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Causal flood   作者: 山羊原 唱
31/43

23話 合流

 内陸の〝手作業の技術〟とは、主に人間を材料にする技術のことをいう。

 これらはもともと、芸術の技術から派生して生まれたものだとされる。


 音楽、絵、劇など創作に関わる才能はなぜか内陸に残ることが多かった。沈没都市にもそれらが継承されているが、芸術に精通する人はこぞってこう言った。


「本気で芸術を極めるのなら内陸で修行すべき」だと。



 そんな言葉を鵜呑みにしたわけではないけれど、ヒヨリ――日本沈没都市生まれでオーストラリア沈没都市育ちの五十嵐陽寄はオーストラリアウォームアースで合宿をしていた。

 舞台俳優の育成を目的とした合宿で、ウォームアースで同じく俳優を志す内陸住民と共に劇を一つ作っていた。


 各班10人ほどで「空」をテーマに脚本から行う。

 ヒヨリの班は「空」に繋がる道を探す鳥の旅、という内容に決まった。


 二羽の仲良しな鳥がいた。

 青い羽の鳥と、白い羽の鳥。二羽は鳥かごから窓を眺めていた。

 窓の外には自分たちと姿が似ている生き物が羽を動かして移動している。

 自分たちも遊びで羽を動かしてみるが、身体が宙を舞うことはない。

 しかしそんな移動ができなくとも二羽は困らなかった。


 水は常に新鮮で、飽きない食事が毎日用意される。

 遊び相手だってお互いがいる。

 たまに鳥かごが開くので、鳥かごより大きな箱の中でかけっこもする。

 生まれた場所は満たされていて、窓の外に出る必要などなかった。


 ある時、青い鳥は窓の外に「空」があることに気が付いた。

 あそこへどうやって行くのだろうと、いつものように窓の外を眺めていた。

 すると、他の鳥が羽を羽ばたかせ、空高く飛んでいき、見えないほど遠くへ行ってしまった。


 青い鳥は白い鳥に「空」まで行ってみよう!と声をかけた。

 しかし白い鳥は首を横に振って、いつも遊んでいる鈴をつついて転がした。

 そんな白い鳥の背中を足でつついたら怒られたので、青い鳥は仕方なく鳥かごを出て窓へ向かった。

 嘴を使って器用に鍵を開け、なんと窓の外へ出て行ってしまったのである。


 飛ぶことを知らないそんな青い鳥が、家々の屋根を歩いて飛ぶ鳥を追いかける。やがて飛ぶことを知った青い鳥はさいごに白い鳥のもとへ帰ってくる、という物語だ。



 ヒヨリは脚本を書いた友人と言い合いになっていた。

 つまるところ、最後の締め方で揉めていたのだ。

「青い鳥が家に帰ってくるのは良いよ⁉でもさ!そこで白い鳥を連れ出すこともなく、ただ窓を閉めただけなら、なんのための青い鳥の旅だったのよ⁉」

 最初こそ穏便な物言いをしていたヒヨリだが、頑としてヒヨリの意見を取り入れないその友人についに怒鳴ってしまった。

 しかしその友人、ハンナはもっと強気に言い返した。

「青い鳥は当たり前の正解を選ばなかったって所を見てほしいからよ‼」

「それになんの意味があるのかって聞いてんの!青い鳥は飛べないから猫や獰猛な鳥に襲われて危険な目に遭いながら空の道を探す。途中で同じ種類の鳥と会って飛び方を教えてもらう。自分の力で空へ行けたことが大事なメッセージになるじゃない‼なんでそれを最後、〝青い鳥は白い鳥のもとへ帰って窓を閉めた〟で終わらせられるわけ⁉」

