表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
Causal flood   作者: 山羊原 唱
38/43

28 話前半 手向け

 もともと、内陸政府関係者の男娼だった。


 「高級な男を好む」趣向を持つ主のもとで飼われた俺や他の男娼の待遇は悪くはなかった。


 質素とはいえ一日二食、水分も十分に与えられ。

 風呂など衛生面も管理され。

 話し方も厳しくしつけられた。

 鍛えられた男が良いとのことなので日頃から鍛錬も欠かされなかった。


 主人の機嫌を損ねたり、病気になったりしたら即処分ではあるけれど。

 主人の箱庭の中で生きるだけなら、割と簡単な日々だった。



 俺と同じ男娼は8人ほどいた。

 男娼同士で仲良くならないよう会話は制限されるが、それでも孤独でない分、不安や恐怖という感情は薄かった。


 そんな中、ある男娼二人が親しくなっていた。

 しかしどうやら、片方の男娼が主人の使用人と肉体関係を持ったらしい。それに気づいたもう片方の男娼が主人にそのことを告げた。

 なにか諍いがあったのだろうが、詳しいことは分からない。

 無論、男娼と使用人には即刻処罰が下った。


 使用人は全身の皮や肉を剥かれた後、焼き殺された。

 男娼の行方は分からない。最後に見かけたのは彼の衣服が絡まった手足だけだったから。


 告げ口をした男娼は数日間、美味そうな肉料理を褒美として与えられていた。

 その時の彼の顔は…どうだったか。全てを平らげていたけれど、笑っていたような記憶はない。

 …誰にとっても良い出来事ではなかった気がする。



 ただ言うとおりに生きていれば死なない簡単な人生なのに。

 そうやって失敗した人間を見ると、彼らが愚かにしか思えなかった。


 けれど。


 ある夜。本当に偶然にそれは訪れた。

 見張りが男娼の寮の施錠を忘れた時があった。


 鍵のかかる音がしなかったから軽くドアノブに触れて確認して――時が止まったような感覚になった。


 今日の夜の当番は俺じゃない。

 当番の男娼が終わって戻ってくるまで2時間ほど。

 もし見張りが鍵をかけたと思い込んでいるのであれば、そいつは警備室に戻っているだろう。

 防犯カメラにも映るかもしれないが、俺は足が速いから一人だけなら逃げ切れる。


 真っ暗な部屋の中で、後ろで寝ている他の男娼に振り返ることもせず、俺は静かに出ていった。




 案の定、カメラに映ったせいで追われた。

 でもあえて野生動物のいる山の中へ入ったので、そこからは追われなかった。


 後ろから何発も銃弾を食らいそれでも走り続けていたけれど、木の根に一度足を引っかけてしまったらもう動けなくなった。


 このままでは血の匂いを感じ取って肉食動物が寄って来てしまう。


 焦りと痛みで身体はどんどん震えていく。

 涙が出ているのもそのせいだろう。




(仕方ない。仕方ない。仕方ない。命を懸けてまで守りたい奴なんかいなかった。仲の良い奴はいなかった。自分ひとりだってこのザマなんだから)


