16話後半 始まりはすでに終わっていた
前衛に出てきた二人の軍人は早々にアセンションを服用した。
本来、内陸の武装集団相手に使われるものだが、たった一人の紳士はそれに相当する危険人物だからだ。
戦闘用ロボットに搭載するブレードを盾として軍人たちの銃撃を防ぎ、――一人が装填するタイミングでオーウェンは射撃を続けるもう一人にブレードを投げつけた。
オーウェンの規格外の筋力によって投擲されたブレードを軍人はかろうじて直撃を回避する。しかしその風圧により体勢が乱れ、その瞬間にはもうオーウェンの拳によってあばらを砕かれていた。
装填が終わったもう一人が銃口を向けた直後、オーウェンはあばらを砕いた軍人のSIG MPXで軍人のSIG MPX、腕、右胸、肩を射撃していった。
前衛の二人を半殺しにした後、オーウェンはコツコツと靴を鳴らしてブレードを取りに行く。
そこには、後衛で補佐する乾亮が木に背を預けて座り込んでいた。
投擲したブレードはついでに後衛の彼も狙っていた。
ブレードが彼の右肩をざっくりと掠めたので、息苦しいほどの痛みに乾は顔を歪ませている。
左手は空いているので動くがここで少しでも動けばオーウェンの持つSIG MPXで左腕を穴だらけにされるだろう。
肩で息をすることに集中しながらも、木に突き刺さったブレードを引き抜くオーウェンを睨みつけた。
「…沈没都市を攻撃して、一体なんになる。Fageの未来を守っているのは沈没都市だぞ」
先日も似たようなことを流未に言った。
こんな時に思い出すものだから、余計に腹が立つ。
オーウェンはこだわりの髭を撫で、チラリと乾に視線を向けた。
反沈没都市の武装集団だと思われていようがそんなことはどうでも良いので訂正しなかった。
「だからといって、Fageにとって沈没都市が全ての価値ではありません。あなたがたの行いは、内陸住民から全てを取り上げることに等しいのですよ」
話してみると、オーウェンからは気品すら感じるような所作がある。
もしかしたら生まれは沈没都市なのかもしれないと思いつつも、乾は納得できないと反論した。
「沈没都市は内陸に温情措置を残している。ずっと昔から内陸を助けてやっている。
理性もなく、合理性もなく、目先の権力と富のために弱者から全て取り上げているのは内陸住民だ。
月のホテルなんて本当に良い例だ。
貴重な資源をゴミや毒にするくせに、沈没都市の資源を内陸に寄越せと言う。
そんな馬鹿なことを言う奴らに助ける価値なんかない。
――死んでいいと言われるのは自業自得だろう」
オーウェンの目元が少し動いた。
彼の今の発言はある意味、沈没都市住民の総意のようなものだ。
…そして、今回の沈没都市の決定に繋がった。
――内陸住民を殲滅するための口実づくり。
このウォームアースには沈没都市の資源がいくつも置いてある。
教室にあるような強固なシェルターや〝トンボ〟。
食糧供給のためのアクアポニックスプラントやファームプラント。
だからウォームアースを率先して守る理由が沈没都市にはあった。
そこには助けを求めた内陸住民への温情措置も確かにあった。
しかし、一年前の大火災という前科がある中。
オーバークォーツの花を使った襲撃を実行するのなら。
もう内陸住民なんていない方がいい。
助けも助けても、沈没都市は敵だと攻撃する彼らなんて。
そうなってしまえば沈没都市はウォームアースに安置してある資源の遵守より、内陸住民の殲滅の口実をつくる方を優先させる。
この襲撃を沈没都市があえて見逃したのは、口実とそして。
理念を守れない人々の無価値の証明。
オーウェンは苦い顔をする。
一番悔しいのは泥蛇なんていなくても沈没都市がこの結論に至ったことだ。
オーバークォーツの花の存在ばかりは泥蛇のせいではない。
彼らは上手くそれを利用しただけ。
沈没都市の決断を…早めさせただけなのだ。
オーウェンはわざわざ膝を地面につけて、理念に染められた乾と視線を合わせた。
「声も、言葉も、思いも…届かない人間とは確かにいるのでしょう。
そんな人を死んでいい、と言いたい気持ちは理解できます。
正直を言いますと沈没都市の言い分は決して間違いではないと、私も思いますので」
悔しいが、やはり沈没都市生まれのオーウェンも心根で消しきれない価値観ではあった。
オーウェンは乾の手元にあった荷物から救急道具を取り出し、手早く簡単に彼の肩を止血した。
傷が浅い彼を手当すれば前衛の軍人二人の命も取り留めるだろう。
その意図が分かるから、乾は驚きで言葉を失っていた。
オーウェンは静かに続ける。
「しかし、助けるかどうかは相手の問題ではありません。
自分にできるかどうかです。