「青い鳥がそのまま空を飛んでしまったら、なかみのうっすい正解になるのよ‼そういう終わり方にしたら、白い鳥がただの不正解扱いになるでしょ⁉」

「んもうッッ‼そこが‼意味分からないって言ってるんだけど⁉そこをなんでか説明してってば‼」

 はああ、はああ、とお互い荒い呼吸になる。

 周囲の他の班員が落ち着けと宥めるが、実際、ヒヨリとハンナの意見が分かれたように班員の意見も分かれていた。

 最悪なことに、沈没都市出身と内陸出身で分裂してしまった。

 ハンナ派の男性の一人がぼそっと「…白い鳥を置いて行けるその神経が分からない」と呟き、それが聞こえたヒヨリ派の女性の一人がムッと顔をしかめた。

「ねえ。さっきからちょっと思ったんだけどさ。白い鳥を内陸住民と投影してるんじゃないの?」

 ハンナ派の内陸出身者たちがみるみるとその発言に顔を怒りに染めていく。

「調子乗るなよ。自分たちが青い鳥で、白い鳥が青い鳥に見捨てられるような脚本にしてるんじゃないかって言ってんの?どっちかって言えば俺達が青い鳥だから」

「…へえ、よく言えるよね」

 バチバチと双方の間に電撃がぶつかっているようだ。


 結局、他の班がヒヨリたちの班の一触即発の険悪な空気を教員に告げ、強制的に休憩を挟んでこいと解散させられた。

 頭を冷やしてもう一度話し合え、という指示に従ったヒヨリは合宿の建物のエントランスに出てきた。


 ドアのガラス窓から分かるほど今日はひどい大雨だ。

 壁になるように降り注ぎ、外に出て行くことも躊躇させる。

 

「ほら。そうやって立ち止るじゃない」

 ヒヨリの後ろから声が聞こえたと思うと、その人物はドアを開けて数歩出た。

 シャワーを浴びているようにびしょ濡れになるハンナに、ヒヨリは目を座らせて言い返す。

「風邪引きたくないもの。設備的にすぐ暖かいシャワーだって浴びられるわけでもないのに。雨が降ってる時に無理に外へ行く意味がどこにあるの?」

「でも外に出たかったからここまで出て来たんでしょ?」

 ハンナは間髪入れずにそう言う。

 この二人は青い鳥と白い鳥を演じる二人だ。

 ハンナが青い鳥。ヒヨリが白い鳥。

 まさしく脚本通りの立ち位置に、ヒヨリはムッカァ…と腹が立ってきた。

 