 仕方ないと狂ったように繰り返した。

 自分が逃げて、その責任を誰かが取ることになったって。

 誰かの後始末を理不尽に受けるのは日常だったんだから。

 俺が与える側になって、誰が俺を責められるのか。



 たくさんの言い訳を並べて。

 納得すれば涙も止まると思ったのに。

 結局涙は止まらなくて、動物が寄ってくる危険も顧みずに叫んだ。

 涙の理由なんか考えたくもない。



 悲劇は重なって、真っ暗な空から雨まで降ってきた。

 激しい雨音が叫び声を消していく。

 あの夜はきっと、明けるまで俺は叫んでいた気がする。



 夜だったから、その空がギフトの黒い雲だとは思わなかった。


 〝カタム〟で体内の銃弾を小さくし、体の外へえぐり出した。

 身体を子供のように縮めると傷口も小さくなった。


 雨のおかげで水分も確保でき、多少ではあるが動ける。


 倒れた老木の皮を剥いで、中の虫を食べる。

 売られる前から虫は食べていたので抵抗はない。むしろ助かった。



 主人のもとから逃げ出して一体どれくらい歩き続けたのだろう。

 常に死が隣にいるみたいな一日一日を、山奥でただひたすらに生きていた。


 この頃から妙な夢を〝感じる〟ようになった。映像はなくて、それは音のような振動だった。

 潮騒に似た海を感じる。

 でも実際の海ではない。なんというか〝軽い〟…重さを感じない音だ。

 たくさんのものが水面を動いている。光の点滅に似た動きも肌で感じる。


 暇だったから、それをもっと分かりやすく認識しようと眠る時はいつも集中した。

 そのうち、夢で動くものが波のような形をしていると認識できるようになった。


 が、その途端、なにかに怒られたような衝撃を受けた。



 木の上で寝ていた俺は呆気に取られた。

「………〝こんなところで何してんだ〟って言われたのかと思った」


 風に追い出されたような感覚がはっきりあった。

 俺は不思議だなと思いながら、身を起こして晴天を見上げた。


 さて今日も食べるものを探して、人狩りに出会ったら使えるものを頂戴して。

 その前に川を探そう。身体を洗いたい。


 それで…、それが終わったら…。

 いつも通りの一日を過ごす、


 はずなのに。


 …今日はこれからどう過ごすのか、なんとなく分かっていた。



 自分の意志で行きたいと思った。

 会わなければいけない人たちがいる。

 身体に当たる波は、まるで未来の自分が呼んでいるみたいだった。



 未来の自分の軌跡を追いかけるように、俺は〝彼ら〟のもとまで向かった。



「失礼します。初めまして。俺はイルファーンと言います。行かねばならない波動を感じてここまで来たのですが、間違いなかったでしょうか?」



 全員面食らった顔をしていて、少し面白かった。


 ああ…。どうしてだろうか。

 初対面なはずの彼らと、俺はずっと会いたかった気がした。




―-------------――

(道理なんて、考えたところで生まれるものではない。優しさや正義なんて平和な場所にいる人間の道楽みたいなものなんだから)


 ぐちゃぐちゃになった身体の半分はもうなにも感じない。


(不思議だ。箱庭にいた時より、泥蛇と戦う今の方がよっぽど生きづらいのに)


 呼吸が震える。

 急激に命が流れ出ていく。

 不安と恐怖は今こそあってもおかしくないのに。

 自分でも笑えるくらい、〝今ならなんでもできる〟と力が湧いてくる。


(君たちが俺を受け入れてくれた。道理も道楽も関係ない。ただそれだけで、俺は自分の全てを使える)



 仕方ないと言い訳をしていた頃が嘘みたいだ。

 自分がこんなにも勇敢だったと分かっていれば…

 あの時誰かに「一緒に行こう」と言えたのかも、なんて。無意味に後悔を美化して浸ってみた。



 〝シメイラ〟はようやく一匹仕留められて誇らしげだ。

 強靭な足で腰を潰せたイルファーンを上からのぞき込む。

「まだ生きてる?」

 大人の男の声で、それは子供みたいな無邪気な質問だった。

 たくさんの血肉で汚れた牙をむき出しにして、醜悪な人間の笑みを浮かべている。




 イルファーンは夕焼け色の瞳を震わせながらオーウェンへ向ける。

 感心して少しだけ笑った。

 彼は本当に優秀だ。言葉なんかなくても、もう準備ができている。

 …イルファーンがなにをするか分かっているのだろう。彼の眼差しは悲痛に満ちていたから、少し…申し訳なく思った。



 イルファーンは口から溢れる血の中、心から望んだ。


(--――どうか、君たちの旅路に未来がありますように。

 …君たちと過ごした日々は、本当に楽しかった)



 イルファーンを中心にして、〝シメイラ〟の周囲に方解石に似た半透明の結晶がいくつも浮遊する。

 イルファーンの姿も徐々に変わっていく。

 彼の身体も浮遊する結晶と同じもので覆われた。



 〝シメイラ〟は何事かと唸り、とりあえずイルファーンの顔を潰そうと拳を振り下ろした。

 しかし。

―-------―ゴ―――---―‼‼‼‼


 地球の底へ引っ張られるような力に圧され、〝シメイラ〟は下にいるイルファーンごと地面に潰された。


 〝カタム〟により〝シメイラ〟の重さが何百倍も増加させられた。引力が働いたと思うくらいの力に、〝シメイラ〟は一時的に微動だにできなくなった。


「うゥゥゥゥウウウウウウアアアアアアアアアアアア‼」


 〝シメイラ〟はひどい癇癪を起して叫んだ。



 その真上から。

 フレイアに指示を出し、ボディとなる液体をブレードに纏わせたオーウェンが。

 〝シメイラ〟の背中へブレードを突き立てた。



 精密兵器の液体ボディは戦艦をも貫く。しかし〝シメイラ〟の鬣に差し込まれても皮膚までいかない。

 〝シメイラ〟の身体は人間の作り出す材料全てを凌駕している。

 致命傷まで――どうしても。届かない。

 


