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6/6

6 はじまりの予感

 アリアがイベリスの元で過ごすようになってから三ヶ月が経った。その後イベリスが何者かに狙われることもなく、城内はかりそめの平和を取り戻したかに思えた。だが、事件は突然訪れたのだった。



「おい!聖獣をよこせ!」


 イベリスの首元に剣を当て、一人の男がそう声高らかに叫んだ。その男はこの国の第二王子であるイーリス。イベリスとは父の血しか同じではないがれっきとした兄弟だ。短髪の赤髪に尖った犬歯があり見た目はイケメンだがいかんせん声が大きい。耳障りな声にアリアは顔を顰めていた。


「イーリス様、どうかおやめください。こんなことをしてはあなたの地位も名誉も底に落ちます」

「うるさい!さっさと聖獣とやらを差し出せ!聖獣さえ手に入ればこっちのもんだ!何をしても俺の思い通りだからな!」


 イベリスとイーリスの目の前にはモルガとサイシア、そして人の姿をしたアリアがいる。イベリスを助けたいが、今下手に動けばイベリスの首は一瞬で飛ぶだろう。


「イーリス、お兄、様……どうして、こんなことを」

「うるさい、お前は黙ってろ。大人しく毒に侵されて死ねばよかったものを、聖獣とかいうやつのせいですっかり元気になりやがって。お前とユーリが結託したら俺が困るんだよ。だが聖獣さえ手に入ればこの国は俺のものだ」


 イーリスの言葉にイベリスは驚き、途端に悲しそうな顔になる。


(ああ、イベリスはイーリスのこと信じていたのね。それなのにこんなひどいこと、許せない)


 アリアは額の石と体を金色に光らせ、獣の姿に戻るとイーリスの足元に駆け寄る。そしてイーリスの足に両手をかけながら必死に登りたがるような仕草をした。


「なんだぁ?お前がもしかして聖獣ってやつか?どう見てもただのウサギじゃねえか!」


 そう言ってイーリスはアリアの耳を掴み、持ち上げる。宙ぶらりんになったアリアは手足をバタつかせた。


(い、痛い!けどイベリスが解放されるまでは絶対に我慢するんだから!)


「まぁいい、こいつがこっちに来たらもうイベリスはどうでもいいや」


 イーリスはイベリスの首元から剣を避けイベリスを足で強く蹴飛ばした。


「イベリス様!」


 すかさずモルガとサイシアが駆け寄り、倒れたイベリスを支える。


「大丈夫ですかイベリス様!」

「モルガ、サイシア!アリアが……」


 両目に涙を浮かべたイベリスに言われ、モルガとサイシアはイーリスとアリアを見る。手足をばたつかせるアリアを見てサイシアは今にもイーリスに向かって剣を構え走り出しそうな勢いだ。


「おっと、余計なことするとこの獣の耳ちょんぎっちまうぞ。そういえばこの獣、さっきまで女の姿だったよな?てことは女の姿のこいつを好きにすることもできるか。女の姿はなかなかの絶品だったもんな、楽しみが増えるぜ」


 ゲヘヘ、と気持ちの悪い笑みを浮かべたイーリスに、モルガもサイシアももう我慢がならない。そして何よりもアリア自身が一番我慢ならなかった。


(何よこいつ、第二王子だかなんだか知らないけど気持ち悪い!イベリスをあんな目に合わせた挙句に私にまで手を出そうとするなんて許せない!いい加減に離して!ええい、離せ!)


 アリアが強くそう思った瞬間、アリアの額の石と耳が金色に光り、爆発が起きた。


「ぎゃあああっ!」


 驚いたイーリスが叫びをあげ手を離すと、アリアは床に華麗に着地しイベリスたちの元に走り出す。そしてイベリスたちのそばにたどり着くと、体を金色に光らせて人の姿になった。


 イーリスの片手は大きな火傷を負い、ジュウジュウと焼け焦げている。イーリスはヒイヒイと泣きながら手に必死に治癒魔法をかけていた。だがその手はなぜか完全には治らない。そんなイーリスを睨みながらアリアは言った。


「いいか、何か勘違いをしているようだがお前が私を捕まえても私は絶対にお前の力になどならない。お前のような人間は大嫌いだ。それにお前のその手はお前が心を入れ替え罪を償わない限り完全に治ることはない、覚悟しておけ」


 アリアがそう宣言すると、イーリスは片手を見つめながら涙を流しうめき叫び続けた。そんなイーリスを冷ややかな目で見てからアリアはイベリスのそばにかがみ込んだ。


「イベリス、大丈夫?」

「アリアこそ、大丈夫なの?」


(こんな時でも自分のことより私の心配をしてくれるのね、本当に優しい子)


