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Causal flood   作者: 山羊原 唱
30/43

22話後半 合流前の一息

 大人の姿でいるイルファーンは市場を歩く。

 数分ほど経って、ふらりと路地裏へ入った。

 数秒で石材を使った武器を持つ集団に取り囲まれる。


 イルファーンの見目も中々麗しい。

 特に内陸生まれの美形は沈没都市の住民より需要があった。

 材料として使うのであれば断然沈没都市の住民の方が質は高いが、内陸生まれは〝天然もの〟というラベルが貼れるため愛玩として高く売れる。

 イルファーンの黒髪や褐色の肌はやや荒れているが、夕焼け色の瞳や整った顔立ち、神秘的な雰囲気は非常に目を惹かせた。


 集団の目当てはイルファーンの身体なので交渉の一つも持ち出されず、6人くらいの襲撃者が一斉に彼に襲い掛かった。

 が、全員地面に顔をつけるまで5分もかからなかった。


 イルファーンは慣れたように相手の懐を裏返し、使えそうなものを頂戴していく。

「おや。これは…」

 イルファーンは真珠が5つほど入れられそうな小瓶を手に取った。

 すると、持ち主が悲鳴を上げるように叫んだ。

「おい‼それ絶対に落とすなよ‼ほんの少しの火花で顔一つなくなるんだから‼」

 薄暗い路地裏だというのに、その小瓶はほんのりと青い光帯びた液体が入っていた。

 イルファーンは目を細めて、先日のアロンエドゥの女ボスを思い出す。悲鳴を上げた男の爪の間には青黒いカスが溜まっている。

「〝オーバークォーツの花〟、ですよね?」

「な、なんだ、知ってたのか…」

「この辺りでも入手できるのですか?」

 イルファーンの質問に、男はグッと一度口を噤んだ。

 しかし、圧倒的に強かった彼にはもう抵抗できないし、なにより拷問されてまで隠す内容ではないと思い、すぐに口を割った。

「最近、出回ってる。最初は花のクズを瓶に詰めてたけど、腐りやすいんだ。でも液体にすると保存が倍伸びる」

「液体にする職人は近くにいるんですか?」

 男は少し嘲笑うように零した。

「いや、それ、俺が作ったんだよ。作り方を教えてもらったから」

「誰に教えてもらったのですか?」

「なんか沈没都市の住民みたいな奴」

 妙な言い回しをした男に、イルファーンは一つ瞬いた。

「みたい、とは?」

「内陸生まれみたいな荒っぽさとかなくて。行儀良いっつーか…。頭も良い感じだし。あぁあと、顔も良かった。金髪で、金色の目をしてて。天然ものなら高く売れそうな背の高い女だった」

 内陸住民はなんとなく、相手が内陸生まれか沈没都市かが分かる。

 けれどその教えてくれた〝誰か〟から沈没都市らしさをあまり感じなかったという。

 イルファーンは一瞬、先日の女ボスかとも思ったのだが、アレは誰がどう見ても内陸生まれの育ちであるし、特徴も全く異なる。

(自分で作り方を開発した天才、とかですかね)

 真相の究明は領分を超えていると感覚で判断し、イルファーンはすっくと立ちあがった。

「では最後に一つだけ。ここらへんであなた方みたいな集団のいる路地裏はいくつありますか?」

 

