24話前半 導線の先で答え合わせをしよう
時折。脳裏をかすめる。
助けて。痛い。…そう叫ぶ幼い声。
助けてくれないと理解したら、あとはどうらくに死ぬかを考えた。
死にたいくせに、死ぬのが怖い体は無様に息だけはしていた。だから次はどうやったらこの痛みを和らげるか考えた。
少し体が成長して力がついたせいだろう。
―――自分を痛めつけていた相手を消せると考えるようになったのは。
そんな、記憶ともいえない感覚が脳裏をかすめるようになった。
(君が、思い出したいと思わないかって聞いた時からだ)
ざっ、ざっ、と無造作に生えた雑草の地面を歩み進めていく。
サラリとした黒髪が揺れ、彼の瞳が覗く。
絶望と諦めに満ちた瞳は地面ばかりを映す。
ギフトという力を得て、〝プレリュード〟で知識を得る。
そして笛持ちの彼らに会う前、適当な内陸で実践を行った。
その際、もう自分は弱者ではないのだと蝕むような安心感を覚えた。
自分の中にため込んだ腐った痛みが減ったから。
役目すらある今の自分はようやく〝一人の人間〟になれたのだと思った。
腐った痛みが減る。それがジアンにとっての人間らしい生き方だったのに。
人間らしい生き方。
〝今の〟自分がそう思って湧き上がるのは、〝彼ら〟との旅路。
一つ息を吸って、ジアンは顔を上げた。
「人を不快にさせるのがうまいよね。一番に殺したくなるよ」
雷鳴から逃げる人々がジアンの横を通り過ぎていく。
―----------
ジャックのもとへ遅れてリーヴスとイルファーンもたどり着いてはいた。
しかし、イルファーンは逃げ惑う住民の子供を庇い、ジャックの雷撃に直撃してしまった。
〝カタム〟で石を大きくさせ質量も上げたが、それだけでは抑えられず、砕け散る大岩と共に数メートルも吹っ飛ばされた。
リーヴスは嵐のように放たれる雷撃の中を、イルファーンのもとまで走り抜けた。
「体小さくできるか⁉」
成人の姿であるイルファーンの身長はリーヴスとあまり変わらない。鍛えてもいるためかなりの体重がある彼に、いつものように子供の姿になれないか尋ねる。
イルファーンはぐっと歯を食いしばる。
「…ダメージがでかい状態で身体のサイズを変えると俺は全く戦えなくなります…」
「今だって戦えねぇだろ‼とっとと小さくなれ早く‼」
リーヴスは黒化させた拳でこちらへ飛んできた雷撃を殴りはらう。しかし、雷撃の振動はそれだけで殺人級だ。黒化した手の先から肩まで裂くような痛みが走る。
〝カーボナイト〟でも完璧に防ぐことはできないようだ。
イルファーンは「すみません」と悔しそうに謝罪を口にし、10歳程度の姿まで縮んだ。
リーヴスはイルファーンを抱えてすぐさまその場から走り出す。紙一重のタイミングで大きな雷撃が辺りを破壊しながら通過した。
リーヴスは腕にイルファーンを抱えながら〝ブリッツ〟と一番張り合えているカマを見た。
〝エスタ〟は正面のカウンター機能だ。カマは跳ね返す角度を見定めて攻防をギリギリでこなしている。
ペトラはそんなカマの後援を務め、雷撃の隙をついて矢を放っている。矢は雷撃の一撃分の耐久力を持つが、二発目で弾かれる。弾かれた矢は銀糸となってペトラのもとへ戻ってはくるが、そろそろ牽制も限界だ。
(俺がギリギリまで〝カーボナイト〟の出力を上げて身体を黒化させりゃ敵のとこまで行けるか?)