 そして雨にどろどろにされた土を踏み抜き、ハンナを追い抜かして振り返る。

 次いで煽るように笑い、雨音に負けじと声を張り上げた。

「脚本に追加してよ‼青い鳥に挑発された白い鳥は、怒って窓から飛び出したって‼」

「…ふ。青い鳥を追いかけて飛び出したってことにしていいなら、考えてあげるわよ‼」


 ハンナは健脚に駆け出し、ヒヨリを颯爽と追い抜く。

 運動神経の良いヒヨリは抜かされたことにプライドが刺激され、全力でハンナを追いかけた。

 本当に脚本通りの立ち位置で、やっぱり悔しいと思いながら。



「これ以上外に出たら、脳みそが男性器になってる危ない連中に目をつけられるから、ここまでにしとこう」

 なんだか血でも滲みそうな苦しさの中、ヒヨリはハンナの裾をしっかり握ってそう説得する。

 さすがのハンナもウォームアースから出ることは控え、牛舎の屋根に身をおさめて「そうね」と頷いた。

 ハンナはポケットから小さなジップロックに入った煙草とマッチを取り出した。

 ちゃんと防水対策しているハンナに、ヒヨリはおかしくて笑った。

「大雑把なくせにそういうところはマメだよね」

「好きなことにマメになれないなら死んでるのと変わらないわよ」

 慣れた手つきで火を点け、深呼吸と共に煙草を吸い込む。

 走った後に平然と煙草を吸える彼女に引きながら、ヒヨリは尻が地面につかないよう気を付けてしゃがんだ。


「…でもさ。白い鳥が窓の外に出られることを考えてくれるなら、せめて最後はそれで締めようよ」

「やだ」

「……」

 とっくに呼吸を落ち着けさせたハンナは明朗に拒否する。

 まだ心臓がバクバクと鳴らしているヒヨリは大きなため息をついた。

「当たり前の正解で終わりにした方が物語を作った意味を感じるよ」

「でもそれは白い鳥が不正解だって言ってる終わり方よ」

「そうじゃないの?だってずっと同じ場所で生きて死ぬことは正しくないよ。沈没都市的に言うなら、引きこもりがそのまま家で死ぬようなイメージだもの」

「ああ。なるほどね。だからあんたたちにとって白い鳥はただの不正解なわけね」

 ハンナの口の動きに合わせて、白い煙がふわふわと宙を漂う。最後にふぅ、と全部の煙を吐き出す。

「私は、可能性を残して終わることに意味があると思ってる」

 ヒヨリはそういうハンナを見上げた。彼女はただ真っ直ぐ、雨の壁の向こうを見据えている。

「旅を終えた青い鳥は白い鳥の所へ帰る。そして鍵を開けた窓を閉めて物語は終わる。…私は鍵をかけたとまでは言ってないわ。空を飛ぶ方法を知った青い鳥はその後白い鳥に教えるかもしれない。それで次は一緒に空へ飛んでいくかもね。もしくはそれでも飛ぼうとしない白い鳥に青い鳥は愛想を尽かして…今度こそ青い鳥はたった一羽で飛んでいくのかも。観た人がどこに共感してなにに反発するのか。終わりの可能性はそこで変わってくる。だからたった一羽だけ飛んでいく可能性も、結局二羽が同じ場所で生きる可能性もある終わり方がいい。そうしたら〝どうしてそれが間違いなのか〟を掘り下げられる。間違うことの価値がそこに生まれると思う」

 ハンナがどんな過去を送ってきたなど、ヒヨリは知らない。なによりハンナが口を割ることはないだろう。彼女なりの説得力がその価値観にあるのだという。

 ヒヨリは膝に手を乗せながら、それでも食い下がった。

「…そうだね。現実ならたった一羽で飛んでいく結末だってある。でもだからこそ、物語だけは気持ちの良い終わり方をしたいじゃない。詭弁じゃなくて、その方が希望があるから。信じたいでしょう。青い鳥はもう自由に飛べるって。白い鳥も一緒に空へ行けるって。それを明確した終わり方の方が、」

「感動するって?」

 心の底から軽蔑するような低い声で、ハンナがヒヨリの言葉を奪った。

 びっくりするほど冷たい声音だったので、ヒヨリは目を見開いてハンナを見上げる。


「あんた、Fageの空ってなんだと思ってんの?」



 そんな、彼女の冷たさに呼応するみたいに。

 周囲の暗さがいっそう深くなった。


 雷雲が空を覆ったのではないかと思うほど。

 だとしてもあまりに空が暗かった。



 異様だと感じたハンナとヒヨリは牛舎の屋根から顔を少し出して、空を見上げた。



 重々しい黒い雲が上空に広がっていると認識した時。

 視界は一度闇に落ちた。


―---------


「すごいタイミング。誰が雨男なのかしラ?」

 遠巻きに黒い雲を見つけたカマは、オーウェンとソーマに訊いてみた。

 二人とも、神経を張りつめた表情でいる。

「コアたちも先日俺達とは反対側のオーストラリア湾岸に辿り着いたそうだ。…いつ〝ブリッツ〟が襲ってくるか分からない。一秒でも早く合流しなくては」


 あの襲撃以降、オーウェンによって重傷を負わされた〝ブリッツ〟の所持者、ジャックは姿を見せていない。致命傷に近い負傷だ。全快するまでソーマたちを追わないと決めたようだった。

