第十話
Sクラスでの演習にキマイラが現れたことは学校中で噂になっていた。
参加した生徒たちはこぞって先生たちの武勇伝を伝えた。
演習の翌日は教職員の緊急会議だとかで生徒たちは丸一日自習となった。
生徒たちは自習という名目での急な休みを楽しんでいるようだった。
私は昨日キマイラを圧縮してできた真っ黒い玉を調べている。
成分を調べようとしても恐ろしく硬く、傷1つつけることはできなかった。
鑑定してみても『判定不能』と出てしまう。
見ていると吸い込まれそうになる。
それほどに艷やかで美しい玉であった。
しかし王都の近くの森にSクラスの魔物が棲んでいたとは考えにくい。
演習の3日前に先生たちはあの森を偵察している。
そのときには気がつかなかったという。
それに前日に山菜を採りにいったときだって私はずっと探知スキルを使っていた。
あれほどのクラスとなれば少しくらい離れていても探知できたはずだ。
当日だって魔物を探すのに気配探知をかけていた。
なぜみつけられなかったのだろうか?
あのクラスの魔物になると気配を消すことができるというのか?
私はどうしても気になったので図書室へ行くことにした。
サイカの本棚には最低限必要な本しかなかった。
この学校の図書室には一生かかっても読み切れない量の蔵書がある。
しかも素晴らしいのは検索システムがあることだ。
これがなかったら本を探すだけで丸一日潰れてしまうだろう。
もちろん本棚は並んでいるので普通に探すこともできる。
暇なときに本のタイトルだけを眺めていても時間を潰すことができる。
新たな発見がほしいときにはオススメだ。
私は司書さんにSクラスの魔物がたくさん載っている本をお願いした。
司書さんは本を検索してくれる魔導具に私の要望を伝えてくれる。
本棚の場所を教えてくれるので後は本を取りに行くだけである。
しかしここは魔術学校だ。
指定の場所から荷物を運ぶという魔法が使える人は椅子に座っていても本がやってくる。
素晴らしいズボラシステムだ。
司書さんはたくさんある本の中からより詳しい説明がある本を厳選してくれた。
これだけある蔵書を管理できるなんて素晴らしいスキルを持っているのだろう。
遠くからゆらゆらとこちらに分厚い本が飛んできた。
私は本を開きキマイラのページを探す。
そこにはキマイラの習性や生息地などが書かれていた。
この世界のキマイラは主に岩場や高所などを好む。
逆に樹木の密集した森などは個体が大きければ大きいほど避ける傾向がある、と書かれていた。
確かにあの大きな体では森での狩りもやりにくいだろう。
実際、木をなぎ倒しながら歩いていた。
あの森に岩場や高所はない。
そしてキマイラは群れをなさず1匹で行動すると書かれている。
あの小さな森に2匹もいるのはやはりおかしい。
となると、あの2匹は誰かが意図的にあそこに放ったことになる。
森のまわりは草原だからあんなでかいものが歩いていたとなれば痕跡もできるだろうし、森にたどり着く前に誰かにみつかる可能性も高い。
─誰がなんのために─
「ネロくんや、ちょっと来てくれないかね。」
振り返るとそこにはベラリス先生がいた。
私は本を閉じて『元の場所に戻れ』と転移させた。
ベラリス先生は私の肩に手を乗せた。
図書館にいたはずなのに一瞬で会議室の先生たちに囲まれてしまった。
ベラリス先生は日常的に転移魔法を使っているようだ。
「ネロくん、ご足労ありがとう。」
この人はこの学校の校長先生だ。
「はい。」
「ネロくん、昨日キマイラを倒したじゃろう。」
ベラリス先生はいつの間にか校長先生の隣に座っていた。
「えっ」
先生たちは気がついていないと思っていたんだけどな。
「わしは途中で気がついたんじゃが目の前の相手に精一杯でもう一匹の対応などできんかった。1年生にその対応をさせてしまったなんて教師失格じゃ。」
「あの、勝手にすみませんでした。」
こういう時は謝っておくのが上策だろう。
「ネロくんのおかげで誰一人欠けることなく演習を無事に終えることができた。どうもありがとう。」
