第三十五話
分身はほっといてもちゃんとやってくれるようだ。
ラミラミは私の分身のことを『ネロリン』と呼んだ。
「ネロリン、仕事をしているように見せるのがうまいわね。」
─褒めてるのか貶してるのか─
サマルナの城の中をちゃんと見るのは初めてだった。
学校に通っているときに数回、中に入ったことがあった。
スプランの城よりも小さくて無駄なものがない気がする。
この城にも地下がある。
兵士たちの話では牢屋があるのだそうだ。
牢屋に入れられてもすぐに処刑されてしまうので使う頻度は低いらしい。
ここでの司法制度は無いに等しいのかもしれない。
『王子が覚醒してから王は静かになった』という噂が流れていた。
覚醒が何かまではわからなかった。
王妃は『ご病気』らしく寝室で厳重な警備がついていた。
入れるメイドも決まっているようで、ネロリンは近づくこともできなかった。
この国には姫もいるのだが、今は留学をしているらしい。
王族だからかもしれないが、家族バラバラに暮らしているようだった。
棄てられたことに感謝したい気持ちになる。
絶対にサイカの家にいた方が有意義で実りある毎日をおくれた。
城の中は静かだったが、ときどきバタバタすることがある。
『王子様が不機嫌だ』と聞いたらみんなはバタバタと忙しそうにする。
どうやら暴れて物を壊したり兵士を殴ったりしているのだという。
私は掃除に紛れてネロリンを王子の居室に潜入させた。
「なんで悪魔は来ないんだ!十分な褒美を用意しているというのにっ!!」
「申し訳ありません!!なんでも気分が乗らないからと仰ってまして。」
「気分が乗るようにうまくやれよ!」
「はい、それはもう、細心の注意をはらっているのですが…なにぶん相手は悪魔ですので…」
「ちっ」
「次の準備が整い次第、新たな条件も追加して交渉にあたりますので…」
「なんで毎回そんなに準備に手間取るんだよ!」
「悪魔を召喚となりますと、かなりの魔力を消費いたします…魔術師や神官から魔力を借りているのですが、彼らを酷使しすぎたようで…回復にはもう少しかかるかと…」
「使えない奴らばっかだな!!!もういい!目障りだ!みんな出ていけ!」
王子はそう叫ぶと椅子を投げ飛ばした。
私はうまく避けて部屋から出てきた。
─なんだあの生き物は?─
あんなものが弟だなんて信じられなかった。
あれが次期王だなんて、この国は悪魔が来なくても滅亡するかもしれない。
私はブツブツ文句を言う髭の魔術師を追いかけた。
この人は『ダリ』と呼ばれている。
本名はもっと長いらしいが聞いたことがない。
かなりの魔力を持ち、闇属性を持っているらしい。
闇属性持ちというだけで城の人々は彼を恐れている。
ダリには城の中に部屋が与えられている。
その部屋に入るチャンスは今のところない。
私は廊下を掃除しながら聞き耳を立てた。
どうやらダリは部屋の中でストレスを発散しているようだった。
『あのクソガキが!』
『調子に乗りおって!』
廊下まで聞こえてきた。
主従関係はうまくいってないらしい。
─あたりまえか─
ネロリンにはほとんど魔力がない。
物を動かす程度の簡単な魔法しか使えない。
だから異物として探知されにくい。
城の中には把握できないほどたくさんの人が働いている。
しかもすぐクビになったり辞めていく人も多いから人の出入りが激しい。
ネロリンが突然働きだしても誰も気にしなかった。
─従業員の管理も適当だな─
誰の担当かということだけは決まっているらしく、リーダーがいても自分のグループの人間しか把握していないようだった。
ネロリンは誰の担当でもなかったが、誰もネロリンが誰の担当なのか気にもしない。
だから好きな場所に行って好きなことをしていても誰にも声をかけられることはない。
しかし1つ誤算があった。
ラミラミの魔法で黒いスライムだったものが人の姿になったわけなのだが、ラミラミはネロリンを美しく作りすぎた。
それによって兵士たちの目を引くことになってしまった。
私はすぐにメガネをかけて目立たないようにと努力をしたが、それでも声をかけてくる兵士が時々いた。
─ちゃんと仕事しろよ─
ラミラミたちは最初はネロリンの映像を楽しんでいたがすぐに飽きてしまったようだった。
