第十一話
私は結界を張ったままの黒い玉を持ってベラリス先生を探した。
放課後だったのでもしかしたら帰ってしまったかもしれないが、どうしても早く誰かに伝えたかった。
幸いにも帰ろうとしているベラリス先生をみつけることができた。
「ベラリス先生!少しお時間いいですか?」
先生はゆっくりと振り向いて「おやおや、ネロくんかね」と言って自分の部屋に招いてくれた。
この学校には職員室がない。
先生たちは各自部屋を割り当てられている。
先生の部屋に入るのは初めてだった。
ベラリス先生の部屋はたくさんの本で埋め尽くされていた。
「狭くてすまんのぉ。客人は久しぶりじゃて。」
ベラリス先生は指をパチンと鳴らして倒れそうな本の山を整列させた。
「はて、どうしたのかな?」
私を応接用の椅子に座らせてにこやかにそう言った。
「あの、これ、この玉なんですが何か出てるように思うんです。見ていると吸い込まれそうな気がして。」
私は結界を張ったままの玉を先生に渡した。
ベラリス先生はいろんな角度から玉を眺めた。
「結界を張ったんじゃな。なかなかいい結界じゃな。」
「よく見ると結界の中の空気が揺らめくんです。」
先生はしばらく眺めてから、
「わしにはさっぱりわからんのぉ。」
と言った。
私は結界を解いてから、
「この玉を見ていると吸い込まれそうな感覚になりませんか?」
と聞いてみた。
ベラリス先生は同じようにいろんな角度から見てから、じっと眺めた。
「わしにはわからんが、ネロくんは結界がないとそう感じるのじゃな?」
「はい、そうなんです。」
私は再び玉に結界を張った。
ベラリス先生はしばらく黙って何かを考えていた。
私は静かに待った。
ベラリス先生は立ち上がりまた指をパチンとした。
本の山から1冊の本がゆらゆらと出てきた。
無言のままその本を手に取り、何かを調べだした。
そして玉に向かって何かを詠唱した。
玉は急に震えだして光を放ったかと思うとサラサラと粉のようになって消えていった。
私はその刹那的な美しい光景をただ黙って眺めていた。
先生はストンと椅子に座った。
かなり魔力を使ったように見えた。
先生が黙っているので私も黙っていた。
「ネロくん…あの玉は…悪魔の力が核にあった。」
ベラリス先生は息を切らしながらそう言った。
「悪魔の力?」
この世界には悪魔もいるのか。
まだまだ知らないことばかりだな。
「おそらくあのキマイラは悪魔が放ったものじゃ。こうしてられん!校長にお伝えせねば。ネロくん、すまんがわしは行く。またゆっくり話そうぞ。」
ベラリス先生はそう言って転移魔法で消えていった。
私は仕方なく先生の部屋を出て自分の部屋に戻ることにした。
途中で悪魔について何も知らないことに気がついて図書室へ行くことにした。
司書さんに悪魔の本をお願いすると、
「ごめんなさいね。そっち関係の本は禁書になっていて生徒には見せることができないのよ。」
と断られた。
「その存在について軽く触れている本ならあるわ。」
と、司書さんが教えてくれたのは絵本のような本だった。
『神がこの世界をお創りになったときに、天の世界に天使を住まわせました。
しかし天使だけを住まわせると世界は傾いてしまいました。
困った神様は地の中に煉獄を創り、そこに悪魔を住まわせました。
世界は均衡を保てるようになりました。』
悪魔について書かれてるのはこの一節だけだった。
どうやら天使と対になるのが悪魔らしい。
私はその本を戻してもう一度司書さんのところへ行った。
「天使について書いてある本はありますか?」
「天使ですか…想像のものですから物語などしかありませんね。」
「天使はこの世界にいないんですか?」
私がそう言うと、
「さっきの悪魔も天使も神様と同じで信仰の象徴というか…実在はしないものと言われていますね。」
と教えてくれた。
私は一応天使の出てくる物語を読んでみたが元の世界と同様に羽根の生えた妖精のような扱いをされていた。
─悪魔も実在しないと言われている─
私は本を戻し、モヤモヤしたまま部屋に戻った。
────
翌日、ベラリス先生は何か教えてくれるかと思ったが通常通りで特に変わりはないように見えた。
私も何もなかったかの様に普通に授業を受けた。
放課後になってやっと先生は私に話しかけてきた。
