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Causal flood   作者: 山羊原 唱
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4話 見えぬ先

 夜。

 寮の一室で、マナは〝ラダル〟を起動させた。

 6階建ての寮は、一階が食堂・備品庫などがある。

 2階が宿直の職員用の部屋と10歳以下の子供の部屋。

 3階と4階が男子。

 5階と6階が女子。6階は全て空き部屋だ。

 マナは5階の角部屋。4階のサクタは運よく斜め下の部屋にいる。異常事態があれば1分で彼の部屋へ侵入できるだろう。

 

 風呂とトイレは一部屋ずつあり、一人で維持する力をつけるために清掃や管理は生徒に任せている。

 資源を大切にする力と考え方を育む取り組みであり、その力が育たない者は成績として沈没都市に提出されるため移住試験の権利すら与えられない。

 保護対象から外さないあたりは、沈没都市の温情措置でもあるのだろう。それでも、周囲と比較して己を卑下した者は、自然と蒸発してしまうのだ。


「ある意味、自然淘汰みたいな仕組みだよね。このウォームアースって。…自然選別の方が適切かな」

 サクタの友人の話しを思い出す。

 寮は横に広い建物で、恐らく最大で100人は収容できるだろう。

 しかし、今いる生徒は50人に満たない。

 彼の友人のような人は少なくない、ということだ。


 マナは使い込まれた〝Fageの未解明伝説!開〟をピラリとめくった。


 〝第一章 ラクスアグリ「〝MSS〟の唯一の失敗」〟

 異常気象に囲まれたラクスアグリ島。

 資源不足のFageを救済する宝島とも言われたが、調査隊の壊滅はその島に蔓延る猛毒のせいだったとされる。

 ある女性隊員が正体不明の武器をこの島から授かり、毒の影響によって隊員を殺したという報告書が送られ、・・・・(中略)

 アロンエドゥの「魔法のような武器」とはこの正体不明の武器だと言われており、――…



 まだ先は続いていたが、マナはそこで本から視線を外した。

「君もこれに関わっているって知らないんだもの。気楽なものだよね」

 

