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Causal flood   作者: 山羊原 唱
3/65

2話 始まりはすでに

 深夜、日本海側から上陸したマナは海岸にねじろを構える不良集団に気づかれないよう、こっそり内陸へ進んだ。

 マナを運んだ組織の潜水艇は自動で海中に戻って姿を暗ませる。


 基本、沈没都市(ファルガーン)のない海岸は漁師の船か、改造されたペニッシュのどちらかが占拠している。彼女はあえて不良集団のたむろする改造ペニッシュのエリアを選んだ。


(…日本は沈没都市と内陸政府の連携が残っているせ(・)い(・)で下手に漁師の縄張りから入れないんだよね。

 沈没都市と資源提供の契約をしている漁師はその縄張りを都市所属の軍人に護衛を依頼しているから。

 今はもうだいぶどこの国も沈没都市の支援を断っているのにエラいね)


 マナは〝ラダル〟を起動させ、襲撃や人の気配に警戒する。

 沈没都市で訓練された軍人はギフト相手でもそれなりに戦えるくらいには腕が立つ。

 とはいえ不良集団の相手をするのも武器や時間の浪費だ。余計な仕事が増えないよう、夜が明ける前に交通機関の生きているエリアを目指した。


 交通機関が生きている、というのも内陸政府と沈没都市に連携が残っている証でもある。

 交通機関は必ず金属が使われている。内陸の武装集団はそういった金属も強奪して武器に変えるので、線路のない内陸は珍しくない。

 



 駅が解放されると始発に乗る人々が少しずつ集まった。

 帽子を深くかぶってマナもその人の流れに身を潜ませる。


(一見、古びていて壊れかけのものが多いの静かな場所だけど…)


 〝ラダル〟の嗅覚では麻薬や火薬の臭いを感じ取れた。

 誰かが持っているのか、使っているのか、明確な騒ぎはなくとも水面下はFageの内陸らしい匂いだ。


 電車に乗り込んで、一時間。

 目的地ではないがマナはそこで降りた。

 沈没都市の建設によりFage以前の地図は大きく変わっている。

 沈没都市を中心に内陸の呼び方があり、沈没都市に近い順から、


 ウォームアース(沈没都市寄り)

 ウォームロード(中間地域)

 アースローズ(内陸)


 とされ、マナが降りたのはウォームロード(中間地域)だ。

 目的地はさらに東部ウォームアース(沈没都市寄り)だが、直接そこに行く手段は内陸にはない。

 ウォームアースに入るには身元証明と検閲を経てバスに乗り換える必要があった。

 エンドレスシーに干渉できる〝ボア〟のおかげで偽装情報が露見することはない。あとはマナが無力な少女らしいふるまいをすればいい。



 ゾンビ映画に出てきそうなほど損傷の激しいバスロータリーに到着する。

 沈没都市に行くバスもあるので沈没都市所属の軍人が数人巡回していた。

 武器も持っているので緊迫した空気が少なからずある中、マナは検閲の機械にリュックを置いた。

 コンベヤーに流されていくそれを見送る。検閲の機械は反応しなかった。〝ボア〟がすでに乗っ取っているようだ。


「どうぞ」

 無機質な軍人の声に従い、マナも金属探知の門をくぐる。

 軍人へ軽く会釈をしてリュックを手に取った。


 マナのリュックには彼らと同等の武器が入っているので、怪しまれないよう人畜無害な態度を心掛ける。

 もとより、マナの容姿を見れば、ウォームアース(沈没都市寄り)の住民か、沈没都市の研修生くらいに思われるだろう。

 彼女の穏やかな表情と理性的な立ち居振る舞いを怪しんだ者はいなかった。


 リュックのなかみを全く悟らせない、無害な空気感を作り出せるのは彼女の得意なことでもある。


 さて、自分の乗るバス停は…と顔を巡らせると――


―――――ドオオォォン!!

