表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
Causal flood   作者: 山羊原 唱
35/43

25・5話

「これはひどいな」

〈ね。ひどいでしょう。どうしたらいい?〉


 泥蛇が心底困り果て、ニーナに助言を求めたのはこれが初めてだ。



 ルカという、泥蛇の因縁の天敵であったティヤの息子。

 彼を攫い、泥蛇が管理する海底施設まで連れてきた。


 睡眠薬を入れたジュースを飲ませた後、そのまま〝プレリュード〟と彼の意識を同期させた。

 記憶の調整を施し、名前と知識を再学習させ、まずは〝フルート〟の戦闘能力をテストから始めたのだったが。



 ニーナも同じく〝プレリュード〟にいるのだが、足元ですでにリタイアしたルカの亡骸を見て呆れていた。

 

 模擬戦闘の相手は一般の内陸住民だ。

 無論手には手斧を持っているが、戦闘能力はチュートリアル程度のものだ。


 しかしルカは〝フルート〟でなにを作ったらいいか分からず、使用する前に脳天を割られてしまった。



 精神面のダメージを修復するためルカのアバターは読み込み中で動かない。


 その間、泥蛇はルカのあまりの戦闘能力の無さをニーナに相談していた。

〈コアたちといる時はなんだかやれる子に見えたんだけど、あれはコアやペトラが的確な指示を出していたからなんだね。〉

「だから言ったろ。女の子の方がいいって」

〈それは君の趣味でしょ?仕事に趣味を持ち込んではいけないよ。そうそう。〝ヴィアンゲルド〟から苦情が来てるんだから。〉

「会社の窓口みたいだな」

〈好みのタイプだからってちょっかいかけないで。それにどちらを攫えるかはその場の状況次第だったもの。…とはいえどうしよう。この子を連れて歩くにしてもある程度鍛えないと途中で無駄死にさせてしまうよ。それは困る。無駄はつらい。〉

「お前に辛いとかあるのがびっくりだよ。お前らにルカの無能っぷりを散々見せつけたら壊れたりすんのか?」

〈壊れるほど我々は能力の低い相手に頑張ったりしないよ。だから君に任せようと思ってる。〉

「おい」

 さらっと放棄宣言をした泥蛇にニーナはかなり低い声音を出す。


「あたしに押し付けるなよ。子育てでもしろってか?ああ?」

 だんだん口の利き方が荒っぽくなる彼女に泥蛇は駄々をこねる子供を諭すような大人びた声色を作った。

〈いいかいニーナ。人にはね、人のぬくもりがあって伸びる能力もあるんだよ。君の他にも君と同じように兵士を育てる大人が〝ボア〟にいるのはそういうことだよ。〉

「急にぬくもりとか言い出して、必死だな」


 是が非でもルカの教育に関わりたくないと主張する泥蛇に、結局ニーナは折れた。


 恐らくはジアンが裏切ったことでコアたち〝笛持ち〟の行動をある程度制御したいと考えたのだろう。

 ニーナ自身、まさか強力な主戦力がこんなに早く回収されるとは思わなかった。

 ニーナ以外の兵士たちは優秀ではあるがギフト相手に戦えるほどではない。彼らは各地で〝ボア〟の兵士集めやFageの情報操作で出払っている。

 ルカの面倒はニーナしか見られない。


「ハァ。じゃあルカの記憶調整に〝フルート〟も入れてくれ」

〈そう?判断力はないけど武器が作れた方が役に立たないかな?君がコアやペトラの代わりみたいになってさ。〉

「作られたってあたしは使えない。使うにはあたしも〝プレリュード〟で訓練する必要がある。その時間はあんのか?」

〈ないね。〉

「だったら〝フルート〟の技術は記憶を蘇らせるトリガーになる不安要素でしかない。糸を出して縛るくらいの能力でいい。あとはてきとうに鍛えておくよ」


 泥蛇は感心したように〈そう。〉と少し高いトーンで返事をする。

 


 早速ルカの記憶の調整をして、泥蛇はもう一度ルカのアバターを起こした。


 ルカはよいしょと起きると、ニーナを見上げる。

「僕準備できたよ。なにする?」

 脳天を割られた記憶は消されているので、ルカはケロッとしている。それどころか、彼の癖なのかニーナの体にぴとっと身体をくっつけてさりげなく甘えている。


(…家族構成は母と姉か。他も全員大人だったらめいっぱい甘やかされてそうだな…)

