第四十五話
私は真っ暗闇の中、何をするわけでもなく過ごした。
この中では喉の乾きも、空腹も感じなかった。
眠ることができたらよかったのかもしれないが、眠ることもできなかった。
魔法の鍛錬でもしようとしたが、魔法は発動した瞬間に消えてしまう。
─どれくらいの時間が経ったのだろうか─
静かで真っ暗で、まるで時間の感覚がない。
私はその場に座り、目を閉じた。
神経を集中させてこの暗闇の中に違和感がないかを探した。
神経を研ぎ澄まし、目に見えない何かを探した。
微かに何かを感じた。
私はそれに向かって歩いた。
どれくらい歩いたかはわからない。
やがて私の足元に何かが触れた。
私は手探りでそれが何かを確かめようとした。
それは生きた何かだった。
「誰?!ボクはネロ。地上で悪魔に捕まってしまったんだ。」
そうその何かに向かって話した。
「ネロ様…?」
かすれていて小さな声だったが聞き覚えのある声だった。
「タカタさん?!」
「はい!このような場所でお会いするとは…いやはやなんとも…」
タカタさんはサーシャに捕まり、ランドライトを落とすのに利用しようとしていたのだそうだ。
しかし拉致してここに入れるとすぐに地上から『お呼びがかかった』そうで、私にはここで待てと言ってそのままにされていたという。
「ランドライトが何よりもあなたを心配してましたよ、タカタさん。」
私がそう言うとタカタは泣きだしてしまった。
「まったく不甲斐ない。ご主人様に心配させてしまうとは…」
タカタをみつけることはできた。
あとはどうにかして外に出ないといけない。
私はタカタの腕を掴んだまま、あてもなく真っ暗闇を彷徨った。
────
「何もありませんね。」
タカタはため息をついた。
「そうなんだよね。真っ暗だし。サーシャはしつこいくらい何か呪文を唱えたし、どうして精神崩壊もせずにいられるの!って怒ってたけど…さすがにそれも飽きちゃったみたいで。ボクのことも放置し始めちゃった。タカタさんはなんともない?」
「はい、私はずっとご主人様のことを考えておりました。私がいなくなって、さぞかしご不便を感じておられるでしょう。しかしこのままネロ様にも会えず、一人でいたら頭がおかしくなったかもしれません…」
─この人は本当にあの悪魔が好きなんだな─
そんな話をしていると頭上に光を感じた。
そうかと思うと白い腕が見えた。
「…掴んで…」
微かに女の人の声が聞こえた。
私はただその腕を眺めた。
「ネロくん!私の腕を掴んで!!」
そう聞こえた瞬間、私はタカタの腕を掴んだまま白く見えていた腕へと飛びついた。
そしてギュッとその腕を掴んだ。
────
目の前にあかりがいた。
「あかり?!」
「ネロくん!!!!」
あかりは叫ぶと私に抱きついてきた。
「ここはどこ?」
まるで煉獄のように灰で覆われていた。
「サマルナの城があった場所よ。」
「おいおまえら!!人の上でイチャイチャするんじゃねーよ!!」
なんだかグラグラすると思えば私はサーシャを踏んづけて立っていた。
「あぁ、ごめんよ。」
私はイモムシのようになっているサーシャを見下ろした。
「えっ?あかりがやったの?」
「うん…サーシャさんが魔物をたくさん出して…街を破壊したから…」
「そっか…それは生かしてはおけないね…」
私はサーシャを睨みつけた。
「ちょっとお待ちよ、ネロ。」
急に聞こえた声の主はランドライトだった。
「なぜ地上に?!」
「タカタの気配を感じてね。私とタカタは絆で結ばれているからねぇ。繋ぐものがあれば簡単に来れるのだよ。」
「そんなものなんだ。」
「あぁ、そんなものさ。それよりも勇者よ、はじめまして。私はランドライト、悪魔だ。」
あかりは急に目の前に現れたもう一人の悪魔に驚いていた。
あかりは困った顔でこちらを見たので私は小さく頷いた。
「長浜あかりです。よろしくお願いします。」
あかりはそう言うとペコリと頭を下げた。
ランドライトはそんなあかりを見て、優しく微笑んだ。
「勇者よ、どうかサーシャを許してはくれないか。」
「はぁ?」
私はランドライトを睨みつけた。
「ネロよ、そう睨むではない。」
足元で「ランドライト様ァァ!!」とサーシャは恍惚とした表情でランドライトを見ていた。
「人間に呼ばれたのだろう?サーシャよ。」
─人間に??─
召喚しようとしようとしていた関係者は消したはずだったが。
─まさか…─
「王妃が?」
私はサーシャを見た。
「えぇ、その人間が私を呼んだのです!王の命と民の命をやるから地上を灰にしてほしいと。」