 ジャックがあれから快復に集中していたのなら、もうそろそろ頃合いだろう。


 オーウェンは静かに提案する。

「焦る気持ちは分かります。しかし少々危険ではありますが、新たにギフトを宿した人物を探した方が良いでしょう」


 彼らは潜水艇の〝イング〟で待機していた。

 泥蛇に観測されにくい、唯一の秘密基地だ。そこから出れば静寂の開戦となる。

 タイ内陸から無事コアとペトラが〝プレリュード〟から脱出できた潜水艇に乗って脱出した彼らも、もうオーストラリアには到着している。

 満を持して、ソーマたちも動くことになった。




〈カマって意外と語学が堪能ですよねぇ。〉

「意外てなにヨ。当然でしょ」

 カマはイングと内陸に上がり黒い雲が現れた場所へ向かっていた。

 経路的に割と安全なルートだ。カタギの商店が点々と開き、賑わいがある。


 オーウェンはソーマの護衛として潜水艇から後衛をすることになり、ギフト所持者を感知できるイングがカマと捜索することになった。

 カマは耳にたくさんつけた飾りを指先で擦り、リュックの中にいるイングに話しかける。

「こう見えてもダンスの公演で国を歩き回ったこともあるのヨ。オーストラリアも来たことあるし、アジアは日本と韓国に行ったわね。アレよ、沈没都市の支援エリアのダンスグループと共演するってなるとそういう活動もできたワケ。だから南アメリカ以外の国に行くとしたら沈没都市のある所ばかりだったわネ」

〈そういえばカマはダンサーですもんね!アイアムマイミーもダンスは得意です!しかもですねぇなんと‼アイアムマイミーは自分で音楽を流すこともできるんですよ‼(民族太鼓の音)〉

「なんでAIがマウント取ってくんのヨ。鬱陶しいわネ」

 周囲に怪しまれないよう「民族太鼓の音」は小さく抑えたが、ドドドンカカカ!カッカカカッ!と小気味よいリズムは耳に残る。

 カマはげんなりとため息をついた。

 潜水艇〝イング〟に乗っていると、イングの気まぐれでジャンルを問わない音楽が流れることがしばしばあった。


(暗がりのトイレで精密兵器の姿で踊ってた時は、ちょっとちびったワ)

 カマは悲鳴も上げられなかったその時のことを思い出す。

 恐ろしい人型の兵器がくにゃんくにゃんと波打って踊り、飛び上がって驚いたカマにイングも驚き、〈ぴゃぅあlltqおぁ23rgerw⁉⁉⁉〉と暗号を叫んだ。


 ちなみにソーマはもうその程度では驚かないらしい。

「で、どうヨ。それっぽい人はいる?」

 ウォームアース手前までやってきた。

 ジャックが潜んでいてもイングならば気づけるだろうが、イングから警告は来ない。

 イングはリュックの中で座りながら周辺の情報を信号化し、エンドレスシーで姿を作っていく。リュックの中で見つけたチリを掴んで手遊びしながら返答した。

〈いいえー?…しいて言うなら別ことが気になります。観測できない物体を発見しました。〉

 カマは売店を見て歩くフリをしながら警戒した。ギフトではないのであれば。

「…最近話題になってるあの花ネ」

〈ええ。裏路地に信号波を当てると、人が手に持っているのに信号に感知されない物体があります。オーバークォーツの花は発見されてからの広がり方が尋常です。…至る所に咲いている可能性が非常に高いのです。〉

「至る所ってのはつまり。環境をあまり選ばない強い生命力がある植物ってことよネ?」

〈ですです。だから妙なんですよねぇ。〉

「なにが?」

〈沈没都市のAIはなにをやっているんでしょう。普通だったら花の駆除を始めても良い頃なのに…。全然そんな素振りがないのです!サボるという高性能なAIはこのイングだけのアイデンティティですよ?エモーションコピーっぽいことができるのは〝アヌビス〟ですが、奴は医療系統の上位AIですし…。奴の手下も足が速いだけのちんちくりんです…。ってことははやはり泥蛇の情報操作…〉