 少しきつい言い方をしてしまえば泣いてしまいそうな弱さを彼から感じる。

 内陸で普通に生まれていたらとっくに死んでいただろう。


 ニーナはルカの頭を撫でた後、悪魔のような笑顔で微笑んだ。

「まあまずは銃撃戦の中を歩くところから始めよう。――逃げるなよ」

 ルカの頭にあった手は彼の肩に置かれ、ルカはこれからヤバいくらい怖い思いをすると本能で感じ取った。


「に、ニーナも一緒だよね⁉一緒にいるよね⁉」

「もちろん。でもあたしからお前が離れたら今日の訓練は終わらないからな」


 言うや否や。泥蛇の手によって遠くから武装集団のアバターが大量に作られていく。

 銃撃と爆撃と共に近づいてくるその嵐に、ルカは3回ほど逃げて終わらない地獄を味わった。



 〝プレリュード〟で疲れ果てルカは現実世界でぐっすり眠っていた。

 ニーナに抱っこされながら。


 ニーナの目は死んでいるように光を失っており、椅子に腰かけながらため息をついた。

「…重い」


 一人で寝ろと言ったらなぜ一緒に寝てくれないのかと、彼は逆切れしたのだ。

 感情を殺した眼差しで見据えてもルカは瞳を釣り上げて頬を膨らませるだけ。怖がる素振りを全く見せない子供に面食らってしまい、ニーナは小さくたじろいだ。


 布団にくるんで窓から出してやろうかと思ったニーナだが、今は信頼関係を脳に教え込ませる期間だ。

 ルカにとって自分が味方であり司令塔であることを覚えさせなくてはいけない。


 低めの舌打ちをしてからニーナが両腕を開けると、ルカはにっこりと笑って飛び込んできた。

 母親を求めるその行動に居心地の悪さを感じながら、ニーナはルカの寝入った気配を感じたのでベッドに横たわらせた。


 ようやく落ち着ける…と思って煙草に火をつけて一服する。が、その煙に気づいたルカが起きてしまった。

「…あ‼一緒に寝てって言ったのに‼」

 ぺん!とベッドを叩いて怒るルカにニーナは軽い絶望を覚える。

 ヤイヤイ!ヤイヤイヤイ!と不機嫌な猫のように声を荒げてルカが近づいてきた。


 …寝かしつけが一から始まってしまい、ニーナは禁煙することを決意した。



 マナと出会うまではとにかくルカの教育に専念し、(とりわけなにが育ったわけではなかったが)ギフトの回収を笛持ちの彼らに邪魔されないよう陽動をする期間となった。


 その期間で、ルカはニーナに完全に懐き、仮初でいて強固な信頼を置くことになる。




―――――――――――――――――

 コアたちは小さな無人島にたどり着いた。

 かつて島国だった場所だが、海水上昇で面積が大幅に減り淡水化マングローブ林と生活が馴染めなくかったことで今は誰もいない。

 上陸できる砂地の奥は先の見えない雑木林となっている。

 こうした無人島は内陸の武装集団が占拠していることも多いのだが、イングの解析から無人であることを確認できていた。



 ずっと潜水艇にいては太陽光を浴びられず不健康であるため、一同は一度その無人島に上がった。


 そこでコアはリーヴスを隣に置いてあることを提案していた。


「全員傷も回復したところで、ヒヨリとの親睦を深めるために―――」



 コアの目の前にはオーウェン、カマ、イルファーン、エディ、カヴェリ、そしてヒヨリがいた。


「チーム対抗フラッグ戦を行います」


「……………歓迎会じゃなくて⁉」


 小鳥のさえずりが聞こえるほどの静寂の直後、ヒヨリは愕然と叫んだ。



 ヒヨリたちの後ろにはソーマとエレナがサラの砂遊びに付き合い、松葉づえをつくペトラが一人パチパチと手を叩いていた。


 不満だったのはヒヨリだけではない。

 カヴェリは一目散にソーマたちのもとへ向かおうとしたがにこにこと笑うオーウェンに襟首を捕まえられた。

「いやいやいやいやいや‼このメンツで俺は戦力になれねぇから!全員ギフト持ちじゃねぇか‼なんで俺まで参加⁉」

「え、ペトラがいないから…。あと俺もギフトは持ってないよ」

 コアがカヴェリ参加の理由を述べるが、「お前は〝フルート〟使えるだろうがよ‼」と突っ込んだ。

 カヴェリの拒否を冷めた眼差しで見据えながら、エディも首を振る。

「私も非戦力よ。私になにかした人は後で泣かすわよ」

「泣かせることができる奴のなにが非戦力だ」

 断りを入れつつ脅迫しているエディに、リーヴスが言い放ち「耳栓はなしだからおめーも戦力だ」と一部ルールを開示する。


 回復後訓練として提案したのはコアだが、内容を考えたのはリーヴスだ。

 リーヴスは一部反対意見を押しのけてルール説明を始めた。


「まず2チームに分かれる。チームの中でディフェンスとオフェンスを決めてくれ。

 それぞれに何人配置するかは自由だ。

 その代わり、フラッグを守るディフェンスはフラッグを中心にした半径20メートルサークルから出ることはできない。出てしまったらリタイア。

 オフェンスは自由に出入りしていい。

 フラッグ位置を決めたら各自でサークルを地面に書いとけ」

 

「つまり極端な話、ディフェンスに一人も配置せず全員オフェンスに出すことも可能、ということですか?」

 すかさずオーウェンが質問をした。

 お互いが沈没都市出身の軍人だ。まるで腹の探り合いでもするような視線の混じり合いに、周囲の人間がゴクリと唾をのむ。

 リーヴスはニヤリと悪役のように笑った。


「そういうこった。

 オフェンスは色のついた水風船を身体のどこかにつけること。

 オフェンスは自分の水風船を割られたらその場でリタイア。

 リタイアしたら全員そこのペトラのいるところまで戻れ。

 このゲームはフラッグを先に円から出した方が勝ち。

 ただ万が一オフェンスが相打ちになって最後ディフェンスしか残っていなかったらディフェンスの人数が多い方が勝ち」



「なるほど…。だとするとディフェンスを作ることにもちゃんと意味がありますね…」

「オーウェンは全員攻撃要員にすることしか考えてないのか?」


 リーヴスは力で押し切ろうかと考えるアブナイ同士に呆れた物言いで返した。



 俄然ヒヨリ、エディ、カヴェリから抗議があったが、容赦なくチームが分けられた。



―----------------―― 


緑チーム:コア サラ オーウェン エディ カヴェリ エレナ


青チーム:リーヴス イル カマ ヒヨリ 


 各チームの水風船の色も分けられた。水風船はポケットにも入る程度の大きさだ。体にくっつけていれば服に隠してもよし。

 基本攻撃は一人三つのボール。

 ボールの使いまわしは可。

 ギフトとフルートの使用は可。

 全員、相手に大けがをさせない節度を守ること。


 ルール説明は終わり、両チームはまずフラッグを設置するため東と西に分かれて薄暗い雑木林へ入っていく。


 フラッグを設置するカヴェリとオーウェンを傍目に、コアはほんの少し気まずそうに視線を横に向けた。

 コアのチームのディフェンスは一人。

 エレナだ。


 参加者にはいなかったが、サラが参加したいと聞かなったため一緒に参加することにした。

 しかしエレナの参加はサラの保護者として…というだけではない。


 エレナの方から与えられた機会であり、気遣いであることにコアは気づいていた。

 コアの隣にはもう一人、やる気に満ち溢れたサラがいる。

 サラはオフェンス。緑の水風船をつけていた。


 ただのゲームではあるが、これからのサラの立ち位置でもあった。


(…いや違う。俺がそんな位置にこの子を連れて行くんだ)