「イルファーンンン‼」



 オーウェンは彼の最後の人間性に賭けて叫んだ。


 〝シメイラ〟と大地に潰され、もう息絶えていてもおかしくないだろう。

 それでも〝シメイラ〟に〝カタム〟が作用しているのなら。

 彼は一粒の人間性を残して怪物化しているはずだ。

 〝生きている〟状態だと信じた。



 その一粒が力強く反応した。

 オーウェンのブレードにも〝カタム〟が作用する。

 それだけではまだ足りない。オーウェンも渾身の力で押し込む。


 〝シメイラ〟の哮り立ちがひと際響いた。


 フレイアは〝シメイラ〟の体内に入り込んで筋肉の動きを阻害する。切断まではできないが少しは〝シメイラ〟の力を弱められている。


 〝カタム〟とオーウェンとフレイアの全力が合わさって―――


 やっと。



 オーウェンのブレードが〝シメイラ〟を貫いた。




 〝カタム〟が力尽きた。

 過剰な重さが一気に解放される。

 浮遊していた結晶もカランカランと地面に落ちて砂になる。


 〝シメイラ〟の上でオーウェンが汗を大量に流し、息を荒くしてブレードに寄りかかる。




 周辺の火災がひどい中、息苦しいことも忘れてキースはイルファーンの死亡に呆然としていた。

「イル…」

 ふらっとキースは立ち上がる。


 オーウェンはブレードから手を放して〝シメイラ〟から降りる。

 〝シメイラ〟に刺したブレードは強靭な筋肉のせいで抜けない。

 〝シメイラ〟の体内に入り込んだフレイアもそのままだ。

 ただフレイアの核はオーウェンの懐にある。

 少し時間はかかるが太陽光と空気があれば次第にボディを作れるだけの液体を生成できる。

 まだ。戦えるのだ。


「キース。フレイアの復活まで立ち呆けしていられません。〝シメイラ〟を倒せたのなら我々はコアたちのもとへ行きましょう。その間にフレイアもある程度ボディを生成できるはずです。とにかくルカを取り戻さなくては」


 呆然としていたキースは、オーウェンの落ち着いた声音でようやく我に返る。

 はっきりとした言葉なんか出てこない。けれどオーウェンの言っている通りだ。

 キースは自分に言い聞かせるよう何度も頷く。



 その気配の殺し方は、オーウェンでさえ気づけなかった。



 オーウェンとキースを覆う怪物の影。


 影に気づいたオーウェンは身体を引き裂かれながらもキースを突き飛ばしていた。



 虫を振り払うように、爪に刺さっていたオーウェンを放り投げた。

 〝シメイラ〟は自分の体に刺さったブレードをまじまじと見つめる。


 突き出た刃の部分をバッキン‼と折る。するとギチギチギチ…と太い筋肉が動き出し、表の傷は塞がった。

 背中にはブレードが突き刺さったままあるのに、胸の傷が塞がったことが面白かったのか、〝シメイラ〟は口を覆って笑い出した。

 笑い方も幼い子供のようで不気味極まりない。



 怪物の笑い声がこだまして大勢に笑われているみたいだ。




 不快なその場所で、オーウェンはガンガンと響き渡る痛みに奥歯をかみしめる。

 あばらごと胸を裂かれた。自分の身体は二度と立ち上がれないだろう。


(だがこの怪物は弱いものを優先して殺すはず。(死にかけ)に集中している間にせめてキースを…)


 しかし〝シメイラ〟はより邪悪だった。

 キースが動き出す前に、彼のもとへ跳んだ。彼をその殺人的な握力を持つ手で掴む。



「あッッガ――ッッ‼」


 キースは内臓もろとも全身を圧迫され、意識が一気に遠のく。


 〝シメイラ〟はわざわざキースをオーウェンのもとへ持ってきた。

 ――そしてキースを持った手を大きく振りかぶる。



(キースを私に投げつける気か‼)

