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演劇脚本集  作者: アオ
6/6

最低。

「最低。」


男には何役も兼役してもらいます。(王様・大臣・検査官・恋人・ナレーターの五役)

女はとある国の靴職人。とても美しい木彫りの靴を作る。



幕開け。男女二人が上下左右に、正面を向いて立っている。


男女 最低。


たくさんの言い方で「最低」と言っている。たくさんの感情、たくさんの相手、たくさんの日時、たくさんの立場。奏でるように、立ち並ぶように、最低が、響く。


男女 最低賃金〇〇円(上演地域の最低賃金)


舞台中央、女が靴を彫っている。その後ろで、男が大臣として話を聞きながら王様の口調でも喋っている。


王様 そんなに我が国の財政はひっ迫しているのか…。大臣よ。私は思ったのだ。私は国民よりお金をもらいすぎてはいないだろうか? 国民に姿を見せ、何言か言葉を送り、大臣たちの報告を聞き、たまに判断するだけ。後は、誰とも分からぬ相手と食事をするだけ。私は今のままでいいのだろうか? もっとすべきことがあるのではないのだろうか?

大臣 はぁ…。

王様 適正な仕事をした者にのみ、適正な賃金が払われるべきだ。それは私にも言えることだし、国民皆がそうあるべきだ。

大臣 なるほど。お任せください。我が国お抱えの優秀な学者が、すぐに計算いたしますよ! 国民にもすぐ基準を作って公布します!

王様 やってくれるか。

大臣 はい!


 大臣は舞台上手で、ぴたりと動きを止める。

 舞台中央の女が彫っていた靴を掲げながら下手に移動して言う。


女 できた…。

男 女は素晴らしい靴職人であった。丁寧な仕事ぶりに惚れ込む人は多かったが、一日に一組しか作れないため、中々手に入らない逸品であった。

女 後半分…。


 再び舞台中央で、前に女、後ろに男の隊形になる。

 次は男は王様として話を聞きながら、大臣としても話をしている。


王様 して、計算結果はどうだった?

大臣 はい、あの…。

王様 ……どうだった、と聞いているのだ。どうだったのだ?

大臣 はい。申し上げます。王様…。

王様 うむ。

大臣 働きすぎです!

王様 何と!

大臣 もっともらっていただかないと釣り合いが取れないのですが、それだけ出すと、国庫が空になってしまいます…。仕事を減らしていただかないと…。

王様 そうだったのか…。では私に適正な仕事量とは、どれくらいなのだ?

大臣 これだけしてください、というものがあります。逆にこれ以外は絶対にしないでください。

王様 …して、その仕事とは?

大臣 二言だけ話してください。

王様 二言!?

大臣 二言。

王様 たった二言ぉ!?


 男は下手前に驚きながら出てくる。


女 出来た…!


 女は上手前に出てくる。


検査 一足だけか?

女 えぇ。今までもそうでしたし、これからもそうです。

検査 それ以外に仕事は?

女 それ以外? いや、これに一日かけてます。でも、ほら、見てください。よくできたんです。美しくないですか? ほめてくれる人も多いんです。買うのを待ってくれてる人もいるんですよ。

検査 どれぐらい履けるの?

女 え? そんなに長くはないですよ。普通です。でも、ほら、見てくださいって。

検査 〇〇円(最低時給×8)

女 え?

検査 その靴の値段だ。

女 安すぎます! そんな、今までと全然違います!!

検査 安すぎる!? 今までが高すぎたんだ。これでもなぁ、最低時給はもらえるようにしてやってるんだぞ? お前よりもたくさん作れるやつも、長く使えるものを作れるやつもいるんだぞ? そいつらに申し訳なく思わないのか? こんな一つの靴だけで儲けようというのが間違ってるんだ!

女 見てください! 見てくれたら分かってくれるはずです! ね、一目だけでも!!

検査 見て何になるって言うんだ!


 靴を打ち捨てながら上手に行く男。女は靴を追って下手に行く。


恋人 そんなことがあったのか…。

女 うん…。

恋人 ケガはない?

女 うん。私は大丈夫。靴が、少し傷ついちゃったぐらい。

恋人 大丈夫なのか?

女 うん。売り物にはきちんとなるぐらいだから。

恋人 良かった。ただでさえ安くなっちゃったのに、売れなかったらどうしようもないもんな。

女 …。

恋人 あ、ごめん…。

女 ううん。ホントのことだし。だからさ、少し装飾減らしてね、一日二足作れるようにしようかなって!

恋人 …。

女 だって、そっちは上がったんでしょ?

恋人 え?

女 給料。安いってよくこぼしてたじゃん。適正になったんだよ。このままじゃ、ほら、格差、できちゃうじゃん…?

恋人 そんなこと気にしなくていいよ。

女 ううん。だって、生活があるじゃん。おんぶにだっこってわけには行かないよ。

恋人 …あのさ、思ったんだけど。

女 どうしたの?

恋人 靴の美しさが評価されないんだったらさ、箔付けてもらったらいいんだよ。

女 箔…? そりゃ何かのお墨付きだったら、いいかもだけど…。

恋人 美術品のコンテストがあるんだってさ。

女 コンテスト?

恋人 王国で一番美しい物を決めるんだ。これに君の靴を出してみるんだ。優勝できなくても、それなりに評価されたら、きっと価値が認められる。

女 …。

恋人 大丈夫。君の靴なら、行けるはずだよ。

女 ……うん!


 中央前に女。中央後ろに男。

 靴を彫る女。しかし、周りの声に翻弄される。それでも、彫る。彫る。


客 …こんなこと言いたくないんだけどさ。仕事、雑になった?

女 !