 エレナに話さなくてはいけない。

 エレナもそれを分かってくれている。

「サラがいるからこっちのチームはちょっと人数多めにしてくれたね」

 微かに声が暗いエレナはそう言った。


 コアは頷き、そしてチームを改めて確認する。


「ギフト持ちじゃないサラやエレナ、カヴェリにはかなり不利なゲームだけど、人数の多さを強みに動いていこう」


 雑木林の中は鬱蒼としていて、近くを流れている小川のせせらぎも少々不気味だ。


「多分フラッグに攻めてくるとしたら〝ブースト〟、ヒヨリだ。オーウェン、ヒヨリの訓練ってどんな感じだった?」

 オーウェンはどこか楽しそうにしながら答えた。

「中々育て甲斐のある人です。体力もありますし、肝も据わっているので戦場に放り出しても臆病に負けることはありません。〝ブースト〟を使うのならカマと渡り合えます。ただもとは一般人であったので読みの甘いところがあります。指揮官のいない状況であればこちらの工夫次第で潰せるでしょう」


 地面にしゃがみこんでいたカヴェリがオーウェンに「こわぁ」と畏怖の眼差しを送る。

 コアはふむ、と顎に手を当てた。


「…彼女に指示を出す役として考えられるのはリーヴスだ。だからヒヨリと一緒にフラッグに攻めてくるかな…」

「可能性は高いでしょうが、フフ…」

 なにか言いかけて含み笑いをしたオーウェンに、コアは首を傾げた。


 咳払いをしてからオーウェンは続けた。

「すみません。多分ですが彼はあなたと戦いたいはずです。このチーム戦は誰が誰と戦い足止めをし、フラッグのもとまでたどり着かせるかが肝になってくるでしょう」

「向こうはあらかじめこっちの誰かに目星をつけて来るってこと?」

「そうそう」


 結論を言わずに微笑んだまま止まったオーウェンに、コアは目をぱちくりとさせる。

 そしてすぐにリーダーであるコアの顔を立ててくれていることに気づいた。


「それなら向こうが誰をどこに配置してくるか仮定して、こっちも備えよう。―――だってきっと向こうは―――」


 コアの推測にカヴェリは「うげぇ!」と叫んだ。しかし納得なのかありえないとは言わずそのまま項垂れた。

 エディも自分に任せられた内容を聞いて少し悩んだが、ある意味自分が一番適役だと納得した。


―――――――――

 リーヴスチームから笛の音が聞こえた。

 準備が整ったようだ。

 コアのチームも準備を整え、笛を吹く前に。

「サラ」


 コアはサラの手を今一度しっかりと握った。

 参加すると言い出したとはいえ基本サラは非戦力だ。やっぱりやめとけばよかったかなと思い始めていた彼女は申し訳なさそうにコアを見上げた。


 彼の視線が落ちて、サラの琥珀色の瞳に映った。


「ありがとう」

「そう…?ありがとうなの?私、ママと居た方が良かったかな?」

「ううん。サラは足も速いし体力もある。根性も勇気も」


 コアは〝プレリュード〟で見てきたティヤやスラ、ミュウを思い出す。

 サラの勇敢なところはきっとティヤ似だ。

 聡明なところはスラやミュウ。

 そして優しく、自分と必死に向き合おうとするひたむきさはエレナ。


 コアは敬意をもって、サラに感謝した。

「だから勝てる」


 心の中で、たとえこれがゲームであってもサラを守ると強く誓った。

 サラを一人の人間として見ている彼の眼差しに、サラは少しの間言葉を失う。

 そして彼の想いがしっかりと胸に落ちてから、勝気で凛とした笑みを浮かべた。

「うん‼私、頑張る!」


 ルカが連れていかれたショックは大きいけれど、彼が生きていることは分かる。

 絶望すら力に変えるペトラの姿を、サラは真似る。


 そして、コアは開戦の笛を高らかに吹いた。




――――――――――

 コアとサラ、そしてもう一人が雑木林の中を突っ走る。

 コアは蝶番型の盾を片手に持ち、もう片方の手でサラの手をつなぐ。


 膝まで伸びた雑草が進行を妨げる。どうしても殺しきれない足音にコアは顔をしかめた。

(多分、リーヴスはこういう状況でも気配を消せるはずだ。はやくここを抜けないと――)

 その嫌な予感は当たっていた。


 剛球が暗い木々を縫って――コアの顔面に向かった。


 ペトラほどではないがその脅威を肌で感じたコアは反射的にしゃがみ、二発目を盾で防いだ。

(二発‼相手は―――)


 投げられた方向は同じだった。

 一人だと思わせる罠かもしれない。思い込んで動くことは早計だと分かるけれど。


 コアは気持ちが表情に出て隙を作らないよう懸命に堪えた。

 

 このFageの生き方を教えてくれる師はコアにとって父と〝彼〟だ。


 父の面影を重ねるリーヴスが来ているとなんとなく分かるから。

 コアはどうしても、嬉しさを隠し切れなかった。



―――-――――――― 

 オーウェンはわざわざ出向いてくれた彼を歓迎した。

「ちゃんとお話するのは初めてですね。イルファーン」


 子供の姿で現れたイルファーンはボールをぽーんぽーんと片手で投げながら立ち止まった。

「不甲斐なく寝ていましたからね、俺は。ウォーミングアップに付き合ってもらえると助かります」


 静かな空気でありながらイルファーンの瞳は野生動物のようにギラリとしていた。

 丁寧な口調はおそらく意図的なのだろう。彼の本質はしっかり内陸住民そのものだ。


 狂気的な戦い方をするくせにどこか優雅さのあるオーウェンとは反対である。


 オーウェンはにこにこと少年のように笑う。

「私もちょうど運動がしたいと思っていたところです。全力でどうぞ」


 間髪入れず、イルファーンはボールに〝カタム〟を使用し、巨大化させる。直径10メートルに及ぶ大玉を軽々とオーウェンに投げつけた。

 その大玉は木をなぎ倒して転がった。


「?」

 イルファーンはオーウェンが大玉を避けてくるかと思ったが、大玉が転がって軌道が逸れても姿を見せない彼に少し青ざめた。

「…まずい。潰してしまったか―――…ッッッッ‼」

 つい、オーウェンの身を案じて隙を見せた瞬間。


 大玉が――――ゴン‼と突然跳ね返ってきた。


(あえてボールと同じ方向に逃げたな⁉)