 ぶつぶつと呟いて脱線するイングにカマは呆れる。

 そもそも沈没都市にどんなAIがいるかなんて知らないことだ。

 ソーマ曰く沈没都市のAIにもランクがあるらしく、「〝MSS〟に近いとされるAI」はこのイング以外にもいるらしい。

 と説明されても内陸住民にはピンとこない。


 ぶつくさと呟くイングを放っていると、イングがリュックの中でピョン!と立ち上がった。

「おぐっ」

 思わず呻いたカマに近くの人たちが「?」と視線を向けて来る。

 カマは自分の口に手をかざして「じっとしてなさいヨ!」と文句を言った。

 しかし、イングはそれに対する謝罪はなく、リュック越しにカマの背中をつついた。

〈これは…。〉

「…!ギフト?」

〈いいえ。〝フルート〟…コアたちが傍にいるかも――〉

 イングが言いかけた時、少し離れた場所から子供の声が聞こえた。

「僕迷子じゃないのー!」

 その声が聞こえる方向へ、カマは顔を向けた。


 小麦色の金髪。琥珀色の煌めく瞳。

 可愛らしい顔立ちの、6歳か7歳くらいの少年。

「…まさか」

 特徴を照らし合わせれば、その少年はルカだ。



 ルカはウォームアースの女性職員に手を引かれていた。

 迷子じゃないと言い張るルカに、中年の女性は目線を合わせてしゃがんだ。

「迷子じゃないの?」

「迷子じゃないの!」

「じゃあ、お家はどこ?どこの区画なのかな?」

「く、くかく?」

「ああ…ちょっと難しいわよね。お家の方向はどっち?」

「お、おうちは…えっと…」

「お母さんかお父さんは?」

「えっと…、パパはいなくて、ママ…ママ…ぼ、僕ひとりで帰れるから!」

 自分のことを話してはいけないとエレナから教えられているので、ルカはうまく誤魔化すことができない。

 逃げるしかない!と駆け出そうとするルカを、女性は慌てて手を掴んで引き留める。

「待って待って!支援が必要なら受付に言ってあげるから。君、この周辺で見たことないの。もしかして遠くから来た?連れて来られた?」

「う、うん。僕、ここに住んでないよ。遠くから連れてこられたよ」

「ああ、やっぱり」

 中年の女性はルカが人攫いやなにかの事情があってここにいると誤解した。

 優しくおっとりとした口調で女性はルカが片手に持つ黄色い鮮やかな花に目をやった。

「綺麗なお花ね。一人で摘んでたから、心配で声をかけちゃった。お水で濡らした布を茎に当てたら、お花って長く綺麗でいられるのよ」

「え⁉そうなの?…これね、サラ…僕のおねえちゃんの頭に乗せてあげるの。きれいな花を探すのに夢中になってたら、ちょっと、ちょっとだけ迷ったの」

「…!そう。そうなのね…。さ、とりあえずおいで。お花にお水をあげましょ」

 中年の女性は、この少年は自分の姉が亡くなり花を供えようとしているのだ…、と更に勘違いし、言い方を変えてルカを説得することにする。

 無知なルカは嬉しそうにニコッと笑い「うん!」とまんまと中年女性の優しい罠にはまる。


「ちょ、ちょちょ‼アンタ‼ルカ⁉ルカでショ⁉」


 テコテコと中年女性について行こうとしたルカのもとへカマが血相をかいて駆け寄って来た。

 長身で明らかに内陸育ちの悪さが見て分かる男性の襲来に、中年女性は一瞬にして警戒の色を強めた。

 ルカを庇うように抱き寄せ、カマに強い目つきを向けた。

「…こんにちは。この子の知り合いかしら?」

「どっ、え、そ、そうネ!はぁい!ルカ!アンタ、ルカでしょ?」

「‥…ッ、な、なんで、僕の名前知ってるの‥‥だれ。だれなの!」

 ルカはフルフルと震えて中年女性の腰にしがみつく。

 カマは動揺と焦りが隠しきれず、眼光が鋭くなっていく中年女性に必死に弁明する。

「あっ、ちが、えっとえっと…アタシ!この子のママの友達なのヨ!アタシ、この子のママの居場所分かるから連れて行くワ!」

「ママにこんな友達いない‼僕、見たことない‼」

「アンタがアタシを邪見にしてどおすんのヨぉッ⁉」

 ビシッとルカに指を差され、カマは思わず怒鳴ってしまう。

 ぴゃっとルカが中年女性の背中に隠れてしまえばもう。悪者はカマである。


 中年女性とぷんっと頬を膨らませたルカがウォームアースの敷地内に入って行ってしまった。

 境界には軍人も二人控えていたため、カマは速攻で取り押さえられる。

「ちょおおおおおお‼バカバカルカのバカぁッッ‼」

「おい‼暴れるな‼」

「撃たれたくなかったらじっとしていろ!」

 軍人二人がカマを突き飛ばす勢いで力を込めて来る。

「いやあの子ちゃんと親いるから‼アタシが連れてくるからああああ‼」

「あの子は諦めろ!ひとりでに助けを求められたんだ!こっちは受け入れる義務がある‼」

「アタシのこと売人だと思ってんの⁉そんなアタシからルカを守ろうとして⁉ちくしょうかっこいいわネアンタ⁉――ハッ、やだ…本当に結構好み…」

 舐めるように見つめられ、カマを抑えていた軍人は言葉を失う。

 