この身体にその力があるのか。その力をどう使うのか。
何度だって自分自身に問い質すことが、己の毒と向き合うことになります。
〝MSS〟の理念では体に潜んだ毒を和らげることはできない。
あなたは、…沈没都市の住民は〝MSS〟がなぜ停止したのか、もっとよく考えるべきなのです」
手当が終わると、オーウェンはすっくと立ちあがる。
乾は何も言い返せなくなった。見下ろされるその眼差しが、あの時の流未を思い出させたから。
「あなたの身体を動かすものがなんなのか。今一度ご自分に問い質して下さい」
能力を証明されたはずの亮の身体はまるで無力みたいに、その眼差しに圧倒される。
乾が一つ瞬く頃にはオーウェンはトラックの助手席を確認し、無言で七草学園の方向へ姿を消していた。
―---――
ハオの刀身は一本、手元から離すことができた。
しかし、残ったもう一本と豹と同じ強度の爪がマナを襲う。
視覚は完全に掌握され使い物にならない。
かといって聴力や嗅覚だけでは反応速度に限界がある。
〝ラダル〟の高出力が感覚器官の疲労となり、マナの呼吸を荒くさせる。
しかしアセンションにも持続可能時間がある。
個人差はあるが、大体10~15分程度。
それ以上は服用後、体へ大きな負担がかかるので本来であれば続けて使用することはない。
(あと3分で15分経つ。――どう出る)
ハオはまた杉林へと姿を暗ませた。
足音を〝ラダル〟で追跡する。
突如後ろに感じた気配に振り向き、銃口をつきつけた――が、その瞬間サクタが驚いて倒れた。
「うわ‼︎うわ‼︎俺!マナ!俺‼︎」
両手で頭を庇い、必死に叫ぶサクタをマナは冷たく見下ろす。
「へぇ。結構上手だね。サクタっぽいよ」
銃口は全くブレず、そのまま発砲した。
サクタは豹のようにその場から飛び退く。
距離を取ってひらりと着地する時にはサクタはハオの姿へと変わる。
先ほどのサクタのウザさがやたら過剰だったため、多分偽物だろうという、完全に勘頼りの発砲だった。
本人がこの場にいたら震え上がるだろう。
中々隙を見せないマナに、ハオは杉の木に隠していた刀身を手に取る。騙し討ちも難しく、やはり素手ではマナに勝てなさそうだ。
「…あなた、が見る、対象の印象、そのまま。無力、な人。私たち、みたいに、兵士にも、なれない。――それなら、回収されて、〝ボア〟に、渡す、しかない」
「ね。私もそれは同意見だよ」
すんなり、マナはハオの言葉に頷いた。
ではなぜ、とハオから無言の眼差しが送られてくる。
マナにだって分からない。
身体に溜まったこの不快な塊の名前が。
でも彼が近くにいるといつか――その塊の名前が分かりそうだ、と。
彼の気配を感じ取りながら、マナは思った。
「--――マナッッッ‼︎」
本物のサクタの声と共に自分自身のギフトが〝ラダル〟とは違うものと繋がった。
ギフトとは本当に不思議だ。
繋がったギフトは自分のギフトではないのに、なんとなく使い方が分かるのだから。
幻の杉林に現れた本物のサクタへ、ハオは刀身を投げつけようとした。
しかし。
投擲の構えを取った瞬間、マナが声を張った。
「《〝イリュジオン〟を停止させて‼︎》」
ハオの目が見開かれる。
意志とは関係なく、マナの発言がハオの身体を動かした。
映像が乱れるようなブレが一帯に生じ、草原と杉林の幻覚がヴヴヴヴ‼︎と波立たせて消えた。
(発言の強制支配――これは―――)
ハオはあるギフトが思い当たり、かつランの「耳栓してりゃいい」という言葉を思い出した。
サクタを仕留めることより耳を塞ぐことを優先したが、その判断に至るまでの時間でマナに左足を撃ち抜かれた。
せめてマナを仕留めなくては――と、体勢が崩れる中、ハオは刀身を握り直す。
慈悲のかけらもないマナの目と合い、彼女から「《動くな》」とはっきりと告げられる。
倒れ行く体の受け身を取ることもできず、ハオはそのまま床に横倒しになった。
マナは静かにハオに近づきながらリロードを済ませる。
ハオの敗北は決した。
そんなハオの瞳は大きく揺れ、その潤んだ唇がなにか呟いていた。
「ん―ら、ァ、…。ラ…ン…」
――もう一人のギフト持ちの名前だと気づいた時、マナは自分のいた場所から飛び退いた。
屋上の床下から弾かれた鋼の蹴りが見舞われる。
建物を通り抜けて、若干負傷しているランが現れる。
彼はハオの容体を見て即座に動いた。
マナは〝エア〟の応援に身構える。拳銃は効かない。必然的に肉弾戦となるだろう。
だがランの動きは予測とは違った。
マナと目も合わさずハオを抱えて屋上から飛び降り退却したのだ。
(サクタの回収より仲間の安全を優先した)
マナは泥蛇の兵士らしくない若者に眉を小さく上げる。