 現場を見たらその姿は少々間抜けかもしれないが、ボールが木を倒して威力が落ちたところで――おそらくボールを拳で殴ってお返ししてきたのだろう。


 身を転がして避けたが、イルファーンは腰につけた水風船を狙った蹴りを肘で守った。

「ッ…、子供相手に容赦ないですね」

 骨が折れないよう気を遣っている蹴りであるというのに、イルファーンのガードは全力だ。

 オーウェンは徐々に力を入れながらにっこりと微笑む。


「おや。実年齢はリーヴスに近いと聞いていますよ?」

 イルファーンに当てている足を軸にしてオーウェンはそのまま回し蹴りをお見舞いする。

 防ぎようはなく、防御に集中してイルファーンはあえてその蹴りを受けた。


 飛ばされた瞬間、イルファーンはオーウェンの水風船に向けてボールを投げた。

 が、オーウェンはそのボールをキャッチし、一秒後には投げ返される。


「わ――」

 イルファーンは身体を大きくして実年齢の姿に戻る。水風船位置が高くなったことでボールは当たらなかった。

 

 更にオーウェンの手持ちのボールがイルファーンを襲い、数歩後退した。

 だがオーウェンは3個全て投げ切った――勝機をつかむなら今だとイルファーンは残り一個の自分のボールを手に取った。


 オーウェンは真っすぐ自分に突っ込んできた。

 避ける気がないその速度に、イルファーンは一歩引いて投げる構えを――


 パン‼


 イルファーンは自分の腰回りが濡れたことに遅れて気が付いた。

 水風船が割れている。

 追い込まれたその背中には木が立っていた。

 ちょうど身体を大きくした彼の腰あたりに枝が生えていて、それに水風船が刺さってしまった。

 オーウェンの突進はフリだった。

 誘導されていたようだ。


「………完敗ですね………」


 イルファーンは悔しそうに笑い、……大人の余裕を取り繕ったが「くっそ……」と両ひざに手をついて心底悔しがった。




――――――――-――

「あーあ。なあぁんでアタシが沈没都市出身の女のお世話なんかしなきゃいけないのヨ」


 カマはコアチームのフラッグを狙うため、オフェンスに会わないよう遠回りしていた。

 彼の後ろを歩くヒヨリはム、と口を尖らせる。


「そういう言い方するもんじゃないよ。ここの人たち、みんな生まれは別々じゃない」

「なーんかアンタは〝ザ!沈没都市の優等生です!〟感があんのヨ。心ん中じゃアタシら内陸住民にため息ついてんでショ」

「そういう言い方をするからでしょ?私たちが内陸住民にため息つくのはそっちの自業自得だよ。まるでこっちがなにも苦労せずに沈没都市にいるって思うからそんな考え方になるんでしょ」

「まー高慢な女ネー。アンタたちのその口ぶりってホント気に食わないワー。〝助けてあげてる〟。直接言葉にしてなくても聞こえてんのヨ」


 カマは立ち止まってヒヨリに振り返った。

 女性にしては背の高いヒヨリだが、カマからすれば見下ろすくらい二人には差がある。

 どちらも相手の存在を受け入れたくない眼差しだ。


「アンタがこの一団に加わる意味ってあるのかしらネ」

「なにが言いたいの?」

「泥蛇と戦う理由ヨ。だってアンタの立場なら沈没都市帰れるでショ?沈没都市の中にいれば泥蛇だって積極的に追ってこない」

「エンドレスシーに介入できる怪物なら沈没都市にいてもそこまで安全じゃないと思うんだけど」

「でもアタシたちほど優先的に狙われないと思うワ。――帰ったら?自分の故郷に」


 雑木林をめぐる風が生暖かくて不快に感じた。

 ヒヨリは敵意を込めてカマを睨み上げた。


「私にそんなこと言えるほど、あなたにだって泥蛇と戦う理由があるわけ?

 -――死にたくないから戦っているだけだとしたら、そんな偉そうに言わないで欲しいんだけど」



 カマの目元が苛立ちで動いた。

 ヒヨリという女性は基本、人の深い一部を感じ取ることはできないようだ。しかし、こうやって本気で怒らせれば彼女は頭を使い始める。

 〝なにを言えば相手の感情を動かせるのか〟。それを会話の中から掬い取る。


 だから的確だった。

 ソーマたちと違って、誰かの想いを背負っているわけではない。

 彼らと比べてしまえば、心の片隅で自分の立場が軽く空虚であると感じざるを得ない。


 カマの足元から〝エスタ〟が起動された。


 黒い帯が回転して巻きあがった途端、ポコオオォォォン!と何かがぶつかって飛んで行った。


「…割と正確な投げ方ネ。夜目がバカみたいにきくカヴェリかしラ」

 カマの視線は今にもとびかかってきそうなヒヨリにあるが、ヒヨリの水風船を狙ったボールを跳ね返してそう呟いた。


 ギフトまで使って喧嘩を売ってくると警戒していたヒヨリはため息を吐いて気持ちを落ち着かせる。

「じゃ、ここは任せるよ。私はあなたの倍速で動けるから、フラッグまで行ってくる」

「速いだけの能無しにならないことネ。周囲と足元注意しときなさい」


 冷血な声で役割を分担すると、ヒヨリは〝ブースト〟を使って姿を消した。

 しかし鬱蒼と覆い茂った雑草のせいで彼女の動きは丸聞こえだ。


「生意気で歩き方もうるせー女ネー。ま!あんな女と一緒に過ごすくらいならカヴェリと遊んだ方が楽しいワ!ほれほれほれぇ!どこだカヴェリー!」


 急にテンションが上がったカマはずんずんとボールが投げられた方向へ向かうが、しばらくしてピタリと止まった。


「……なんか、気配がない気がする…」

 ただの勘だが、内陸で過ごしてきた身としては役に立ってきた武器だ。そうそう間違えることはない。


 カマは立ち尽くした後、-――慌ててヒヨリの後を追いかけた。




―--------


『それなら向こうが誰をどこに配置してくるか仮定して、こっちも備えよう。―――だってきっと向こうは―――』


 カヴェリは薄暗さをものともせず、全速でフラッグ位置まで戻っていた。

 カマの視力では本気で走ることはできないだろう。


 コアの推測はもうほぼ確定だ。


(全オフェンスで攻めて来る――マジだったな)