 カマの注意が軍人に引いた時。

「ルカー‼ルカー‼」

 カマは彼の名を呼ぶ誰かに気が付いた。

 軍人と組み合いながらも振り返ると、そこには。


 16、17歳くらいの少年と少女。

 黒い髪に黒い瞳。顔立ちこそ平凡だが二人ともよく似ていて。

 過酷な試練を何度も乗り越えてきた。そんな強い眼差しを持つ二人がいた。

 そんな二人の間には、さきほどのルカと同じ顔をした幼い少女もいる。


 コアとペトラ…そしてサラだ。


 カマは一度軍人たちから離れ、コアに駆け寄った。

 コアとペトラは一瞬ピリッと空気を張りつめたが、カマの表情を見て、なにかを感じ取る。敵ではないと彼らの空気が和らいだ。

 きっと、カマのその時が、――…安堵に満ちた表情だったからだろう。


「…初めまして。アンタたち、コアとペトラでショ?」

 ソーマから話しを聞いて、会ってみたいと思っていた双子だ。


 二人は一度お互いの顔を見合して、コクリと頷いた。

 なんだかかわいいと思う気持ちを押し込め、カマは簡潔に伝える。

「アタシは〝エスタ〟を持つカマよ。丁寧に自己紹介したいところなんだけど、ルカがウォームアースに保護されて、今は向こうヨ」

 カマはなおも睨んでくる軍人たちの方を、軍人らに見えないように指差した。

 コアとペトラはギョッと目を見開く。


「サラ。ルカの方向は?」

 コアがサラに確認を取る。サラはカマの登場やルカの所在に驚きながら、コクン、と頷いた。

 コアとペトラは額に手を当てる。しかし、カマはサラの顔を見てむしろ安心した。

「このコの顔を見せれば絶対にきょーだいだって理解はするでショ。まぁ、アタシが連れて行ったらまた人売りに思われるから、アンタたちがあのキリッとしたイイ男のところに行って事情を話してちょうだ―――」