 気楽な夜風がひゅぅ、と入り込み、ページがパラパラとめくられた。

 第二章のページが開かれた。


〝なぜ、MSSはラクスアグリ島誕生後、停止したのか?〟


 そんな文言があった。

 マナの瞳にも映るが、血の通わないような瞳にはただ映るだけだ。

 外敵を警戒しながら、その夜は更けていった。




―――――――――


 埃だらけの風から身を隠すマントをしっかり前で締め、フードも深く被る。

 小麦色の髪がしっかり隠せると、ルカはニーナの傍にぴたりと身を寄せた。

 内陸を徒歩で移動するとなると、ルカのような子供はすれ違いざまに攫われることが多々ある。

 ニーナと手を繋いで歩きながら、ルカは静かに露店通りに目を配った。


 露店は捌きたての爬虫類の肉や、いなごの串焼きが売られている。

 果物などもあるが、いたみや腐りかけのような品しかない。

 あとは部品関係。金属の入手は一般人には難しいため、木材や石材、特殊な炭素を使った様々な形の部品が並んでいる。


「ニーナ。どうして内陸の部品って赤色っぽいの?」

 ルカ同様、目元以外全て布で隠したニーナの外見は男性に見えるだろう。

 それもカタギには見えない空気感があるため、ルカを見る怪しげな視線があっても、ニーナの存在に気づくと手を出してはこなかった。

 ニーナは視点を真っ直ぐに留めたまま動かさず答えてやる。

「ネジや釘には人間の血液を使っているから。錆色に見えるかもしれんが、強度としては中々優れているらしいよ。内陸の技術で最も優れている分野だ」

「ニーナは買わないの?」

「〝ボア〟から支給されているのは上質な金属の武器か、もしくは強化樹脂のものだ。人間の加工が優れた技術だとしても、それと比べたら粗悪品だよ。買う必要はない」

「僕の〝フルート〟は?良い金属?」

 ルカの分厚い手袋の下には銀の指輪が指にはまっている。


 彼個人が持つ特殊な武器であり、〝フルート〟と呼ばれるそれはニーナもマナも使うことができない。

 一応金属として分類されているので、ルカは大変貴重なものなのではないかと目を輝かせた。


「お前が死んだら灰になる特殊すぎる金属だから、質の問題じゃないと思うんだがな…。そういう意味ではあたしらの持つ武器より、希少価値は高いと思う」

 説明が難しい…と少し目元に皺がきざんだニーナの顔が珍しく、ルカはふふ、と笑った。

 しかし、少し後ろを振り返り、不安な表情で俯いた。

「とても珍しくて貴重なものだから、僕は悪い人に追われてるんだよね」

「ああ」

「これだけあげたら、見逃してくれないかな?」

 フルートは両の親指、人差し指、中指の計6個ある。

 内3個をあげて交渉できないかと、ルカはニーナと繋いでいない右手をぐっぱと開いてみせた。

 ニーナは小さく笑う。

「まさか。()()()()()()()、相手も必死なんだよ」

 にべもなくいうニーナに、ルカは唸った。

「それよりルカ。その相手との距離はどのくらいだ?」

「こないだマナと分かれた場所くらいにいるっぽいよ。でもねニーナ。僕のこの感覚はAIみたいに数字で分かるようなものじゃないんだよ。分かってる?」

 少し偉ぶって言うルカに、ニーナは目をぱちくりとさせた。

 年相応なのか分からないが、たまに生意気なのだ。

 特に気に障るものでもないので、ニーナは「大体今くらいの距離間を維持して教えてくれ」と無茶ぶりを言う。

 ルカが「だからぁ!」と本当に困った声を出すので、ニーナはまた小さく笑った。



―――――――-


 七草学園の勉強は自習が基本スタイルだ。

 沈没都市から配給された教科書や問題集に取り組み、分からない所を教師に聞きに行く。

 あとは実践が必要な授業の際、校外学習に赴くが、今日はひたすら座学だ。


 サクタは図書室にいた。

 他にも数名の生徒が各々参考書を探している。

「培養学…培養学…」

 すでに三冊ほど抱え、ぶつくさと呟きながら目当ての資料を探す。


 二冊ほど手に取って振り返ると、マナが立っていたので「ひぃやぁ‼」と高い悲鳴を上げた。

 彼は本棚に背中を打たせ、拍子にドサドサと手に持っていた本たちも落ちる。

「ちょっ、びっくりさせないでよ‼」

「え、図書館は静かに行動するんでしょ?」

 本当に驚かせる気が無かったマナも少し驚き、屈んで彼の落とし物を拾っていく。

「足音も気配も呼吸もなさすぎだよ!なに!なんなの⁉何の用⁉」

 幽霊でも見たくらいの心拍数でいる彼に、マナは人差し指を口元に当てた。

 他の生徒も「サクタぁ…」と静かに睨んでいる。

 マナがそちらにも愛想笑いで返し、小声でサクタに謝った。

「ごめんね。そんなにびっくりさせるとは思わなくて」

 マナの静かな声に冷静さを取り戻したのか、サクタも本棚から落ちた本を集めた。


「培養学の勉強してたんだ」

 サクタが落とした本を全て拾い集めて、マナはそれら本の表紙を眺める。

 サクタは本棚の本を戻していく。

「うん。一番勉強したい分野なんだよね。俺は年齢的にも沈没都市に移住できたらすぐに仕事するわけだし、仕事に繋がる分野は沢山勉強しておきたくて」

「培養肉の技術は医療と美容があるけど、どっちかって決めているの?」

 本を胸に抱えて、マナは立ち上がる。

 本を棚に戻し終えたサクタは「うん」と頷きながら振り返った。

「医療の方。…あまり大きな声で言えないんだけどさ、沈没都市の移植技術に使われる培養肉を、せめてこのウォームアースの住民も使えるようにしたくて…」

 サクタの発言に、マナは少し素を交えて慎重な表情を浮かべた。

「それは難しいね。原則、沈没都市のテクノロジーは沈没都市住民の特権だもの。テクノロジーの恩恵を受けられる人は、受けた分だけ沈没都市に還元できる人だけだよ。サクタの言ってるウォームアースの住民は――」

