表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
Causal flood   作者: 山羊原 唱
3/19

2話 始まりはすでに

 深夜、日本海側から上陸したマナは、海岸にねじろを構える不良集団に気づかれないよう、こっそり内陸へ進んだ。

 マナを運んだ組織の潜水艇は自動で海中に戻って姿を暗ませる。


 基本、沈没都市のない海岸は漁師の船か、改造されたペニッシュのどちらかが占拠している。彼女はあえて不良集団のたむろする改造ペニッシュのエリアを選んだ。

(…日本は沈没都市と内陸政府が連携しているせいで、下手に漁師の縄張りから入れないんだよね。資源提供の契約をしている漁師は、その縄張りを都市所属の軍人に護衛を依頼しているから)

 マナは〝ラダル〟を起動させ、襲撃や人の気配に警戒する。

 沈没都市で訓練された軍人はギフト相手でもそれなりに戦えるくらいには腕が立つ。

 とはいえ不良集団の相手をするのも武器や時間の浪費だ。余計な仕事が増えないよう、夜が明ける前に交通機関の生きているエリアを目指した。


 交通機関が生きている、というのも内陸政府と沈没都市に連携がある証でもある。

 交通機関は必ず金属が使われている。内陸の武装集団はそういった金属も強奪して武器に変えるので、西アジアなどにはもう線路はなかった。

 

 駅が解放されると、始発に乗る人々が少しずつ集まった。

 帽子を深くかぶって、マナは周辺を見渡す。

(一見、古びていて壊れかけのものが多いだけの静かな場所だけど…)

 〝ラダル〟の嗅覚では麻薬や火薬の臭いを感じ取れた。

 誰かが持っているのか、使っているのか、明確な騒ぎはなくとも水面下はFageの内陸らしい匂いだ。


 電車に乗り込んで、一時間。

 目的地ではないが、マナはそこで降りた。

 沈没都市の建設により、Fage以前の地図は大きく変わっている。

 沈没都市を中心に内陸の呼び方があり、沈没都市に近い順から、

 ウォームアース(沈没都市寄り)

 ウォームロード(中間地域)

 アースローズ(内陸)

 とされ、マナが降りたのはウォームロード(中間地域)だ。

 目的地はさらに東部ウォームアース(沈没都市寄り)だが、直接そこに行く手段は内陸にはない。

 ウォームアースに入るには身元証明と検閲が必要なため、次はバスに乗り換える必要があった。


 ゾンビ映画に出てきそうなほど損傷の激しいバスロータリーだ。

 沈没都市に行くバスもあるので沈没都市所属の軍人が数人巡回している。

 マナのリュックには彼らと同等の武器が入っているので、怪しまれないよう人畜無害な態度を心掛ける。

 もとより、マナの容姿を見れば、ウォームアース(沈没都市寄り)の住民か沈没都市の研修生くらいに思われるだろう。

 彼女の穏やかで整った顔立ちと理性的な立ち居振る舞いを怪しんだ者はいなかった。


 リュックのなかみを全く悟らせない、無害な空気感を作り出せるのは彼女の得意なことでもある。


 さて、自分の乗るバス停は…と顔を巡らせると――


―――――ドオオォォン‼

 とバスロータリーから数キロ離れた場所で、自動車が飛ぶような爆発が起きた。


 このバスロータリーは沈没都市の研究者や支援員なども利用する。

 実際にそういった人物たちがいるのだろう。巡回の警備員が即刻護衛のため彼らの避難誘導にあたっている。


 マナはひとまず建物の影に隠れ、様子を窺う。

(…沈没都市の住民ナンバーを持っていないから、避難先で軍人に検閲されるかも)

 リュックの中には沈没都市の軍人と遜色ない武装がぎっちり収まっている。沈没都市への危険因子として判断されればその場で射殺である。

 〝ボア〟は〝エンドレスシー〟に介入できる術があるため、偽装要請を頼もうとすると、タイミング良く〝ボア〟の方から連絡がきた。

 マナの耳裏には培養皮膚シールが貼られている。声の振動を信号化して伝達できるもので、〝ボア〟との唯一の連絡手段だ。

〈マナ。ちょっといいかな。〉

「ちょうどこっちも連絡しようと思っていたところだよ。お先にどうぞ」

〈君の要望は恐らく必要ないよ。実はそっちでね、ウォームアース所属七草学園の生徒が数人誘拐された。農業サポートの帰りだったみたいだね。〉

「‥…まさか」

 ウォームアース所属七草学園とは、日本のギフト持ちの少年の通う学校だ。

 沈没都市への移住試験を目的としているため、内陸の学校にしては学力を求められる。

 そこの生徒が誘拐され、――わざわざマナに直接連絡が来る、という事態にマナは目を座らせる。

「対象も誘拐された?」

〈車の信号波から確認してみたら、誘拐された人間の中にギフト持ち特有の〝観測できない穴〟のある一人がいるんだ。〉

「…熱量のあるものは全て信号を持つけれど、このギフトにはそれがない。エンドレスシーで人は光のような炎として観測されるんだっけ?」

 マナは先日の〝グラビティ〟を思い出す。


 マナにとっては初めての怪物との戦闘であったが、電子機器での観測はおろか、銃弾も全く効いていなかった。

 ギフトを集めたくとも、ギフトが宿主を決めるまで捜索が後手に回る要因は、それらに信号がない特徴にある。

 そのためエンドレスシーに介入できる〝ボア〟は、「信号として観測できない部分を持つ人間」という絞り方でギフト持ちであるか判断している。


〈うん。その炎に黒い点を持つ人が一人いる。犯人は内陸の人身売買組織の末端だ。バスロータリーの軍人が避難誘導を優先している間に向かってくれ。あまり長引くと軍人も参戦しちゃうから。〉