次いで彼らの指導官の性格の悪さに苦い気持ちを抱いた。
(…回収しやすいようにあえて甘く指導してるな)
恐らくは若者二人の性格も考慮しているのだろう。
互いに依存させるように育てて、判断力をわざと欠如させている。
この甘さと欠如は必ず命とりになるだろう。
(私が同情することでも…ないか)
我ながら呆れてしまう。
いつからこんなに相手の処遇を気にするようになったのか。
きっと…、その原因は――…
戦っていたのが嘘みたいに。
静かで綺麗な月の夜が帰ってきた。
三階でランの相手をしていた〝ブースト〟や〝エスタ〟はまた手分けして防弾シェルターに避難している人を誘導するだろう。
ここにいち早く来るとしたら〝ブースト〟か。
マナがゆっくり振り返ると。
数m離れた場所に立つサクタと見つめ合う。
他のアロンエドゥの気配もほとんどない。
夜風が優しく、マナとサクタの距離を撫でていく。
どちらがなんて声をかけていいのか、お互いに悩んでいるみたいだ。
(このまま…)
マナはこれだけ距離が開いていて良かったと思った。
〝ブースト〟相手にこの距離は手の打ちようがない。
サクタが連れて行かれても、仕方ない理由になる。
「マナ…」
サクタがマナを引き留めるように声をかける。
なんとなく、マナがこのままどこかへ行こうとしていると察しているのだろう。
彼が近づく前に、マナは首を振る。
「一緒にはいないよ。…私には帰る場所が決まってる。でもそこは君の来る場所じゃない」
「…マナの帰る場所は、マナがちゃんと生きてる場所なの?」
「そう思う?明確な命令違反をした私がさ」
「…思わない。俺たちを守ったからだよね。謝って済むことじゃないけど、ごめん…。でも、なら余計に…!」
サクタは堪らず一歩マナへ近づいた。だがすぐに身体の動きを止める。
拳銃を握るマナの手が動いた。
今更殺されることはないだろう。だがマナの射撃力なら致命傷を避けて足くらい撃ち抜いてきそうだ。
サクタは悲しそうに顔を歪ませる。
そんな彼に、いっそマナは気を遣うように表情を和らげた。
「組織から見れば私はとんだ失敗作だよ。サクタ、私たちギフト持ちはね、どれだけ優秀であっても最後は回収される。私が受け持つ任務は多分、これが最後だったはず。
最後の任務でこんな失敗、…今日回収されたっておかしくない事態だよ」
「失敗したら殺されるような組織に戻って…そんなことになんの意味があるの?」
「役に立たないなら死んで役に立つんだよ。って、これはFageの常識でしょ。…本当に君は、せっかく沈没都市の適性があるのにもったいないね。Fageの常識は沈没都市では義務と同じだよ。…そんなんじゃ移住試験に落ちちゃうよ」
冗談めかして作り笑いをするマナの姿に、サクタは胸の中が痛くなる感覚を覚えた。
だが一度目を閉じて、同情を押し込んだ。
自分は知っている。自ら破滅することを〝納得〟だと勘違いしてしまう愚かさを。
サクタは歩み寄らせてくれない代わり、マナに手を差し伸ばした。
「どうでもいいよ、そんなもの。
…失敗したことが無価値の証明になんかならない。
マナ、君は選べるよ。
だって沈没都市に見捨てられたような俺達を助けてくれた。
Fageの常識じゃない。沈没都市の義務でもない。
君の組織だって関係ない。
マナにとって大切な価値は…、
ちゃんとマナの中にあるんだよ」
暖かくて、優しい声だと思った。
…でもマナの足はピクリとも動かない。
自分の帰る場所は決まっている。〝彼女〟のいる所が正しいはずなのだから。
サクタの行先は、彼の未来が繋がる場所であるべきだ。
それははっきり分かっている。
(〝イング〟一行ならきっとサクタは大丈夫――…)
月明かりが一度雲に隠れた。
暗闇が柔らかく視界を包んでいく。
この隙にここから立ち去ることにした。
マナは一歩下がろうと――――――――
雲の切れ間から細く差し込まれた月光が、屋上の入口あたりを照らす。
サクタの後ろには日色。
そして、日色の後ろに。
SIG M18を構えたニーナが立っていた。
その銃口はマナに向けられたものではなかった。
さらには、彼女には殺意も、悪意も、敵意もない。
だから恐ろしいほど〝ラダル〟はなにも反応しなかった。
「……-――ニーナやめて!!」
叫ぶまでに、相当時間がかかった気がした。
きっとこれは刹那の時間だっただろうに。
マナは駆け出す。サクタの方へ。
なにかあるのだと、屋上の入口をサクタは振り返った。
ニーナの姿が彼の瞳に映った直後。
「サクタあああぁぁああ―――――――――ッッッ!!!」
マナの悲鳴が月夜に響く中、彼の頭は無情にも屠られた。