─王妃の命も奪うべきだったか─
「そういう訳だから、原因は人間だよ。サーシャだけが悪いとは言えないだろう?」
ランドライトはニヤリと笑ってそう言った。
「そうだとしても…またいつ来るかわからないものを見過せというのか?」
「もちろんサーシャのことは私が責任を持って管理しよう。地上を滅ぼしてもなんのメリットもないと叩き込むとするよ。」
私は悪魔たちを順番に見た。
サーシャはボロボロだった。
「あかりはどう思う?」
「私は…二度とこんなことをしないって言うなら…ネロくんがいいなら、私もそれでいいわ。」
あかりはそう言って笑ってみせた。
大昔の勇者も悪魔を許している。
「サーシャ、もうしないって誓えるか?」
「ランドライト様が言うなら、私は従いますぅぅ。」
「わかった。サーシャを連れて帰ってください。」
「ネロ、すまんな。お礼にお前との主従関係を切ってやろう。」
ランドライトがそう言うと、首のペンダントから半月の形のチャームが割れて消えた。
「お前は自由だ。」
そう言うとランドライトは指をシュッとやって消えていった。
サーシャとタカタの姿もなくなっていた。
────
私は声も出せずに悪魔の消えたあたりを見ていた。
それはあかりも同じようだった。
遠くから黒いドラゴンが飛んでくるのが見えた。
「ネローー!」
どうやらシロネもいるようだ。
2人が目の前に来ると上空に光が差した。
すると、目の前には見覚えのある魔物の姿があった。
金色の大きなキツネのような獣。
─金色のフェンリル─
みんなは一斉にそれを見た。
私は声を出せないでいた。
シロネとブラドも口を開けて驚いている。
「神様!!神様ですね!!!」
あかりはそう言って目を輝かせていた。
「勇者あかり、よくやってくれました。勇者によって地上は守られた。」
「はい!」
「勇者あかりよ、おまえに1つ褒美をやろう。好きなものを言え。」
あかりは驚いていたがすぐにこう答えた。
「褒美はネロくんに!英雄ネロにお与えください!!」
─英雄?!─
「承知した。ネロよ、お前が望むものを与えよう。」
─私が望むもの─
「感情…」
私は無意識にそう答えていた。
『褒美はあかりに』と言いたかったのに、なぜか口から勝手に言葉が出ていた。
─感情?─
「承知した。」
金色のフェンリルが瞬きをすると金色の光り輝くものがゆっくりとこちらに近づいてきた。
「感情を突然与えることはできぬ。お前はこれからゆっくりと、しかし確実にそれを手に入れることができるだろう。」
そう言うとフェンリルは空へと駆けていった。
空はキラキラと輝いていた。
そうして真っ暗だった空が一瞬で明るくなった。
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「帰ろうか。」
みんな黙って私を見ていた。
「うん!帰ろう!!ドラゴンに乗って帰る?!」
ブラドはいつの間にか人間の姿に戻っていた。
「我はいいが、あかり殿が許してくれるかな?」
「だめです!誰かに見られたらどうすると言うんですか!」
「ちぇーっ!あかりのケチ!」
シロネはそう言って笑った。
「ケチで結構です!」
あかりもそう言って笑った。
「ネロが!!ネロが笑ってる!!!」
そう言ってラミラミが私に向かってすごい勢いで飛んできた。
私は思わず尻もちをついてしまった。
「ラミラミ?!」
「終わったのがわかったから飛んできたわ!!ねぇ、ネロが笑ってたわよね?!」
「笑ってた!なんかキモい!!」
─私が笑っていた?─
「ネロくん、本当によかった。」
あかりは泣きながら、立ち上がった私に抱きついてきた。
「あかり、ご褒美を奪ってしまったみたいで…ごめん。」
「いいの!!ネロくんの笑顔が見れただけで…私にはご褒美みたいなものよ!」
ラミラミが私とあかりの間に入り込んできて引きはがした。
「ほら!帰りましょう!ネロ、転移して!」
ラミラミは嬉しそうに私のフードの中に入った。
私はみんなと手を繋いで輪になった。
「帰ろう。ボクたちの家に。」
不思議な気持ちになった。
自分が笑顔になっている気がした。
心の中は真っ暗ではなくなっていた。
明るくて、あたたかくて、まるで太陽がそこにあるかのようだった。
─これが感情なのか─
私たちは帰ってきた。
みんなの待つ森の家に。
笑顔のみんながいる家に。
「ただいま!!」
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