第十四話
タカタは悪魔の屋敷の中を案内してくれた。
屋敷の中はどこも薄暗くてなんだか寒気がする。
しかし私の肌には馴染むようだった。
思いの外、居心地がいいようだ。
屋敷は特に変わったところはない。
食堂や調理場があり、客室もたくさんある。
見たことのない姿の亜人たちがせっせと働いていた。
「ゴブリンでございますよ。彼らはよく働くいい種族です。」
タカタは説明しながら歩いてくれた。
「煉獄と言いましても、地上とさほど変わりないと思いますが。」
タカタはそう言って屋敷の玄関のドアを開けた。
私は外に出てみた。
─どこが変わりないというのか─
外も薄暗い。
夜なんだろう。
植物という植物は視界の中には1つもない。
屋敷のまわりは石やレンガできれいに整備されているが、門を抜けるとそこは荒廃した土地がどこまでも広がっていた。
天まで届きそうなほど高い岩山が遠くに見える。
地上が緑でいっぱいだとしたらここは黒だ。
─真っ黒な世界だ─
私は屋敷の中に戻った。
外には生命体の気配を感じられなかった。
「タカタさんも悪魔なんですか?」
「私はヴァンパイアでございますよ。」
「煉獄には悪魔がたくさんいるの?」
「そうですねぇ…私が知っているのはご主人様と、もう一人だけですね。」
「二人しかいないんだ。」
屋敷に戻るとタカタは部屋の一つに案内してくれた。
2階の端にある部屋を私に使うように言ってタカタはどこかに消えていった。
部屋は学校の寮よりもさらに広く豪華な造りになっていた。
必要な家具やトイレに風呂もある。
私は行ったことがないが元の世界でいうホテルのスイートルームのような部屋だろう。
大きな窓からはさっき見た荒廃した土地が見える。
ベランダに出てみてもそれは同じだ。
ふと空を見上げると月が4つあった。
色や大きさや欠け方も様々だがどういう現象でこう見えるのだろうか。
しかし4つあるおかげで夜なのにほのかに明るいのかもしれない。
月を見ていると急に眠くなった。
私は部屋に戻りベッドに入った。
それはふかふかで私はすぐに眠りについた。
────
「ネロ様、起きてください。」
タカタの声が聞こえる。
私はゆっくりと目を開けた。
窓の外はまだ薄暗い。
「まだ夜でしょ?」
「はて、夜とは… こちらは地上と違ってお日様がおられません。地上とは時間の流れも違うかもしれませんね。」
どうやら煉獄には太陽がない。
だから植物も見られないのだろう。
ふと月を見ると動いた形跡がない。
昨日とまったく同じ場所で同じ形のように見える。
まるでハリボテのようだった。
私はベッドから出てタカタに渡された服に着替えた。
黒いシャツに黒いハーフパンツだった。
大きな鏡が置いてあり、ふと自分の姿を見た。
そこには黒髪の少年がいた。
緑色だった髪の毛は真っ黒になっていた。
─これが本来の姿か─
タカタは悪魔の執務室に私を連れて行った。
「ネロよ、お前に仕事を与える。」
「はい。」
悪魔には逆らえないと本能が言っているようだった。
─私を召喚した者─
いわば、ご主人様というわけだろう。
「地上に戻り、勇者を探せ。」
「え、行き来するのは簡単じゃないんじゃ?」
「そのとおりだ。しかしお前にはあちらとの接点がある。その首から下げているものから強い力を感じる。」
私はサイカからもらったペンダントを見た。
弱い魔除けの効果しかないはずだが。
悪魔は指をシュッと動かした。
木彫りの三日月の横に黒っぽい石で作られた半円のチャームがついた。
「それが鍵となる。それがあればいつでもこちらに戻って来られる。」
戻りたくないと、この石を壊したらどうだろうか。
そう私が考えていると、
「その石は地上で壊すことはできない。もちろんその身から外すこともできん。」
と、悪魔はニヤリとして言った。
私の考えなどお見通しということか。
悪魔はまた指をシュッと動かした。
私は今まで来たことのない、広い何もない部屋にいた。
「ここは屋敷の地下じゃ。その魔法陣はゲート。地上とこちらを結ぶドアのようなものじゃ。」
床に赤い色で魔法陣が描かれていた。
私には読み取れないが文字のようなものが円の中にぐるっと一周書かれている。
「お前がそこに立ち、わしが呪文を唱えればお前は地上に行くというわけだ。」
「帰りはどのように?」
「なぁに、帰りもわしがここから呪文を唱えるだけじゃ。お前がどこにいようとここに戻ってこれるぞ。」
