表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
Causal flood   作者: 山羊原 唱
28/43

21話 導線の先で

「インドを経由してきただぁ⁉よく全員五体満足で来られたな‥‥」

 リーヴスはジアンが勝手な動きができないよう前を歩かせながらエレナたちの旅路を聞き、驚いていた。


 リーヴスの驚きに理解できないコアとペトラは顔を見合し、コアがリーヴスに「内陸の治安なんてどこも似てるでしょ?」と尋ねる。


 リーヴスは軽く首を振った。

「インドだけじゃないが、沈没都市の政策や法の中にはもともと国の思想として受け入れられないものがいくつもある。それでも沈没都市を建設したのは〝焦り〟があったからだ」


 ジアンを先頭にリーヴス、コア、ペトラ、エディ、サラとルカは手を繋ぎ、エレナ、ガヴェリ、イルファーンが並び、ベンガル湾を目指す。

 道中武装集団に2回ほど遭遇するもことなく先へ進めている。

 とはいえ体力的に消耗はしていくので、リーヴスとイルファーンがなるべく危険の少ないルートを相談し、子供たちがバテないよう休憩も度々挟んだ。


 リーヴスは片手を上げて一同に止まるよう合図を出し、木陰に誘導する。

 コアから電子コンパスを見せてもらい、方角とソーマの位置を確認する。


「沈没都市を最初に受け入れたのはヨーロッパ諸国だ。どの国にもスパイが潜んでいたワケだが沈没都市内部の調査が全くできなくない上、サイバー攻撃が一切通らない。〝MSS〟の政策なんて二の次で、とにかく同レベルの技術を取り入れることを優先した」

 リーヴスの話しに、ペトラは目を閉じて聞こえないフリをするがコアは熱心に聞く。そしてリーヴスの言った〝焦り〟に理解が至る。

「沈没都市を国力にできると思い込んだってことか」

「お前たち世代からすりゃそんなんあり得ねぇだろって思うだろうが、当初は〝MSS〟のつくったエンドレスシーが人間サマを遥かに凌駕していたとは思われなかったんだ。なにせもとは教育AIだったからな」

「もとは教育AIだったの?…そんなAIが犠牲を払ってでも沈没都市を造るべきだと判断したのは、それだけ月のホテルの一件はよほど深刻な問題だったってことなんだね。沈没都市を造るってだけでもかなりの犠牲が出たはずだろうに」

「ほぅん。良いとこに目ぇついてんな。内陸の人間からは〝MSS〟最初の犯罪なんて言われることもあるのが資源回収だ。内陸で起こった犠牲を正当化する気はないんだが…、なんで今でも内陸政府が鉄資源の武器を隠し持てているか分かるか?」


 アロンエドゥを含め、内陸には鉄を使った武器を持っている機関が複数存在する。エンドレスシーではつつぬけであるそれらがなぜ今も存在がゆるされているのか、コアは顎に手を当ててじっくり考えた。


「…理念のために〝MSS〟がわざと見逃した?」

 リーヴスとの会話が楽しいようでコアは目を光らせて答えた。

 憧憬の念を感じるその眼差しにリーヴスはほんの少しだけ後ろめたい気持ちを感じながら頷く。

「正解だ。〝MSS〟はあくまで人間のために存在するAIだ。資源回収による一般の犠牲者を少なくするためにそういった機関を見逃すしかなかった。武器に関してだけ言えば、警察とか内陸の保安機関のことだ。つまるところ、〝MSS〟が人間にできない規模で理念を実現させ、犠牲を抑えたそのヤバさを当時どれだけ理解されていたかでFageの在り方が決まってるわけだ」


 内陸での犠牲を正当化する気はない。

 リーヴスが内陸出身者の一同に対して気遣う前置きをして、コアは彼の人柄に善良さを感じた。


 〝MSS〟を理解していたものは理解の上、大国からの侵略を恐れ〝MSS〟の加護を取り入れた。現在は他国の内陸政府からの侵略を防いでいる。

 理解するに至らず〝MSS〟を取り入れたものは力の限り悔やんだ。現在では沈没都市へ質の悪い嫌がらせをするのに躍起だ。

 理解したため〝MSS〟を最悪の脅威だと認識したものは旧式の力だけを残した。現在は国力をみるみる落とし、沈没都市への反発心を糧に国の崩壊を防いでいる。


 Fageの大まかな要点を、コアをぶつぶつと呟いてまとめる。


 リーヴスとコアの会話にその場の面子のほとんどが苦い顔をしている。そんな中、サラはリーヴスの話しについていくコアにキラキラとした瞳を向ける。

 こそこそとルカに「コアってすごいねぇ」と話しかけると彼は眠そうに目を瞬かせて「ねむいねぇ」と頓珍漢な返答をする。

 