黒化の強度を上げれば上げるほど、そのダメージは内臓にくる。
リーヴスは時間の勝負を覚悟して、地面に一度膝をついてイルファーンを地面に置いた。
「りー、ヴス…」
賭けに出ようとしている気配を感じ取ったのだろう。小さな少年の手でリーヴスの服を握るが、リーヴスが外させる。
「ジリ貧だ。ソーマの応援が来る前に全員やられる」
そして立ち上がろうとした、その時――――。
ガガガガガガガガガガガガガガガガガガガッッッッ‼
と地面を食い散らかす刃の波がリーヴスとイルファーンを覆いつくしてしまった。
けたたましい雷鳴と大地の破壊で鼓膜が破れてしまいそうだ。
死傷者を除いて動ける住民はもう逃げ切った。
その刃の音が一度動かなくなると、リーヴスとイルファーンを刃の大山に沈めた影からジアンが姿を現した。
刃の羽が何重にも折り重なってできたその山を瞳に映せば、冷笑を浮かべるジアンも映った。
ペトラは苦い切なさで顔を歪ませる。
―――彼はやっぱり敵でいることを選んだのだと。
ジャックは音沙汰がなかった仲間の登場に少し驚いたが、一度雷撃を収めた。
「死んだかと思っていたよ」
そっけないが仲間に対する柔らかい声音だ。
ジアンはサラサラとした黒髪を耳にかけ、「まさかぁ」と色っぽい声で返す。
「ずっと年上のおねーさんに縛られてたんだよ。〝ソルジャー〟が男じゃなくてホント良かった。そうでなかったら僕、舌噛んで死んでたなー」
「…相変わらず女が好きなやつだな…。まあいい。お前はウォームアースに向かった笛持ちと新しいギフトの回収に行け。俺はここにくる〝メモリア〟を迎え撃つ」
指が指されたウォームアースへジアンは視線を送る。
〝ブリッツ〟の余波をもろにくらい、すでに半壊状態だ。
ジアンは少し間を開けた後、黙ってウォームアースの方へ歩いていく。
「ジアン…」
思わず、ペトラは彼の名前を呼ぶ。
まるで自分やカマが見えていないみたいな彼に、悲しい気持ちになってしまう。
ペトラと背中を合わせるカマは、新手の強力なギフト持ちに戦慄していた。
〝ブリッツ〟だけで手いっぱいだ。コアたちを追うというジアンなど止めようがない。
冷や汗と脂汗が顎を伝う、そんな静寂を。
切り裂いたのはジアンだった。
「――――――ッッッ‼」
地鳴りと、泥蛇の兵士として鍛えた感覚のおかげだ。
ジャックはその場から〝ブリッツ〟を使って豪速で離れた。
吹き飛ばされているようなものなのでジャックは地面を転がりならが受け身を取り、勢いを殺してからすぐさま体制を立て直した。
さきほどまで自分がいた場所を確認した時にはすでに。
二階建てくらいの高さがある刃の塔が地面から突き出ていた。
「貴様…どういうつもりだ」
ジャックの形相はまさしく鬼のようだ。
ジアンの反旗に、ジャックもだがペトラやカマも目を見開いて驚いている。
彼の…、ジアンの瞳は相変わらず諦めと絶望に満ちている。
そんな瞳でジアンはジャックを見た。
「さぁ。なんとなく。今は君に味方する気がないんだよね」
ぼんやりとした言い分だが、ジアンの声に迷いがないことが聞いてわかる。
ジャックは――今まで見たことないくらい温度のないまなざしでジアンを一瞥し、〝ブリッツ〟の出力を上げていく。
空まで呼応して、ゴロゴロと低いうなり声を上げる。
渦を巻く黒い雲は風を巻き込み、押し潰すような気圧がジャックを起点にして広がっていく。
ペトラもカマも、息苦しさに顔をしかめる。
耳も不快な膜が張るようだ。
そんなペトラの横に、気が付けばジアンが立っていた。
一向にペトラと視線は合わせないが、彼の戦意はジャックにあると感じ取ったペトラは「ありがとう」と笑みを一つ向け、ーーー闇の嵐を起こし始めた敵を睨みつけた。
―----------
〝ブリッツ〟の余波は凄まじく、ウォームアースへ何発も稲妻が走っていた。
上から落ちてくる雷でないことから、異常気象の類なのではと住民は頑丈な建物へ急いだ。
遠かった悲鳴が徐々に鮮明になると、ヒヨリの意識が戻った。
バッと起き上がると自分の体は泥だらけで、ずいぶん冷えていた。
ああそうだ。隣にハンナがいたはず。
とヒヨリは意識を失う前を思い出した。
「ハン――」
ヒヨリは声を詰まらせた。
やけに焦げた匂いがすると思ったのだ。
それはちょうど自分の横が炭を擦ったかのように黒く朽ち果て、煙を上げているせいだった。
ガアアァァアン‼ガアアァァァン‼と今もなお鳴り響く嵐の雷鳴が、このウォームアースを荒らしまわっていた。