 オーウェンは怒りと寒気に目を見開く。



 〝シメイラ〟の力であれば二人はただの肉塊になる。



(なにか――なにか――せめて、キースだけでも…‼)


 イルファーンが命をなげうって繋げた足止めが全て壊される。

 絶望的な刹那を延々と目の当たりにしているみたいに、その光景はゆっくりだった。




 透き通った青い光が、一筋。




 それは〝シメイラ〟の顔付近に投げつけられた瓶だった。

 〝シメイラ〟の狂気と愉悦に満ちた眼光がそれを映す前に。


 パアン‼と一発の銃声が響く。



「-――ガアアアギャアアアアアぃぃいヤアアアアアアギャアアアアアア‼」


 〝シメイラ〟の上半身が青の光と業火に包まれた。

 たまらず〝シメイラ〟はキースを投げ飛ばして、両手で自分の身体を叩いて火を収めようとする。



「オーバークォーツの花…の…」

 オーウェンは絶え絶えの息で呟く。

 この辺りの武装集団はオーバークォーツの花も取り扱っていた。

 〝シメイラ〟の暴走で火柱を上げる爆発が起き、そのせいでまだ今も燃えている地面も多くある。

 怪物の嵐に運よく割れなかった瓶があったようだ。



 〝シメイラ〟に瓶を投げつけた人物へ、オーウェンは視線を向ける。



 むせかえっていたキースも、地面に身体をつけながら顔を上げた。

 …あの日から、気づけば3年。

 キースの瞳に後悔と切願が混在する。




 風が炎をなびかせる中。

 死んでいた内陸保安機関が持っていたワルサーPPを〝シメイラ〟に向けた――

 マナがいた。





―-----――-----――

〈ということでイングはあと数分の活躍となります‼〉

「クソだな‼」


 耳に取り付けた通信機から報告を受けたリーヴスは吐き捨てた。

 どうやらイングはこれから上位AI〝ペガサス〟と〝クリュサオル〟を相手にするようだ。

 性能レベルはイングとほぼ同格だが2基。イングがコアたちを守りながらそれらと戦うには分が悪すぎる。イングを完全沈没させないためにももう一秒も無駄にはできなくなった。


 とはいえ総数5機の〝トンボ〟とランを相手にリーヴスは防戦一方だ。口調もいつもに増して荒くなってしまう。


 〝トンボ〟の散弾はランを通り抜けられるため、相手を盾にすることもかなわない。


 リーヴスを追い込むランは彼の肉弾戦の癖に既視感を覚えた。

 リーヴスの足を狙って蹴りを入れようとしたが、リーヴスから躊躇いのない蹴りが来たので床を通り抜けて回避した。

 運悪く接近した〝トンボ〟一機がリーヴスの蹴りに直撃すると、沈没都市の傑作は粉砕される。回避して正解だった。彼は足に〝カーボナイト〟を起動させていた。


「あ。思い出した。〝ブースト〟と似てんだわ。ってことは〝ブースト〟に体術教えたのはアンタ?」


 余裕のないリーヴスから舌打ちだけ返ってきた。


 ランは一度下がり、リーヴスの〝カーボナイト〟が起動していなさそうな部位を探す。

 〝ラダル〟と違って熱感知などできないので、ランは相手の動き方から推測する必要がある。

(基本、〝カーボナイト〟は起動すると耐久力が上がる代わりに重さが生じる。じゃあ足には起動してねぇかなって思ったけど、危うく脛骨砕かれるところだったし…)


 恐らくある程度は起動する箇所を都度変更しているのだろう。

 とはいえこんなに手数の多い攻撃をされていればどこか常に空いているところはありそうだった。


(視野が効く顔面じゃ狙ったところですぐ起動するだろうし。……で、も。あれだけの速さで動けるってことは膝関節は空けているのかも)

 甘い雰囲気を持たせる彼のたれ目が妖しく笑った。

 彼はそんな表情でリーヴスと目を合わせながらスルッと壁に消える。




(やべぇな仕掛けてくる)