「わかってるよ」

 サクタにしては、少し強く、低い声音で言った。

「ここにいる子たちは…俺もそうだけど、内陸で生きていくには力がないんだ。殴られた時に殴り返す力がない。相手の用が終わるまで、身体が欠けても待つしかない」


 この学校だけでなく、負傷によって体の一部が減っている人は多くいる。

 サクタ自身も右目の視力が弱いらしく、それは父親に殴られた後遺症らしい。

 サクタは自分の右目近くを指で触りながら、マナから本を受け取った。

「奪われるのは弱いせいだって内陸の人は言う。守る価値がなければ守れないって沈没都市の人は言う。 

 どっちもまぁ、間違ってる言い分ではないと思うけどさ。

 …でも俺は、暴力は怖いものだって分かっている人を責めるような仕組みを変えたい。沈没都市が支援してくれるのは感謝してるけど、沈没都市の支援はさっきマナが言った通り、〝いかに沈没都市に還元できるか〟が基準だ。

 その基準をもう少し広げれば、もっと助かる人が増えるはずだから、沈没都市に行けるなら俺が変えたいんだ」

 

 沈没都市で最も求められる人間の資質は、法の一つでもある〝器物尊重〟だ。

 ただ物を大切にするのではなく、現存の資源を守り、未来的な資源を増やす能力がどれだけあるか。

 資源を増やす能力は人格や学力とはまた別の能力だ。

 どれだけ優しい人柄であっても、その資質がなければ沈没都市の恩恵を受けることは許されない。


 サクタの能力的に、沈没都市の住民の適性は確かにあるとマナは調書を見て思った。

 うすぼんやりしている性格だが、その性格が能力の足枷になっている様子はない。

 しかしマナは先ほどより素の見える、苦い表情を浮かべた。


 サクタは彼女の表情を見て、もう一度「わかってるんだ」と悔しさを少し滲ませた微笑を浮かべる。

「〝MSS〟の稼働理念は〝人々の未来を繋げる〟こと。…〝MSS〟の〝人々〟が、〝生きる価値のある人〟って意味なのは、分かってるんだ。きっと、…内陸の人なら、みんな」


 それは内陸住民の、暗い嫉妬と激しい訴えの気持ちの代弁でもある。

 

 世界(Fage)の一部を変えたいと言っているも同然な彼の言葉は、無謀がすぎてマナも穏やかな言葉が出なくなる。


 しかし性根がぼんやりしているサクタは、心底マナに呆れられていることに気づかず、「ということで俺は鋭意頑張るんだ」と笑った。

 勉強を再開しようと足を出したサクタは一歩目で止まった。


 少し照れくさそうに目を泳がせて、

「えっと…、その、一緒に合格できるといいね」

 と言い置いて教室に戻っていった。


 マナより目線二つ分くらい背の高い彼の背中を見送り、マナは視線を落とした。

(たとえ君が没都市の住民適性が高かろうと、尊い理由があろうと…絶対にその目標は叶わないよ)

 沈没都市の住民になられると、マナたち〝ボア〟の兵士も回収が困難だ。

 〝ボア〟の偽装工作で武器を持ち込んで都市に入ることはできても、都市の中は意図的な破壊に対して即刻処刑になる資源物(たからもの)で溢れている。

 ただ建物に銃弾を一発打ち込むだけでも、全身の返還となるだろう。


 だから、3ヶ月後の試験までに彼のギフトが起動するならば、勧誘か回収か、どちらかの指示がくる。

 どうあがいたところで、サクタが沈没都市に行く道などなかった。



――――――――


北アメリカアースローズ(内陸)