 とバスロータリーから数キロ離れた場所で、自動車が飛ぶような爆発が起きた。


 このバスロータリーは沈没都市の研究者や支援員なども利用する。

 実際にそういった人物たちがいるのだろう。距離がある爆発とはいえ、すぐさま巡回の警備員が即刻護衛のため彼らの避難誘導にあたっている。

 …恐怖は多少あれど避難させる側もする側も落ち着きがある。こういったことが日常であることは、どこの国の内陸も同じらしい。


 マナは軍人の死角を捉えて移動し、ひとまず建物の影に隠れ様子を窺う。

(…沈没都市の住民ナンバーを持っていないから、リュックを開いてなかみ確認されるかもな。さすがに〝ボア〟も肉眼を騙すことはしないだろうし…)


 リュックの中を見られれば沈没都市への危険因子として判断され、その場で射殺される可能性が高い。

(んー…こうなったら一旦荷物を別口で預けて、〝ボア〟から偽装命令を軍人に出してもらうかな。あとで私に届けるよう工作してくれるでしょ)


 〝ボア〟に偽装要請を頼もうとするとタイミング良く〝ボア〟の方から連絡がきた。

 マナの耳裏には培養皮膚シールが貼られている。声の振動を信号化して伝達できるもので、〝ボア〟との唯一の連絡手段だ。


〈マナ。ちょっといいかな。〉

「ちょうどこっちも連絡しようと思っていたところだよ。お先にどうぞ」

〈君の要望は恐らく必要ないよ。実はそっちでね、ウォームアース所属七草学園の生徒が数人誘拐された。農業サポートの帰りだったみたいだね。〉

「…まさか」


 ウォームアース所属七草学園とは、日本のギフト持ちの少年の通う学校だ。

 沈没都市への移住試験を目的としているため、内陸の学校にしては高い学力を求められる。

 そこの生徒が誘拐され、――わざわざマナに直接連絡が来る、という事態にマナは目を座らせる。


「対象も誘拐された?」

〈車の信号波から確認してみたら誘拐された人間の中にギフト持ち特有の〝観測できない穴〟のある一人がいるんだ。〉

「…熱量のあるものは全て信号を持つけれど、このギフトにはそれがないんだっけ」


 マナは先日の〝グラビティ〟を思い出す。


 マナにとっては初めての怪物との戦闘であったが、電子機器での観測はおろか、銃弾も全く効いていなかった。

 ギフトを集めたくとも、ギフトが宿主を決めるまで捜索が後手に回る要因はそれらに信号がない特徴にある。

 そのためエンドレスシーに介入できる〝ボア〟は、「信号として観測できない部分を持つ人間」という絞り方でギフト持ちであるか判断している。


〈うん。黒い点を持つ人が一人いる。多分例の彼だね。

 犯人は内陸の人身売買組織の末端だ。バスロータリーの軍人が避難誘導を優先している間に向かってくれ。あまり長引くと軍人も参戦しちゃうから。〉

「了解」

 結局余計な仕事が増え、マナこまかみに指先をトントンと当てながら応える。

 〝ラダル〟で爆発の位置を捕捉し、バスロータリーから迅速に出て行く。


 マナは途中で手短にいた不良集団を襲撃してバイクを手に入れる。

 帽子が飛ばされないよう、後ろの留め具をぎゅっと強く締めた。


 右側のミラーはなく、いたるところのカバーが欠け、マフラーにはガムテープが巻かれているGB250クラブマンを走らせた。

「うっわ!なにこの馬鹿みたいな振動‼︎」


 brrrrルルウrrrrアアアァァア‼︎とやけくそのようなエンジンの振動にマナは驚く。

 いや、内陸の乗り物にまともなものはないので当たり前だが、少なくとも乗りながらの発砲は絶対にできない。

 ちなみにメーターは揺れすぎてなにも見えていない。

 不具合は留め具の消失が原因なのか、ハンドルはぎりぎり制御できる。

 捕捉距離までもてばいいとマナは無理矢理取り回した。


 