 ―――――ガアアアアアァァァァアン‼

 と横殴りに大きな光が走り、ウォームロードとウォームアースとの境界線を守る軍人の詰め所を破壊した。

 熱く乱暴な風が吹き狂い、コアたちは地面になんとか伏した。

 周囲の住民やウォームアースの方からも悲鳴が響き渡る。


〈カマ‼〝ブリッツ〟に攻撃されています‼イングの感知ギリギリの距離で攻撃しています!〉

 イングがリュックから顔――銀の面を出し、襲撃元を短い手で指す。

 その距離はおそらく泥蛇の計算によるものだ。性能のレベルとして一枚上である泥蛇相手に、イングは〈キィ!〉とリュックをその小さな手で叩いた。

 奇怪な物体の登場にコアたちは声を上げて驚くが、そんな暇はすぐに消えた。

〈カマ‼二発目が来ます!〉

 カマは急いでコアたちの正面に立ち、〝エスタ〟を起動させる。



 ――――――音すら間に合わなかった。

 その雷光は一瞬にして目の前を白く覆い、轟音が空気を打ち付けた時。

 破壊の限りを尽くす雷光は空高く飛んでいった。


 灰色の雲に撃ち払われ、日の光が柱となって地面に差し込まれる。

 足元から黒い帯を舞い上がらせ、〝ブリッツ〟を跳ね返したカマはリュックごとペトラに渡した。

「後ろにいられたら戦いづらいワ。アンタたちはこの混乱に乗じてウォームアースに入ってルカを探しい行って」

 地面がぬかるんでいたおかげで〝ブリッツ〟の衝撃は足を深く地面に沈みこませ、耐えられた。とはいえ、足の筋力を相当疲弊させるので背中を守りながらでは戦えない。

 イングを託してしまうカマに、ペトラは「いいの?」と尋ねる。

 しかし。

 悠長にしている場合ではなかった。


 せっかく雨が上がり始めた空を、もう一度暗い雷雲が飲み込んでいく。

 陽光が差し込むコアたちの空と雷雲の空がきれいに世界を割っているようだ。

 雷雲を引き連れてくる男は、ただ真っすぐカマを捉えている。


 コアとペトラはゾッと身の毛がよだった。

 〝プレリュード〟では長距離攻撃として使っていた〝ブリッツ〟。

 現実のそれは、天空を味方につけた雷神のようだった。


「なんだ…、この威力…」

 コアとペトラはサラを庇い抱きながら、声と体を震わせる。

 二人に抱かれているサラはもはや声も上げられなかった。

 カマは怯えを身体から逃がすため、あえて果敢に笑った。

「アラァ。ずいぶんと元気いっぱいネ。あの日の怪我を完治させてきたって感じかしラ」

 ジャックは歩み寄る足を止めた。

「…〝メモリア〟はどこだ」

「ふぅん。あのジジイ目当てネ。もう少し待ってくれたら会えると思うケド、それまでお茶でもする?アンタ、アタシの趣味じゃないケドね」

「いらない。先にお前を殺して、そのあと〝メモリア〟を消し飛ばす」

 真っ白な稲妻が何本も地面から立ち上がっていく。

 雷雲も巨大な鬼が叩くような打撃音が響き始める。


 あちらの準備は整いつつある。

 カマはコアたちに言った。

「アンタたちはルカを。イング、新しいギフトは」

〈ウォームアースにいます!ルカを探すついでに見つけるしかありません!コア‼ペトラ‼サラ‼〉

 呆然としていた三人に、イングは声を張り上げて正気を戻させる。

〈大丈夫!ソーマたちにはすでにここへ応援に来るよう伝えています!防戦だけなら〝エスタ〟で凌げるでしょう!――行きますよ‼〉

 リュックからぴょん‼と地面に立ったイングは短い手でウォームアースの方を指す。

 コア、ペトラは――互いに顔を見合わせる。


 生き残るために必要なこと。

 即座に判断することなど、二人にとっては慣れたものだ。


 コアはサラの手をつなぎ、そしてペトラはサラに弓と盾を作ってもらう。

「俺はルカをサラと一緒に探す」

「私はここに残ってカマと協力する」


 カマだけでは自分たちの背中を守れない可能性がある。

 協調性のあるペトラの方が初見の相手との共闘は得意。

 それらを考慮して、二人は二手に分かれることにした。


 二人の判断にイングは動揺するように雫のボディをぷるぷると揺らした。最善の判断がAIである自分とは違うからだろう。

 カマも一瞬断ろうかと思ったが、イングの反応が面白くて彼らの提案を受け入れた。

「いいワ。んじゃ二人のエスコートは頼んだわヨ、イング」

〈・・・・。承知いたしました。行きますよ!お二人とも!〉

 イングは短い手足を使ってカマに一礼し、ぴょん!とジャンプをして走り出した。


 コアとサラはイングに置いて行かれないよう駆け出す。


 ジャックは無論、そんなこと許さない。

「次は全員だ。――全員、肉も。骨も。塵も。影も。お前たちが残せるものなんて〝ブリッツ〟の前にはなにもない」


―----------ー

 

 ジャックの雷鳴は全員に聞こえた。


 リーヴスは即戦力であるイルファーンと共にその方向へ駆け出す。

 カヴェリ、エレナ、エディのもとにジアンを残すことは不安だったが「あ~アレ〝ブリッツ〟だねぇ」と怪訝な顔でジアンが言ったため、事態は急を要すると判断した。

 