「沈没都市を建設するには海に面していることが必須条件だが、例えばロシアや中国みたいな大国は沈没都市の本質を見抜いて取り入れなかった。まぁ沈没都市のある国に攻め込むことも対等な交易もできなくなったから、どちらにせよ……なんの話だった?」

「なんでインド内陸の経由に驚いたのかって話しだよ」


 いつもであったらコアがペトラに「説明が長い!一行で終わらせて」と言われる側なので、コアは少しおかしそうに笑った。


 コアが予想以上に食いついてきたのでつい話し込んでしまった。リーヴスはンン!と咳払いをしてから続けた。

「思想的にタブーだって気づいた時から沈没都市のある内陸の治安は他の内陸より悪質なんだよ。マジで。インドなんてウォームアース(都市寄り)っつーエリアは存在しない。犬を使って自爆するわ、内陸でてきとうに誘拐した赤ん坊の死体を大量に放棄したりするわ、挙げて行けば暇がねぇ」


 コアはふむ、と顎に手を当てた。

 自分たちの故郷も中々厳しいところがあったが、ウォームアースがあるだけマシだったのかと思った。

 そんな状況下を通過してきたというエレナと双子が無傷でいることがリーヴスにとって驚きらしい。


 後ろの方で――それまで目の周りに小鳥が舞っていた――カヴェリがフフンと得意げに笑顔を浮かべた。

「ミャンマーまではティヤが一緒だったからな。俺らを襲ってきた連中はティヤが高笑いしながら一人残らず金に換えてたぜ?」

「‥‥。なるほどな。治安の悪い奴以上に悪い奴がお仲間にいたワケかよ」

 リーヴスはどん引きしながらサラとルカをチラリと見た。

 二人の綺麗な顔立ちはそのティヤという男性似らしいが、あの顔でそんなあくどいことを笑ってできるとは、間違いなく内陸育ちだなと内心で呟いておく。


 あと2キロほどで海には出られるが、日が大分暮れてきた。

 この辺りで野営をしようと考えていたがその矢先。

 前方にはそれなりに大きなキャンプがあった。

 ただの内陸の武装集団であれば石や木材を使った武器だ。だがそのキャンプ地にいるのは旧式とはいえ銃器系統を持っている。

 となれば大方アロンエドゥだろう。

 それに、リーヴスは他のものにも目を留めていた。

「あの木箱に入った大量の花…」

 リーヴスが沈没都市を出る前に耳に入った情報を思い返す。



 後ろでコアやペトラも警戒心を高めて息を潜めている。

 ここで野営するのはあまりに危険が過ぎると全員が思っているだろう。


 一度引き返そうと…――「ぶぅゥえッッくしょぃッッッ‼」とジアンが大きめのくしゃみをした。

 無論、向こうのアロンエドゥに聞こえた。


 全員がコイツ…‼と内心で叫ぶが、ジアンはズズ、と鼻をすすってウィンクする。

「ごめんごめん。だってホラ、僕今縛られてるし」



「誰かいるぞ‼」

「捕まえろ捕まえろ‼」

 警戒と愉悦の声がアロンエドゥ内で広がり、あちらこちらにライトを照らし始めた。


 青筋を深く刻んでリーヴスは強く舌打ちをする。

「後で覚えてろこの馬鹿野郎!――しょうがない。イルファーン、俺とここのアロンエドゥを片付けるぞ。エディはここで伏せて待機。コア、ペトラはちびたちを連れて離脱。あとそこの馬鹿野郎もな‼」