 しばらく走らせると逆方向に逃げる人々が増えていく。

 爆発もあったのでわざわざ現場に向かうのはマナくらいだ。


 …対象の車が見えてきた。

 前方にワンボックスカーが3台停まっている。

 うち1台が早々に走り出し、残り2台がマナに気が付いて車を後退させてきた。


 ぶつからないよう避けると、ワンボックスカーの窓が開かれた。

 赤色が濁った銃身が向けられる。


 手作りの銃だ。

 レミントンM700を真似ているのだろう。

 素材は粗悪だが威力はそれに近かった。


 ダアァン!!と銃声が響いた。

 発砲のタイミングを〝ラダル〟によって感知し、マナは速度を落として回避する。

 まったく焦りを見せないマナに、相手は車内で「沈没都市の軍人か⁉︎」「いやガキっぽいんだが⁉︎」と混乱していた。


 マナはその隙をついてバイクからワンボックスカーにとりついた。

 彼女に足蹴にされたバイクはそのまま横転し、火花を散らしながら大破する。


 ワンボックスカーの屋根に膝をつき、リュックからSIG M18取り出した。

〝ラダル〟で後部席に潜む攻撃役の熱を感知し、発砲する。

 一発で頭部を撃ち抜き、次いでマナを撃つために開けられた窓から侵入した。


「なんだテメェ‼︎」


 運転手の男から陳腐な怒号が飛ぶが、二言目を吐く前に男の首に穴があけられた。

 車が制御を失わないようハンドルを抑え、座先を後ろに下げる。

 死んだ男の両足を開かせて座り車を操る。



 前を走るもう一台のワンボックスカーはマナに車を奪われたことに気が付き、今度はバックドアを開けてお手製のライフルを向けてきた。

 マナはスピードを上げサイドミラーがぶつかるぐらいの距離を詰めて並走する。

 相手が仕掛けて来る前にハンドガンを持ち替え、相手の運転手の頭部を撃ち抜いた。

 追い抜かす際、車の後部を相手の車体にぶつけて横転させる。


 最後の一台。

 あれに対象もろとも、例の学校の生徒が数人乗っているようだ。


 リアガラスから見えるに連れ去られたのは3人。

 体格から推測するに後部座席に犯人が2人。運転席に1人。


 誰がギフト持ちの少年かマナには分からないので、とりあえず全員助けることにする。



 〝ラダル〟で熱感知と相手の動作、聴こえる声の響き方で撃つべき相手を的確に捉えた。


 先ほどのGB250クラブマンのように、車体が馬鹿みたいに揺れていると運転を支える片腕の問題があって発砲できないが、片腕で運転できる程度に車が安定していれば走行中でも発砲は可能だ。

 運転する車のフロントガラスをカーアームズで破壊した後、SIG M18に持ち直す。

 連れ去られた生徒に当たらないよう後部座席の犯人へ発砲した。



 一方正体不明の敵によって仲間の二台が壊された誘拐犯たちは戦々恐々と騒いでいた。

「おい!!なんなんだよ!あれ‼︎」

「一人だよな⁉︎テメェら、誰か軍人に通報したんだろ!?」

 誘拐犯の男が縛り付けた少年の一人の頭を殴った。

 呻き声を上げた少年にかぶさって、一人の女性が「やめて!!」と叫ぶ。

「通報なんてできるわけないでしょう⁉︎そんな媒体持っていないし、あなたたちが急に襲ってきたんじゃない‼︎」

「うるせぇな殺すぞ‼︎」


 口答えをした女性の首を掴み、男が凄んだ。

 しかし、そんな男の全身がのけぞり、力を失ってそのまま女性に倒れ込む。


「きゃあ⁉︎」

 女性は驚いて悲鳴を上げるが微動だに動かなくなった男に声を失くす。


「おい!!撃たれてる!!リアガラス開けろ!都市の軍人なら、こいつら人質にすれば――ッッ…」

 後部座席のもう一人がそう運転手に声をかけるが、途中で頭が横に振りきられ、車の壁に沿って倒れた。

「ああ!!おい、なんなんだよ‼︎おい‼︎説明しろよ‼︎」

 残った運転手がパニックになって死んだ仲間に叫んだ。

 後ろを確認しようと前方が不注意になり、そのままカーブの壁にぶつかってしまう。


 ガシャアアアア‼︎

 とワンボックスカーが凄まじい音を上げて停止した。


 マナは速度を落として停車させ、武器を全てリュックにしまってから降りた。

 脅威はない。誘拐犯はみんな始末できたと〝ラダル〟が教えている。


(死んでなきゃいいけど)