 イルファーンの意図が男には分かったので青ざめた。

 彼はさきほどみたく、自分を囮にしてまだまだ襲撃者を狩るようだ。




 サラの悲鳴が聞こえたコアとペトラは、ジアンを引きずるようにして連れながら二人を探した。

「サラ‼どこだ⁉返事してくれ‼」

「エディー‼サラー‼」

 力の限り大声を出すが、跳ね返ってくるのは自分たちの声の木霊だけだ。

「コア!二人はこっちの方に歩いて行ったんだよね?」

「うん。でも木陰に入ったあたりからは見てない。そこから横に移動していたら方角が合っているか…」

 コアは二人の歩いて行った方向は確認していたが、そこから先はエディがいるからと目を離してしまった。

 自責の念にかられる彼の背を、ペトラが軽く叩く。

「もしサラが死んでいたら私たちの持っている武器は解けるよ。まだ大丈夫。…ああ‼そっか!」

 コアをフォローしていたペトラは急に大声を出して閃いた。

 コアがびっくりしていると、ペトラがジアンを彼に差し出す。

「私はルカを呼んで来る!サラとルカって、なぜだかお互いのいる方向が分かるみたいだからさ!イルの波動みたいに!だからコレはコアが預かってて!」

 荷物のように引き渡されたジアンは「ちょ。コレ?コレって言ったの?僕のこと忘れないとか言って?コレ扱いなの?」とごちゃごちゃ文句を零す。

 止まない文句を気にせず、コアはいったん下を向き、そしてペトラに視線を合わせた。

「頼む。俺は出来る限りこの辺りでサラたちを探しておくから」

「分かった」


 コアとペトラはすぐさま二手に分かれた。





「‥‥ううっ。ぐすっ。ご、ごめんね、エディ…」

「…まあ、しょうがないわ。私も方向感覚が人並み以下だし…」

 座り込んで泣きじゃくるサラは、呆然と立ち尽くすエディに謝った。


 二人はしっかり森の中で迷子になっていた。

 やけに湿度の高い場所で、若干霧のような霞がかかっている。少し鼻をつくような匂いもある。

 エディは地面で丸くなるサラを見下ろし、気まずそうに視線を逸らす。

 そっと腰を降ろし、慣れない手つきでサラの頭に手を置いた。

「あなたが生きていれば、ルカがあなたを感じ取れるんでしょう?それなら大丈夫よ」

「そ、そうかな…」

 鼻水をすすり、サラは目をなんども手で擦った。

 そのせいで目元は真っ赤だ。後できっとヒリヒリしてしまうだろう。

 エディはサラのその手を遮るように自分の布切れを彼女の目元に当ててやる。

「そんな力強く擦っていたら、綺麗な目が見えなくなるほど腫れるわよ」

 間近で見ると、本当にサラの瞳は綺麗だった。温かみのある、それでいて煌めいた琥珀色。

 生まれ持ったものがここまで美しければ売人の目に止まらなかったことなど無かっただろう。ティヤという強い父親がいてくれたことが本当に幸運だった。

 内心でそう思っていると、サラの涙が少し収まってきた。

「コアにわらわれちゃう?」

「コアはむしろ心配してくれるんじゃないかしら。笑うとしたらそうね。ペトラとカヴェリあたりじゃない?」

「ああ!ぜったいあの二人はわらうよ!」

 目に浮かぶのか、想定の怒りと可笑しさでサラは泣き笑いになった。

 エディは涙で濡れているサラの頬や顎をちょんちょんと布を当てていく。

「サラはコアのことが大好きね」

 微笑ましいと思ったせいか、エディは無意識に声に出していた。

 すると、サラは柔らかそうな頬をぶわっと赤くさせ、隠すように膝に口元を寄せた。

「だってかっこいいもん。いつもみんなのことを守ってくれて。むずかしいはなしもできて」

「そうね。でもペトラにはちょっと厳しいわね?」

「…だってペトラずるいもん」

「ずるい?」

「‥‥。コアが一番頼っているのはペトラだから」

 エディは驚いた。コアが一番に頼っている相手をリーヴスだと言わないあたり、子供ながらよく見ている。

 エディはよしよし、とサラの頭を撫でた。

「仕方ないわ。今まで一緒に力を合わせて生きてきたみたいだから」

 無論、サラもそう思っているだろう。

 でもモヤモヤする嫉妬が聞き分けを悪くさせて、サラはぶーっ、と頬を風船のように膨らませた。

 はじめて、こどもが可愛いと思ってしまったエディはついクスクスと笑う。

 サラもはじめて見るエディの笑顔に目をパチパチとさせた。つられるようにえへへと笑う。

 エディは次いで、なにかに気づいた。