 手早く二手に分かれる指示を出し、リーヴスは最後にジアンにビッシ‼と指を差した。



 イルファーンは適当に枝を拾い、いつもの石柱くらいの大きさに変える。

 コアとペトラはサラとルカに頼んでフルートから武器を作ってもらった。


 コアが先頭になりその後をエレナ、サラ、ルカ、カヴェリ、そしてジアンに剣先を突きつけてペトラが続いた。

 彼らの隊列を守るためリーヴスとイルファーンが前衛に出る。


 隣に立つイルファーンに、アロンエドゥから銃口を向けられる中リーヴスは視線も向けずに話しかけた。

「てめぇの素性だけマジでわけが分からんのだが」

「生まれも育ちも内陸ですよ。とんでもない山奥でしたけれど。誠心誠意修行していたら波動を感じ取れるようになってギフトと遭遇したんです」

「つまりあれだよな。食うものもねぇ山奥で遭難してたら幻聴が聞こえて、ついでに黒い雲に遭遇したんだな?」

「ハハハ。ハハハ。つまらないこと言ってないで。ほら、撃たれますよ」

 イルファーンは棒読みの笑いを挟み、丸太を構えた。

 実は結構安直な素性なのではないかと思ったリーヴスだが、それは後でつっついてやることにした。

 人間離れした二人の戦闘を後ろから眺めつつ、エディは額に流れる汗を拭う。リーヴスの人員配置が的確で少し悔しいが助かっていた。

 〝ミエ〟を持つジアンには未だ敵意があった。隙あらば起動させようとするその攻撃的な力を抑えるのでやっとであったから。



――――――

 コアは先頭を走り、木の枝や藪を切り開き足元の注意を後方の仲間に促す。

 エレナはコアを見失わないよう集中し、子供たちの手を引く。

 子供たちが斜面に足を取られそうな時は後ろからカヴェリが支える。


 しかし、両腕の自由を奪われているジアンはその斜面に足を取られた。

「わ」

「ちょぉー‼」

 慌ててペトラが手を伸ばしたが咄嗟だったためジアンごと斜面に滑り落ちてしまった。



「――!やべ‼コア!ペトラが!」

 いち早くカヴェリが気付くも、ペトラとジアンは暗闇の底へ姿を消していた。

 コアも一瞬足を止めたが、彼女の強さを信じて構わなかった。

「灯りを使って探すわけにはいかない。進もう!足を止めないで!」

 一同に罪悪感と躊躇いが生じたが藪の木に何発か銃弾が当たり、逃げることを優先した。

 


 コアたちを追いかけた3人の男たちはてきとうに撃って彼らの出方を待つ。

 草一本動く気配がない。

 銃を持っていなくとも場慣れしている連中だと男たちは思った。

 男たちは顔を見合わせ、彼らを誘い出すことにする。


「わかったわかった‼もう撃たねーよ!ウチのキャンプに残ってたのは男だったが逃げたのは女か?女だったら殺さねーし、男ならウチに入れてやるよ‼」


 もう二人の男が楽しそうに笑いを堪えている。


 ――狩られる側とも知らずに。



「もうちょい右。んで上。そこ。当たるぜ」

 恐ろしく夜目が利くカヴェリは〝フルート〟を弓矢にして構えるコアにそう教えると、コアは矢を放った。


 男の一人の肘から下の両腕が、ガチャン‼とM1カービンごと地面に落ちた。

 自分の腕が落ちたことに一拍置いて気づき、動物のような悲鳴を上げてのたうちまわる。

 残り二人から笑みが消え、乱射を始めた。

 しかし粗悪品しかない内陸の銃弾はコアとカヴェリの隠れる大木を貫くことはできなかった。

 それどころか木に当たって粉砕している。


 コアとカヴェリは乱射が終わるまで鉄のような忍耐で待った。

 エレナたち子供らは近くの地面に〝フルート〟で作った蝶番の盾を屋根にして潜っている。コアの声が聞こえればサラが〝フルート〟の形を変えることができるので、相手の動き方によってはカヴェリが蝶番の盾を携え注意を引き、コアが射つつもりだった。