 ギフト所持者が死亡すると、先日の〝グラビティ〟と同様黒い繭状になる。

 しかし、〝ボア〟が欲しいのはギフトの使用データだ。

 〝グラビティ〟のように怪物化されればデータは十分だが回収がより一層困難であり、未使用のまま死亡されれば再度宿主を探す手間が増える。

 そのため、できることなら現状の宿主にギフトを使って欲しい、というのが〝ボア〟の方針だ。



 マナはロックの外れているリアガラスに気づき、歪んだドアに手をかける。

 もとより壊れかけの素材だ。開けようと上にあげると、途中でガタ、と外れてしまった。

 重さが手にかかり、マナはそのまま地面に落として倒す。

 ガジャン!とガラスが割れる音も気にせず、倉庫の中を確認するような表情でマナは車内を確認していく。

 

 後部座席を全部倒して人質を収容していたようだ。

 人質と思われる一人は後部座席と運転席の間に落ちている。

 手前に人が積み重なり、仰向けになって目を回す少年は気絶した女性と射殺した男性の下敷きになっていた。一番上には6、7歳ほどの少女も気絶していた。

 人質はとりあえず、全員生きている。


 少年の顔を、マナはじっと見つめる。

 間違いない。彼は〝ボア〟から指示されている対象の少年だ。


 マナはまず一番上の少女を車から降ろす。ガラスなどの破片がないところへ寝かせ、また車へ戻る。誘拐犯の男のことは雑に掴んで引っ張った。


「‥‥はれ‥‥生きてる…」


 うわ言のように少年が声を漏らしたので、マナは一度手を止める。


 少年は意識が明確になっていくと、焦点も定まった。

 マナと目が合い、食い入るように彼女を見つめる。

 


 温和な整った顔立ちをした少女はゴミ袋でも降ろすような仕草で、平静で…、だが実際は誘拐犯をどしゃっと車から落とす光景なので異様だ。



 誰だ…なにしてんだ…

 声にならなくとも少年の顔にはそう書いてある。


 

 異様さを感じられているとは露とも思わず。

 マナは得意の、朗らかな笑みを浮かべた。

「初めまして。私はマナ。君、名前なんていうの?あ、今助けてあげるから待っててね」


 まずは第一段階。彼と友好的な関係を作る。

 マナは誘拐犯から手を離してサクタへ手を差し出し、挨拶をする。


 混乱している少年は、絶対に今じゃない自己紹介に困惑しながらも素直に答えた。


「辺銀(ペンギン)朔太(サクタ)です…。はじめまして…」


 だがさすがに握手まではしなかった。


―――――――――――


 物家の殻となったアパートの陰で、女性が一人息を切らしてマナたちを見ていた。


 日本人らしい黒髪と瞳に、アジア人の女性にしてはスラリとした長身。

 はつらつとした表情に魅力のある20代半ばの女性だ。


 彼女はピアス型の通信機を使って状況を伝える。

「あの回避能力と、遮蔽物越しに敵を捉える能力…多分〝ラダル〟じゃないかな」


 彼女がそう言うと、通信相手は「絶対にギフトを起動させないように」と警告した。


 女性は苦笑を浮かべて「勿論」と返す。

「この距離だと起動した瞬間にバレちゃうね。…でも、様子を見るに今すぐ連れて行く感じはしないよ?それも…もしかしたらあの女の子一人なのかな?」


 女性は短い黒髪を耳にかけて息を整えた。

 誘拐された少年を足(・)で(・)追いかけたが、新手の少女が車両で追いかけ抗争に発展したため巻き込まれないよう立ち回りに苦労した。


 通信相手は少し黙った後、女性に指示を出す。


〈あ(・)い(・)つ(・)ら(・)はギフトを使わせることを優先しているのかもしれない。少年を保護するために俺達が出てきて〝ラダル〟所持者と抗争するならそれでいいと〉

「くえないよねぇ」

〈全くだ。だからまだ慎重に動いてくれ。俺達が動くことで少年の回収が早まることだけは避けたい。――最悪は、少年にとって我々が誘拐犯になったとしても、なりふりかまわず保護してくれ〉


 女性はもう一度「勿論」と先ほどより低い声音で答える。


「大丈夫。私のギフトは速さだけは負けないからね」



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