「ちょっと待って。この匂いってもしかして…」

「え⁉なに⁉爆弾⁉」

 咄嗟にそのような危険を予測するとは、不憫な子供時代だとエディは思った。

 静かに立ち上がり、首を振る。

「少しだけ動くわよ」

「え、でも…」

 はぐれた時はなるべく動かない方が良い、とサラも認識しているようだ。渋っている彼女に、エディはそっと手を差し伸ばした。

「もしかしたら、みんなが喜ぶかもしれない」

 悪戯っ子のようにエディが言うので、サラは好奇心にあっさり負けた。

 へへ、と同じように笑ってエディの手を掴んだ。




「だーいぶ薄暗くなったねー。ま、そうだよね。出稼ぎ組の所まで片道1時間かかるし、帰りはあのもう一人の子供も連れてくるんでしょ?もっと時間がかかるよね」

「黙れ」

 コアは喉を枯らしながらジアンにきつく言い放った。

 あれからずっと探して、ようやくサラが滑り落ちたのではないかと思われる斜面を見つけた。コアはその斜面の向こうの茂った薄暗い森を見つめる。

 探しに行きたいがここまでうっそうとしているとコアも方向感覚を失うだろう。

 最悪自分が迷子になっても〝フルート〟を持っていればルカやサラが感知して見つけてもらえるかもしれないが、全体の体力消耗に繋がる。余計な仕事を増やさないためにこれ以上は捜索範囲を広げられなかった。


 ジアンは額の汗を拭うコアをじっと見つめ、――彼の背中に蹴りを入れた。

 自前の条件反射が働き、コアは剣の平面でジアンの蹴りを防いだ。

 振り払ってジアンを数歩引かせる。

 殺気が放たれるコアの鋭い目つきにジアンは怯えもせず、むしろ愉しそうに口角を上げた。地雷原に落ちたあの日のペトラの目つきを思い出させる。

「…やっぱ双子ってそっくりだね。でも君はあのコと違って余裕とかわいげがないね」

「ないのは余裕じゃなくて余地だよ。――俺は正直、お前ひとりくらいなら殺してみんなの安全を確保しても良いんじゃないかって思ってる」

 悪ふざけだろうが本気だろうが次はない、とコアの視線がジアンの首元を捉える。

 ジアンは不思議そうに目を丸くした。

「会って大した時間も過ごしていないのに、あの子供とおねーさんがそんなに心配?別にあの二人がいなくても君、困らないじゃん。子供が一人死んでももう一人いるからその武器は作れるし、おねーさんなんて大した戦力じゃない。むしろいない方が動きやすいでしょ」

「誰がお前のこと拘束してると思ってる」

「じゃあたとえ話でさ。僕が君たちに寝返ったらあのおねーさんの存在価値、なくない?そう。君もさっき言ってた。〝一人くらいなら〟ギフト持ちを自分の都合で殺したってなんも問題ないよ。…ギフト持ちはね、死ぬと黒い繭みたいになるんだって。持ち運びがしやすいみたいよ」

 柔らかく甘い声音で影が笑うようだ。

 

 コアは暴れそうな殺気をゆっくり制御し、頭をまんべんなく冷やしていく。

 冷やしきってから、口を開いた。

「エディっていう、お前を拘束できる人がいるから殺さずに済んでる。お前が俺達の味方になってくれるのなら、お前みたいに敵として現れる他のギフト持ちをエディが()()()()()()。価値があるかどうか、説明が欲しいのならこれでいいか?」

 コアの言い方にジアンはぴくりと片方の眉を動かした。若干だが、気に障った。

 誰のおかげでジアンの身が守られているのか、とコアが主張しているからだ。


 そういった小さな反応を絶対に見逃さないコアは、より落ちついた声音で続けた。

「あとはサラ?そうだな。サラがいなくなったらルカが大泣きするだろ。誰があやすんだ?お前か?」

「冗談じゃないよ。そこはママの仕事でしょ」

 ジアンは速攻で言い返した。想像もしたくないようだ。

 割と人間味のあるジアンの一面に、コアの殺気は完全に消える。

後始末(あやすこと)もできないくせに、いなくてもいいんじゃないとか言うな。あと次俺のこと蹴ったら殺す」

「…そこはブレないんだね。ま、僕が君たちの味方になることなんてないけどね。ええ。ええ。おねーさんの役割は大変重要ですとも」

 ジアンは現状に飽きたようで、その場にしゃがみこんだ。近くに生えている葉っぱをちぎってぺっと捨てる。

 彼の様子に呆れるが、一度強い感情をジアンにぶつけたら少し落ち着いた。ペトラとちがって余裕がない、というのもあながち間違いではないのかもしれないとコアは自分を律する。

(…わざとじゃないよな)

