第七話
入学式が終わり、新入生たちはホールで家族たちと別れを告げた。
そしてすぐに寮に案内された。
「ダリルさんはこちら、ネロさんはこちらへどうぞ。」
ドアには表札のようなものがついていてすでに名前が書かれていた。
「荷物は中に運んであります。本日は荷解きなどしながら後はゆっくりお休みください。ご夕食は時間が決まっており食堂でお召し上がりいただきます。詳しくは中に詳しく書いたものがございますのでお目をお通しください。」
寮の雑用係の男は丁寧に頭を下げるとすぐにさがって行った。
ダリルは無言で自分の部屋に入っていった。
私は廊下に不審な点はないかを調べてから部屋に入った。
中は森にあるサイカの家より数倍立派だった。
立派な家具が備え付けられており、タオルやパジャマのようなものも置いてあった。
ワードローブには今着ている制服と同じものが4着と運動着と説明書きのあるものが3着かかっていた。
どうやら廊下にあった洗濯物入れと書かれたカゴに入れておくと洗って補充してくれるシステムらしい。
制服がこれだけ用意されているということは毎日着替えるのだろう。
さすが貴族に人気の学校だ。
食事は18時から食堂でと書かれている。
部屋には立派な時計があった。
森にいるときは時間なんて気にしたことなかった。
ここでは元の世界のような規則正しい生活を強いられるのかもしれない。
私は予定を決められるのが苦じゃない。
決まった予定にそって行動するのは楽である。
もちろん好きなことをする時間も必要だとは思うが。
夕食までは3時間ある。
サイカが用意してくれた荷物を解くことにした。
サイカはいつの間にか学校生活で必要なものをいろいろ用意してくれていた。
筆記用具やノートに魔導書、歯ブラシやブラシなどの洗面用具に着替えとスーツのような立派な服も入っていた。
どうやらイベントなどで必要になることもあるらしい。
奨学金で授業料などが免除されたとはいえ、かなりの出費になっただろう。
しっかり学んで期待に応えなくてはいけない。
荷物の底に見覚えのあるペンダントが入っていた。
私がまだ赤ちゃんだった頃に首につけてくれていた木彫りの三日月だった。
そういえば大事に机にしまってそのまま忘れていた。
小さくなっていたので紐を付け替えてくれたようだ。
私は不思議と無意識にそれを首からかけていた。
そして見えないようにシャツの中に入れた。
つけたほうがいいような気がしたからだ。
鑑定すると弱い魔除けの効果が付与されている。
今の私には必要ないのだが。
部屋を片付けているうちに夕食の時間になった。
初日から遅れないほうがいいだろう。
私は部屋を出て食堂に向かった。
私の部屋は3階で食堂は1階にある。
ここは7階まである建物で上の方には上級生の部屋があるのだそうだ。
もしかしたら学年が上がると部屋を移動しないといけないよかもしれない。
─めんどくさいな─
食堂には緊張した顔の新入生たちがすでに座っていた。
やはりみんな初日だから早めに来たのだろう。
特に席は決まっていないようだ。
誰もいないテーブルに座ろうとしたら知らない人に声をかけられた。
「ネロくん!こっちへおいで!」
見た感じ上級生の集団だった。
無視するわけにもいかず私は呼ばれた方へと近づいた。
「ネロくんだよね?ここに座って!」
サラサラの髪の毛をポニーテールにした整った顔の女子が自分の隣を指差した。
私は言われたとおりそこに座った。
「黒い瞳の短髪美少年って言うからすぐにわかったよ!」
「あの、あなた方は…」
ポニーテールの少女は私を真っ直ぐに見つめて自己紹介を始めた。
「私は3年生のアリアよ!学校で会長をしてるわ。そしてこっちが副会長のベルクと同じく副会長のマーサよ。」
ベルクと言う男の子はにこやかに挨拶をしてくれた。
「よろしくね、ネロくん。」
マーサと呼ばれたおかっぱ頭のメガネ少女は機嫌が悪そうだった。
「なんで新入生なんて呼んだのよ。」