 〝ラダル〟やイルファーンのような波動などリーヴスにはない。

 〝トンボ〟を相手にしながらランの不意打ちは防げないと冷や汗を流した。


「リーヴス!リーヴス!」

 リーヴスの腕の中で身を小さくしていたサラが声を張り上げた。

「なんだ‼」

「そこの床!私一人なら入れるくらいにくぼんでるよ!」


 リーヴスはなおも撃たれ続ける中、サラの「そこ」と言った場所へ目を向ける。

 確かに〝トンボ〟の銃撃によって古びた床がえぐれていた。


「そこにお前を置けってか⁉上から狙い撃ちにされんぞ‼」

「〝フルート〟で傘みたいな盾を作るんだよ!球体は難しいけど、半球型ならできる‼」

「良い案だが、今の〝トンボ〟の弾は〝半永久循環弾(ピンウィールガン)〟つって、空気を圧縮して弾にしてんだ!貫通力は多少落ちるが何時間も大量の空気弾を撃ってくる!」


 建物には振動弾の他に商品としてオーバークォーツの花もある。泥蛇はニーナやランがいるため、火花を散らすハルス弾ではなく半永久循環弾(ピンウィールガン)を選んだのだろう。

 半永久循環弾は確かに一発ごとの貫通力はハルス弾に劣るが、一分間に約1000発以上もの発射速度を持つ。

 サラの技量では耐えられないのではないかとリーヴスは思った。



 サラはぎゅ‼と強くリーヴスの服を掴む。



「大丈夫!あれくらい耐えられるから‼…でもなるべく速く壊してね!」


 いつまでも大丈夫…は確かに無理だろう。

 だが。

 自分が抱えられたままでは先に進めない。

 サラは光を放つような琥珀色の瞳でリーヴスを見上げる。


 リーヴスはニッカと笑った。


「上等。投げるぞ‼」


 リーヴスは〝トンボ〟がサラの方を向かないために、ボーリングの玉を転がすようにサラを地面すれすれに投げた。


 まさか子供をそんな風に投げるとは予測プログラムに入っていない〝トンボ〟は全くサラに反応しなかった。

 しかしそれも数秒の間だ。



 サラはズザザザ‼と痛いくらい床に身体を擦らせながら、床のくぼみへ入り込んだ。

 涙が滲むほど全身が痛いが、彼女は胸の前に両手を組んで歌詞を口ずさんだ。


「〝彼女の歌を結んだら  その旋律が私たちを守る盾になる〟」


 祈るような姿をしているようだけれど、どこか宣告を告げているようでもあった。


 サラの〝フルート〟が彼女を包み隠していく。

 2機の〝トンボ〟が気づき、即座に身を回転させてサラへ向かった。


 床に食い込むようにして盾が半球へと形を作る。

 紙一重のタイミングでサラはその半球を完成させた。ババババババババッ‼と劈くような散弾が当たり散らした。


 2機がサラに集中した直後。

 リーヴスは拳銃と〝カーボナイト〟を駆使して、先に自分を攻撃する2機の〝トンボ〟を握りつぶした。


 瞬間。


 床から身を低くした姿勢で、ランがリーヴスの膝へ横蹴りを入れた。

 ガクッ‼と落ちるリーヴスの身に、ランはトドメの手刀を構える――――


 ゴオッッッ‼と床に穴が開いた。

 ランは目を見開く。


 リーヴスは〝カーボナイト〟の出力を上げ、重さで床を抜いた。

 崩れ落ちる床の破片を殴り壊して血だらけになりながら、彼はランの胸に一撃入れた。



 足場を失い、実質〝エア〟の意味がなくなったランでは防ぎきれなかった。

「ウッ――ゴ‼」

 リーヴスのその拳は〝カーボナイト〟を起動していない。怪物化しないために武器となる手は素手だった。



 それでも重く速い拳にランは白目を剥いた。

 下の階まで床とランと共に落ちたリーヴスは受け身を取ってすぐさま上の階へ走った。

 その勢いのまま、銀糸の半球に隠れたサラを狙い撃ちにする〝トンボ〟のもとまで向かう。


 〝トンボ〟がリーヴスから距離を置こうと上昇するが、リーヴスはサラの半球を踏み場にして2機の〝トンボ〟を鷲掴みにした。


 ガラスをも突き破る振動を発せられる〝トンボ〟だが、〝カーボナイト〟で黒化した彼の手には虫の息しか伝わってこない。


「――――手で潰されるなんて思いもしなかったろ」


 かつて同じものを守っていた兵器に、そう皮肉をぶつけた。



 バッキッッッ‼と〝トンボ〟は胴体を真っ二つにされた。






評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