第10話「魔法使いの見解」
数日後、リオールは王宮の魔法使いたちを集めた。
会議室には、五人の魔法使いが集まっていた。皆、王国に仕える優れた魔法使いたちだ。
最年長のセラフィナは七十歳を超える老魔女で、治癒魔法の大家として知られている。
若き天才と呼ばれるユリウスは三十代前半で、攻撃魔法を専門としている。
双子の姉妹、ルナとステラは防御魔法と結界魔法の専門家だ。
そして、古代魔術の研究者であるオズボーンは、禁書庫の管理も任されている。
「皆、集まってくれてありがとう。」
リオールが口を開いた。
「今日は、極めて深刻な案件について相談したい。」
リオールは、フェリシアの件について説明し始めた。
生贄の呪術、クロスの罪、そして解呪の必要性。
魔法使いたちは、黙って聞いていた。
「それで、皆の意見を聞きたい。」
リオールが言った。
「この呪いを解く方法について。」
―――
最初に口を開いたのは、セラフィナだった。
「生贄の呪術、か。恐ろしい魔法じゃ。」
老魔女は深いため息をついた。
「わしが若い頃、一度だけ似たような呪いを見たことがある。」
「本当ですか?」
「ああ。ある貴族の娘が、同じような呪いをかけられておった。わしは、その解呪を試みた。」
セラフィナは目を閉じた。
「しかし、失敗した。娘は、儀式の最中に命を落とした。」
沈黙が部屋を支配した。
「それは、何が原因だったのですか?」
リオールが尋ねた。
「呪いと娘の生命力が、あまりにも深く結びついておった。引き離そうとした瞬間、娘の魂が耐えられなかった。」
セラフィナはリオールを見た。
「リオールよ、お前はその娘を救いたいのじゃろう。しかし、慎重にせねばならん。一歩間違えれば、彼女の命を奪うことになる。」
「わかっています。だからこそ、皆の力を借りたいのです。」
ユリウスが手を上げた。
「俺からも、一つ提案がある。」
「何だ?」
「呪いの核となっている魔力を、攻撃魔法で破壊するのはどうだ。」
「それは危険すぎる。」
ルナが反対した。
「呪いの魔力を攻撃すれば、フェリシア嬢も傷つく。」
「いや、精密にコントロールすれば。」
「無理よ。」
ステラも首を横に振った。
「生贄の呪術は、対象者の魂と一体化している。魔力だけを攻撃することは不可能。」
ユリウスは不満そうだったが、引き下がった。
―――
オズボーンが、古い書物を開いた。
「私が調べた限り、生贄の呪術を解く方法は三つある。」
「三つ?」
「一つ目は、術者を殺すこと。」
オズボーンは淡々と言った。
「術者が死ねば、呪いの供給源が断たれる。しかし、これにも危険がある。」
「どんな?」
「術者の死と同時に、対象者も死ぬ可能性がある。呪いが暴走して、最後の生命力を吸い尽くすのだ。」
リオールは眉をひそめた。
「それは避けたい。」
「二つ目は、術者に呪いを解かせること。」
「それも無理だ。クロスが自ら解くはずがない。」
「だろうな。そして三つ目が…。」
オズボーンは別のページを開いた。
「対象者の意志の力で、呪いを内側から破壊すること。」
「それは、可能なのですか?」
「理論上は可能だ。呪いは魂に刻まれている。その魂が、呪いを拒絶すれば、呪いは力を失う。」
オズボーンは眼鏡を直した。
「しかし、これには強靭な意志と、膨大な精神力が必要だ。そして、外部からの魔法的支援も。」
「つまり、儀式が必要だと。」
「ああ。対象者が内側から呪いを拒絶する間、外部から浄化の魔法で支援する。これが、最も安全な方法だ。」
リオールは考え込んだ。
「その儀式には、どれだけの準備が?」
「最低でも二ヶ月。魔法陣の構築、魔力の蓄積、そして対象者の精神的な準備。」
オズボーンは真剣な表情だった。
「そして、儀式を行う魔法使いには、相当な負担がかかる。下手をすれば、魔法使いの方が命を落とす。」
―――
「それでも、やるしかない。」
リオールが言った。
「フェリシアを救う方法は、それしかない。」
「リオール、お前。」
セラフィナが心配そうに言った。
「自分が儀式を行うつもりか?」
「ああ。俺以外に、適任者はいない。」
「馬鹿を言うな!」
ユリウスが立ち上がった。
「お前は王宮専属の魔法使いだ。お前に何かあったら、王国の損失だ。」
「それでも。」
「それでも、何だ。」
リオールは拳を握りしめた。
「彼女を、救いたい。」
その言葉に、部屋が静まり返った。
「リオール。」
ルナが静かに言った。
「あなた、その娘に特別な感情を?」
「それは…。」
リオールは言葉に詰まった。
特別な感情?