「そう言わないでよマーサ、この子は将来有望な魔術師になるって学校中の噂よ!」
どうやら学校には生徒会のようなものがあるらしい。
この三人はきっと優秀な生徒なんだろう。
他の生徒からの羨望の眼差しを感じる。
「わからないことがあったら何でも聞いてね!」
アリアは屈託のない笑顔で私に向かってそう言った。
なんだかサイカを思い出す。
「ありがとうございます。」
鐘が鳴り、テーブルの上に急に食事が現れた。
さすが魔術学校だ。
食べながらアリアとベルクはいろいろ質問をしてきた。
私はできるだけ凡人に見られるように答えた。
マーサは私が少し間の抜けた答えをするたびにクスクスと笑っていた。
「変な子。」
マーサはそう言うとさっさとどこかに行ってしまった。
「ごめんね!マーサはちょっと人見知りでね。」
「そうなんですね。」
マーサの態度はもしかしたら普通の人には失礼な態度だったのかもしれない。
確かに初対面の人に『変な子』と言うのは失礼かもしれない。
しかし感情のない私にはノーダメージです。
「食べ終わったら寮の中を案内するわね!」
「あ、はい。」
案内図を見たから十分ですと言いたかったがここは断るべきではないだろう。
この人はどう見てもお節介を焼きたいタイプの人だ。
この寮はSクラスの人たち専用の寮なのだそうだ。
他のクラスの人たちは男子と女子に別れて各々の棟に割り当てられているという。
成績が落ちるとクラスも変わり、寮も変わるシステムなんだそうだ。
この寮に住みたくて勉強を頑張る人もいるというからこのシステムは侮れない。
2階と3階が1年生でフロアごとに男女別になっている。
魔法で異性のフロアには入れないようになっているのだという。
その代わりに、1階には談話室や会議室のような部屋まで用意されている。
自習室や魔法練習場という何もない広い部屋もあった。
たいていの魔法には耐えられるように設計してあるのだそうだ。
小さな売店には学用品から日用雑貨、お菓子までいろいろ売っていた。
これを知っててサイカは私にお小遣いをくれたのだろう。
元の世界の高級ホテルのようだった。
「残念ながら私の部屋には案内できないけど。これで一通り説明できたかな!」
「詳しくありがとうございました。」
「わからないことがあったらいつでも声かけてね!」
元気よくそう言うとアリアたちは上の階へと上がっていった。
この建物にはエレベーターのようなものがついている。
魔法で動くシステムのようだ。
1年生は使用不可と書かれていた。
ここにも年功序列のルールがあるようだ。
私は部屋に戻り一息ついた。
鍵をかけてアレを試してみることにした。
ひとまず念のため部屋の中で転移できるか確かめてみた。
問題なくできる。
そしていよいよ本番だ。
帰りもこの部屋で問題ないだろう。
しっかり観察して戻れるように備えた。
─森の家の私の部屋へ─
問題なく転移することができた。
部屋のドアを開けると二人が一斉にこちらを向いた。
数時間前に別れたというのに二人は泣きそうな顔で私に駆け寄ってきた。
「ネロったら、こんな長距離の転移は危険かもしれないと言っただろう!」
「寂しかったよ、ネロ。会いに来てくれてありがとう。」
二人とも昼まで一緒に居たのに長い間会っていなかったかのような様子だった。
「これでいつでも来れるってことがわかったよ。」
私が戻ると言うと二人は名残惜しそうにした。
「もう戻るのかい?来たばかりなのに!」
「ご飯は?食べていかないのかい?」
私はトマトだけつまんだ。
「ごちそうさま、じゃあまたね。」
私は寮の部屋に戻った。
口の中はまだフラルのトマトの味がした。
広い部屋は静かだった。
いつも狭い部屋に三人でいたからなんだか変な感じがした。
明日から授業が始まる。
私は早めにお風呂に入り寝ることにした。
─この広い部屋に一人で─
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