 冷静さを欠いていた自分にジアンなりのやり方で頭を冷やさせた…なんて都合の良い捉え方だと、コアはすぐに思い直した。



 しばらくして、ペトラがルカを引っ張って戻って来た。

 エレナは仕事を途中放棄することはできず、やむを得ずルカだけ抜け出すことにした。

 ぜぇぜぇと二人とも息を荒げ大量の汗を拭う。

 コアは膝をついてルカに視線を合わせた。

「疲れてるところごめんな。サラを探せそうか?」

「へぁ、ふぇ…、う、うん。きょりは分からないけど、いる方向は分かるよ」

 エレナと離されて駄々でもこねるかと思ったコアは、ルカの落ち着きぶりに少々驚いた。次いで彼の胸に抱えられたそれを見て、ふっと柔らかく微笑む。

「助かる。どっち?」

「こっち!」

 ルカは指をピッと示した。


―――――


 リーヴスは経路の下見を終え、拠点に帰還しているところだった。

 拠点に着く頃には日は落ちているだろう。気温もぐっと下がった感じだ。

 下見中にある物を見つけたせいで、彼の表情は明るくない。一人でいることも相まって機嫌が悪そうにも見える。

 ふと、リーヴスは足を止めた。

 視線の先には小さな梨のような実を沢山つけた木があった。

 リーヴスはサバイバルナイフを長い枝に縛り付け、セレーション部分で実をつけた枝に根気よく擦り付けた。

 ほどほどに切れ込みを入れると、今度は細いロープを取り出してナイフに軽く引っかける。器用に切れ込みにロープを入れて反対側に垂らしていく。

 大きな輪っかを引っかけるようにした後、そのまま左右のロープを交互に上下させる。

 ロープの摩擦で切れ込みがどんどん深くなり、最終的に枝がガサン!と音を立てて落ちた。

 その枝には30個ほど果実をつけている。一つもぎって皮を剥いてみる。

 半透明なツルンとした実が出てきた。ライチに雰囲気が似ているが、香りはもっと薄い爽やかなものだ。

 リーヴスは口に放り込んでみる。さっぱりとした酸味に果汁がたっぷりとしている。中に一つ種があったのでペッと吐き出す。

「…もう一枝落とすか」

 思ったより美味だったので、リーヴスは採る手間より食べる楽しみを優先した。


 拠点に戻ったリーヴスは目を点にした。

 いるのはイルファーン、エレナ、カヴェリ。

 ‥‥なぜだか待機組がいなかったのだ。

 エレナがてててッと走り寄って来た。エレナがいるのにルカがいないのも不思議だ。

「リーヴス!良かったこれで全員ね」

「まったくもって全員じゃねーけどな。待機組とルカは?」

 エレナの後をイルファーンがやってくる。

「サラとエレナにトラブルが遭ったようですが恐らく無事です。君がこちらへ戻ってきそうな気配がしたのでひとまず我々は拠点で待機していたんですよ。君とすれ違いなるといけないから」