確かに、フェリシアのことは放っておけない。
彼女の孤独、彼女の痛み、彼女の強さ。
すべてが、心に引っかかる。
「わからない。ただ、彼女を救いたい。それだけは確かだ。」
セラフィナは深いため息をついた。
「若いのう。まあよい。」
老魔女は立ち上がった。
「ならば、わしも協力しよう。」
「セラフィナ様。」
「わしは治癒魔法の専門家じゃ。儀式の際、娘の生命力を守る役割を担える。」
「私たちも手伝うわ。」
ルナとステラも手を上げた。
「結界魔法で、儀式を保護できる。」
「俺も、魔力の供給くらいはできる。」
ユリウスも渋々認めた。
オズボーンは頷いた。
「私は、魔法陣の設計を担当しよう。」
リオールは、仲間たちを見回した。
「皆、ありがとう。」
「礼には及ばん。」
セラフィナが笑った。
「我々は魔法使いじゃ。困っている者を助けるのは、当然のことよ。」
―――
会議の後、リオールはライオスの執務室を訪れた。
「どうだった?」
ライオスが尋ねた。
「皆、協力してくれることになった。」
リオールは椅子に座った。
「ただ、準備に二ヶ月かかる。」
「二ヶ月か。その間、クロスは?」
「陛下が監視下に置いている。動けないはずだ。」
「それなら、問題ないな。」
ライオスは窓の外を見た。
「フェリシアには、まだ話していないのか?」
「いや、今夜話すつもりだ。」
「そうか。」
ライオスは振り返った。
「リオール、お前、フェリシアのことが…。」
「何だ?」
「いや、何でもない。」
ライオスは微笑んだ。
「ただ、お前が誰かのために、ここまで必死になるのは珍しいと思ってな。」
リオールは顔を赤らめた。
「別に、普通に友人として。」
「ああ、わかっている。」
ライオスは笑った。
「でも、良いことだ。お前にも、大切な人ができた。」
「大切な、人…。」
リオールは自分の胸に手を当てた。
確かに、フェリシアは大切だ。
でもそれが、どういう意味なのかはわからない。
「まあ、ゆっくり考えればいい。」
ライオスが言った。
「今は、彼女を救うことに集中しよう。」
「ああ。」
リオールは立ち上がった。
「俺は、フェリシアのところに行く。」
「行ってこい。」
―――
夕暮れ時、フェリシアは庭園にいた。
花壇の前に座り、白い花を見つめている。
「フェリシア。」
リオールの声に振り向いた。
「リオール様。」
「話がある。少し、時間をもらえるか。」
「はい。」
二人は庭園のベンチに座った。
リオールは、今日の会議のことを話した。
魔法使いたちの意見、解呪の方法、そして儀式の準備。
フェリシアは黙って聞いていた。
「二ヶ月、かかるのですね。」
「ああ。その間、君には精神的な準備をしてもらいたい。」
「精神的な準備?」
「儀式では、君の意志の力が重要になる。呪いを内側から拒絶する、強い意志が必要だ。」
リオールは、フェリシアを見つめた。
「君は、本当に呪いを解きたいか?」
「はい。」
フェリシアは即答した。
「私は、この呪いから解放されたい。そして、普通に生きたい。」
「どんなに危険でも?」
「はい。死ぬかもしれないとしても、このまま生きるよりはましです。」
フェリシアの目は、強い決意に満ちていた。
「このままでは、また誰かを傷つけてしまう。それは耐えられません。」
「わかった。」
リオールは頷いた。
「なら、俺は全力で君を支える。」
「リオール様、どうしてそこまで?」
「何だ?」
「私は、ただの不幸な令嬢です。なぜ、そこまでしてくださるのですか?」
リオールは少し考えてから、答えた。
「…君が、放っておけないからだ。」
「それは、以前も…。」
「ああ。そして今も、同じだ。」
リオールは空を見上げた。
「君の目を見ていると、昔の自分を思い出す。孤独で、誰にも理解されなくて。」
「リオール様。」
「でも、君は俺よりも強い。これだけの苦しみを経験しても、他人を想う優しさを失っていない。」
リオールはフェリシアを見た。
「そんな君を、俺は尊敬している。そして、救いたいと思っている。」
フェリシアの目に、涙が浮かんだ。
「ありがとうございます。」
「礼には及ばない。俺たちは、友人だろう。」
「はい、友人です。」
フェリシアは微笑んだ。
初めて、心からの笑顔だった。
「これから二ヶ月、一緒に頑張ろう。」
「はい!」
夕日が、二人を優しく照らしていた。
これから始まる長い準備期間。
そして、命をかけた儀式。
でも、フェリシアはもう恐れていなかった。
なぜなら、リオールがいるから。
ライオスがいるから。
仲間がいるから。
フェリシアは、母の首飾りを握りしめた。
「母上、私は戦います。あなたが守ってくれた命で。」
風が吹き、花びらが舞った。
美しい夕暮れ。
そして、新しい決意。
フェリシア・アイテールの戦いは、次の段階へと進んでいく。
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