つまり私の意志とは関係なく引き戻されるということか。
「ではさっそく行ってもらおうかな。」
悪魔は私に魔法陣の中に立つように指差した。
「確認させてください。地上に攻め入るつもりはまったくないのですよね?」
「もちろんじゃ。今のわしに地上に行く力はない。それに地上を攻めるメリットなんて1つもないからな。」
私はずっと悪魔の目を見つめていた。
嘘をついているようには見えなかった。
ここで信じていいのか、悪魔がどのような性質を持つ生き物なのかもわからない。
私はとりあえず、なるようにしかならないと考えた。
ゆっくりと魔法陣の真ん中に立つ。
悪魔は何やら呪文を唱えだした。
足元は輝き始め、光が消えたかと思えば私は森の家の部屋にいた。
ドアの向こうにはサイカたち3人がいた。
「あれ?!ネロ!!どこいってたの?!探したわよ!!」
話を聞くとタカタが現れて私が戻ってくるまで1時間くらいしか経っていなかった。
どうやら本当にあちらとこちらでは時間の流れが違うらしい。
私は心配顔のサイカたちに本当の事を話した。
「じゃあ…悪魔がネロをこの世界に召喚したってことは…」
「うん。ご主人様みたいだよ。抗うことを許されない見えない圧力みたいなものを感じた。」
「そんな…かわいそうに…」
フラルは震えながら泣きそうになっていた。
─かわいそう─
私はまた『かわいそう』なものになったようだ。
「だから勇者を探しに行ってくるよ。」
「えっ?!一人で??」
サイカは驚いて立ち上がった。
「一人の方が効率がいいと思う。」
「確かにあんたは凄いけど、まだ12歳の子供じゃないか…」
「じゃあ毎日帰ってくるよ。それならいい?」
「でも…危険じゃない?」
私は最近覚えた魔法をみんなに披露した。
「えっ?!ネロ??」
透明化する魔法をおぼえたのだった。
姿を戻すと3人は驚いている。
「まさか…透明化の??」
私が頷くと3人は絶句したようだった。
とても珍しい魔法だと本には書いてあったが、この様子だと使える人は多くなさそうだ。
「わかったよ。無理はしないでね。」
サイカは諦めたようにそう言った。
「じゃあ明日の朝から行ってくるね。」
「行くって何か情報でもあるのかい?勇者の話なんてこの辺じゃ聞いたこともないよ。」
「とりあえず王都に行ってみるよ。」
────
翌朝、フラルに朝食をたくさん食べさせられてから私は王都内の人のいない路地裏に転移した。
ここは前から目星をつけておいたところだ。
大きな通りに出ると朝にもかかわらずたくさんの人が忙しそうにしていた。
私は姿を消して街の中を歩いた。
街の人たちには勇者の噂は広まっている様子はない。
私は騎士団の詰所に向かった。
城の横にあるそれは大きな建物だった。
門番が立っていて一般人は立入禁止という感じがする。
元の世界の警察とはまた違うのだろう。
私は中に入る騎士の真後ろについて行き、ドアをうまくすり抜けた。
中には休憩中の人や事務作業をしている人もいた。
どうやら階級の低そうな人たちばかりだ。
私は階段を上がり、隊長クラスの人を探した。
階段を上がるとちょうどドアを叩いている人がいた。
私は急いでその人について行き、部屋の中に入った。
「失礼します!」
「ジンくん、急に呼んですまないね。」
「いいえ!」
机の上に『カーサ騎士団長』と書かれたプレートがあった。
どうやらこの人が騎士団のトップだ。
「実は王族からある話が入ってね。なんでも隣の国で勇者が召喚されたと言うんだよ。」
「勇者?ですか?」
「この平和なときに、って思うだろう?」
「はい。」
「王家の人たちも懐疑的でねぇ。戦争になるんじゃないかと。そこで我々は警戒して見回れ、と言うことだよ。」
「国内に不穏な動きがないか警戒するということでしょうか?」
「それもあるけど1番はスパイがいないか探ってほしい。そんなものが紛れ込んでいたら大変なことになるからね。」
「スパイですか…承知しました。私が気づかれぬよう動いてみます。」
「嫌な仕事だけど頼むよ。」
「はい!」
ジンという男は敬礼をして部屋を出た。
私も一緒に出てきた。
戦争とは人間同士の話だろう。
悪魔が存在してることすらこの人たちは知らないように思える。
─隣の国─
次の行き先が決まった。
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