シロネは一人でギルドの依頼を受けると言って冒険者ギルドに行ってしまった。
ラミラミもアクセサリーを売りに行くと言って出ていった。
今は動くことができないので二人には自由に過ごしてもらっていた。
私はベッドに横になりながらネロリンとして城の中を見回っている。
城の奥の方に広い部屋があり、そこは病室のようになっていた。
私はタオルを運んでいるフリをしながら病室の中を観察した。
中には魔術師や神官たちがベッドで寝ていた。
ダリの言っていた回復中の者たちだろう。
回復中と言っていたが私には回復しそうには見えなかった。
みんな虚ろな目を半開きにしていて、口はだらしなく開きっぱなしでよだれを垂らしている。
─何をしたらこうなるんだろう─
治癒魔法を使える人が数人いるようだったが、彼らも疲弊しているようで、まともに治療されていないようだった。
─これならまだ時間はあるな─
私はネロリンに任せて意識を本体に戻した。
ネロリンが見ているものは木の板に映る。
私はそれをボーッと眺めていた。
─見ているだけではなんの解決にもならない─
わかってはいたが方法がわからない。
城を攻撃して中の人たちを殲滅するのは簡単だろう。
あのダリという男だけは注意が必要だろうけど、ヤミほどの強さは感じない。
私とシロネだけでもきっと陥落させることは可能だ。
しかしそれでいいのだろうか?
城で働く人たちも少なからず被害を受ける。
王家を滅ぼしたら誰がこの国を率いるのだろうか?
留学中の姫?
まだ10歳くらいの少女に突然王位が回ってきたら本人もまわりもびっくりだろう。
ジナーのあの様子だと話し合いで解決するような相手ではないことはわかった。
─なぜ悪魔を呼びたいのか─
私は理由が知りたかった。
平和な国で何不自由なく暮らしているのに、まだ欲しいものがあるのか。
いくら国が広くなろうが領民たちが幸せに暮らせないと意味がないのに。
────
私は森の家の様子を見に来た。
リロはスタスタと歩いて水魔法を出して遊んでいた。
─さすがサイカの子供だ─
「ネロ!久しぶりだね!問題なくやってるかい?」
「うん。みんな元気だよ。」
「今日は一人なんだね。」
フラルは少し寂しそうにした。
「ごめんね、ちょっと様子を見にきただけなんだ。今度ちゃんとみんなを連れてくるね。」
「こっちは相変わらずだよ!」
フラルはそう言って私にトマトを投げてよこした。
真っ赤なトマトはお日様の味がするようでとても美味しかった。
私はあかりを探して木陰に呼んだ。
「ネロくん、おかえりなさい!」
「ちょっといいかな?」
私はジナーが悪魔を召喚しようとしている話をした。
「じゃあ悪魔が地上に来るかもしれないってことなのね。」
「うん。今はみんなに秘密にしておいて。きっと怖がるから。」
「そうね…わかったわ。」
「あかりは勇者としてこの世界に来たからさ、もしかしたら何かに巻き込まれるかもしれないと思って。」
「教えてくれてありがとう。私ね、料理以外にも何かできるようになりたくていま勉強中なのよ!」
そう言ってあかりは火魔法と水魔法を見せてくれた。
「治癒魔法も少し使えるようになったの。」
「すごいじゃないか!!素質があるのか、センスがいいのか、どっちにしてもこの短期間ですごいことだよ!」
あかりは頬を赤らめて照れているようだった。
「みんなを守れるようになりたいなって、そう思ったの。」
あかりは畑で働くフラルや走り回っているリロを見た。
その顔は凛としていてとても美しく見えた。
「ここのことはあかりに任せるね。魔法の練習、無理しないように。この近くの森にも大きな魔物はいるからね。調子に乗って返り討ちにあわないように。」
「はーい!」
私は笑顔で森の家をあとにした。
あかりのステータスは大幅にアップしていた。
きっとこのまま鍛錬を続ければ素晴らしい戦力になるだろう。
そして私はあかりの中に新しいスキルをみつけた。
『勇者の心』
それがいったい何なのか、どんな効果があるかはわからない。
しかしあかりの中で何かが変わったのは間違いない。
ただの何もできない人間から立派な勇者へと成長している途中なのだろう。
─森の家を頼むよ 勇者様─
────