校長先生は私に頭を下げた。
変わった大人だ。
私が対応に困っているとベラリス先生が鋭い視線をこちらに向けて聞いてきた。
「さて、どうやって倒してその死体をどうしたのかお聞かせ願おうか。」
私は観念して本当の事を話した。
これには全属性使えるという事実が知られてしまうが私には嘘をつきとおす自信がない。
省けるところは省きつつ重力魔法で圧縮したと説明した。
「これがキマイラだったと…」
先生方は黒い玉を見て目を丸くしていた。
こんなにきれいな球体になるなんて聞いたことがないのだそうだ。
「ネロくんは本当にセンスがあるのじゃなぁ。」
ベラリス先生はそう言って嬉しそうにしていた。
「この玉、少し預かってもいいかね?」
校長先生もその玉が気に入ったようだ。
「はい。」
「何かわかったら君にも報告しよう。」
「ありがとうございます。」
私は会議室から解放された。
先生方も2匹のキマイラというところが引っかかっている様子だった。
私にはこれ以上調べようがなかったので任せるのもいいだろう。
─終わったら返してくれるって言ってたし─
────
私はどうしても重力魔法をもう一度試してみたくなり、外の誰もいないところへやって来た。
何か圧縮してもいいものを探したがなかなかみつからない。
学校内でキマイラと同等の大きさのものは無理だった。
石ころを拾って同じように重力魔法をかけてみた。
石ころはギュッと小さくなったがどう見ても石ころだった。
きれいな球体にもならないし、黒くもない。
謎は深まるばかりだった。
────
夕食時にもキマイラの話で持ちきりだった。
私が食堂に入るとすぐにアリアにつかまった。
「ネロくん!ここよ!!」
「あ、はい。」
アリアはいつも通り楽しそうだった。
「ねぇ、ネロくん!あのキマイラおかしくなかった?」
「え?どこがですか?」
「普通のキマイラは、猿なんてくっついてないのよ。」
ゴリラのことを言っているらしい。
「普通のはどんな?」
「ヤギよ。ライオンの頭にヤギの体で蛇の尻尾よ。でもあのキマイラは頭が3つあったわよね?」
私はあの姿を思い浮かべた。
「確かにそうですね。突然変異でしょうかね?」
「私はそうじゃないと思うわ。きっと誰かが魔物で生体実験をしてるのよ。」
─生体実験─
確かに魔物を組み合わせて最強の魔物を作ろうとしている途中だと言われたらそんな気もする。
このアリアという少女はなかなか鋭い感覚を持っているかもしれない。
「ということは、誰かがボクたちの誰かを狙うためにあそこに放ったとお考えですか?」
「えっ?!いや、そこまでは考えてなかったわ。でもそうね、そうかもしれないわね。」
アリアの顔から笑顔が消えた。
「老人と子供を狙うのにあんな大掛かりなことするかしら?」
マーサはいつものように不機嫌そうにそう言った。
先生方は第一線を退いた元騎士団の魔術師たちが多い。
今さら命を狙われる意味も薄いか。
生徒を狙ったとしたら若いうちに芽を摘む的なことだろうか。
どっちにしても王都は目の前なんだから狙うなら王都のような気もする。
「うーん。よくわからないわね!」
アリアは考えるのをやめたようだ。
「でも誰も大きな怪我をしなくてよかったですよね。さすが先生たちです。」
ベルクは先生を崇拝しているようだ。
確かに生徒たちを守りながら戦うのは大変だったろう。
キマイラの話はしばらく続いたが、日が経つにつれてみんな忘れていった。
あの黒い玉も謎のまま私の手元に帰ってきた。
高レベルの鑑定スキルをもっても何なのかわからないとのことだった。
私はまた黒い玉を見ていた。
やはり吸い込まれそうな、引き込まれそうな感覚がする。
─もしかしてチャームでも付与されているのか?─
私は手から離し、玉に結界を張った。
かすかにだが中の空気が揺らめくのを感じた。
─何か出てる─
結界を張った玉を見ても吸い込まれそうな感覚にはならなかった。
─なんだこれは?─
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