この国を継ぐ者として、国民を守る責任があります。フェリシアも、この国の民です。」
オズワルドは息子を見つめ、そして微笑んだ。
「よく言った。お前は、良い王になるだろう。」
「父上。」
「わかった。クロス・アイテールの正式な調査を開始する。そして、証拠が揃い次第、裁判を行う。」
オズワルドは机に戻った。
「ライオス、お前はフェリシア嬢の保護を続けろ。彼女が安心して過ごせるように。」
「ありがとうございます、父上。」
―――
執務室を出たライオスは、廊下で待っていた側近の騎士、レオナルドと合流した。
三十代前半の実直な騎士で、ライオスの幼少期から仕えている。
「殿下、国王陛下は何と?」
「正式な調査の許可が下りた。」
「それは良かった。」
二人は廊下を歩き始めた。
「レオナルド、クロス・アイテールの屋敷を調査する必要がある。」
「承知しました。いつ実施しますか。」
「今日の午後だ。騎士を五名、選抜してくれ。」
「かしこまりました。」
レオナルドは一瞬躊躇してから、口を開いた。
「殿下、僭越ながら。」
「何だ?」
「殿下は、フェリシア様に特別な想いを?」
ライオスは足を止めた。
「なぜそう思う。」
「殿下がここまで一人の令嬢のために動かれるのは、初めてですから。」
レオナルドは真剣な表情だった。
「殿下のお気持ちは、どのようなものなのでしょうか?」
ライオスは少し考えてから、答えた。
「わからない。ただ、彼女を放っておけない。」
「放っておけない?」
「ああ。初めて会った時から、彼女の目が忘れられなかった。」
ライオスは窓の外を見た。
「孤独と諦め。でも、その奥に温かい光があった。その光を、消したくない。」
「殿下。」
「それが何なのか、俺にもわからない。でも、彼女を守りたい。それだけは確かだ」
レオナルドは深く頭を下げた。
「わかりました。殿下のお気持ちに従います。」
「頼んだぞ。」
―――
午後、ライオスは五名の騎士を引き連れてアイテール家の屋敷に向かった。
屋敷は以前と変わらず静かだったが、どこか荒んだ雰囲気が漂っていた。
門を叩くと、使用人のマルタが出てきた。彼女は騎士たちを見て、顔を青くした。
「ライオス様、これは?」
「国王陛下の命により、この屋敷を調査する。」
ライオスは令状を見せた。
「クロス・アイテールはどこだ?」
「旦那様は、書斎に。」
「案内しろ。」
マルタに導かれ、一行は屋敷に入った。
使用人たちは怯えた様子で見守っている。
書斎の扉を開けると、クロスが椅子に座っていた。
しかし、その姿は以前とは大きく変わっていた。
髪に白いものが混じり、顔には皺が刻まれている。まるで急速に老化が進んでいるようだった。
「王子殿下、これは一体?」
クロスは立ち上がろうとしたが、よろめいた。
「クロス・アイテール、お前を禁術使用の疑いで調査する。」
ライオスは冷たく言った。
「レオナルド、屋敷を捜索しろ。特に、魔術に関する資料を探せ。」
「はっ!」
騎士たちが動き出す。
クロスは顔を真っ赤にした。
「何の権利があって、私の屋敷を!」
「国王陛下の命令だ。これ以上の権利が必要か?」
ライオスはクロスを見下ろした。
「お前の罪は、すべて明らかになっている。観念しろ。」
「罪?私は何も…。」
「嘘をつくな!」
ライオスの声が鋭くなった。
「レーナを騙し、その家族を陥れ、魔力を奪い、娘を生贄にした。これ以上の罪があるか。」
クロスは言葉に詰まった。
―――
一時間後、騎士たちは様々な資料を発見していた。
古い魔術書、禁じられた儀式の手順書、そしてレーナについて記された日記。
「殿下、これを。」
レオナルドが一冊の日記を手渡した。
ライオスはページを開いた。
そこには、クロスの筆跡で様々なことが記されていた。
『ルシェール家を陥れる計画は順調だ。あと数ヶ月で、彼らは破産するだろう。』
『レーナは美しい。そして強力な魔力を持つ。彼女を手に入れれば、私の野望は叶う。』
『結婚式が終わった。レーナは何も知らない。愚かな女だ。』
『娘が生まれた。レーナは死んだ。計画通りだ。これで、永遠の若さと力が手に入る。』
ライオスは怒りで手が震えた。
「クロス・アイテール。」
低く、しかし怒りに満ちた声。
「お前は、人間ではない。悪魔だ。」
「殿下、それは。」
「黙れ!」
ライオスはクロスの前に日記を叩きつけた。
「これが証拠だ。お前自身が書いた、罪の記録だ。」
クロスは日記を見て、顔面蒼白になった。
「こ、これは。」
「言い逃れはできない。お前は、国王陛下の前で裁かれる。」
ライオスは騎士たちに命じた。
「この男を拘束しろ。」
「はっ!」
騎士たちがクロスに近づく。