「了解」

 結局余計な仕事が増え、マナこまかみに指先をトントンと当てながら応える。

 〝ラダル〟で爆発の位置を捕捉し、バスロータリーから迅速に出て行く。


 途中で手短にいた不良集団を襲撃してバイクを手に入れる。

 帽子が飛ばされないよう、後ろの留め具をぎゅっと強く締めた。

 右側のミラーはなく、いたるところのカバーが欠け、マフラーにはガムテープが巻かれているGB250クラブマンを走らせた。

「うっわ!なにこの馬鹿みたいな振動‼」

 brrrrルルウrrrrアアアァァア‼とやけくそのようなエンジンの振動にマナは驚く。

 いや、内陸の乗り物にまともなものはないので当たり前だが、少なくとも乗りながらの発砲は絶対にできない。

 ちなみにメーターは揺れすぎてなにも見えていない。

 不具合は留め具の消失が原因なのか、ハンドルはぎりぎり制御できる。

 捕捉距離までもてばいいと、マナは無理矢理取り回した。


 

 5分ほど走らせると逆方向に逃げる人々が増えていく。

 爆発もあったのでわざわざ現場に向かうのはマナくらいだ。

 前方にワンボックスカーが3台。

 うち1台が早々に走り出し、残り2台がマナに気が付いて車を後退させてきた。


 ぶつからないよう避けて並走すると、ワンボックスカーの窓が開かれた。

 赤色が濁った銃身が向けられる。

 手作りの銃だ。レミントンM700を真似ているのだろう。素材は粗悪だが威力はそれに近かった。

 ダアァン‼と銃声が響いた。

 発砲のタイミングを〝ラダル〟によって感知し、速度を落として回避する。

 まったく焦りを見せないマナに、相手は車内で「沈没都市の軍人か⁉」「いやガキっぽいんだが⁉」と混乱していた。

 マナはその隙をついてバイクからワンボックスカーにとりついた。

 バイクはそのまま横転し、火花を散らしながら大破する。


 ワンボックスカーの屋根に膝をつき、リュックからSIG M18取り出した。

〝ラダル〟で後部席に潜む攻撃役の熱を感知し、発砲する。

 一発で頭部を撃ち抜き、次いでマナを撃つために開けた窓から侵入した。

「なんだテメェ‼」

 運転手の男から陳腐な怒号が飛ぶが、二言目には男の首に穴があけられた。

 車が制御を失わないようハンドルを抑え、座先を後ろに下げた。

 死んだ男の膝を開かせて座り、車を操る。


 前を走るもう一台のワンボックスカーはマナに車を奪われたことに気が付き、今度はバックドアを開けてお手製のライフルを向けてきた。

 マナはスピードを上げサイドミラーがぶつかるぐらいの距離を詰めて並走する。

 相手が仕掛けて来る前にハンドガンを持ち替え、相手の運転手の頭部を撃ち抜いた。

 追い抜かす際、車の後部を相手の車体にぶつけて横転させる。


 最後の一台。

 あれに対象もろとも、例の学校の生徒が数人乗っているようだ。

 リアガラスから見えるに、連れ去られたのは3人。

 体格から推測するに、後部座席に犯人が2人。運転席に1人。

 誰がギフト持ちの少年か分からないので、とりあえず全員助けることにする。


 〝ラダル〟は簡易的に使うなら感覚を強化させられる。熱感知と相手の動作、聴こえる声の響き方で撃つべき相手を的確に感覚で捉えた。

 先ほどのGB250クラブマンのように、車体が馬鹿みたいに揺れていると運転を支える片腕の問題があって発砲できないが、片腕で運転できる程度に車が安定していれば走行中でも発砲は可能だ。

