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オートバイ  作者: そぼろはるまき
第一章「不登校の少年」
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第5話「駅裏のキング」

 土曜日の夜、JR横浜線駅裏のロータリーは街道レースのメッカだった。茂樹は見に行こうと怜を誘ったが怜は断った。

 午後7時、茂樹が気になった怜は日が暮れて暗くなった頃合いを見計らってコッソリ見に行くことにした。

 駅横の踏切を渡ったそこは、大勢のギャラリーに囲まれた色とりどりのスクーターが、大きな排気音を響かせて走っていた。

 

 黒いパーカーにダークスモークシールドのヘルメット。顔が見えないように隠して怜はギャラリーに紛れていた。ピット代わりの車止めスペースに、代わる代わる入ってくるバイクを見に行くと「スカイ」に乗った見覚えのある顔を見つけた。

 同じクラスの翔太だ。側に茂樹もいる。

 ホンダ「スカイ」、49cc原付2ストのエンジンは最高出力4馬力というパワーを絞り出す。その時のスクーターの中では破格の戦闘力だ。

 学校でバイクと言ったら翔太という暗黙の空気ができていた。ここでも彼に敵う者はいない。駅裏のキングだ。

 見学しに来ただけの怜は、黙ってその場を離れようとした。

「おい!あれ!キャロットがいるぞ!

 スクーターキラーのママさんバイクがいるぞ!」

 誰かが叫んだ。全員の視線が怜に注がれた。


 翔太と茂樹も怜の方を見ていた。

 怜は少し空いていたシールドを下ろし、二人に感づかれないように黙っていた。

 翔太はヘルメットを被ってコースに出ると、ロータリーの出口付近にいた怜の前をギリギリですり抜けると、親指を立てて「来い」の合図をした。

 怜は無視して帰ろうと思い、しばらく動かずにいると歩道を埋めていたギャラリーが騒ぎ出した。

 「バトル!バトル!!バトル!!!」

 大合唱が駅裏に響いた。


 怜は小さくため息をつくと、キャロットのエンジンをかけてコースへ入った。

 ゆっくりと流しながら翔太が追いつくのを待った。すぐに後ろから甲高い排気音が近づいてきた。

 振り向くと翔太のスカイが怜のキャロットを煽っていた。

 直線の真ん中でギャラリーの一人が帽子を手にフラッグを振る真似をした。

 バトルスタートの合図だった。


 あっという間に翔太のスカイが、怜のキャロット抜き去った。

 ヤマハ「キャロット」2.3馬力。ホンダ「スカイ」は4馬力だ。その加速と最高速度の差は歴然だった。

 駅裏ロータリーの直線はおよそ100m。行き止まりを180度ターンするとまた100mの直線。Uターン路線を戻ってグルグル回るパワー有利のコースレイアウトだ。

 圧倒的な加速でキャロットはスカイのスリップストリームにも入れない。

 最初のコーナーまで50mを走り15mの差がついた。カーブ進入口でスカイのブレーキランプが点灯し美しい弧を描いてコーナーに侵入していく。続いて侵入するキャロットのブレーキランプは点灯しない。減速するはずのコーナー侵入で直線と変わらない速度で進入するライトの軌道は見ているものを不安にさせる。

「わあああーーーーっ 転んだ!!」

 思わずギャラリーから歓声が上がる。

 キャロットは何もなかったようにコーナーを立ち上がる。スカイとの距離は限りなく0だ。

「追いついてるぞ!!」 再び歓声が上がる。

 スカイのスリップストリームに入ってキャロットは50m地点まですぐ後ろにつける。スカイは力ずくで引きはがす。

「スカイが早いぞ!キャロットが離される!!」 歓声が上がる。

 再びコーナーが迫る。スカイとキャロットの差は10mだ。

 スカイのブレーキランプが灯る。キャロットはまたノーブレーキだ。最初のコーナー進入より侵入速度が速い。

「キュ、キャアアアアアアーーーーー」

 タイヤから悲鳴を上げながら、キャロットの前輪がスカイの内側に滑りこんでいく。

「転ぶ!! いや、ぶつかる!!」

 歓声が上がる。

 スカイは内側に入ってきたキャロットに驚き、一瞬ビクリとするがラインは変えられない。

 キャロットは前後輪から悲鳴を上げて、おかしな軌道でコーナーを抜けていく。

 ギャラリーの待つ直線にキャロットが先頭で現れる。

「ぬっ 抜いた!!」歓声が上がる。

直線ですぐにスカイが抜き返す。

コーナー侵入で再びキャロットが抜き返す。

 その攻防が5周続きギャラリーの悲鳴がかすれてくる頃、ずっと続くと思われた攻防は突然幕を下ろした。

 コーナー侵入で抜かれたスカイが、直線でキャロットを引き離すために、キャロットのコーナリング速度について行こうとしてアクセルを開けた。

「キャッ キャアアアアアアアーーー ガシャアア!!」

 スカイは曲がりきれず、ガードレールに突っ込んだ。

 ギャラリーが見守る直線に姿を現したのはキャロットだけだった。


 怜は後ろに張りついていた排気音がなくなったことに気づき、一周回ってスカイの様子を確認した。

 スカイはガードレールと道路の間に挟まれていたがギャラリーたちが力を合わせて引き抜いていた。

 乗っていた翔太の無事が見えた。


 怜は、翔太の前に一度停まって会釈すると、そのまま正体を明かすことなく走り去った。

 怜は「駅裏のキング」の称号を手に入れた。

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