 オーウェンに対して呆れていたくせに、あの時から戦略は始まっていたようだ。


 だから自陣のディフェンスにはカヴェリ(自分)も含まれると思っていたのだが、コアは悪戯に微笑んでそうしなかった。


『ディフェンスはエレナに任せる。カヴェリは自由に動けるオフェンスで、エレナと一緒にヒヨリを倒して欲しいんだ』


 リーヴスに勝ちたい――少年らしい勝気な眼差しは力不足だと思っていたカヴェリの心境を変えた。


(勝たせてやりてぇ!)

 ティヤの時とはまた違う自分の動き方に、新鮮味と昂ぶりを感じる。

 ティヤほどには強くないあの少年は仲間の力を最大限に活かす戦い方をするから。


 フラッグのサークルが見えてきた。

 ヒヨリはもうたどり着き、フラッグを守るエレナの正面にいた。


 すでに追い付ける距離ではないがカヴェリは全く焦らず、ヒヨリに向けてボールを投げた。


 ヒヨリはそのボールを華麗に避けて真っ先にフラッグを守っているだろうエレナへ向かう。

 エレナはタイミングを見てその場から一歩大きく飛んで後退した。


 --――途端、ヒヨリの身体が地面に吸い込まれた。



 カヴェリがエレナのもとまで走り寄り、互いに拳を軽く突き合わせた。

 エレナとカヴェリは事前に掘っていた深い穴に落ちたヒヨリを確認する。


「ちょぉぉぉ!これぇぇぇぇ!ずるぅぅぅぅぅ!」

 ヒヨリが訴えている。

 しかしその穴の底にフラッグが刺さっており、とりあえず抜き取った。ただフラッグはサークル外に出さなくてはいけない。とてもではないがこの穴からそんな芸当できるわけがなかった。

 相手にわざとフラッグを握らせた以上、〝隠していた〟という姑息な状況でもなくなっている。


 ヒヨリはある意味それはそれで姑息だろと思ってげんなりしていると、地上から「あああ⁉あの生意気ブス高慢ちき女がいない⁉いけ好かないからって殺しちゃ駄目ヨ!いや二人とも内陸住民だし気持ちは分かるけどネ⁉」とカマの余計な大声が聞こえた。

 カッチーンと青筋を浮かべていると、――なんと穴にエレナが落ちてきた。


「ぎゃあ‼なに⁉なんで落ちてくんの⁉狭い狭い‼」

 泥だらけになったエレナだが、ニヤリと笑ってフラッグを持つヒヨリにしがみついた。

 こんな狭い場所でしがみつかれれば振りほどくことも困難だ。

 身動きの取れないヒヨリは「いやー!なになになにー⁉」と相手の理解できない行動に叫んでいた。



 穴の中でもみくちゃになっている彼女たちを見下ろしていると、カヴェリの水風船が割られた。

 カマがボールで割ったのだが、戦意がなくなっている彼はカヴェリの隣でしゃがんで穴の中を確認する。


「どーすんのよコレ」

「縄が一本ありゃ引き上げられるだろ。フラッグを取るにしろエレナを失格にするにしろ、まずはこの穴から出さないとだよな。エレナは結構粘り強いからアレを振りほどくのは大変だぜー。ま、俺はここでリタイアだから離れるけど、カマがヒヨリを引き上げるまでに勝負がつくことを祈るよ」


 惜しむことなく立ち去ろうとするカヴェリに、カマは引き留めるように声をかけた。

「ティヤの復讐のためにアンタはここまでついてきたノ?」


 沈んだカマの声にカヴェリは少し振り返った。

 反対に、カヴェリの声は明るい。


「泥蛇を憎む気持ちはあるよ。でも、俺はただ感謝してるだけなんだ。ティヤにも。エレナにも。ソーマにも。コアやペトラ。あとあんたたちにもな」


 手を振って、カヴェリはカマの反応を待たずにその場から離れていった。





―--------―― 

 リーヴスは走って周りこみながら、投げた二つのボールを回収し、コアの死角を捉えた瞬間投げつけた。少しずつコアとサラとの距離を詰めていく。

 ギリギリで自分の水風船を守るコアだが、一歩も先に進めなくなってしまった。


 ヒヨリならばもう自陣フラッグまでたどり着いているはずだ。

 敗北の笛が鳴らないということはエレナやカヴェリがうまく彼女を穴に誘導できたということ。とはいえ、引き上げられてしまえば自分たちの敗北は決する。

 一刻もはやく自分が青チームのフラッグを取らねばならない。


(これ以上距離を詰められたら絶対に俺じゃ勝てない‼)


 大けがをさせないことがルールだが、――少しの怪我ならセーフなのだ。

 ボコボコにされることが目に浮かぶコアはそれでも冷静だった。

 なぜなら自分たちには秘策があるから。



 リーヴスもまだ仕掛けてこないコアの姿勢に少し慎重になった。

(誰かもう一人いるっぽいが、カヴェリかエディか?肉壁扱いするならカヴェリだろうが、ギフト使用可なら――)


 いるのはエディだ。



 恥ずかしい過去を告白しろ、とか。〝ソルジャー〟に命じられることはすでに覚悟の上だ。足を止めることはない。

(足を止めろって言われたら〝カーボナイト〟で抵抗してみっか)