 しかし二人の男たちはその場から動かず背中を合わせて乱射を続けている。


 馬鹿ではないが臆病なやり口だ。

 コアとカヴェリは無言でうなずきそのまま木を登った。

 カヴェリの指示でコアは木の上からまず一本、上に向けて放つ。

 そしてその後男の一人に狙いを定め、鎖骨から胸部に差し込まれる一本を射った。

 ぎりぎり即死しない位置だ。しかし男はとてもではないがM1カービンを持つことはできず地面に膝をついた。

 仲間が倒れたがこれで矢の角度は分かった。最後の男が銃口をコアたちのいる方向へ向けた、次の瞬間。


「サラ。盾」


 すでにコアの声はサラに届いていた。


 最後の男の真上で、先ほど放った矢が蝶番の盾に姿を変え、急降下した。

 ゴッッッ‼と男の脳天で痛々しい音が響き、トリガーに引っかかった指のせいで銃口から数発発砲される。

 カヴェリが念のためルカの〝フルート〟で作った蝶番でコアと自分を守っていたが、杞憂だったくらい銃弾はあらぬ方向へ飛んでいく。


 カヴェリが辺りを見渡して追手は他にいないことを確認すると二人は木から降りた。

 コアが声をかけると、隣の木の根元あたりがもご・・・、と動き、コアとカヴェリがそれを持ち上げた。

 エレナたちが顔を出すとルカが「もうつかれたよぉ…」とべそをかきながら身を守っていた盾を解いた。そしてエレナの懐に抱き着き動かなくなる。

 エレナは困った顔で抱いてやる。自力で走れなければ子供たちの一人はカヴェリが抱えることになる。そうなれば今のようにコアをサポートするのは難しい。

 片割れの背中をサラが小さな手で撫でている。気丈なサラも目を擦っているので、体力の限界がきているとコアは感じた。


 カヴェリの持つ蝶番型の盾と自分の手に持つ弓に目を落とした。

(強度は弱くなってない。眠ってしまっても作った武器を維持することは可能なんだ)

 声をかける前にルカが蝶番型の盾を一つ解いてしまったが、残された武器たちは使えそうだ。

 しかし今のルカみたく寝入ってしまえば臨機応変に武器の変更はできない。

 これ以上サラに頼らないことを踏まえれば、残された武器はコアの持つ弓矢とカヴェリの盾。

 そしてペトラの〝ツヴァイハンダー〟長剣となる。

 すっかり日が沈み辺りは完全な闇夜だ。歩き回れば夜目の効くカヴェリが彼女を見つけられるかもしれないが、アロンエドゥたちの脅威をリーヴスが取り払わない限り迂闊に動けない。


 彼女を信じていても内心では気がかりでしょうがなかった。

(死んでないよな)

 ふらついたサラを支えながら、コアは相棒の無事を祈った。





「ここでくしゃみしたらお尻にコレ刺すからね」

「それくしゃみどころじゃなくない?絶叫じゃない?」

 ペトラは滑り落ちた辺りで地面に身を這わせ、アロンエドゥの追跡に息を潜めていた。

 ついでにジアンも同じように腹這いにさせ、チャキ、と剣先を彼の尻に当てて牽制する。


 アロンエドゥは地形を把握しているようで、この崖に近い斜面の方へはやってこない。

 上の方でアロンエドゥらしき声が聞こえてもそれらはすぐに遠ざかった。

(撃ち込んでくるかと思ったけど、素通りされてる)


 目から血が出そうなほど耳を澄ませて相手の行動を感じ取る。彼らの動き方に少し違和感を覚えた。

 ぬめった斜面だがロープ一本あれば昇降できる。

 それが面倒ならアロンエドゥであれば遊びの延長で火薬の10個や20個投げ込んできてもおかしくない。そういう連中だ。


「ねぇ。ちょっと。ねぇ。お尻にそのオシャレな剣がちょっと食い込んでるよ。僕、静かにしてるんだけど。ヘンな声出ちゃうよ。ァン」

 挑発的なほど悠長な甘い声を出すジアンに、ペトラはイラッと青筋を浮かべた。

「二つ以上に割るなら何個に割りたい?」

「お尻?お尻の割れ目の数を聞いてるの?サイコパスだね。こんなところで人のお尻を刻もうとする変態さん。アロンエドゥたち来ないしここから離れようよ。それか、僕は動けないし、君だけでも仲間と合流してその後僕を回収しに来たら?」

 なんだかまるで親切でもしているような言い草だ。

 ペトラは野性の勘で彼の嘘を見抜く。

「私、男の人の嘘は分かるタイプだよ」

「僕が嘘?なんの嘘さ」

「ここ地雷原でしょ」

「‥‥」

 ヘラヘラしていたジアンは静かに口を閉じた。


 いつも満開の花のような笑顔でいるペトラにしては珍しく、殺気に近いくらい冷たい眼差しでジアンの後頭部を睨みつける。

「大人しく転がってくれたなとは思ったんだよね。口はよく回るくせに全然動こうとしない。泥蛇の兵士なら内陸の危険地帯も把握済みなのかな。私一人歩かせて自滅させようとしたでしょ」