客 昔の、丁寧なやつが好きだったんだけどなぁ。やっぱり、値段に見合った仕事しかしたくないって?

女 違っ…!


 それでも彫る。


女 やっぱり、お相手が稼いでると、好きなこと出来るんでしょうね。ほら、あそこの靴屋。お相手さんが稼いでるから、道楽で靴屋なんか出来るのよ。恥ずかしくないのかしら? 釣り合わないと思わないのかしら? 格差、感じないのかしら?


 それでも、彫る。


女 王様と一緒。

王様 国民よ。今日も一日頑張るのだぞ。

女 あれで一日の仕事の半分が終わったんですって。後一言喋ったら仕事終了だって。それと一緒。王様気分なのね。


一心不乱に、彫る。


恋人 最近頑張りすぎじゃない?

女 そんなことないよ。

恋人 周りのことなんか、気にしなくていいよ。

女 気にしてないよ。

恋人 格差、とかないじゃんか。

女 でも、稼がなきゃ、あなたと並べない気がして。

検査 女。この度のコンテストで王様がお前の作品を気に入られた。明日、城へ来い。王様がお会いになられる。靴を作る道具を持って来い。その場で王様のために靴を作るのだ。

女 …それって。

検査 ん?

女 お金。出るんですか?

検査 はぁ?

女 だって私、その日、靴売れないんですよ? 最近ただでさえ売れなくなってきたのに、どうしたらいいんですか?

検査 お前な。城に呼ばれて王様の靴を作るのがどれだけの名誉か分からないのか? その上、お金ぇ? 厚かましいにも程があるだろ。

女 名誉がお金になってくれるなら、いいんですけど。

検査 とにかく来るんだ。いいな?

女 …はい。


 男と女、前後を入れ替わる。


大臣 間違っている気がするから、もう一度計算し直せ。とおっしゃるわけですか? …王様がそうおっしゃるなら、もう一度計算いたしますが…。結果が大きく変わることはないと思いますよ。あっ、靴職人の女が来たみたいですよ。では、私はこれで。


 男と女、前後を入れ替わる。


女 本日は、お招きいただき誠にありがとうございます。このような名誉なことは他にありません。

王様 うむ…。私はこの者と二人で話すことにする。少し席を外すぞ。


 下手に歩いていく男を追う女。


王様 ここまで来れば、人は来るまい。

女 はっ…。

王様 そんなかしこまらなくていいぞ。

女 ですが…。

王様 まぁ、どちらでもよかろう…。して、そなたはどう思う?

女 何が、でしょうか?

王様 新しい賃金制度についてだ。

女 いえ、特には…。

王様 私は、間違っていると思う。

女 は?

王様 私の仕事が、二言喋るだけなんて、おかしいだろう?

女 だから間違っていると?

王様 ああ、そうだ。

女 じゃあ今は超過労働になるんですね。

王様 そうだな。残業代もらうことになるな。はっはっは。

女 ……間違ってると思います。何もかも。


 女、かがんで靴を作ろうとする(サイズを計っている)


王様 ああ、いいんだ。

女 ?

王様 話し相手になってもらおうと思っただけなのだ。靴を作る必要はない。

女 ……。

王様 では、戻ろうかね。聞いてくれてありがとうな。


 女、男を引き留める。


王様 どうかしたかね?

女 勝手に賃金制度を変えた上に、間違っているとぬかすわ。人を呼びつけて話し相手にして気が済んだから、はい、さよならだって? どこまで身勝手なんだよ。ただでさえ格差とか言われてるのに、今日の稼ぎが私はないんだぞ? あんたと違って、一日二言喋ったらいいわけじゃないんだよ!!


 女、靴用の彫刻刀を横に一閃。


王様 た、助けて…。

女 その賃金はもらってない。


 首を彫刻刀で一突き。事切れる男。

 少しして、「あぁやってしまった」という感情が女を襲う。

 しかし男はまた、ムクりと立ち上がる。


大臣 王様! 王様~? どこにおられますか?

女 !

大臣 王様ー! 全部間違っておりました。王様はもらいすぎでありました! 王様には今まで以上にもっと働いてもらわなくてはなりません!王様! …王様!?

女 …。

大臣 王様! 王様!? 亡くなられている…。これは、お前がやったのか?

女 …はい。

大臣 …よくやってくれた!

女 …は?

大臣 計算の結果、この国の財政がひっ迫していた原因はこの男にあったのだ。よくやってくれた! これで我が国の財政は安泰だ!! あなたは、英雄だ!!

女 英雄!?

大臣 国民よ! この者こそが英雄だ! 偉人だ!! この国の財政難を見事解決してくれたのだ!!

女 ち、違うんです。

大臣 惜しみない拍手を!! 賛辞をこの者に!! この者の勇気ある行動にこそ、正当な対価を支払うべきだと思わぬか!!!

女 違うんですこんなこと。

恋人 良かったじゃないか。

女 !

恋人 これで格差、なんて言われないね。いや、今度は僕が言われるかもね。

女 こんな…。

恋人 やっと、正当な対価がもらえるね。

女 こんなこと求めてたわけじゃない!!

男 本当に?

女 !

男 本当に求めてなかった?

女 …………求めてなかった。

男 じゃあ、何のために生きてたんだろう?


 女、ゆっくりと地面に落ちた靴用の彫刻刀を拾う。

 そして、しっかりと、靴を彫っていく。丁寧に。どこか鬼気迫る、静かなようで情熱的に。


男女 最低。


たくさんの言い方で「最低」と言っている。たくさんの感情、たくさんの相手、たくさんの日時、たくさんの立場。奏でるように、立ち並ぶように、最低が、響く。


男女 最低賃金〇〇円(上演地域の最低賃金)


終。

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