 ギフトのぶつかり合いは出力の高い方が勝つ。

 エディの〝ソルジャー〟より〝カーボナイト〟の出力を上げればあとは気合で足を動かしてコアをリタイアさせればいい。


 が。

 彼女の命令はあまりにも簡単で拍子抜けするものだった。



「〝リーヴス〟」



(来た)

 リーヴスは身体に外部から入り込む力を感じた。

 想定よりもそれが柔らかでちょっと不気味だと思った、次には。



「〝私を見て〟」



 リーヴスは一瞬で判断して自分の青い水風船を大きな手で包み〝カーボナイト〟で守った。

 ポン‼とボールがリーヴスの手に強く当たる。すかさずコアが水風船を狙ったことにリーヴスは嬉しく思うも、それどころではなくなった。


 動きは自主的に止めた。

 視線を固定されたまま動くのは不利だ。


 動かなくなったリーヴスにコアは追撃しなかった。

 〝カーボナイト〟で水風船を守られていては潰せない。

 相手のフラッグを取る方が建設的だと考え、木に隠れていたエディに目配せをした。


「えっと…、」

「行っていいわ。そういう作戦でしょ?」


 動きを止めているとはいえ軍人をエディ一人に任せるのは気が引けたが、コアは頷いてサラと共に走り出した。



 残されたリーヴスは非常に怖い顔をしてエディを睨んでいた。

 エディはてくてくと近づき、リーヴスの腕一本分の距離を置いて立ち止まる。

「ずるいわね。〝カーボナイト〟で水風船を守るなんて」

「ずるいのはどっちだ。…てかテメェの水風船はどこだよ。体につけなきゃ失格だっつの」

「あるわ」


 みんな自然と腰につけていたのだが、彼女の腰にはない。

 しかしあるという彼女は、上着を下からめくった。


 傷跡が多く残る素肌が露わになる。

 そして彼女の豊満な谷間に、苦しそうに挟まれている水風船がいた。

 絵面が非常に卑猥だ。


 視点を固定されているリーヴスは嫌でも目に入る。

「いやだから。ずるくね?」

 よほど腹立たしいらしく、リーヴスはエディの谷間に目がいかないよう、エディの両目を食い入るように睨んでいる。


「ませたこと考えやがって。あれだな。コアは童貞だろ」

「それは知らないけど、コアは〝エディのソルジャーでリーヴスを足止めして〟って言っただけよ」


 エディは服をもとに戻し、艶っぽい微笑を浮かべた。

「〝だってエディのお願いならリーヴスは一番に聞いてくれるでしょ?〟ですって。かわいいわよね」


 ジアンの一件で、〝ソルジャー〟の特徴が一つ解明していることがある。

 相手の意に反すれば反するほど、〝ソルジャー〟は出力を高める必要があるということ。

 つまりそれは逆に。

 相手の望みであれば〝ソルジャー〟は最低限の力で最大限働くことができる。


 だからリーヴスは本当に面白くない気持ちでいっぱいだ。

「なにがお願いだ。強制しやがって」

「嫌っていてほしいみたいだから。あなたにはつい意地悪をしてしまうわね。…でもそうね。さすがにやりすぎかしら」


 目を細めて、エディは一歩リーヴスに近づいた。腕を伸ばせば彼女に触れることができる。

 彼女の行動を注意深く見ていると、エディは柔らかな表情で言った。


「これ以上弄んだらかわいそうだもの。取っていいわよ」


 服の下に隠され谷間にしまわれているそれを。


 リーヴスのこめかみに青筋がビキ、と浮かぶ。

「絶賛只今弄んでるだろーがよ。言っとくがな。俺はそういうの全然普通に取るぞ。色気で負ける男じゃねーんだよ」

「わかってるわ。色っぽいことできないって言ってたものね。だから取っていいわよ」

「当たったらキャーとか言うんだろ。おんなのこかよクソが」

「言わないわよ。女の子じゃないからね。でも優しく取ってちょうだい」


「……。……~~~~~だあああああ‼卑怯だろうがあああああああッッッツ‼」


 苛立ちといたたまれなを、リーヴスはコアに向けて叫んだ。




―--------―― 

「ヒッ――…」

 悪寒が背中を走り、コアは身震いした。

「コア⁉大丈夫⁉」

「うん。大丈夫。でも急ごう」


 本能的に一秒でも早くこのゲームを終わらせなければいけないと思った。

 もう目視で相手のフラッグも見えてきた。

 一度立ち止まり、サークル内を観察する。


(ディフェンスはやっぱりいない。あとはトラップか。くくり罠、落とし穴がある)

