第十二話
私は自室に戻るとすぐに森の家に転移した。
二人はいつものように温かく迎えてくれた。
「ネロ?どうしたの?怖い顔をして。」
私は自覚がなかったが怖い顔になっていたらしい。
「私は悪魔なの?」
二人の顔から笑顔が消えて部屋の中は静まり返った。
「何言ってんだい!あんたは城の王妃様の子だよ!」
フラルは慌ててそう言った。
「そうよ、私は王妃様から生まれるネロを見たわ。」
サイカは平然を装ってそう言ったが唇が少し震えていた。
「母親は王妃様かもしれない。でも父親は?本当に王様なのかな?」
サイカは青白い顔になった。
フラルは泣きそうになっていた。
「王様じゃなかったら誰だって言うんだよ!急にどうしたんだよ、ネロ…」
サイカも泣きそうになっていた。
私は演習での話から校長室での話まで二人に話して聞かせた。
ベラリス先生からは口止めされていたが今はどうしてもこの話が必要だった。
─ベラリス先生ごめんなさい─
「悪魔が生きていて…キマイラを創り出した??」
サイカは本当に何の話か理解できない様子だった。
フラルは途中から震えてお茶を煎れると言って台所へ行ったきり戻ってこない。
「本で見たんだ。悪魔の姿を。黒髪に黒い瞳だった。」
サイカはビクッとした。
「私が棄てられたのって、黒髪に黒い瞳だったからでしょ?」
私がそこまで言うとサイカは泣きだしてしまった。
フラルは3人分のお茶を持ってきてサイカの横に座り背中をさすった。
「サイカ、話す時がきてしまったようだよ。」
フラルは優しい表情でそう言った。
「そうね、わかったわ。」
サイカは涙を拭いて私の目をまっすぐ見て話しだした。
「王妃様はお腹にいるあなたをとても愛していたわ。毎日お話を聞かせて優しく撫でていたのよ。
早くあなたに会いたいわ、なんて言いながらね。
でもね、本当にあなたは予定より早く産まれてしまったの。
春に生まれる予定だったのにあなたはまだ雪の積もっている時に生まれたわ。
医者も変だって思ったみたいだけど、そういうこともあるからね。小さく生まれてしまう子もいたから。
でもあなたは普通の大きさで、なんなら少し大きかったかもしれないわ。
ちゃんと元気な産声をあげてね、私も安心したのよ。
でも産湯につかったあなたの髪の毛は真っ黒だったの。
もうわかってると思うけど人間の髪の毛は淡い緑色よ。
昔から黒い髪の毛に黒い瞳は忌み嫌われていたの。あなたも昔の悪魔の話を聞いたんでしょう?」
私は頷いた。
「だから一目見て王妃様はあなたを棄てるように私に命令したの。王様には死産だったと報告したわ。
私が知ってるのはそれだけよ。父親が誰なのかなんて知らないし、あなたが悪魔だなんて思ったこともないわ。」
サイカの目は嘘をついているようには見えなかった。
「そうなんだね。変なこと聞いちゃってごめんなさい。」
私はサイカの話を信じることにした。
黒髪が忌み嫌われていたなら、そんな姿の者が城をうろつくわけもない。
ましてや王妃がそんな者の相手をするとも思えない。
「呪いでもかけられたのかな…」
私は迷ったがサイカたちに転生してきたという話をした。
生まれた瞬間から前世の記憶を持っていて、チートのように魔法が使えることも全部話した。
「なるほどね。信じるわ。」
サイカがそう言うとフラルも頷いた。
「ネロがときどき私たちの知らない言葉を言うのはそういうことなのね。」
「あ、そうだったんだ。気がつかなかったよ。」
「でもね、あなたがどんな記憶を持って生まれてきたとしても、ネロはネロよ。私たちのかわいい息子よ。」
「そうだよ、そんな話聞かされたところで何も変わらないよ。」
「うん。」
二人はなんだかスッキリした顔になっていた。
「もしかして前世は黒髪に黒い瞳だったんじゃないかい?」
「あぁ、そうだね、そうだったよ。」
「だからじゃないか!なんだ、謎は解けたよ!」
サイカはテーブルを叩いて喜んだ。
フラルも「そうだそうだ」と頷いていた。
─元の世界での私の─
考えたこともなかった。
私は高2の女子高生だった。