「出た出た。波動かよまた。まぁ無事ならいい。戦利品はどんなもんだ?」

「一番大量なの下見担当のリーヴスじゃね?」

 出稼ぎ組の成果を尋ねられたカヴェリは、少年のように実をたくさんつけた枝を持つリーヴスに苦笑する。

「俺とエレナはひとまず収入が入ったよ。って言っても欲しい医療品買うには一か月くらい働かないとな」

「わかった。経路の下見は十分だから、ジアンの見張りは俺が引き継いでコアかペトラを働かせに行かせる。それでもう少し時短にはなるだろ」

 リーヴスは言いながらイルファーンに視線を向ける。

 なにやらどこかで手に入れた、タイヤのないスーツケースを持っている。子供の姿で。

「…出稼ぎ中も子供の姿だったわけじゃねーよな?」

「ちゃんと大人の姿でやりましたよ。君は俺の子供の姿を嫌いますね」

「嫌いっつーか、日常的に子供の姿でいる理由がわかんねーんだよ」

「子供の状態は色々都合が良いんです。食べる量も少なく済みますしね」

 イルファーンはスーツケースを地面に倒してカパッと開けた。

 そこには拳銃と銃弾。薬莢を作るための道具。火薬を作るための道具。そして。

「オーバークォーツの花の液体です」

 イルファーンは小瓶をリーヴスに見せる。彼は苦い顔をしてその小瓶を受け取る。

「…ここまで綺麗な液状化させる技術が出回ってんのかよ。…花の出現から考えれば、異様なほど速ぇな」

「それに関して少し気になる情報を聞きました。それは後でお伝えしますので、ではみなさん。行きましょう」

 イルファーンはさっとリーヴスから小瓶を返してもらい、スーツケースの中にしまう。

 エレナはもうイルファーンの波動に慣れたようで「サラたちの所に行くのね」と嬉しそうにはにかんだ。

 リーヴスとカヴェリは案外順応力の高いエレナに感心を覚える。




 イルファーンは波動を感じ取り、リーヴス、エレナ、カヴェリを連れて拠点から15分ほど離れた場所へ向かった。

 そこには木材を組み合わせて仕切りを作っているコアとペトラの姿があった。

 近くにはそれらを手伝うサラとコアもいる。

 エレナは声をかけて走り出す。母の姿に気が付いた双子もぱっ‼と満開の笑顔になって抱き着きに走った。

 ぎゅーっ、とひとしきり抱擁すると、サラとルカが競うように今なにしているかを喋り出した。

「あのねあのね!エレナと落っこちたらここ見つけたんだけどね⁉」

「ママぁ!僕、おきがえする所作ってるんだよ!ねえ見て!」

「ルカ!ちゃんと私がじじょうを説明するって約束でしょ!でね、ママ…」

「はやく使わせてあげようよサラ!ね!はやく!」

「ちょっとでいいから静かにしてぇー!うるさいんだから‼」

 次第に喧嘩になっていく二人に、エレナはあわあわと振り回される。そこへエディとペトラがやってきてそれぞれサラとルカを離させた。

「確かに、アレに入りながらでもゆっくり話せるかもね!」

 ペトラがルカに片目をつぶって応える。

 エディはむくーっと顔いっぱい不満を膨らませるサラの頭を撫で、「そうしましょ、サラ。その方がエレナも喜んでくれるわ」と説得した。

 

 一体なにを用意しているのかとエレナたち合流組が目を丸くしていると、作業を終えたコアもやってきた。

「エレナとサラが天然の温泉を見つけてさ。直接は入れないくらい熱いから地面掘ってビニールシート敷いて、川の水と割りながら入ろうと思って。どう?」

 リーヴスは感心しながら近くの木陰でジアンがぐったりとしているのを見つけた。彼の周りにはバケツや4ℓのペットボトルがいくつか置いてある。川の水をそれらに汲んでここまで持ってきたようだ。…ジアン目線で言わせれば持ってこさせたのだろう。


 一同は見張りと入浴に班を分け、入ることにした。



 即席の温泉にサラとルカははしゃぎ、ペトラが遊び相手を務める。というか、葉っぱで筏を作って楽しんでいる姿は一緒に遊んでいるも同然だった。

 賑やかな三者をエレナとエディが頬を火照らせながら眺める。

 エレナは改めて隣のエディに礼を伝える。

「エディ、サラに付き添ってくれてありがとうね。色々聞いたわ。足を滑らせて落ちたとか、蛇に追いかけられて拠点から離れちゃった、とか」

「別に。あの子が言うことを聞かなかったわけじゃないもの。私一人じゃ、あの子を連れてもとの場所に戻ることもできなかったわけだし」

「でも一緒に迷ってくれたおかげでこんな良い思いができた」

 エレナは少女のように笑って嬉しそうだ。

 しかし、エレナの笑みにどこか苦いものが入り混じった。

「…むしろ、いつもごめんなさい。私、ちゃんと母親ができてなくて…」

 苦笑の中にどこか泣きそうな震えを感じて、エディはエレナの方を向いた。

 彼女は程よい熱さの湯面を見つめている。

 エレナのそんな横顔は…今までに目に穴が空くほど見てきたものだ。

 

