第四話
この世界では8歳になると才能のあるものだけが魔術学校に通うことを許される。
魔術学校は王都にあり、私の住んでいる近くの街からさらに数百キロ離れた場所にある。
サイカは私に「魔術学校に通いたい?」と聞いてきた。
王都に行くのは自分の身の上が明るみに出てしまうというリスクがある。
サイカもそれは重々承知の上で私にそう聞いたのだった。
「ネロは魔法の才能がある。学校に行けばもっとその才能を伸ばすことができるだろう。」
「ボクは…」
興味がないわけではない。
しかし自分が棄てられた城の子供だとバレたらどうなるだろうか?
きっと殺されてしまうに違いない。
私が言葉に詰まっているとサイカはこう続けた。
「リスクが全く無いとは言えない。しかしこの8年間、棄てた子を気にしているような話は聞いたことがない。悲しいがお前のことは城でも忘れられた過去のことだろう。」
「そうだね…」
「全属性の適性があるのがバレると目立ってしまうが、お前ならうまく隠せるだろう?」
サイカはニヤニヤしながらこちらを見た。
確かに適性を見るアイテムに誤作動を起こさせるのは今の私には簡単なことだ。
「でもお金もかかるでしょう?ここからは通えないし、寮に入らないといけない。」
「そんなことは気にしなくていいんだよ。ネロが魔法を付与してくれたアクセサリーは大人気でね。結構な貯えもできたんだよ。」
「いいのかな…」
「ネロはどうしたい?」
二人は真剣な顔で私を見た。
「ボクは…行ってみたい。もっと勉強がしたい。」
そう言うとサイカは私を抱きしめた。
「もっとそうやって自分のしたいことを言っていいんだよ。ネロは我慢しすぎなんだよ!」
サイカはなぜか泣いていた。
フラルも目をこすっていた。
私が気がつかないうちに二人を泣かせるようなことをしてしまったのかもしれない。
「ごめんなさい。」
「謝らなくていいよ!入学するには試験があるんだ。対策を練るよ!」
サイカは私に試験の内容を聞かせてくれた。
サイカも8歳で魔術学校に入ったのだという。
試験は記述と実技の2つある。
それに加えて最初に適性を見る適性試験がある。
適性試験は何かしらの魔法の適性があればいい。
サイカが言うには適性を2つくらいにしておけば目立つことはないだろうと言われた。
私は火と水の2つを選ぶことにした。
「お湯を作れるのは便利だからな!」
サイカのお気に入りである。
問題は実技試験である。
記述試験は基本をおさえている私には簡単だろうと言うが実技はそうはいかない。
私はできすぎているとサイカは言う。
「全力でやると絶対に目をつけられる。まわりを見て手加減しながらやらなくてはいけない。」
毎年その内容は変わるらしくその日にならないとわからないのだと言う。
「まわりと同じくらいの力加減でやればいいんでしょう?大丈夫だよ、できるよ。」
「ネロなら大丈夫か。うん。きっと合格できるよ。」
私には凡人として入学するという新しい目標ができた。
────
王都へは近くの街から馬車で数時間かかる。
サイカは前日に私を連れて王都に来ていた。
初めて来る王都は賑やかで人も店もたくさんあった。
「今日はここに泊まって明日は朝から試験だよ。」
街外れにある宿屋は同じような家族で溢れていた。
みんな明日の試験を受けるのだろう。
そわそわしているもの、泣いているもの、やる気満々なもの、そこには子供らしい8歳児がたくさんいた。
私はその子たちに比べるとやはり子供らしさがない気がした。
だからといって今さら子供を演じるのも面倒だ。
しかし私はこの年齢になるまでに『普通の反応』と言うものを研究してきた。
普通ならこういうときはこうするものだ、ということを私なりに学んだつもりだ。
街で人間観察をした。
感情のない私にとっては不可解なことが多かったがサンプルの数を重ねるうちにだんだんわかってきた。
『異物』として目立たないように生きなくてはいけない。
ときには偽ることも大事だろうというのが私の結論だ。
本では得られない子供たちの生身のサンプルは多くはない。
私は宿の窓から子供たちを観察した。
近くの街にいた子供たちとは少し違うように見えた。