 リーヴスたちが走り去ってしばらく。ジアンは縛られていたはずの両手を自由にさせた。

 いつの間にか、彼は縄をほどいていたのである。

 それはあまりにも自然な動きで、その場の三人は一瞬気づかなかった。

 その一瞬により、ジアンの強靭な拳がカヴェリのみぞおちにめりこんだ。

「ガッ―‼」 

 胃液と共に唾液が散り、カヴェリはむせかえって地面にうずくまった。

 彼に駆け寄ろうとするエレナをエディが抱き留め、ジアンに近づかせないようにする。


 エレナは恐怖と怒りを交えた眼光をジアンに向ける。

「…死にかけるような命令でもした方が良いのかしら」

 〝ミエ〟を使わずともジアンは二人を瞬殺できるだろう。

 震えあがるエレナと虚勢を張るエディに、ジアンはひどく冷たい視線を向けた。

 微笑する口元すら、凶悪なものにしか見えない。

「…やってみたら?でも命令を変える瞬間にタイムラグが一秒くらいあるんじゃないかと僕は踏んでるよ。一秒あれば僕、自分の鼓膜破ける」

 ジアンは自分の耳をちょんと指さした。

 そんなことをされれば、実質〝ソルジャー〟は使えないも同然だ。

 エディは奥歯をギリ、とかみしめる。


 そんなエディに、悪辣な笑みを浮かべていたジアンは飽きたように背を向けた。

「取引しよ。この頭の悪そうなおにいさんをここで殺さない代わり、僕の〝ミエ〟、解放してくんない?」

「解放したらここにいる全員殺されるかもしれないわ。そんなの、取引にすらなってないわよ」

「じゃあ一人を犠牲にして、これからも僕をずっと拘束し続ける?僕はそれでもいいけど」

 かすかにこちらへ顔を向けるジアンの口元は、――やはり敵意のあるものだ。


 エディはぐっと顔をしかめる。

 カヴェリは息をするのも苦しそうだ。立ち上がるなど到底できないだろう。戦力にならにない自分たちに、エディの体の中は吐き気がするほど苦くなる。

 こんな時、逆転できる術が思いつけばいいのに。

 ギフトが宿ってもこれか、と自己嫌悪で身体が裂けそうになる。

 出てきた言葉はまるで命乞いだった。


「…〝私たちを殺さないで〟」


 〝ソルジャー〟の命令が変更される。

 〝ミエ〟を抑え込むよりは負担の少ないもののようだ。

 ずっと背中に乗っていた泥がすっと消えた。


 それが本当はどういう意味なのか。エディが知ったのは後だ。



 尊厳を踏みにじられたように顔をゆがめるエディを、ジアンは静かに視界に入れた。

 そして視線を外し、一度ゆっくり瞬いてから――なにもせずにその場から立ち去った。



―----------


 ソーマたちも潜水艇イングから出て、雷鳴を目指して走った。


 途中。

 ソーマだけは足を止めることになる。

 オーウェンがその異質な存在と戦おうとしたが、ソーマが止める。

 即戦力が必要な事態だとイングから連絡を受けたため、どうかオーウェンは先に、とソーマは頼んだ。

 オーウェンは受け入れがたい指示にすぐには頷かなったが、頑として動かないソーマに折れた。

「…お気をつけて」

 オーウェンはソーマにそう残し、異質な存在に殺気を込めた眼光を向けた後、足を進めた。



 オーウェンの気配が完全に消える頃。

 先に口を開いたのは異質な存在だった。

「少しだけ。君とは話をしておこう。」

 その存在は深くかぶっていたフードを外した。

 ゆるやかに流れ落ちる小麦色の金髪。

 下げていた顔を上げた時、琥珀の瞳が一瞬だけ煌めいた。

 背の高い麗しい女性――の皮をかぶった〝ヴィアンゲルド〟はソーマにそう言った。


 たった三日。

 彼女と過ごしたのはあまりに短い時間だった。

 けれど、あまりにも大切な宝物を託された。

 絶対に忘れられない。その人。


「ミュウ。なぜあなたが――ここに」


 ラクスアグリ島で死亡した第一調査隊、ミュウ・朝香・スウィフト。

 愛しい双子たちの生みの親。

 その顔立ちは――嗚呼。本当に、ティヤとスラにそっくりだ。

 ソーマの表情は切なく、泣きそうで。けれどどこか怒気があった。


 ギフトを使いすぎると怪物になる。

 ソーマがその事実を知ったのはこの時であった。





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