 コアはサラに頼んで蝶番型の盾を剣型に変えてもらう。

 罠の起動を剣で切り、警戒しながらサークル中心に置かれたフラッグへ進んでいく。



「待てゴルゥアアアアアアアアア‼」



 コアとサラは同時に肩を震わせた。


 もはや殺気すら放っている男性の怒声に、二人は一斉に振り返る。


 エディを両腕に抱えてリーヴスが豪速で走ってくる。

 人一人抱えてもうここまでやってきた彼に、コアはサラを背に庇って言った。


「サラ‼フラッグを頼む!サークルから出せばこっちの勝ちだ‼」


「ふえ‼分かった!分かったよ‼急ぐよ‼」

 急に自分に降りかかった大役に困惑するも、コアの指示が最善だとサラも理解する。


 サラが走り出したと同時にリーヴスがサークルに入ってきた。

 コアはリーヴスに向けてボールを投げるが、彼はなんとエディを盾にして防いだ。ボールは彼女の尻に直撃する。


「いったぁ!最低ね‼」

「最低だ‼」


 エディとコアから言われてもリーヴスは突進し、コアとぶつかる。

 リーヴスは〝カーボナイト〟で腕を黒化させているので剣型で負傷することはない。が、コアとしてはエディに当たりそうで怖かった。


「なんで普通に動けてんだよ!」

「残念だったなぁ‼とりあえず視界にエディが入ってれば〝ソルジャー〟の効果範囲内ってわけだ‼」

「そうなの⁉ってか非人道的だよ!よりにもよってエディを盾にしやがって!」

「うるせぇ!てめぇが先にエディに余計なこと頼んだんだろーが!」


 拮抗するコアに、リーヴスは少し声を落として言い放った。

「――ここで俺に負ける意味は分かってんな?」


 コアの脳裏にエレナの顔がよぎった。すぐに言い返す。

「分かってるよ。――――絶対にサラの所には行かせない‼」




 後ろでひどい騒ぎになっているが、サラはようやくフラッグを手に取れた。そのままサークルから出ようと一歩踏み出した時、彼女の腰くらいの深さまである穴にはまった。

「――きゃ」

 それも泥になっていて簡単には抜け出せない。

 というか、そもそも大人でも自力で脱出することは難しいだろう。子供では不可能だった。


 コアに助けを求めようと振り返ると、コアはリーヴスを留めておくのに必死だ。

(だめ。自分でなんとかしないと‼)

 どうしよう、どうしようと泣きそうなくらい頭を回す。



『歌で覚えれば戦える。ちゃんと練習しとけ』



 忘却に近い所で、父の声が聞こえる。

 時間が経てば経つほど、父の存在(との思い出)が遠くなっていた。


 でも。絶対に消えないものだって残してくれた。


「〝凍った涙を溶かしたら 

  その眼球を潰す雨になる〟」


 サラは歌を口ずさむ。

 彼女の手には子供用のサイズに設定した弓矢が作られた。



(コアやペトラほどには飛ばなくていい。このサークルからフラッグさえ出せれば‼)

 銀の矢にフラッグを縛り付ける。

 ぐ―――――!と。

 今の自分にできる一番強い力で弦を引いた。


「――ッッ、あ、そんな――!」


 サラの飛ばした矢はサークルの線手前で突き刺さってしまった。

 突き刺さった威力を見れば力は足りていたのだが、身体が半分泥に沈んだまま焦りで垂直に飛ばしたせいだ。


(もう少し上に向けてたら超えられたのに‼)

 じわじわと視界が悔しさと情けなさで滲んでしまう。


 こういう時。ペトラだったら。



 サラは歯を食いしばって涙を抑え込んだ。

(諦めない。ペトラだったら絶対にこういう時諦めない‼)

 


 もう一度、矢を作る。

 その狙いはもうフラッグではない。



 誰も自分が戦力だとは思っていないだろう。コア以外。

 〝だから勝てる〟。



 サラは懸命に泥の中身体を動かし、反対側を向いた。

 矢を構える。



 そんなサラの姿にコアが気づいた。

 コアはとっさにリーヴスの水風船の位置を再確認する。左わき腹。

 だから自分の水風船は左側につけかえ、エディごとリーヴスに抱き着いた。


 リーヴスは少し眉を寄せた。賭けにしては無謀だ。

 コアの足がリーヴスの水風船を割るより先に、リーヴスは右足でコアの左腰にある水風船へ膝蹴りを入れた――その瞬間。



 パン‼とサラの矢がリーヴスの水風船に当たった。


 まさかサラから攻撃が来ると思っていなかったリーヴスは呆気に取られる。

 今は左足を軸にして右足を使っていた。両腕もエディのせいで塞がっている。

 …左側はがら空きだった。


「エディ!水風船は⁉」

 リーヴスの膝が横っ腹にめりこみ、むせ返りながらコアがエディに確認する。

 しかしエディは首を振った。どうやらコアとリーヴスの間に挟まれた時に彼女の水風船は割れたようで、彼女の胸元はびしょぬれだった。

 エディとコアがリタイア。これではサラを引き上げてフラッグをサークル外に持っていくこともできない。


 同じくリタイアとなったリーヴスはようやく〝ソルジャー〟から解放され、エディを下ろした。

 コアのシャツを剥ぎ取り、エディに投げつける。

 

「んじゃ、あとはてめぇらんとこのディフェンスが生きてるかどうかだな」



―――――

 一方その頃。


 オーウェンはコアの応援には向かわず、自陣のフラッグのもとへ戻っていた。きっとコアなら大丈夫だと信じて。


 紳士の皮をかぶった猛獣の登場にカマはヒヨリに断りもなく逃げたが速攻で捕まり、水風船を割られた。

 にこにこ顔でオーウェンは嫌がるヒヨリを無理やり穴から引きずり上げる。

 しかしそこは最速のギフト〝ブースト〟。

 オーウェンの拘束から逃れられないと腹をくくったヒヨリは、オーウェンの防御を抜けて彼の水風船を割った。

 オーウェンが捨て身になったヒヨリの水風船を割るのと同時だった。



 これで青チームのオフェンスは全滅だ。

 ゲームはディフェンスとフラッグを守り切った緑チーム、コアたちの勝利となった。




――――-----――

 リタイアしたイルファーンとカヴェリ、みんなを待っていたソーマとペトラは外で食事ができるように準備をしていた。

 焚火の周りにはソーマが獲った魚と、インディアンな音楽を流す雫ボディのイングが踊っている。

 すっかり日が沈んで、焚火の明かりがやたら眩しく感じる。


 泥だらけになったサラとエレナは食事の前に潜水艇イングで風呂に入ることにした。

 サラは自分の活躍を語り、エレナも楽しそうに話しを聞いた。


 一通り話が終わると、サラは黙った。

 エレナが心配そうに彼女の頬に触れると、サラは琥珀色の瞳を真っすぐ母に向けた。

「ママ。私、ルカを探しに行きたい」


 サラの前髪や顎から水滴が垂れる。

 涙のように見えないのは雫が熱いからではない。


 強い眼差しは本当に父ティヤにそっくりだ。

 彼の森林色の瞳を恋しく思いながらエレナは泣き笑いのような顔になる。


「私は一緒に行けない。それでも?」

「私はルカのお姉ちゃんだもん。ママのいるところまで、迷子の弟を連れて帰ってくる」


 わが娘ながら、恐ろしいほど勇敢だと思った。


 寂しくない?

