第4話「キャロット」
「オートバイ」と「マガジン」と「原付免許」を手に入れた怜は、母親が乗っていたヤマハ「キャロット」の改造を始めた。
キャロットはヤマハが販売する典型的なママさんバイクだ。
歳の離れた弟の保育園送迎で母親が使っていたものだ。倉庫の奥で埃をかぶっていたのを怜が見つけて整備を始めたものだ。
初めエンジンはかからなかった。キックペダルを100回蹴っても「プスン」とも言わなかった。怜は色々な本を読みながら何とか整備して走るようになった。
49cc原付2スト2.3馬力の車体は全然速くない。格好もよくない。マガジンの主人公たちが乗るロードスポーツとは似ても似つかない。
それでもオートバイで風を感じたい怜の気持ちは十分満たされた。
エンジンは放っておくとすぐ止まる。怜はキャブとエンジンを分解して、雑誌の見よう見マネで組み立てた。
キャブレターはスロージェット掃除すると加速がよくなった。エアークリーナを外してメインジェットを上げたら最高速が5キロ速くなった。
怜は学校が終わると急いで家に帰った。ガレージ代わりの車庫に工具を広げて何時間でもオートバイをイジった。もっと速く。もっとパワフルに。
ガソリンとオイルの混じった匂いが心地よく感じる頃になると、「キャロット」は一番速いスクーター、ホンダ「スカイ」と競争できるようになった。
怜は街道レーサーになりたくなった。
パワーで勝てなくてもコーナーで勝つ。
「マガジン」に登場する主人公たちは怜の憧れになった。
そんなある日、学校に行くとクラスの男子が謎のママさんバイクの噂をしていた。夜な夜な街道レースに現れる謎のママさんバイクが、最新のスクーターを抜いていく話は高校生にはたまらない話だ。
怜は「キャロット」を秘密にする事にした。