 せめて謝らなくては。と自責の念で自分を守る癖。

 それ以外に盾を持たぬ弱者の癖だから。よく知っている。



 エディは少し声量を落として、近くにあるものをおもちゃにして楽しむ、ペトラたちを見つめて呟いた。

「双子を産むなんて、大変だったでしょう」


 エレナは視線を上げて、暗く、冷たい…けれど一点の光を瞳に持つエディを見つめた。

 初めて彼女の心根と会話できそうで、エレナは建前を取り払って頷いた。

「うん。私の出産に立ち会ってくれたのが、イングと一緒にいるソーマなんだけどね。彼が言うにはもう、私は妊娠できないだろうって」

「…生理は?」

「来てない。だから本当なんだと思う。…でもね。いいの。だってもともと、サラとルカを授かる前に、そう言われていたから」

 エディの視線はペトラたちからエレナに戻る。すれ違うように、エレナはまた湯面に揺れる光を見つめて足を抱えた。

「アースローズに保護されると一通り健康診断を受けるんだけどね。何度か出産した時の処置が悪かったせいでもう妊娠はできないだろうって言われてたの。正直、その時はそんなことどうでも良かった。ただ安心して眠れる場所を貰えるなら、なにを失っても良かった。…おかしいよね。失うものなんて持ってもないくせに」


 エディは目元に皺を小さく寄せる。恐らくは成長しきっていない身体で出産の経験をしたのだろう。〝何度も〟。それはエレナの身体を壊すほどだった。

「こんなことを言うと、余計なお世話かもしれないんだけれど、」

 言いながら、エディはエレナの肩に手を回して軽く引き寄せた。

 ささやかな抱擁にエレナは少し驚くが、…どこか、似た経験を持つ空気をエディから感じてじっとする。

「あなたは悪くない。よく頑張ったわね」

 エディのその言葉に、エレナは息を飲んだ。

 不意打ちの――ティヤと同じことを言う彼女に、耐えきれなくて涙が零れた。

「…ティヤ、も。そう言ってくれたの」

「そう」

「妊娠するのも、出産するのも私のせいなの。私の身体が壊れるのは私が悪いの。ずっと誰かにそう言われてたのに、ティヤはね…。〝じゃあ俺一人くらい、エレナの味方でいてもなんにも問題ないよ。エレナは悪くないって言い返してやる〟って。…絶対、あんまり深いこと考えてない発言だよね」