ヒヨリはふら、とふらつきながら立ち上がる。
「なに…まさか、ウォームアースにアロンエドゥでも入ってきたの?」
であれば前代未聞だ。
しかし銃声ではない。逃げ惑う人々からなんとか聞けたのは「異常気象」という言葉だ。
Fageの異常気象は激しい。海の酸の渦、太陽の焦点のたまり場、凍傷を引き起こす極寒の濃霧…あとは雷雲が空から落ちる逆竜巻。
近いものなら雷雲の逆竜巻だが、落ちるというより大地を走るような稲妻だ。
不規則に動くそれを避けることは難しく、建物も、人も、直撃をくらえば一瞬で炭になっていた。
ヒヨリは辺りを見渡す。
なんとか無事でいる建物のほとんどは沈没都市が支給している建物だ。
--――〝一歩踏み出せばそこへ行ける〟。
その非現実的で明確な感覚が慣れなくて、ヒヨリは動き出せなかった。
やたらまぶしい――大きなライトに照らされたかと視線を向けると。
木のように空へ伸びた稲妻が向かってきていた。
--――〝自分なら一歩で逃げられる〟。
「やめて…」
明確な感覚が恐ろしくて、ヒヨリの足が震える。
自分の声で使い方を教えてくる。
目を開けていられないくらいの光が彼女を覆った時。
勢いよく誰かにぶつけられ、ヒヨリの体は吹っ飛んだ。
「イング‼この人で間違いないな⁉」
少年と成人の間くらいの、低い声。
少々荒っぽいがどこか人情味がある。
ヒヨリは地面に倒され、自身の上にいる少年を見上げる。
すると小さな足取りで綺麗な少女が近づいてきた。
その肩には精密兵器によく似た銀の面をつけた――
「…いやなにそれ…」
沈没都市住民だからこそ、そのまんまる液体ボディをしたイングが気味悪かった。
その物体は短い手?のようなものをピッとヒヨリへ向けた。
〈ですです!穴のような観測できない部分があります!〉
サラが呆けているヒヨリの手を握り、「立てる?」と尋ねる。
子供の柔らかい声音と手に、ハッとヒヨリは正気を取り戻した。
「だ、だれ。誰?君たち…」
「悪いけど今説明してる暇ない。――…最悪だ。このウォームアース…」
サラに引っ張られながらなんとか立つヒヨリを庇いながら、コアは冷や汗を流した。
目の前に3騎。
このウォームアースには精密兵器が護衛として配備されていたのだ。
炎のように揺らぐ赤茶色の液体が人型を形成していく。
一体なにごとだ、とその銀の面が周囲に向けていると、――イングのところで止まった。
コアはイングをジロリとにらむ。
「…おい。お前がいるからあいつらこっちに来る…なんてことはないよな?」
〈1騎残らず来ます!〉
「来ます!じゃないだろ‼ふざけんな!」
〈いえいえ!あれが率先して建物を守りに行かないということは!あの3騎は泥蛇が操っているということです!〉
ハッとコアは周囲の建物に視線を配った。
「…アクアポニックスプラントもファームプラントもある。太陽光発電所も…」
自分たちのいたウォームアース以上に、ここは沈没都市の支援が潤沢だ。
精密兵器がいることも納得であり、また。
空気を太く震わせる羽音が聞こえてきた。
-――〝トンボ〟だ。
コアはすぐさまサラの手をつかみ、ヒヨリの背を押した。
「走れ‼精密兵器も〝トンボ〟も俺たちを狙ってくる‼」
無理やり走らせるコアに、ヒヨリはなんとかついていく。しかし事態がわからず混乱した。
「な、なんで⁉なにも壊していない人間を殺すようになんてできてないはずよ!それに逃げるなら建物に逃げないと‼」
まだ稲妻の余波が走り回っている。
無論建物に逃げたいところだが、コアはもうこのウォームアースの施設は泥蛇の巣だと判断した。
「あんた今、自分が何持ってるか分かるだろ⁉建物のセキュリティに引っかかったら面倒だ‼いいから走れ‼」
有無を言わせないコアの気迫に負け、自分の持ち物の正体がわからないヒヨリは、ひとまずこの少年の言うことを聞くことにした。
ただ、それまでコアの指示に従っていたサラが半べそをかいてコアに訴えた。
「ルカは⁉ルカはどうしよう⁉もう少し奥に行けばいそうな感じがするのに!」
奥、ということは精密兵器たちが転がり出てきた方向だ。今はそちらとは別の方向を走っている。離れていく感覚が怖いのだろう。
それでもコアはサラの手を離さなかった。
「今すぐはダメだ!逃げ回って隙をつかないと‼イング!」
〈まっかせてくださぁい‼〉
イング自身も赤茶色の液体を噴出させ人型をつくり、追手と同じく精密兵器の姿になる。
液体の棘を飛ばし、泥蛇の精密兵器と〝トンボ〟の遠距離攻撃を防いでいく。