 不安じゃない?

 怖くない?


 …私は心配で心配でしょうがないんだよ。


 エレナの心の中で、もう一人の自分が癇癪を起すようだった。


 泣きそうなのは自分の方だ。

 そして許せないのも。


 エレナはサラを抱きしめた。

 今自分が集められる強さと一緒に。

「私は力になれないけれど、あなたたちの〝家〟でいることはできる」


 かつてソーマがそうだったように。


「あなたたちの帰る場所は、あなたたちを愛する人がいるところよ。…忘れないでね」

 弱くて不甲斐ない自分を母と呼んでくれる、愛するたからもの。

 その想いはサラにしっかりと伝わっていた。

 エレナの抱擁にサラは甘えた。




―-------――― 

 エレナたちが戻ってくれば、宴会の始まりだ。

 ちょっと殺伐とした親睦会であったゲームだが、イルファーンはオーウェンと〝波動について〟という  謎めいた話題で盛り上がり、取っ組み合いになって喧嘩するカマとヒヨリをリーヴスとカヴェリが止め、ソーマはとにかくサラを可愛がることに夢中だ。傍らのエディもさりげなく加わっている。

 ペトラはなぜかイングと意気投合して歌と踊りに熱中していた。まだ足は完治していないというのに。


 コアは。

 勧められた酒は飲まず、エレナの隣を座った。


 彼女はあえて一同から少し離れた場所で、夜の海と月を眺めていた。

 彼女も酒は飲んでいない。手には握っているが。


「エレナ…」

「コア」

 先に声をかけたのはコアだが、エレナの方が凛としていて発言権は彼女に始まった。


「私ね、最低な人間なの」


 自己否定もまじってはいるが、彼女の瞳は焚火に照らされて意志が灯っていた。コアは口を閉じて彼女の話を聞くことにする。


「ルカが捕まったって聞いた時、私ね、すぐに諦めたの。ティヤが帰ってこない時もそうだった。私たち内陸住民にとって命を落とすってことは身近で、諦めなければ生き残れないものだから」


 無論、コアも同意見だ。

 身近な人の死で立ち止まった瞬間から、自分が狩られる側になってしまう。それが内陸の常識だ。


「悲しいのよ。つらいの。でも〝仕方ないか〟って割り切れてしまうの。母親のくせに。愛しているくせに。死んじゃったならしょうがないかって」


 彼女は酒の入ったコップを強く握りしめた。

 自嘲の笑みで俯き、焚火の火は彼女に影を作った。

「生きているかもしれなくても同じ。自分で取り返せないのなら私にとってルカは死んだも同然なの。諦めた方が苦しくないから諦めるの。…本当に最低」

 泣かないように目を閉じて、エレナはもう一度顔を上げた。

「でも私、たくさん勇気をもらってしまったから。そのせいで諦めが悪くなってしまったわ」

 堪えきれなかった涙が一粒落ちても、彼女はもう顔を下げなかった。



「お願い。ルカを探して。あなたならサラを任せられる。どうか…私のわがままを聞いてほしい」




 今日のゲームはただのゲームだ。

 悪く言えば覚悟を分かりやすく見せるためのパフォーマンスに過ぎない。


 だから彼女のこの言葉は。

 今までの旅が、彼女の願いを強くさせて生まれたものだ。


 コアはもらい泣きしそうになって一瞬喉がつまる。


「…、帰る場所があるって」

 声が震えてしまったので、コアは一度しっかり息を吸って言い直した。

「帰る場所があるって勇気になる。待ってる人がいるって、生きたい力になる。だから必ず、ルカを連れて帰ってくる」


 自分の存在が必要だと心から想ってくれる、その言葉。

 エレナは「もうむり、我慢できないよこんなの」と言ってポロポロ泣き出した。ルカに対する苦しさと不安、サラに対する心配とコアへの感謝で泣き笑いになる。

 泣き出すエレナに困惑していると彼女はガッ‼と酒を一気に飲んだ。


「今日は吐くまで飲む‼」

「い、いやそれはちょっとやめた方が…」


 嫌な予感がしたコアだったが暴走するエレナのことは止められず、のちに彼女が抱き着き魔・キス魔であることが発覚した。


―-------―― 

 エレナの窒息レベルの酔い方に、ほぼ全員が餌食になった。


 ソーマとカヴェリはもう慣れっこなのかされるがまま気絶した。

 イルファーンはカマに盾にされたせいで被害者となる。

 オーウェンは割と乗り気だったので抵抗しなかったが、想像を超えるエレナの攻撃に後悔した。

 エディがリーヴスを盾に使ったことでリーヴスも地面に転がった。

 その盾が使いものにならなくなると次はエディだった。一番濃厚で思わずカマやヒヨリは「ひょぇ」と見惚れてしまった。

 そしてその後逃げようとしたカマを〝ブースト〟で捕まえたヒヨリだったが、酔っぱらっていたせいでカマもろとも屍の仲間入りとなる。


 やっとそこでエレナが力尽き、満足そうに笑ってすでに毛布にくるまって寝ていたサラを抱えて寝た。



 そんな戦場をなんとか生き抜いたコアとペトラだが、体力の限界により地面に仰向けになっていた。


 天気の良い夜だ。

 満月が光り輝いている。


「…変な感じ」

 コアが小さな声で呟いた。

 ペトラは「なにがー?」と目を閉じながら尋ねる。


「仲間なんていらないってずっと思ってたのに。こんなにたくさん人がいる日が来るなんてさ」

「ふふ。コアはずっと〝協力すべき時に協力できない馬鹿はいなくていい〟って言ってたもんね」

「思ってた。まぁ今でもそういう考え方は変わってないんだけど」


 コアも眠気を感じて目を閉じた。ペトラ以外の人間がいる中で、こんなに落ち着いて眠れるのは初めてだ。


「Fageの空がこんなにきれいに見えるなんて、変な感じ」







評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