─なるほど 興味深い─
私が観察をしているとサイカがやってきて、
「友達がほしいのね?学校に行けばたくさんできるよ!」
と勘違いをしていた。
『友達』
今までにそんなものいたことがない。
元の世界で生きた17年間で私を理解してくれる人なんていなかった。
友達を必要と思ったこともなかった。
もちろん私が生きるために必要なことをしてくれていた大人はいた。
魔法が使えるような世界ではなかったのだから食べるものも寝るところも必要だった。
私は私にそれらを与えてくれる大人に従順に過ごした。
彼らは問題なく私たちが18歳になって出ていくのを望んでいたからだ。
せめてその思いに応えることくらいしか私にはできなかった。
あのまま18歳になり社会に放り出された私は今頃何をしていただろうか。
やりたいこともなく、ただ時が流れるのに身を委ねて生きてきた。
何か仕事をみつけて一人で暮らせていただろうか。
「ネロ?悲しそうな顔をしてどうした?お腹でも痛いのかい?」
サイカは心配そうに私をみつめた。
─私が悲しそうな顔を?─
「なんともないよ。ちょっと昔を思い出していただけ。」
サイカは「そっか」と言って頭を撫でてくれた。
「今日は美味しいものを食べに行こう!」
気を取り直したサイカは私を街のレストランへ連れて行ってくれた。
レストランでは食べたことのない料理がたくさんあった。
好きなものを選べと言われて私は迷わずにトマトのサラダをお願いした。
「トマトなら家でたくさん食べられるのに。ネロは本当にトマトが好きだね。」
そう言ってサイカはチキンの焼いたやつとトマトのサラダを注文してくれた。
どれも美味しかったがトマトはフラルが育てたものの方が美味しかった。
なぜかフラルの笑顔が頭に浮かんだ。
────
翌朝、私たちは早めに宿を出た。
一緒に泊まっていた子たちも続々と宿を出てきた。
「さぁ!がんばっていこう!」
サイカは私の手を取り、魔術学校へ向かって歩き出した。
サイカは緊張しているように見えた。
「作戦通りにやれば問題ないからね!」
「うん。」
10分ほど歩くと大きな建物が見えた。
ここが『ガレリア魔術学校』である。
「こちらで受付をして下さーい!」
門の前にはテーブルが並べられ、何か書類を書かされているようだった。
サイカも受付を済ませてくれた。
「この先は保護者は入れないんだって。一人で大丈夫かい?」
「大丈夫だよ。ちゃんと指示に従って試験を受けてくるよ。」
「じゃあ終了時間にここに迎えにくるからね。一人でどこにでも行かないでよ?」
「わかったよ。終わったら門の前で待ってるよ。」
サイカは私の頭を撫でてから抱きしめてくれた。
「がんばって!いってらっしゃい!」
その行為にどんな意味があるのか私にはよくわからなかったが悪い気はしなかった。
「いってきます。」
笑顔で手を降る子や泣きながら入っていく子たちに混ざって私は門をくぐった。
────
校内は美しく手入れされていた。
正面に校舎があり、その奥に寮棟が建ち並んでいる。
私たちは右手にある広いホールのようなところへ集められた。
見た感じお金持ちの子供が多そうだ。
貴族の子供もたくさんいるとサイカが言っていた。
フードをかぶった私を見て何か言ってる子たちがいた。
─フードは目立つのか─
私はフード付のローブを脱いでカバンにしまった。
その瞬間、私を見て変な顔をしていた女子たちの目つきが変わった。
「あの子見て!イケメン!」
「どこの貴族の子かしら?」
どうやら私を見てまわりの子たちがそう話をしている。
薄々感じてはいたがどうやら8歳になったこのネロという子は美少年だった。
同時に男子からの鋭い視線も感じた。
「なんだよ、女みたいな顔しやがって。」
「あんな貧弱なやつ、どうせ不合格になるさ。」
悪意を満ちたその言葉たちに私はなぜか懐かしさを感じた。
そしてなんだか高揚感を覚えた。
─悪くないな─
鐘がなり、先生が並ぶように声をかけだした。
いよいよ試験が始まる。
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