「上手に地雷を避ければダイジョウブだよ。それに大した数はないさ。カミサマに祈りながら歩けばきっと助けてくれるよ」

 皮肉と嘲笑をたっぷりと含ませて、彼は愉しそうに笑った。


「神様が本当にいたとしても、私のことはもう助けてくれないよ」


 皮肉には皮肉が返ってくると思っていたので、彼女の発言はジアンにとっては予想外だった。少し興味を引かれた。

「へぇ。どうして?」

「私の幸運はもう全部使っちゃったからね。だからあとは自力でなんとかしないといけないの。言ったでしょ。私はね、できることは全部やるんだよ」

「…なにに全部使ったの?」


 フン、と鼻を鳴らしたペトラだったが、思いの外ジアンが食いつてきたので非常に意地の悪い気持ちになった。

 ニヤァ…、とあからさまな悪意のある笑みを浮かべ、ペトラは言い放った。

「教えない。だって私は変態だから。知りたそうにしているジアンの顔って最高だね?」

「ほんとにそれは変態だよ」

 ジアンは素でひく、と目元を動かした。


 次いでため息をついて――やはり大人しく地面に伏せたままでいる。

(…〝ソルジャー〟って強力だなぁ。〝ミエ〟を起動させようとするたびにひどく疲弊する。あんまり抵抗していると死ぬかもな、これ)

 捕虜となった自分を泥蛇が助けないということは、組織も彼らがジアンを殺さないことを分かっているからだろう。

 泥蛇にギフトを渡さないという手段は彼らにとって唯一強力な一手と言っても良い。

 早計にジアンを殺してギフトの結晶にしてしまえばキヴォトスへの搭載はすぐだ。可能な限りギフト所持者は人間のまま生かすことに越したことはない。

(と、ゆーことは。僕は隙あらば彼らの一人でも道ズレにしておかないとね。〝ボア〟の望むままに。死力を尽くして励みますよ、僕は)

 

 己の使命を今一度胸の中で繰り返す。

 不意に、ペトラの「できることをやらないのは悔しいじゃん」なんて言葉を思い出す。さっき彼女がまた言ったせいかもしれない。

(馬鹿だなぁ。僕のできることは君たちを一人でも多く消すことなのに)

