第五話
試験会場には200人くらいの子供たちがいた。
この中から上位50名が入学を許されるのだという。
4倍の試験とはなかなかの難関ではないか。
みんなの実力がわからない今はどの程度の力を出すべきか、合格するにはそこのライン引きにかかっている。
目立ちすぎずに合格できるラインをみつけなくてはいけない。
並ばされた子供たちは数ヶ所ある適性を見るアイテムに手をかざしていた。
これは家でサイカと何度も練習をしたのでおそらく問題はない。
火と水の2属性持ちということで決めている。
並んでいる間にも私はまわりの子供たちの観察を続けた。
試験で緊張するとこのような表情になるのか。
勉強になるとは思ったが真似をするのも面倒だった。
みんな無表情なら楽に生きられるのに。
試験の結果は紙に書いて本人に渡しているので私にはどの子にどの属性があるのかはわからなかった。
珍しく試験官が「これは!」と、嬉しそうな顔をしていた。
どうやら光属性の子がいたらしい。
これだけ人数がいても数人しかいない属性。
私も持っていて治癒魔法も使えるが目立つことこの上なしなのでうまく隠す。
サイカとの練習は完璧だ。
私の順番になり、丸い石のようなものに手をかざす。
この鑑定アイテムの構造は理解してある。
火と水以外の属性を感知されないよう誤作動を起こした。
「なんだって?!」
試験管が声を上げた。
完璧に偽装したつもりだが失敗したのだろうか?
「ネロくんだね、すまないがもう一度やってみてくれるかい?」
私はそう言われて慎重に手をかざした。
これで完璧なはずだ。
「君、すごいな…はい、次は向こうの部屋に行ってね。」
紙を渡され、とりあえず適性試験はパスできたようだった。
失敗したのかと記入された紙を見ると、火と水のところに丸がついていた。
─なんだよ うまくできてるじゃないか─
そう思ったが適性試験にはその先があった。
熟練度というものがあり、火も水も80%オーバーと書かれていた。
サイカはそこまで見るなんて言っていなかった。
そんなことまでわかるなんて、あのアイテムも試験も年月を伴って進化したわけだ。
他の子がどれくらいなのか他の子が持っている結果表を盗み見た。
どの子も20%や30%くらいだった。
─これはまずいかもしれない─
「俺すごいだろう!熟練度37%もあるんだぜ!」
さっき私に向かって不合格だと言ってた子が自慢げに大声を上げていた。
他の子たちは「すごいな」と彼を見ていた。
私は結果を誰にも見られないように折って隠した。
37%だと自慢していた子は『ダリル』という名の貴族の子だった。
聞いてもいないのに自分で個人情報をばら撒いている。
ダリルは私と目が合うとニヤリと笑って鼻で笑った。
きっと馬鹿にしているのだろう。
感情のない私にとってはそんなのノーダメージである。
次は記述試験だった。
ここは手堅く全問埋めておこう。
こんな簡単な問題だ、みんなが満点なら1つ間違えるだけで不合格になるやもしれない。
────
1時間ほどの試験のあと、実技試験の前に30分の昼休憩となった。
受験生たちは各々好きなところで食事をとっている。
私もサイカにサンドイッチを持たせてもらっていた。
ホールは人が多いので中庭に行くことにした。
中庭には在校生がいた。
立派な制服に身を包んだ彼らは年齢もそんなに変わらないだろうが大人びて見えた。
私は人が少ない隅のベンチを見つけてそこに座った。
在校生に混じって緊張した受験生たちがため息をついたり笑ったりしながら昼食をとっている。
私はこんな時にも観察をしていた。
─子供は表情がくるくる変わるんだな─
そうしていると一人の女子が近づいてきた。
「ボクはもう食べ終わったのでどうぞ。」
私はベンチをその子に譲った。
「はじめまして、私はユイよ。あなた適性検査で試験管にすごいって言われていたけど…珍しい属性持ちなの?」
よく見るとこのユイという子は光属性の子だった。
ライバルがいるとでも思ったのだろう。
「いいえ、ボクは火と水属性だよ。普通だよ。」
彼女の表情が柔ぐのがわかった。
「そう。でも2属性持ちなんてすごいわね。」
「すごくなんてないよ、受験生の中にもたくさんいると思うけどな。」