 世界で最も沈没都市と内陸の亀裂が深いといわれるその場所は、もともと銃器の流通があったこともあり、内陸の治安は崩壊していた。

 またアロンエドゥが起こした一年前の大火災が深刻な被害を出してから、沈没都市からの支援は完全に撤収され、荒廃した街に砂がまみれている。

 ()()()()()()()()()()()()()のは、丁度その大火災あたりから。


 頭から足元まで深くフードを被った、背の高い人物は一人歩いた。

 少しして、荷物一つ持たないその人物を囲むように、旧い武器を持った集団が集まった。

「沈没の時代を否定する。証明する。我らがエード。神の名を取り戻すまで我らは箱となり、真実の時代を導かん」

 アロンエドゥの宣言を一人が読み上げた。

 彼らはアロンエドゥだ。フードの人物を囲う人数はどんどん増えていく。


 人数に臆しもしないフードの人物を、一人が掴みかかった。

 フードをはぎ取り、その拍子にはらりとその人物の長髪が零れる。


 小麦色の金髪はゆるくその身体に沿って流れる。

 琥珀色の瞳はどこか暗く、長い睫毛はぴくりとも反応を示さない。

 顔立ちも美しく整っているというのに、死体かと思うほどその立ち姿に生気を感じなかった。

 不気味だが、顔が露になると女であることが分かる。

「お前、沈没都市住民(アカー)か?だからそんな見た目なんだろ?」


 培養技術が発達している沈没都市は美容移植が一般的に流通している。

 自身の細胞を培養し、美しく健康な皮膚や毛髪、歯、爪、果ては虹彩など移植しているので、沈没都市の住民は内陸住民よりも麗しい外見をした人が多かった。


 だから、アロンエドゥは沈没都市の住民を片っ端から殺していく。

 内陸から資源もテクノロジーも奪い、その犠牲で得た美しさを絶対に許さないから。


 拷問も凌辱も、思想の上では浄化と同じだった。


 何の質問にも答えないその人物の腹に銃口を向け、アロンエドゥは更に尋ねた。

「その子宮は動いているのか?」

 沈没都市の女性には必ず尋ねる質問を投げかけると、その人物はようやく口を開いた。

「…撃ってみろ。」

 挑発や煽りだと思ったアロンエドゥはその人物の腹に直接銃口を押し付け、発砲した。


 女が倒れたら尽くせる限りの浄化を行おうと、周りのアロンエドゥの息が荒くなる。

 しかし、その人物は一向に倒れなかった。


 その人物が人差し指を軽く曲げると、腹部に埋まった銃弾がずるりと出てきた。

 一滴も血液がついていないそれは、その人物の眼前まで浮かび上がる。

「…本当にうまく加工している。オーバークォーツを銃弾の火薬までおとしこむとは。元来、鉄とは相性のよくない材料なのだが。」


 銃弾をくまなく観察するその人物に、周りのアロンエドゥがじり、と後退した。

 今目の前で起こっている光景に説明がつけられない。

 一人が「撃て!穴だらけにしてやれ‼」と叫んだことで、ようやく銃を持った者が一斉に発砲した。

 

 銃弾はなにかに引っかかって全て止まった。

 その人物の周囲には見えないほど極限まで絞った金糸が張り巡らされ、多くの銃弾はそれに引っかかっていたのだ。


 アロンエドゥたちが息を飲んでいると、周囲の建物から呻き声が聞こえた。

 ズ…ズズ……ズズズ…

 ゆっくり、低いその音が建物の持ち上がる音だと気づいた時、アロンエドゥは悲鳴を上げていく。

 ゆっくりのスピードが一気に真上へ吹っ飛び、途中で持ち上げられた力が失って落下を始めた。

 アロンエドゥは逃げ惑い、気が動転して上空の建物に発砲した者は一人残らず建物に潰された。



 土埃が激しく舞う中、その人物はフードを被り直した。

 半身を潰されながらも息がある一人を見つけ、その人物は近寄った。

 片膝を地面につき、銃弾を手に持ちながら尋ねる。

「オーバークォーツの花はどのあたりが一番多く咲いていた?」

「し、るか…くたば、れ…アカーが…」

「そうか。では自分で探すとしよう。」

 はっきりとした答えをくれたので、その人物はさっさと立ち上がる。

 もう少し粘るかと思ったアロンエドゥは「待ってくれ」と呻いた。

「はなし、たら、助けてくれ…」

「助け、とはその瓦礫を退かしてくれ、という意味か?」

 アロンエドゥはなんとか頷く。その人物も黙って頷いて承諾した。

「ここより、西の、奥…森林がある…んだ。でも、そこは、もう、とりつくした‥‥。欲しいなら、に、にほんに行ったほうが、はや、い」

「いや。欲しいのではない。オーバークォーツの花が多く咲いている所に用がある。」

 その人物はそう言って立ち上がり、手の平を下に向けてから軽く手首を返した。


 するとアロンエドゥを潰していた建物が持ち上がった…時、そのアロンエドゥは泣き叫んだ。

 建物の一部がアロンエドゥの腹を貫通していたようで、それが引き抜かれたのだ。やめてくれと言葉にもならない。

 その人物は約束通りアロンエドゥから建物を退かしてやった。


 そのまま息絶えたアロンエドゥを置き、フードの人物は西の森林へ向かった。




 すでにオーバークォーツの花を乗せた船は出航し、日本内陸の海岸で取引が行われていた。





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