「そうね。男の本音は一週間も同じ熱量で続くことはないから、耳半分で聞いておきなさい」

 まさかの一刀両断に、エレナは涙と一緒におかしくて吹きだしてしまう。

「そこはそんなことないって言わない⁉」

「女を置いていく男を美化しないタイプなの。…でもそうね。あなたの傍であなたの味方をする人が一人増えたことを、ティヤは嬉しく思ってくれるかしら?」

「…当たり前だよ。サラを追いかけてくれたことだってティヤは絶対感謝してる」

 少し年の離れた姉のような感覚を、エレナはエディに対して感じた。

 きっとさきほどのような言葉を、傷ついたたくさんの誰かにこの人は伝えてきたのだろう。エレナは胸の奥で切ない痛みを覚える。

 エレナはエディの手をそっと握り、彼女の心に向けてお返しをする。

「私もエディの味方でいる。きっと誰かはあなたを赦さなくて、責めて、悪いと指を差すだろうから。私一人くらい、あなたの傍で、あなたの味方でいるね」


 ティヤから贈られた言葉を。

 そしてエディからも贈られたから。

 初めてエレナは、同じように誰かへ贈れた。


 エディは何度かゆっくりと瞬いて、「そう」と静かに。

 彼女の言葉を身体の中へ受け入れた。



 ペトラは後ろで話すエディとエレナに少し耳を傾けながら、「あ」と何かを思い出した。

「ルカ。サラにお土産があるんでしょ?」

 お湯をかけあって遊んでいたサラはきょとんと目を丸くした。

 そして「お花?」と尋ねる。ルカは綺麗な花を見つけるとサラの頭に飾る癖があるから。

サラも嫌がったりしないので毎日やっている遊びなのだが、ルカはプルプルと首を振った。

 そして一度ざっと上がり、脱衣スペースからなにかを持ってきた。

「ママのお仕事の所でね、ビスケットもらったんだ!ほかにも色々あったんだけど、これひとつの袋によんまいあったから、サラと分けっこできると思ったの」

 ビッと袋を裂いて、ルカはサラに一枚渡した。

 ペトラに緊急で連れられた中、ルカはこれだけは忘れられない!と胸に抱えていた。

 サラは瞳を輝かせてビスケットを受け取り、もじ、としてからルカに謝った。

「さっきはうるさいって言ってごめんね」

「僕よりサラの方がうるさいもんね!」

 ルカのにぱっとした毒のない笑顔がサラの逆鱗に触れ、ビスケットがお湯にしけりながらもまた姉弟喧嘩が勃発した。



 その後、交代でリーヴスとコア、そしてジアンが温泉に入る。イルファーンは見張りとして最後に入ると気遣ってくれた。


「うぅぅわぁあぁあぁあぁぁ‥‥ちょーきもちー」

 と、宣伝のように感情を溢れさせたのはジアンだ。

 両手を自由にさせられているが、陣形としては全くもってジアンに不利だ。素っ裸でも防御が完璧であるリーヴスに、衣服をしっかり身に着けたイルファーンが控えている。だからかなにかする素振りはなく、温泉の恵みにあやかることにしたようだ。

「それでー?オーバークォーツの花のことだっけぇ?」

 ジアンはほへーと天を仰ぎながら、イルファーンの質問を掘り返した。


 オーバークォーツの花を泥蛇はどれくらい知っているのか?


 イルファーンは警戒のため丸太を肩にもたらせながら、脱衣スペースと隔てた板の向こうで頷く。

「オーバークォーツの花を液体に加工する技術を教える誰かがいるそうです。〝沈没都市の住民のような内陸住民らしからぬ行儀の良い人物〟と。しかし沈没都市の人間が内陸住民にわざわざ高い加工技術を教える理由はありません」

 泥蛇の兵士が絡んでいるのでは?という可能性はリーヴスもコアも考えた。

 ジアンは足を組んで盛大なため息をついた。

「君たちさぁ。僕が捨て駒要員だって忘れたの?ギフトの個数を間違えて教えられてたりとか、ラクスアグリ島であったこととか、〝MSS〟の停止の理由とかろくに知らないわけ。オーバークォーツの花のことなんて僕、初耳だよ?金髪で顔の良いお姉さんとかも知らない。銀髪の美人はいたけど、明らかに体格がカタギじゃないから絶対に内陸出身に見えるよ」

 ジアンは背の高い女、という共通点で一瞬ニーナかと思ったが、技術提供した人物は金髪で金色の瞳らしい。一方ニーナは銀髪碧眼で体中に傷跡も多く、男性であるジアンより背も高く体も厚い。彼女を見て沈没都市出身だと思う内陸住民はいないだろう。


