第二話
私はいつの間にか3歳になっていた。
サイカは私を連れて街に行き、通りでアクセサリーの店を出すようになった。
私は言われたとおりにおとなしく商いをするサイカの後ろで座っていた。
サイカは私に子供向けの魔導書を買ってくれた。
フラルにはまだ字も読めないのにと言われたがサイカは「絵を見るだけでも楽しいわよ」と言って私に与えてくれた。
フラルの言うとおり私はまだ字が読めなかった。
私が字を教えてと言うとサイカは驚いたがすぐに教えてくれた。
この世界の文字は日本語のように複雑ではなく、覚えるのは簡単だった。
「ネロは天才かもしれないわ!」
サイカは鼻息を荒くしてフラルに力説していた。
フラルはいつも「はいはいそうですね」と笑いながら聞き流していた。
こうして私は店番をしているサイカの後ろで魔導書を読んでいる。
まわりには3歳の子が絵本でも読んでいるようにしか見えないだろう。
サイカも「天才だ」とは言うものの、まさか読んで理解してるだなんて思ってもいないだろう。
私も人前では魔法を使わなかった。
サイカが言うには元の世界で言う小学校のようなところで学んで初めて魔法が使えるようになるのだという。
下手に目立って、棄てられた子が生きていると城の誰かにみつかるのはよくない。
せっかく育ててくれているサイカやフラルに迷惑をかけることになる。
多彩な感情はなくてもそれくらいの善し悪しはわかるつもりだ。
私はサイカにねだってフードのついたマントを買ってもらっていた。
この世界の人たちはみんな髪の毛が淡い緑色だった。
私の髪の毛はみんなより少し色が濃い。
何度か明るくしようと魔法をかけたが髪の色はそれ以上変わらなかった。
「大丈夫よ、誰もそんな違いには気がつかないわ」とサイカは言ってくれたが念のために外に出るときはフードをかぶっている。
そんな私の姿を見て、サイカはときどき悲しそうな表情をすることがある。
そんなとき笑えたらいいのにと思うがどうにも私は表情を変えるのが苦手だ。
それは元の世界のときもそうだった。
感情がないから表情も変わらない。
至極簡単な理由である。
痛みや空腹は感じるが私はどうやら我慢強いようだった。
そんな時ですら表情に出ることは少なかった。
サイカとフラルは最初こそ「おかしい」と言って気にしていたが今ではもう慣れてしまったようだ。
『ネロはこういう生き物』だと思えば気にならなくなるらしい。
いちいち変だと言われないのはありがたいことだった。
元の世界では『普通じゃない』ものに対する圧力が大きかった。
『異物』は排除したがる傾向にあった。
私は俗に言う『イジメ』というものを受けていた。
私は酷いことをされてもなんとも思わなかった。
そんな反応の私に飽きたのか『イジメ』は長続きしなかった。
『イジメ』の先にあったのは無視だった。
私はいつの日か空気になっていた。
気にしないとそこに存在してると気がつかない存在になった。
それもこれも私にとってはどうでもよかった。
他人にどう思われようが関係ない。
しかし、今は違うようだ。
どんなに無表情でもサイカとフラルは私を愛してくれているようだった。
生まれて初めて『味方』だと思えた。
この二人だけは何があっても大事にしないといけないと思った。
頭ではそう理解していたが、だからどうするべきなのかはわからなかった。
わからないので、とりあえず迷惑にはならないように生きることにした。
先を読んで悪い結果になりそうなことはしないことにした。
一般的な3歳児がどうなのかはわからない。
そんな昔の記憶は私にはとっくにない。
────
昼から夕方まで店を出して、買い物をして帰るのが日課になっていた。
サイカの品物はなかなか評判がいいようで生活するのに十分なお金を得ることができているようだった。
「今日もお利口さんだったね、ネロ。」
そう言われて私は頷いた。
サイカはそんな私を見てニコニコしていた。
サイカがなぜニコニコしてるのかは理解できなかった。
私は早く帰って魔導書の続きが読みたかった。