 心の中でもう一度馬鹿だと罵っておく。口に出すと言い負けそうだから。


 ただ。

 彼は彼女の答えが気になったままだ。

 どうしてもう神様は彼女を助けないのか。

 ペトラを殺す時はその答えを聞いてからにしよう、と。

 彼の中に一粒くらいの大きさの好奇心が残った。


――――――


 アロンエドゥの拠点はテントや調理用のかまど、何かを検品する長いテーブル…すべてが粉々にされた。

 人身売買ではないものが取引されるアロンエドゥだったようだ。


 アロンエドゥを壊滅させ、リーヴスは恰幅の良い中年の女を縛り上げて地面に伏せさせていた。

 うねりのある髪をおさげにした女はニヤリと口角を上げる、歯並びの悪い歯が顔を覗かせた。

「ウチのかわいいコたちを皆殺しにしやがって。それもなんだい。そっちのゴミ野郎は。身長を変えられる化け物なんて初めて見るよ」

「奇遇だな。それは俺もだよ」

 女とリーヴスは同時にイルファーンに視線を向けた。


 10歳程度の少年の姿をしていたイルファーンだったが、戦闘の最中30代くらいの男性の姿に変わった。

 周囲のアロンエドゥから怒りと衝撃混じりの「お、アア⁉アア⁉」と叫ばれていた。もはや言葉らしい言葉が思いつかなかったのだろう。

 ジアンに襲撃された後に身体が縮んだイルファーンを見ていたのでリーヴスは驚くことこそないが、ぶっちゃけ今も納得していない。

 大人姿のイルファーンもリーヴスの視線に納得できず「リーヴスだって身体を鋼鉄にできるじゃないですか」と不服を申し立てる。


 女は大口を開け唾液を飛ばしながら笑い転げた。

「ギャッハハハハ‼本当だよッッ‼空でも飛べたらホンモノのアメリカンヒーローだねぇッッ‼」

 唾液と共に血を飛ばしてくる。リーヴスの容赦ない拳骨によってもともと少なかった歯がさらに減らされたのだ。

 顔面を腫らしても悪態をつくのは愉しいようだ。

 その口を閉じさせるようにリーヴスが彼女の口を顎ごと掴んだ。

「悪ぃなぁヒーローじゃなくてよ。俺は元沈没都市の軍人だぜ」

「オッ、ゴブ。ブィハハハっ。まぢかっでないでぇ。ひぃろぉ気取り…、ぉえれぁいにんげん様――ッッオオ‼」

 リーヴスは女を上向かせ握る手に力を込めて黙らせた。

「たまにいんだよな。俺ら沈没都市軍人を正義の味方みたいに思う連中」

 それはこの女と同じように嫉妬と恨みによる認識でもあった。

 しかしコアのキラキラした目を思い出す。物知りな自分を慕うようなその眼差しは、内陸の子供に多くあった。

 そんな眼差しに自分が映る度、舌にこびりつくような苦みを感じた。

「理念のためなら誰でも始末してきた。爆弾背負った妊婦も。大人に指示されて支援員に銃口を向けた子供も。理由があって人を殺すなら結局てめぇらと変わんねぇ。武器を持つ意味が変わるとしたらそうだな。――武器(これ)を自分の力だと思わねぇことだ」


 アロンエドゥのような全ての敵へ。そして鏡のように映る自身へ。

 冷え切った泥の塊のような言葉をぶつけるリーヴスの背中を、イルファーンは黙って静かに見ている。

「いいか。俺の親切心は今の警告だけだ。気ィつけて答えろ」

 暗に――女でも殺すぞという脅しだ。尋問に悪態をつけば即座に殺害することを宣言され、女は歯ぎしりをしてから頷いた。

 女の顎を放り投げるように離し、リーヴスは積み上げられた木箱を指差す。

「あの花、どうするつもりだ?」


 木箱に入った大量の花。

 中心は淡い青に染まった薄紅の花。

 形はネモフィラに似ている。


 あれが何であるかリーヴスは既知であった。

 リーヴスもそうだがアロンエドゥもあれに銃弾が当たらないよう気を付けていたその理由。


 イルファーンは警戒の入り混じった声で尋ねた。

「見たことのない花です。木箱の近くに行くなとリーヴスは先ほど俺に言いました。それは――…」

「バカみたいに可燃性の高い、Fageの新種の花だ。俺が沈没都市を出る直前あたりで耳に入った情報でな。生花の状態でも火の粉が当たれば爆発並の発火ができるらしい」

 リーヴスの答えに、イルファーンは珍しく顔をこわばらせた。

 それはそうだろう。


 ワインでも運搬するのかというくらいの箱が五つ。

 それらにぎっしりと花が詰められているのなら。

 銃弾の一発も当たればここら一帯削り取るような爆発が起こる。


 そんな危険物をあんなに集め、一体どうするつもりだったのか。

 女はジロリと横目でリーヴスを見てから飽きもせずに嗤笑を浮かべる。

「どうもこうも。ウチらがやることなんて沈没都市にマッチを投げることくらいさ。いつも通りだよ。でも花じゃまとまりが悪いだろ?だから潰して凝縮させた後適当に入れ物に入れるのさ。配線作って火種を送り込んで、時差で爆発するよう加工してたんだよ。ウチには器用な奴が何人かいたからね。てめぇらが殺しちまったけどよ」

「殺して欲しくなかったのならエプロンくらい着けとけよ。職人だって分かりやすくな」

「ハァッッッッ‼アハハハハ‼それ他の連中にも教えておけよ‼エプロン着けてたら殺さないってなあッッッッ‼」

 癇癪のように笑う女に、さすがのイルファーンも不快そうに眉間に小さな皺を作っていた。

 リーヴスは言葉の数だけ聞いてきた嗤い声にケッと呆れる。

「こんな大量に一か所に集めるなんて自殺行為もいいトコだろ。どうせすぐエンドレスシーに気づかれるってのに」

「でも撃ってこねぇよな?」

 女の煽りに引っ張られることはないが、リーヴスは女が思いの外頭が切れることを認識した。

(遠隔からこいつらの一掃兼ねて、沈没都市は攻撃できる)

