第四十三話
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私は長浜あかり。
高校2年生だ。
高校生といえば受験や恋愛で忙しい時期だ。
しかし私はALSという難病を患わっている。
最初は運動音痴がゆえに足がもつれたり、何もないところで転んだりしているのだろうと思っていた。
身体がダルいのも疲れているだけだと思っていた。
ある日私は歩けなくなった。
いろんな検査を経て、私にはその難病が名前の前についた。
『ALSの長浜あかり』
それが去年のことだ。
私は介助なしでは生きられなくなっていた。
もちろん普通の学校に行くこともできなくなった。
頑張って入学した高校も半年しか通えなかった。
私は自宅で家族やヘルパーさんの介助があって生かされている。
きっと私一人なら床に転がったまま死んでしまうだろう。
だんだんと体の自由がきかなくなる難病。
いずれ死んでしまう難病。
私はその恐怖と毎日戦っていた。
私の見えないところで辛そうにする家族たち。
私は弱音を吐かなかった。
心だけは強くあろうと思った。
みんな私を1日でも長く生きてほしいと、身を削って介護してくれている。
死に向かって生きるのは容易ではなかった。
早く死んでしまいたいとも思った。
そんな中で母や妹は私がまだできることを探してきた。
私はまだ指が動かせる。
その指で操作できるように車椅子に液晶のタブレットをくっつけてくれた。
「お姉ちゃん、好きなだけオタ活していいよ!」
そう言ってアニメや動画サイトを観れるようにしてくれた。
私はどんどん動けなくなっていったが、いつしか私はアニメの中で素晴らしい能力を手に入れ、世界を救う英雄になった。
そんな妄想で私は幸せだった。
とうとう指も動かなくなり、家族の優しい笑顔に囲まれて、私はゆっくりと眠りについた。
『みんなありがとう』って伝えたかったけど声は出なかった。
とびきりの笑顔をしようと思ったが、それもできたかはわからない。
─伝わっているといいな─
そうして私は私を縛っていた病気と決別した。
─と、思っていたのに…─
私はまた動けない状況にいた。
目も開けられず、しかしどうやら生きているようだった。
─天国ではないことは確かだろうな─
私は身動きも取れない自分を思い、悲しんだ。
神様はなんて不公平なんだろうか。
ときどき男の声が聞こえた。
なにやらモゾモゾと何かを唱えているようだ。
─お経でもないし なんだろう─
『勇者様 もう少しです。もう少しであなた様をお助けできます』
勇者とは何だろうか。
私はアニメを観すぎて頭がおかしくなったのだろうか。
そうして身動きもできなかった私はある日、すごく温かくて気持ちのよいものに包まれた。
どこからか少年の声が聞こえたように感じた。
なぜか目が開いた。
ここは…水槽の中?!
そして目の前には少年がいた。
緑色の髪の毛の少年が。
私は無意識に『たすけて』と言った。
この子は救世主だ。
きっと私を助けてくれるに違いない。
伝わっているかはわからない。
しかしあの声の主がやって来た。
私は目を閉じた。
この年配の男は私の味方ではない。
人々から何かを奪って、私にそれを与えているようなことを言っていた。
私にはそんなもの必要ない。
私は誰かの命を奪ってまで長生きしたいだなんて思わない。
動けないのも喋れないのも慣れている。
夢なのか現実なのかわからない。
私は運命に逆らうことはできないようだ…
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─あたたかい─
私は明るくてあたたかいものに包まれて目を覚ました。
そこにはお父さんもお母さんも妹もいなかったけれど、あたたかい場所だった。
不思議な世界だったけれど、私は受け入れた。
だって…
だって私は歩くことができた。
話すことも、笑うこともできた。
食べることも…
これは神様がくれた『おまけ』なのかもしれない。
『かわいそう』だった私へのちょっとした『おまけ』。
異世界に転生したら…
『普通の人間』でしたが。
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私は『勇者』だと言われてもいつまでも『普通の人間』だった。
しかしそんなことどうでもいい。
私が諦めていたいろんなことが今はできる。
魔法を使う不思議な人たちに囲まれ、ときには事件もあったけど、毎日楽しく暮らしていられる。
そしてネロは…
私を助けてくれた英雄は私に中華鍋をくれた。
私が知っているアニメには、そんな勇者はいなかったけれど。
私にはこれくらいがちょうどいい。
─勇者として料理を極めようじゃないか─
それが良かったのかはわからないけど、私の中に熱いものが生まれた。
私を取り囲む、大切な人たちを守りたいと。
本気でそう思った。
─もっと強くなりたい─
そして私はたくさんの魔法が使えるようになった。
生まれてきてこんなに努力をしたのは初めてだった。
1回目のときにもこれくらい頑張っていれば…
と、考えたこともあったが。
過去を振り返っても仕方がない。
私は目の前にあることを全力でやるしかない。
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「ネロくん…どこに行ってしまったのでしょう…」
ブラドさんが私たちを背中に乗せて東の森から森の家まで連れてきてくれた。
ドラゴンはとても速く飛ぶことができるようだった。
私はしがみつくことに必死で景色を楽しむ余裕なんてなかった。
「ビューンって!ブラドすごい!」
シロネちゃんはいつも明るくてかわいい。
私にとっては妹のような存在だった。
ネロくんが消えてから私は生きた心地がしなかった。
こんなとき、シロネちゃんのような存在はとても貴重なのかもしれない。
フラルさんやサイカさんにネロくんのことを話すと、
「悪魔に呼ばれたのではないかい?」と言った。
「こんなに長い時間いなくなったこと、ありましたか?」
「あぁ…確かにいつもは数分か数時間で帰って来てたね…」
「でも悪魔のところで何かやらされているだけかもしれないし。きっとネロなら何食わぬ顔で戻ってくるよ!」
サイカさんはそう言って私の背中を叩いた。
「そうですね…ネロくんだし!」
みんな心配なのを出さないようにしているのがわかった。
私も作り笑顔でもなんでもいいから、悲しむのはやめよう。
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ネロくんがいないので遠くに行けなくなった私たちは近くの森をパトロールしている。
ブラドさんが「我が運んでやるのに」と言ってくれたけどお断りをした。
ドラゴンが飛んでいるなんて他の人がみつけたらきっとパニックになるだろう。
ネロくんはそんなこと望まないはずだ。
3日が過ぎ、10日経ったがネロくんは帰ってこなかった。
ネロくんがいない世界はいつものように平和だったが、ぽっかり穴が開いているような何かが足りないという気持ちになった。
いつもすごい力でみんなを守っていたネロくん。
ネロくんがいない今、みんなを守るのは私の仕事だ。
いつネロくんが帰ってきても恥ずかしくないように、私がしっかりしないと。
私は不安な気持ちを押し殺して、森での鍛錬を再開した。
ネロくんを助けられる力がほしい。
私を救ってくれた英雄。
彼はきっとまだどこかで生きている。
私の中にある何かはそう確信している。
みんなも諦めていないようだった。
悪魔の動きはない。
しかし何かが始まるのならば、私はそれを全力で止めに行く。
きっとその先にネロくんはいる。
私を闇の中から救ってくれた少年。
私の英雄。
ネロくんは私が絶対に助ける!
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