 運転する車のフロントガラスをカーアームズで破壊した後、SIG M18に持ち直す。

 連れ去られた生徒に当たらないよう後部座席の犯人へ発砲した。


 一方正体不明の敵によって仲間の二台が壊された誘拐犯たちは戦々恐々と騒いでいた。

「おい‼なんなんだよ‼あれ‼」

「一人だよな⁉テメェら、誰か軍人に通報したんだろ⁉」

 誘拐犯の男が縛り付けた少年の一人の頭を殴った。

 呻き声を上げた少年にかぶさって、一人の女性が「やめて‼」と叫ぶ。

「通報なんてできるわけないでしょう⁉そんな媒体持っていないし、あなたたちが急に襲ってきたんじゃない‼」

「うるせぇな殺すぞ‼」

 口答えをした女性の首を掴み、男が凄んだ。

 しかし、そんな男の全身がのけぞり、力を失ってそのまま女性に倒れ込んだ。

「きゃあ⁉」

 女性は驚いて悲鳴を上げるが、微動だに動かなくなった男に声を失くす。

「おい‼撃たれてる‼リアガラス開けろ!都市の軍人なら、こいつら人質にすれば――ッッ…」

 後部座席のもう一人がそう運転手に声をかけるが、途中で頭が横に振りきられ、車の壁に沿って倒れた。

「ああ⁉おい、なんなんだよ‼おい‼説明しろよ‼」

 残った運転手がパニックになって、死んだ仲間に叫んだ。

 後ろを確認しようと前方が不注意になり、そのままカーブの壁にぶつかってしまう。


 ガシャアアアア‼

 とワンボックスカーが凄まじい音を上げて停止した。


 マナは速度を落として停車させ、武器を全てリュックにしまってから降りた。

 もう脅威を感知していない。


(死んでなきゃいいけど)

 ギフト所持者が死亡すると、先日の〝グラビティ〟と同様黒い繭状になる。

 しかし、〝ボア〟が欲しいのはギフトの使用データなので、少年がギフトを未使用のまま死亡してしまうと、他の誰かにその機能を宿らせる必要がある。

 〝グラビティ〟のように怪物化されれば回収がより一層困難であり、未使用のまま死亡されれば再度宿主を探す手間が増える。

 そのため、できることなら現状の宿主にギフトを使って欲しい、というのが〝ボア〟の方針だ。


 マナはロックの外れているリアガラスに気づき、歪んだドアに手をかける。

 もとより壊れかけの素材だ。開けようと上にあげると、途中でガタ、と外れてしまった。

 重さが手にかかり、マナはそのまま地面に落として倒す。

 ガジャン!とガラスが割れる音も気にせず、倉庫の中を確認するような表情でマナは車内を確認していく。

 

 後部座席を全部倒して人質を収容していたようだ。

 人質と思われる一人は後部座席と運転席の間に落ちている。

 手前に人が積み重なり、仰向けの少年の上に気絶し女性と射殺した男性が乗っている。

 目を回している少年の顔を、マナはじっと見つめる。

 彼は〝ボア〟から指示されている対象の少年だ。


 呼吸を確認したので少年の上に積み重なる男を退かそうと手を伸ばした。

「‥‥はれ‥‥生きてる…」

 うわ言のように、少年が声を漏らした。

 意識が明確になっていくと、焦点も定まった。


 マナと目があった少年は、食い入るように彼女を見つめる。

 

 温和な整った顔立ちをした少女は片づけでもしているかのように平静で、でもその手が握っているのは男の死体だ。異様すぎる。

 誰だ…なにしてんだ…

 声にならなくとも少年の顔にはそう書いてある。


 マナは得意の、朗らかな笑みを浮かべた。

「初めまして。私はマナ。君、名前なんていうの?あ、今助けてあげるから待っててね」

 まずは第一段階。

 友好的な関係を作るため、マナは男を車の外へひきずり下ろしながら挨拶をする。


 混乱している少年は、絶対に今じゃない自己紹介に困惑しながらも素直に答えた。

辺銀(ペンギン)朔太(サクタ)です…。はじめまして…」




―――――――――――


 物家の殻となったアパートの陰で、女性が一人息を切らしてマナたちを見ていた。

 日本人らしい黒髪と瞳に、アジア人の女性にしてはスラリとした長身。

 はつらつとした表情に魅力のある20代半ばの女性だ。

 彼女はピアス型の通信機を使って状況を伝える。

「あの回避能力と、遮蔽物越しに敵を捉える能力…多分〝ラダル〟じゃないかな」

 彼女がそう言うと、通信相手は「絶対にギフトを起動させないように」と警告する。

 女性は苦笑を浮かべて「勿論」と返す。

「この距離だと起動した瞬間にバレちゃうね。…でも、様子を見るに今すぐ連れて行く感じはしないよ?それも…もしかしたらあの女の子一人なのかな?」

 女性は短い黒髪を耳にかけて息を整えた。

 誘拐された少年を足で追いかけたが、新手の少女が車両で追いかけ抗争に発展したため、巻き込まれないよう苦労したのだ。


 通信相手は少し黙った後、女性に指示を出す。

()()()()はギフトを使わせることを優先しているのかもしれない。少年を保護するために俺達が出てきて、〝ラダル〟所持者と抗争するならそれでいいと〉

「くえないよねぇ」

〈全くだ。だからまだ慎重に動いてくれ。俺達が動くことで少年の回収が早まることだけは避けたい。――最悪は、少年にとって我々が誘拐犯になったとしても、なりふりかまわず保護してくれ〉

 女性はもう一度「勿論」と先ほどより低い声音で答える。

「大丈夫。私のギフトは速さだけは負けないからね。いざって時はこの世界の誰よりも早く駆けつけるよ」



評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