「そうかしら?あまり聞かなかったけど…そろそろ時間になるわよ、あなたも中に入った方がいいんじゃない?えっと、あなたの名前は?」
「ボクはネロ。よろしくユイ。」
私が挨拶をするとユイは少し顔を赤くした。
何か変だったのだろうか。
「ネロくんね、よろしく。」
そう言うと足早にホールへと入っていってしまった。
私は子供同士のつきあいに慣れていない。
何かおかしかったのかもしれない。
もっと観察を続けて普通にならなくてはいけない。
────
午後からの実技試験用にホールには的が用意されていた。
私がどういう試験なのかと考えていると空中に番号が現れた。
「合格者の受験番号です。ここに番号が無い人は残念ながら不合格となります。」
どうやら記述試験が通らなかった子は実技試験を受けられないらしい。
サイカはそんなこと言ってなかったが人数が多いので緊急で振り分けたのかもしれない。
私の番号は44番のようだ。
空中を探すとそこには44という数字がプカプカ浮いていた。
記述試験はうまくいったようだ。
泣きながらホールを出ていく子たちやとりあえず合格して喜んでいる子たちでホール内はざわざわとしていた。
鐘が鳴り、あたりは一気に静まった。
「では実技試験を始める!」
いよいよ始まる。
私は他の子たちの実力を見極めてちょうどいい力加減でこの試験を乗り越えなくてはいけない。
私が観察する気まんまんでいると
試験管は私の番号を叫んだ。
「12番のユイさん、44番のネロくん、109番のダリルくん、前へ!」
何が始まるというのだ。
こんなこと聞いてない。
私は仕方なく試験管の前へ移動した。
隣には緊張した顔のユイとドヤ顔のダリルがいた。
「次の試験の内容を説明する。君たちはこの線の外側から向こうにある的に向かって魔法を放ってもらう。各自得意な魔法で構わない。」
試験内容は想定内だ。
あとは力加減を見極めないといけない。
「光属性だけは特別扱いとする。光属性には攻撃魔法が少ないので的に当たらなくても良しとする。」
治癒魔法を的に当ててもよくわからないからだろう。
「先生、私は光の矢の魔法が使えます。」
「おぉ!それはすごい。ではそれを見せてもらおうかな。ダリルくんは左側の的を、ネロくんは右側の的を狙ってくれ。では第二試験を始める!」
私の目論見は外れたようだ。
まさか1番手になるとは思わなかった。
─どうしよう─
私が困っていると隣りに居たユイが光の矢を的に当てていた。
ダリルはこちらを見て先にやれよと言っている。
ここは覚悟を決めてやるしかない。
光の矢はそれほどの攻撃力はない。
浄化を目的にしているものだ。
おそらくユイのものより強めに撃たないと不合格になるだろう。
私は意を決して的に炎魔法を撃ち込んだ。
火の矢は鋭く突き刺さり、的は燃えだした。
すかさず水魔法を出して燃える的の火を消した。
次の子が火属性だと困るので濡れた的を火魔法を調節してまわりに漂わせ、的を乾かした。
ホール内はシーンと静かになった。
私は何か間違ったことをしたのだろうか?
「今のは…ネロくん、お手本をありがとう。みんなも持てる力を振り絞って試験にのぞむように!」
ダリルは青ざめた顔で的に向かって小さな風魔法を放っていた。
ドヤ顔のわりにはたいしたことないなと思ったがまわりの反応は違った。
「やっぱりダリルくんはすごいね!」
どういうことだろうか?
みんなが私を見る目に恐怖を帯びているように見える。
壁際に移動した私は他の子たちの魔法を見た。
ほとんどの子たちが的に届かないようなへなちょこの魔法を放っていた。
─なんだこれ?─
「あの子、無詠唱でとんでもない威力の魔法を出してたわ。」
「大人が変身して身代わり受験でもしてるんじゃないかしら?」
みんなは私を見て陰口を叩いている。
なんだか懐かしい。
ユイが近づいてきた。
「ネロくん、あなた一体何者なの?本当に8歳児なの?」
「え?そうだけど。」
ユイはさっきまでの優しい表情ではなくなっていた。
「ふんっ。私だって負けないんだからね。」
そう言うと怒った顔でユイは去っていった。
どうやら私は力加減を間違えてしまったらしい。
────