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イタチの短編小説

勇者様、もし、あなたが誰かを殺したい時が来たら

作者: 板近 代

 冒険に出られる者は勇者認定を受けた個人、或いは、一名以上の勇者を含むパーティーのみである――――――――これは、探索という名のもとに行なわれる虐殺、略奪等々を少しでも減少させるために定められた国法であった。


「悪いね、今あんたに紹介できる冒険者はいないんだ」

「そこの掲示板には、随分とたくさんの名が並んでいるようだが」


 勇者認定を受けた者が仲間を探す場合は、国の許可のもと運営される組合所を頼る必要がある。


「だから、()()()にと言っているだろう」


 問題が起きた場合は組合も責任を問われるため、どう見ても実力のない者への紹介は渋られる場合があるのだ。


「しかし……私には仲間が必要なのだ」

「紹介しても、コネで勇者になったやつは嫌だと突っぱねられるさ」


 勇者、リフロール・エレス。十三歳になったばかりの少女が勇者認定を受けることができたのは、今言われた通りコネに似たものであった。彼女は、ある貴族の悪趣味な要求を全て飲むことで、通常、子どもの細腕では手にできぬはずの勇者の資格を得たのである。


「話してみなきゃわからんだろう」

「いや、わかる。さあ、帰ってくれ仕事の邪魔だ」

「君の仕事は勇者に人を紹介する仕事だ」

「だから、あんたに紹介できる冒険者はいないと言っているだろう」


 いつ死んでもおかしくないような勇者に人を紹介しては、評判が落ちる。リフロールを邪険に扱うには、それなりの理由がある。


「しかし、私は――」

「なあ、新米勇者さん。俺たちはこれで飯を食ってるんだ。あんたにどんな事情があるかわからんが――」

「たのむ! 誰でもいい!」


 食い下がるリフロールに、組合員はため息をついた。


「なら……あっちの掲示板の右端の一番下のやつでどうだ。その紙に書かれてるやつはもうすぐ、前の勇者に捨てられて一年になる。このまま一年を迎えちまうと、組合からけっこうな額を払わんといかん。後は、説明しなくてもわかるな」