 リーヴスとコアは顔を見合わせる。

 嘘をついているようには思えない。花の出現もそもそも最近だ。その頃ジアンが〝プレリュード〟で訓練していたとしたら知らないことも頷ける。


 リーヴスは筋骨隆々な腕を組んで明暗がはっきりしない不穏さに舌打ちをする。

「内陸住民の〝手作業の技術〟には目を見張るモンがある。泥蛇が関わっていなくても確かにできるかもしれねぇが」

「内陸住民らしくないってところが気になるよね」

 続けるコアに、イルファーンも頷く。

「俺は引き続き人狩りの狩りをしながら情報を集めてみます」

「頼んだ」

「ってか人狩りの狩りってワードこえーな」

 コアは端的に返す中、リーヴスはサラッと内陸住民らしいイルファーンに引いた。


――――――


 温泉の恵みを骨身に沁みさせた一同は拠点に戻り、ぐっすり眠っていた。

 見張り役として起きているリーヴスは夕食のデザートで残ったあの果物を頬張る。

 倒木を椅子の代わりにして光り輝く宝石をちりばめたような夜空を見上げていると、隣に誰かが座った。

「余りを独り占めするなんて大人げないわね」

 隣に座ったエディはひょい、とリーヴスの大きな手の平から果物を取った。

「てめぇも同じじゃねーか」

「じゃあこれで共犯ね。みんなには内緒にしてあげる」

 果物の皮を慣れたように剥き、ぱくりと食べる。

 果肉を味わうように食み、果汁で濡れた唇を舌で拭うエディを見ていると、この果物がとろけるような蜜の菓子に思えてくる。

 うまそうに食べるなと思いながら、リーヴスはまた星空を見上げた。

「これ、食べたことあんのか?」

「ロウガンよ。聞いたことない?」

「聞いたことはある。ライチに似てるってやつ」

「そう。私はライチより好きだけれど。…初めて食べた果物だったから、思い出の味よ」

 よく見ればエディの物腰がいつもより柔らかい。どうやら好きな食べ物を食べることができたからみたいだ。


「あなたは私を全然虐げないのね」

 唐突にそんなことを言われたので、リーヴスはケッと軽く舌打ちをする。

「俺をアロンエドゥかなんかと間違えてんのか」

「いいえ。沈没都市の住民だと思ってる。()()()不思議なの」

 温泉でのエレナとの会話を、リーヴスは聞いていただろうとエレナは思った。

 いや、聞いていなくとも。

 沈没都市住民にとってエディやエレナといった存在がどう思われるのか。

 理解しているから不思議だった。


 リーヴスはロウガンがあと二つとなったので、一つをエディの華奢な手の平に置いた。

「コアたちと会う前に話したことを覚えてるか」

 エディは手の平に置かれたロウガンの皮を遠慮なく剥き、「ええ」と答える。


――

 エディはリーヴスについていく際、先ほどと似たようなことを尋ねていた。

「私は何度も出産をしている。知性も能力も劣っている人間の量産を、沈没都市は排除すべきだと思っているわよね。あなたが私を連れて行くメリットは一つくらいしかないけれど、どう考えているの?」

 リーヴスは沈没都市の軍人になれるほど優秀な人材だ。対してエディは内陸でも人口の数に入らないような場所にいる。助け合うにしてもあまりにも能力差が大きかった。できることといえば今まで通り()()()()()()()()()()()()くらいだ。


 だが、沈没都市住民はそういった未来的な資源に繋がらない行為は嫌う。

 ギフトの情報収集といっても足手まといになるエディを治療してまで連れて行くその理由を知りたかった。


 リーヴスはアロンエドゥたちの荷物を漁りながら答えた。

「沈没都市の軍人はな、30過ぎたあたりでアセンションっつー薬の使用が自由になる。その薬には性欲を抑える成分も入ってて、最終的には子供は作れなくなる。ジーカリニフタの服用バージョンみたいな?」

「内陸住民に沈没都市の専門用語なんて分からないわ。つまりあなたは不能ってことね」

「隙あらば口が悪いなこの女。まあ実際問題そういうこった。軍人で子供欲しい奴は20代のうちに作っておけってな。だから安心しておけよ。てめーにそういう色っぽいこと期待してねーから」

「色っぽいことできないのはあなたでしょ。かわいそうに」

「…置いて行ってやろうか…」

「嫌いよ、そんな男」

「…」

 彼女は決して理詰めしてくるタイプではないのだが、淡々と言い返されると最後にはリーヴスが黙る。会って間もないのにさっきからこんな調子だ。


 リーヴスはアロンエドゥから使えそうな銃弾を見繕い、バッグにしまっていく。もうあとは使えそうなものはない。木に背を預けて休むエディの所へ戻って来た。

「お前、男が嫌いか?」

「武器を持っている男が嫌いね」

「そうか。良かった」

 皮肉でもない、彼の安堵の一言にエディは小首をかしげる。

 詳しく話したい気は彼になく、どこか陰鬱な笑みを浮かべていた。

「嫌っていてくれるか。…それが正しいことだって、誰かに言われていたいんだ」


 嫌ってくれることが正しい。

 そう言われたいのだと彼は言った。


 エディはジッとリーヴスの悪人顔を見つめる。

「私を連れて行く、あなたのメリットになる?」

「なる」

 即答だった。だから、エディはそれ以上踏み込むことはせず、ただ「分かった」とだけ答えた。



――

「リーヴス」

 呼ばれたので、リーヴスは星空からエディの方へ顔を向けた…時に、口にロウガンをモズッと突っ込まれた。

「私は〝あの子たち〟のために安らかな場所を探して後悔したい。あなたは私に嫌われていたい。………、お互い、納得するのにまだ時間はかかるものね。片方をいじめていても仕方なかったわ。大丈夫。思い出した」

 エディはツルンとしたロウガンをゆっくりリーヴスの口に収め、彼の唇から伝いそうになった果汁を指先で掬ってから離した。

 果汁の水滴がついた指先を、エディは自分の唇に運んだ。水滴が彼女の唇に溶けていく。

 もぐもぐと果肉の食感を味わいながら、リーヴスはフン、と頬づえをつく。黙って自分の手に残っていたロウガンを彼女の手に、もう一度置いてやった。











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