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あのまま生きていれば私は20歳になっていただろう。
しかし今は3歳だ。
夜更かしをして本を読みたいが体は3歳だった。
夕食が済むと眠くなってしまう。
そんな私をサイカは急いでお風呂に入れてくれた。
風呂上がりはますます眠くていつもすぐに寝てしまう。
子供の体は厄介だ。
早く大人になりたいものだ。
そして途中で目覚めることもなく、ぐっすり眠った私が起きると朝になっていて、すでに朝食の用意ができている。
時計がないので定かではないがおそらく10時間くらいは寝ているだろう。
元の世界を思うとかなり異常事態だ。
午前中のサイカはフラルの畑仕事の手伝いをする。
その間私は裏庭で一人になることができる。
柵の外には行かない約束になっているので私は小さな体で柵によじ登り、柵の外に向かって魔法を使ってみる。
この世界の魔法は詠唱してやっと発動する場合が多い。
サイカもたくさんの呪文を教えてくれた。
しかし私はどうやら無詠唱で魔法を発動できるらしい。
そして魔法には属性というものがある。
火、水、風、土、光、闇、そして無属性魔法の7つに分類されている。
魔法使いはそれぞれ1つか2つの属性しか適性を持っていない人が大多数なんだそうだ。
サイカは光と闇以外の属性の魔法が使えるらしい。
かなり稀な逸材なんだとフラルが言っていた。
しかし私はどうやら全属性の適性がある。
適性があるだけでまだ使えるわけではないが、それを調べたときにサイカはかなり驚いていた。
サイカは属性を調べるアイテムを見て、「きっと壊れているんだ」と言うことで無理やり納得していた。
柵に登った私は向こうにある木に向かって魔法を出してみる。
火属性は火事になりそうなので使わないようにしているが今のところ水と風と土の簡単な魔法は使えるようになった。
子供向けの魔導書のおかげである。
しかしその魔導書に光と闇の魔法については書かれていなかった。
身近に使える人もいないので教えてもらうわけにもいかない。
もっと高度な魔導書が必要だ。
私は柵から飛び降りて家の中に向かった。
本棚に何かあるかもしれない。
窓から畑を見るとサイカとフラルは何かを収穫していて忙しそうだった。
この隙に本棚を物色しよう。
サイカの部屋にはたくさんの本があった。
サイカも魔法が好きで魔導書もたくさん持っていた。
分厚い本がたくさんある。
私は難しそうな魔導書をみつけて手にとってみた。
3歳の体でその本を取り出すのは一苦労だった。
本のタイトルは『光と闇』と書かれている。
今の私が求めているものだ。
私はその場で本を開き読み始めた。
光と闇属性を使える人はかなり少ないと書かれていた。
古代では、光は天使の、闇は悪魔の魔法とされていた。
他の属性の魔法と違い構造も複雑だということだ。
それに加えて適性とセンスがないと使えないのだという。
光の魔法には治癒魔法や浄化魔法などがある。
使える人は神官や医者の職に就く人がほとんどだと言う。
逆に闇魔法は怪しげなものばかりだった。
ポピュラーなのは重力系の魔法で戦闘の場面でも重宝するということだった。
本には魔法の構造から呪文に至るまで詳しく書かれていた。
他の属性に比べると遥かに複雑で3歳の脳には容量オーバーだったようだ。
気がつくと私は本を枕に眠ってしまっていた。
「いないと思ったらこんなところで寝ていたのね。」
サイカは私を優しく揺らした。
「ネロ!お昼ご飯だよー!」
私はノロノロと起き上がり、分厚い魔導書を持って居間に向かった。
「ネロ?そんな難しい本を読む気?」
サイカは笑いながら私に問いかけた。
私はすぐに頷いた。
「そう。ネロは勉強家ね。」
サイカは私が本気で読むとは思っていないようだ。
私は子供向けの魔導書を卒業した。
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