確かに黒髪で黒っぽい瞳だったけど、どちらかと言うとブスだったし、こんな美少年じゃなかったから思いもしなかった。
私の肩の重荷もスッと消えたような気がした。
私の仮説はどうやら間違っていたようだ。
それに悪魔に効く呪文を聞いたけど何も起こらなかったし、ベラリス先生たちも私を疑うような素振りは一切見せていない。
「ボク、帰るね。」
私は手で握りしめたままだったクッキーの袋をテーブルに置いて、フラルが淹れてくれたお茶を一気飲みした。
「あ、これ、お土産。クッキーだよ。」
「ありがとうネロ、また来てね。」
二人ともいつもの優しい顔になっていた。
二人は私を抱きしめた。
「またね。」
部屋に戻るとなんだかすごく眠かった。
シャワーで汗だけ流してすぐに眠ってしまった。
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ベラリス先生も校長先生も悪魔の話は一切しなかった。
しばらく経ったがキマイラの再解剖の結果も何も教えられなかった。
私からもその話はしなかった。
そして闇魔法は封印した。
人のいないところで試すこともしなくなった。
学校は通常通りになり、1年生だった私は2年生になった。
生徒会の3人は卒業していった。
私に会長職をやってほしかったようだが丁重に断った。
1年のSクラスのメンバーはみんなそのまま2年生のSクラスになった。
そして思ったとおり、寮の部屋は4階になった。
階が変わっただけで間取りはほとんど一緒だった。
エレベーターが使えるようになっただけだ。
担任もそのままベラリス先生だった。
教室だけ少し広くなった。
5人しかいないのに。
そして毎年行っていた演習は今年から廃止になり、先生が魔物を捕らえてきて学校内で狩るという授業に変わった。
去年のキマイラの件があるので誰も文句を言う人はいなかった。
その代わりに日帰り遠足のようなものが組まれ、王都の外の草原に薬草を探しに行くというイベントが増えた。
Sクラスだけではなく、それには参加希望を出せば誰でも行けるというものになった。
逆に行きたくない者は行かなくていい。
私は行く意味もないのだが、去年のこともあるし行くことにした。
草原なので大きな魔物がいきなり出てくることもないだろうが。
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日帰りの遠足は問題なく終わり、その後も特に怪しい事件は起こらなかった。
そして月日は経ち、あっという間に学校での3年間は過ぎた。
最後まで私には友達ができなかったが問題はない。
私は私のまま、感情がなくて、笑いも泣きもしないままだったが問題はない。
学ぶべきことはしっかりと学んだ。
卒業後は将来を考えて専門的な学校に進学する者も多かった。
ユイは医者を目指すといい、光属性に特化した学校に進学した。
ダリルとナックは騎士になりたいと騎士学校へ、キャリンは家に帰り花嫁修業をするという。
貴族もなかなか大変なようだ。
そして私は森の家に帰ることにした。
先のことはまだ決めていないので、とりあえずサイカとフラルの仕事を手伝おうと思っている。
先生たちは生徒の進路に口を出さなかった。
一人一人が見つけたものを信じて頑張って欲しいと言っていた。
私が家に帰ると言ったときもクラスメイトたちはもったいないと言ったが、ベラリス先生は何も言わなかった。
ユイはせっかく学んだ魔法を活かせる将来を考えないなんてもったいないと力説していた。
しかし私にはどうにも将来のことが考えられなかった。
元の世界での私にも夢なんてなかった。
死ぬ意味もないから生きていただけだから。
だからといって悲観しているわけでもないし、死にたいわけでもない。
この世界での私は前よりもずっと前向きに生きていると言っていいと思う。
きっといつかやりたいことがみつかるのではないかとすら思っている。
そうして悪魔のことなんて忘れたまま私は学校を卒業した。
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