衆議院議員選挙、やらかしちゃったね立憲民主!
やっと呪縛から逃れられるのではないかと期待した石破政権。それを覆そうと一番危険でやってはいけない選挙戦、「善悪論争」を展開した立憲民主党。民主主義の根幹を揺るがす選挙戦を展開した。政治は「調整」だ。多様性をいかに調整するかが「政治」だと思う。しかし、それを善悪の二元論で展開した野田さん(立憲民主)はきっと歴史に残るだろう。これから日本では政治は行われなくなるかもしれない。石破さんや玉木さんのような政治家が足下をすくわれないようにならなければ。
12月27日に行われた衆議院議員選挙で自民・公明の与党が過半数を大幅に下回るという大敗を喫した。
野党が掲げる「裏金」というキャッチーな単語によって、マスコミも煽った。まるでそうしなければ自分も「悪」の側に立つように。そう、公明党は裏金問題とは無縁なのだが、一緒に「悪」となり大幅に議席を減らすどころか、党首が落選するという事態にも発展した。
私は特に公明党の惨敗に今の「炎上」とか「バッシング」といった人々の政治不信(これは自民不振だけじゃなく野党も含めたという意味で)不満の矛先が向けられたものとしての典型を見るように感じている。自民党もそうだ。実際に今までの自民党から立ち直ろうと石破総裁が選ばれたはずだ。確かに、彼にはその「変わりようのない者たち」からの圧力を受けて意思を曲げざるを得ないところもあったはずだ。(肉を切らせて骨を切る!)石破総裁を新自民、対抗勢力の自民を旧自民と呼ぶならお前も旧自民かと残念に思われるようなこともあったが、であるからこそなお、石破総裁としては旧自民と決別しようと「出来るだけ早く選挙」に出たのだろう。でもこの大敗は石破総裁というよりも旧自民の陰が大きいように思う。本来一緒くたにしてはいけないものをいっしょくたにしてしまう愚かさ(?)があるように思う。石破総裁が選ばれたときの高揚感はいったい何だったのか。ブルータス、お前もかとは思わない。
実は「裏金」と言っても「政治と金」の問題は、本来は議員間の問題だ。議員になるためにインチキをするなよという話だ。そんなインチキをするやつに政治は任せれられないと言っているが、本当か?N県では女遊びで知事を辞めた立憲民主党員が当選している。女遊びはいいのか?(日本はまだそんなレベルか?)
少々住みにくくて、将来的に不安の残る家をぶっ壊すということで一致団結した(一致とまでは言えないが)が、新しい家の構想はないまま壊してしまった。平屋が良いだの2階建てが良いだの、キッチンはアイランドでだの、いや囲炉裏が必要だのと、どうする気なのだ。また絶対つぎはぎだらけの中途半端な政策だらけになってしまうのは目に見えている。
また、救いは「裏金」というキャッチーな言葉も使ったが、「政策論争で勝負」しようとした国民民主党が議席を伸ばしたことだ。見ている人は見ている。
日本国民がだんだんアメリカのように分断を好む、「善か悪かといった二者択一論」に向かうのが怖い。社会は多様だ。善か悪では割り切れない。なのに「裏金の自民は悪」、「裏金のない民主は善」といった分かりやすいだけの議論に持ち込んだのは正解なのか。善悪で分断してしまったトランプと野田さんが重なってしまった。(きっと本人は分かっていない・・・)だから今回のような選挙のやり方は危険でしかなく、野党の愚かさを際立たせてしまったように思えてならない。それを多くの国民が気付いていないことが、実は一番怖い!
私の住む地区の小選挙区では自民と立憲民主の一騎打ちだったが、自民は旧自民だったし、愚かな野党、どちらにも入れたくないというのが本音だった。実は回りの声もそういう声が大きかった。もう議会制民主主義も行き詰まってきているのかもしれない。
まあ、結果は結果であり、いずれにしろ政治家たちが様々な国民の意見を調整して少しでもベターな政策を立案していただくことを望む。
ちなみにキャッチーなタイトルを付けたこと、お詫びします。
これはあくまで私見です。アメリカの大統領選挙を見ていて、トランプがそれをとんでもない方向に変えました。アメリカの退廃といってもいいのかもしれませんが、今、日本でもそれが起きようとしているように感じてたまりません。思わず、とりあえず投稿した次第です。
賛同された方は、知っているSNS等の拡散をしていただいても構いません。
私はこの国が好きです。みんなで考えましょう。