「待て!待ってくれ!」
クロスは叫んだ。
「私には、私にはまだ時間が必要だ!フェリシアがいなくなれば、私は老いてしまう!」
「当然だ。それが、お前の受けるべき報いだ。」
「嫌だ!私は死にたくない!」
クロスは床に這いつくばった。
「頼む!もう少しだけ、もう少しだけ時間を!」
その醜態を見て、ライオスは嫌悪感を覚えた。
「哀れだな。娘を犠牲にしてまで得た若さが、そんなに大切か?」
「大切だ!私は、偉大になりたかった!ただそれだけなのに!」
「娘の人生を奪ってまで?」
ライオスは冷たく言い放った。
「お前には、父親の資格などない!」
クロスは泣き崩れた。
騎士たちは、彼を拘束して連行していった。
―――
屋敷の調査が終わり、ライオスは使用人たちを集めた。
「皆、聞いてくれ。」
ライオスは言った。
「クロス・アイテールは逮捕された。この屋敷は、国の管理下に置かれる。」
使用人たちはざわめいた。
「しかし、皆の雇用は守られる。新しい管理者が来るまで、これまで通り屋敷を維持してほしい。」
「ライオス様。」
マルタが前に出た。
「フェリシア様は、ご無事なのでしょうか?」
「ああ、彼女は王宮で保護されている。」
ライオスは優しく言った。
「もう、誰からも傷つけられることはない。」
マルタは涙を流した。
「ありがとうございます。私たち、フェリシア様を守れませんでした。」
「今からでも遅くない。」
ライオスは使用人たちを見回した。
「もし、フェリシアについて知っていることがあれば、教えてほしい。彼女を救う手がかりになるかもしれない。」
使用人たちは顔を見合わせた。
「私から…。」
一人の老使用人が前に出た。
「フェリシア様が小さい頃、よく庭で花に話しかけておられました。」
「花に?」
「はい。『お母様は、この花が好きだったのかな』と。寂しそうに。」
別の使用人も続いた。
「フェリシア様は、いつも部屋で一人で過ごしておられました。でも、時々窓から外を見て、微笑んでおられました。」
「誰かと話したい、友達が欲しい、そう思っておられたのだと思います。」
使用人たちの証言を聞いて、ライオスは胸が締め付けられた。
どれだけ孤独だったのだろう。
どれだけ寂しかったのだろう。
「ありがとう。皆の話は、必ずフェリシアに伝える。」
ライオスは深く頭を下げた。
使用人たちは驚いた。王子が、自分たちに頭を下げるなんて。
「フェリシアは、良い令嬢だ。これから、彼女が幸せになれるように、俺は全力を尽くす。」
―――
王宮に戻ったライオスは、すぐにフェリシアの部屋を訪れた。
ドアをノックすると、フェリシアが出てきた。
「ライオス様。」
「フェリシア、少し話せるか?」
「はい。」
二人は部屋の中で向かい合って座った。
ライオスは、今日あったことを話した。
クロスの逮捕、日記の発見、使用人たちの証言。
フェリシアは黙って聞いていた。
「父が、捕らえられたのですね。」
「ああ。もう、お前を傷つけることはできない。」
フェリシアは複雑な表情を浮かべた。
「安堵と、同時に虚しさを感じます。」
「虚しさ?」
「父は、最後まで私を娘だと思っていなかった。ただの道具だった。」
フェリシアは窓の外を見た。
「もし、父が私を愛してくれていたら、人生は違っていたのでしょうか?」
「わからない。でも…。」
ライオスは立ち上がり、フェリシアの前に膝をついた。
「お前は、愛されるべき人間だ。」
「ライオス様。」
「俺は、お前を友人として大切に思っている。リオールもそうだ。エミリアもそうだ。」
ライオスは、フェリシアの手を取った。
「これから、たくさんの人がお前を愛するだろう。だから、過去にとらわれるな。」
フェリシアの目から、涙が溢れた。
「ありがとうございます。」
「泣くな。もう、お前を泣かせる者はいない。」
ライオスは優しく微笑んだ。
「これから、お前は幸せになる。俺が保証する。」
「ライオス様は、なぜそこまで?」
「なぜ?」
ライオスは少し考えた。
「お前が、特別だからだ。」
「特別?」
「ああ。俺にとって、お前は特別な存在だ。」
その言葉の意味を、ライオス自身もまだ完全には理解していなかった。
でも、確かなことが一つある。
フェリシアを守りたい。
彼女の笑顔を見たい。
彼女が幸せになってほしい。
その想いだけは、嘘じゃない。
「ありがとうございます、ライオス様。」
フェリシアは涙を拭った。
「私、頑張ります!」
「ああ、俺も全力で支える。」
夕日が、二人を照らしていた。
王子と令嬢。
身分は違えど、心は通じ合っている。
そして、これから始まる新しい章へ。
二人は、共に歩んでいく。