 でもそれをしないのは。


 いや。できないのは。


「エンドレスシーで見えねぇんだろ?この花」


 女の勘は鋭く、当たっていた。

 リーヴスの表情はキャンプで使われていたランプの光が微かに当たるが、内面を悟らせないほど一切動かない。

 でも女は持ち前の勘でリーヴスから答えを得た。

「やっぱな。船で運べば船の信号でアタリをつけられるが、徒歩で花束を背負うだけならテメェらは気づかねぇ。アナログだが最高の手だろ」

「けど爆弾にして沈没都市付近に投げりゃ、結局変わらんだろーに。んじゃ、最後の質問だ。お前ら、あの花の名前はなんて呼んでんだ?」


 情報として価値があるのか、イルファーンはリーヴスの尋問にかすかに首を傾げる。

 それは女も同じだったようで、「なんでそんなこと訊くのか」と顔に書いてあった。一応、リーヴスの手には拳銃が握られているので素直に答える。

「〝オーバークォーツの花〟だよ。テメェらだってそう呼んでんだろ?」

「まぁな」


 いうや否や、リーヴスは女の両手の平に発砲した。

 パンパン!と一秒経つより速い技術に女の判断は追い付かず、瞬きを一度してから叫んだ。


 文字に記すことも嫌気が差すような悪態を泣き叫ぶ女を置き、リーヴスはオーバークォーツの花の入った箱へ向かった。


 イルファーンは彼の後ろを追いながら「いいんですか?」と、暗に女を生かしておいて大丈夫なのかと尋ねる。

 リーヴスが女の両手を狙ったのは彼女自身花を爆弾に加工する職人である可能性があったからだろう。手の爪には花のカスのようなものが詰まっていた。

 けれど、生かしておけば技術を人に教えることはできる。


 リーヴスは肩を下げて小声で答えた。

「エディの前で女は殺さない方がいい。後でもできる」

 事情があることだとすぐに察したイルファーンは「そうですか」と静かに頷いた。


 エディは草陰に隠れて二人の動向をじっと冷たい瞳で見つめている。

 その気配をなんとなく感じながらリーヴスは「それに」と花の入った箱に手を置いた。

「俺らの物資不足は深刻だぜ?女よりこいつらの持ち物を頂戴しよう。そっちのが有意義だ」

 ニンマリ。と音が出そうな悪い顔で彼は笑みを浮かべる。


 そこへエディが遅い足取りで近づいてきた。

 少し顔色が悪く、イルファーンはそっと彼女の背を支える。

「大丈夫ですか?」

「ギフトのせいね…。でもさっきより楽なの」

 だから物資調達を手伝えると思って来てくれたようだ。

 イルファーンは柔らかく微笑し、次いでエディの身体の変化に慎重になった。

「楽になる、ということはジアンが抵抗を弱めたということでしょうか」

「そんな感じね。手応えが残っているから死んではいなさそうよ。だからリーヴスかイルファーン、どちらか退避したチームと合流した方がいいんじゃない?」

 抵抗を緩めた理由が定かでない以上、ジアンがコアたちと共にいるのは不安だ。


 リーヴスはコアから預かった電子コンパスを取り出し、しばらく見つめた。

「…イルファーン」

「はい」

「お前の波動とやらは仲間の位置も分かるか?」

「半径50m以内であれば方角程度は分かります」

 ダメもとで訊いてみたが本当に分かってしまう彼の特技にリーヴスは眉を寄せた。一々つっこみたくなる衝動を抑える。

「非科学的とか言ってる場合じゃねぇぜ俺。じゃあちょっとこのコンパスの使い方教えるから、コアたちの合流はお前に任せる」

「?俺の波動で探して欲しい、という意味ではなく?」

 てっきりコアたちを探すために波動のことを聞かれたと思ったイルファーンはコテンと首を傾げた。

 リーヴスは口の端を上げて「ちょっとだけ違う」と言う。

「さっきからこの電子コンパスがちょーっと面白い動きしててな。最悪泥蛇の罠かもしれんから、イルファーンの感覚で確かめたいんだ」

 イルファーンとエディが揃って「?」と頭の上に浮かべた。



評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