―----ー
エンドレスシーのイングは前方の海域に現れたぼやけた船の影を確認した。
〈泥蛇の分身ですか。なんと不細工なお姿でしょう。嘆かわしい。〉
イングのぼやきに対して、相手の船から信号が発せられる。
〈目測でお互いを確認するのは初めてですね、〝イング〟。あなたの方こそ精密兵器をあのようなぬいぐるみに変形させて…。Fage最強の兵器を侮辱しているようなものです。〉
泥蛇の艦隊から三機の小さな影が分裂し迅速な機動を見せて海面を走る。
泥蛇の操るエンドレスシーの精密兵器だ。
イングは〈ぶんぶんぶん!〉と腕を回す音をセルフ再生する。
〈キャプテンに近いとされた超すごーちぃアイアムマイミーと信号戦をする気ですね。いいでしょう。こういう時は名に懸けて戦うものでございます。〉
性能としてはイングの方が劣っているが、現象毒に侵されたイングはほかのAIと違って無駄を選べる。
〈負け戦にも価値を見出す。あなたがたにはできない戦い方を見せてさしあげます!〉
〝開戦のラッパ〟を、イングはエンドレスシーの波が震えるほど大音量で再生した。
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それぞれがそれぞれの場所で戦っている頃。
〝ヴィアンゲルド〟はソーマに近づき、彼の顔をじっくり見つめる。
「…私の機能が独立して君の中で働いている。不思議なこともあるものだ。本来であれば宿主の死亡と共に解けるはずなのに。」
ソーマは知らず、自分の胸辺りの服を握りしめていた。
ラクスアグリ島でソーマは仲間に背中を撃たれている。致命傷になるほど。
それをギフトの力を使って治療したのはミュウだ。
あの頃から容姿が変わらないというならばきっと彼女の金糸が原因だろうと推測はしていた。
ソーマはミュウそっくりの相手に、妙に息苦しさを感じる。
「…ミュウではないんだな」
「ああ。君のことは宿主の中にいた時から知ってはいるが、君にとっては初めましてになるか。私は〝ヴィアンゲルド〟。ラクスアグリ島で生まれたギフトだよ。」
「〝ヴィアンゲルド〟…それがミュウに宿ったギフトの名前…」
ソーマはコアたちが〝プレリュード〟で得た情報を共有している。
キヴォトスの中でその名前を持つ機能の内容は。
〝全ての機能を正常に作動させるためのOSと機体〟
「機体…。どういう意味だ」
「なにが?」
「キヴォトスにとってお前の役割だ。どういう意味なんだ」
「そのままだ。私はキヴォトスを作り、同胞をそれに搭載させていく。〝フルート〟がキヴォトスと近しいものであることは知っているのだろう?」
〝作る〟という言葉にソーマは気になった。正直〝ヴィアンゲルド〟と〝機体〟がどう結びつくのかイメージが湧かない。それをこの怪物に言っても、きっと怪物自身もその疑問の意味を理解しないのだろう。
ソーマはスッと懐からベレッタM92Fを取り出し、〝ヴィアンゲルド〟に向ける。
「…なんであれ、今ここでお前を始末しといた方が良さそうだ」
愛しいわが子の生みの親を撃つ不快感はあるものの、愛しいわが子が残した彼らのためならば引き金を引けた。
パンパンパン‼
と額、首、胸に向けてソーマは発砲した。
しかし。
ソーマはペリドットのような瞳を震わせて慄いた。
〝ヴィアンゲルド〟に撃ち込まれた銃弾はコロン、と肉体から地面へ落ちた。
血すら出ないその穴は真っ暗で、中身がなにもなかった。
間違いなく怪物であることにソーマは腹の底が冷える。
〝ヴィアンゲルド〟は皮膚を閉じながら雷鳴の方へ視線を向けた。
「…私の仕事ができそうだな。君はもう少しここで待ってから来るといい。金糸が働いているとはいえ肉体の強度は人並みだ。迂闊に戦場へ出れば死ぬぞ。」
いうや否や、〝ヴィアンゲルド〟は金糸でソーマを近くの木へつるし上げた。
「――…ッッお前‼」
「話せて良かった。そうした方が良いような、不明確な衝動があったから。君と話せたおかげでそれが消えた。」
ソーマはぎっちりと巻かれた金糸に抵抗しようともがくが、一向に緩まない。
吊るしたソーマをツ、と見上げて、〝ヴィアンゲルド〟は身軽な動きで木々を飛んで行ってしまった。キラリキラリと金糸が光るので、おそらく金糸を使って自分の体を引っ張り上げているのだろう。
あんな迅速な動きならば、オーウェンより先にカマたちのもとへついてしまう。
ソーマは「くそ‼」と自分の非力さを叫んだ。