 この街の組合所に登録した冒険者は、長くとも二か月以内に勇者と組むことができている。にもかかわらず、一年経とうとしているのはよほどの問題を抱えているということ。


「ああ、すぐに紹介してくれ。話をしたい」

「やめとけやめとけ! 臭すぎて死んじまうぞ!」


 話を立ち聞きしていた冒険者の一言とともに、周囲の者たちが笑いだす。


「どういうことだ」

「そいつはなぁ――」

「本人が説明しますよ」


 組合所の扉を開けて入ってきたのは、一目で歴戦とわかる傷だらけの女戦士であった。


「やあ、私はリフロール。君は」

「ルリディアです。単刀直入に言います。私は、戦えば戦うほど死臭が濃くなる呪いを受けています」

「その死臭は、君が発するということだな」

「理解が早くて助かります」

「お嬢ちゃん、俺はそいつと喧嘩したことあるけどよぉ! まじでくせ――おい! なにしてんだお嬢ちゃん!」


 リフロールが突如、剣を抜いた。


「ルリディア、君を斬る」

「無理ですよ」

「うあっ!」


 リフロールの剣筋は思いのほか悪くない。だがルリディアは、虫でも払うかのように軽く左手を動かしただけでそれをはじいた。


「大丈夫ですか?」


 派手に転ばせてしまったリフロールに手を貸そうとして、すぐに引っ込める。


「大丈夫だ。しかし、本当ににおうのだな」

「ええ。戦いが続けば、濃さも増します」

「うええっ!」


 少し吸い込んだだけで昼食を吐き出してしまった者がいるほどの、悪臭。意に介していないのは、においの発生源であるルリディアとリフロールだけ。


「忘れたくないにおいだ……」


 誰にも聞き取られぬほど小さな声で、リフロールはつぶやいた。それから、すっくと立ちあがると剣をしまいルリディアと契約したいと申し出る。


「ほら、これが書類だ。さっさと書いて出て行ってくれ! 臭くてかなわん」

「ルリディア。私でいいか?」

「かまいませんが……」

「なら、サインしよう」


 リフロールのサインがたどたどしいのは、字を覚えたばかりだから。


「契約成立だ。書類は俺が提出しておく。だから、さあ、早く出ていってくれ!」

「その前に、一つ質問に答えてくれ」

「聞きたいことがあるなら一人で出直してくれ! くそっ! おい、窓開けろ! 扉もだ!」


 組合所は腐乱死体を投げ込まれたかのような、酷いにおいで満たされている。


「ルリディアほどの実力者が、これほどに複雑な呪いを受けたということは、誰かをかばったということか?」

「そんなもん本人に聞け! おいルリディア! さっさと出て行かねぇと契約書(うえ)にあげねぇぞ!」

「だそうです。行きましょう、勇者様」


 ルリディアはリフロールの手を引き、組合所の外へと出た。


「ルリディア! 君も私も悪いことをしているわけでは――」

「街の外まで行きますよ。今の私といると、勇者様まで嫌な目で見られます」

「私はそんなこと……」


 小走りに街の外へ出ていくルリディアの体からは、もう、死臭は出ていない。


「はぁ……はぁ……もういいだろうルリディア」

「あ……そうですね。もう、いいと思います」


 街の入り口から続く道には、誰もいない。


「さて。改めて……ありがとうルリディア。私なんかの仲間になってくれて」

「いえ、こちらこそ。私なんかを仲間にしていただき、ありがとうございます」


 爽やかな風が吹き、春の香りが二人を包む。


「しかしルリディア、君、相当強いだろう。さっきの組合所にいた中では一番じゃないか?」

「そうですね、そう思います。でも、心の強さは、私の名誉を守ってくださった勇者様が一番です」

「誰かをかばったことを、ずっと黙っている君の方が強い。それに、私は君を地獄のような日々に――うわっ! な、なんだ? どうした?」


 突然背中を叩かれたリフロールは、目を丸くしてルリディアの顔を見上げた。


「勇者様、もし、あなたが誰かを殺したい時が来たら私にお任せください。人を殺すのは得意ですから」

「し、しかしこれは私の復讐――すまない。私は君を復讐に巻き込もうとしている。私は、一人ではどうにもならぬ危険な旅だからこそ仲間を得ようとするような卑怯――」


 リフロールの目から零れた涙を、ルリディアの太い指がぬぐう。


「大丈夫ですよ。勇者様の瞳には死臭がまとわりついている、だから私のことも平気なのでしょう。だから、大丈夫です」

「ルリディア、本当にすまな――」

「謝らないでください。私は人を殺すのが商売。勇者様という許しがなければ、仕事ができません。それに、転職できるような才もありません」


 勇者に雇われていない冒険者の資格は、一年間しか維持できない。一年を過ぎた場合は、それまでの貢献度に応じた金を受け取り別の道を歩む――――それも、国法である。


「学べば他の仕事も――」

「冒険者でなくなった私ができる仕事は、野盗くらいです」

「野盗は、仕事じゃないだろう」

「私はそれほどに、人殺ししかできない女なのです。どうしようもない、人間なのですよ」


 ルリディアが嘘を言っていないことは、出会ったばかりのリフロールでもわかる。


「そうか、君も……刃にしかなれぬ心を持っているのだな」

「そんなかっこいいものじゃありません。面倒くさがりなので、人殺しくらいしかできないのです。でも、勇者様はきっと躊躇する。優しいお方ですから。だから私が――」

「なら、私も……私を人殺しができるように育ててくれないか」

「あなたは本当に優しい人ですね」

「そんなことは……ない」


 あと、ふた月も経てば夏が来る。虐殺された家族のにおいの中で泣いた、あの季節が。

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― 新着の感想 ―
[気になる点] 続き。 なんで死臭、というか死体の臭いの呪いを受けることになったのか。 なんで復讐の手段として勇者を選び、誰に復讐しようとしているのか。 これは気になる。 [一言] この感じだと前…
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