「ネロくん、ちょっといいかね?」
「はい。」
私がそう言うと先生は私の肩に手を置いた。
「やぁ、ネロくん。またご足労ありがとう。」
私は校長室に招かれたようだ。
ふかふかのソファに座ると目の前に冷たいジュースとクッキーが現れた。
「どうぞ召し上がれ。」
ベラリス先生はボリボリとクッキーを食べだした。
私もジュースを一口飲んだ。
「さて、ベラリス先生から話は聞きました。あの玉のことです。」
「はい。」
「悪魔についてはどのくらいの知識をお持ちかな?」
校長先生は優しくそう私に聞いてきた。
「昨日調べようと図書室へ行きましたが、ほとんど情報はありませんでした。」
「そうだな。図書室では禁書扱いにしてある。」
校長先生はコホンと咳払いをした。
ベラリス先生は食べるのをやめて校長先生と目を合わすと指をパチンと鳴らした。
私の目の前には昨日ベラリス先生が読んでいた本が現れた。
「この本には悪魔のことが書かれておる。子供にはちょっと刺激が強いでなぁ。ネロくんも読んでいて具合が悪くなったらすぐに閉じるのじゃよ。」
ベラリス先生は心配そうにそう説明してくれた。
私はゆっくりと本を開いた。
その本はとても古いようで紙もボロボロだった。
破れてはいけないと慎重にページをめくった。
そこには今から数千年前に悪魔が地上に上がってきて、世界を滅亡させようとしたと書かれていた。
多くの人間が犠牲になり、たくさんの種族が絶滅に追いやられたのだという。
その圧倒的な悪魔の勢力に対抗すべく人間は神に祈り、一人の勇者を召喚した。
その勇者は真っ白な髪に青い瞳をしていた。
見たことのない不思議な魔法を使い、一人で悪魔を殲滅したかと思うと光となって消えていった。
まるで物語のようにそう本には書かれていた。
勇者の名前は『タカハシ』と書かれている。
─高橋?─
挿絵に描かれているタカハシはどう見ても包丁と中華鍋を持っていて、服装は料理人そのものだった。
そして伝説の勇者のみが使える呪文も載っていた。
『ギョウザチャーハンエビチリエビマヨレバニラ』
私はしばし思考が停止した。
白い髪に青い瞳は日本人には見えない。
しかし装備はどう見ても中華料理の料理人に見える。
そして呪文は日本人が作る中華料理の名前にしか見えない。
私はページを戻して悪魔の挿絵を見た。
そこには容姿端麗な黒髪に黒い瞳の人間とそう変わりない姿の男女の姿が描かれていた。
髪色と瞳の色を除けば人間とほとんど変わりない。
角が生えているわけでも、翼があるわけでも、尻尾があるわけでもなかった。
─黒髪に黒い瞳─
私の元の髪の毛の色は何色なんだろうか。
何か問題があってサイカは私の髪色を淡い緑色にしようとしていた。
何度呪文をかけてもそれは淡い色にならず、今のみんなより少し濃い色の緑色になった。
私はある仮説を思いついたが口に出せなかった。
もしそうならば私はここで殺されてしまうかもしれない。
私は本を閉じてベラリス先生に返した。
「悪魔は絶滅していなかったとお考えですか?」
私はベラリス先生をまっすぐ見て聞いてみた。
「わしはそう思う。あの玉にかけた呪文は悪魔のみに効くと言われている呪文じゃ。」
そう言われて私は少しホッとした。
あの呪文を聞いても私の身に変化はなかった。
「私もベラリス先生と同意見であのキマイラは悪魔が創り出したものだと思う。」
校長は真剣な顔でそう言った。
「なぜあの場にいたのかは想像もつきませんがね。」
校長室はシーンとなった。
「ネロくんや、今はまだ想像や仮説でしかない。このことは他言無用で頼むよ。」
ベラリス先生はそう言うとまたクッキーをボリボリと食べだした。
「わかりました。」
「あと、学校の他の生徒の前で闇属性の魔法を使うことも禁止する。怖がる生徒も多いのでな。」
「はい。」
校長先生は手をつけられなかったクッキーを袋に入れて持たせてくれた。
校長先生とベラリス先生はもう一体のキマイラの死骸をもう一度解剖して調査すると言った。
私は校長室を出て部屋に戻ろうとしたが頭の中が悪魔のことでいっぱいになって廊下で立ち止まった。
─サイカに会う必要がある─
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