「私は大丈夫、イベリスが無事で本当によかった」


 そう言ってアリアが優しくイベリスを抱きしめると、イベリスはアリアの胸の中で泣き出した。どれほど怖かっただろう、第三王子と言っても、彼はまだほんの十歳の子供なのだ。


 そんな二人の様子に、モルガとサイシアは目を合わせて頷き、泣き叫んだままのイーリスを捕獲した。


 第二王子イーリスの行いは国の裁判にかけられ、イーリスは王位継承権を完全に剥奪された。イーリスが失脚したことで第一王子であるユーリの王位継承は揺るがないものとなり、国内は次第に落ち着きを取り戻していった。




◇◆◇



「アリア」


 イーリスの事件が無事終わり、アリアが相変わらず気ままに獣の姿で城の周辺を探索していると、どこで見つかったのだろうかサイシアに声をかけられた。アリアは鼻をひくひくさせ、サイシアの足元に擦り寄る。そんなアリアの姿を見てほぼ真顔に近いがサイシアはほんの少し微笑んだ。


「アリア、君と話がしたい、俺の部屋に一緒に来てくれるか?」


 それを聞いて、それなら部屋まで運べと言わんばかりにサイシアの足にアリアは両手を乗せて催促する。そんなアリアをサイシアは嬉しそうに抱き上げ、自分の部屋まで連れて行った。



「で?話って?」


 部屋についてすぐ人の姿になったアリアに聞かれ、サイシアは少し考え込むように手を口元に添える。その表情は真剣そのもので、一体何があったのだろうかとアリアは不思議に思った。


「イベリスに何かあったの?また誰かに狙われているとか?」


 そんなことはないと思いたいが、イベリスはれっきとした第三王子だ。どこの不埒ものに命を狙われてもおかしくはない地位にいる。


「いや、……そうじゃない。イベリス様のことではなくて、その、俺自身のことについてなんだ」


 静かにそう言うサイシアをアリアはもっと不思議な顔で眺めていた。


「俺にこんなことを言われるのは困るだろうけど……アリアがイーリスに捕まった時、俺はどうしてもイーリスが許せなかった。アリアをあんな目に合わせるなんてはらわたが煮えくりかえるようだった。それに」


 そう言ってサイシアは言葉に詰まる。そんなサイシアを見て、自分のことをこんなに思ってくれていたなんて、とアリアは胸の中に温かいものが広がっていくのを感じていた。


「それに、そもそもイーリスにアリアが触られたことがどうしても許せない。例え聖獣の姿だったとしても、あの汚らしい手がアリアに触れたと思うだけで吐き気がする。だから、その、俺の手で上書きさせてくれないか」


 最後まで話を聞いてアリアはキョトンとしていた。上書き?サイシアの手で?それはつまり人間で言う嫉妬といいうものではないのだろうか。そう気づいて途端にアリアは顔が赤くなる。


「もちろんアリアが嫌ならしない」


 困ったように言うサイシアに、アリアは混乱しつつも考えていた。


(えっと、別に、嫌ではないのよね。サイシアがそう望むのであればそれを叶えてあげたいし、それに)


 自分もサイシアに触れられたい、そう思う自分にアリアは戸惑い始める。


「い、嫌ではない、から、いいよ」


 アリアが静かにそういうと、良いと言われると思わなかったのだろう、サイシアは驚いた顔でアリアを見た。だがすぐに顔を赤らめて俯く。


「ありがとう。すぐに終わらせる」


 そう言ってサイシアは静かにアリアの両手でアリアの両耳を優しく包み込んだ。それからアリアの髪の毛に触れ、優しく撫でる。


(サイシアの手はやっぱり暖かくて気持ちがいい。人柄と生き様が滲み出ている素敵な手だわ)


 心地よい暖かさにアリアが身を委ね、目を瞑りながら頭を静かにサイシアの手に傾ける。そんなアリアの顔は本当に幸せそうだった。


 頭を撫でていたサイシアの手がゆっくりとアリアの頬を優しく撫でる。別にそこはイーリスに触られていないが、アリアは気にすることなくその暖かさに顔を擦り寄せた。すると手がぴたり、と止まる。


 アリアが不思議に思って目を開けると、目の前にはとても大切で愛おしいものを見るような、優しくでも明らかに熱のこもった瞳があった。その顔は、まさに男の顔そのものだ。それを見てアリアは思わず心臓が跳ね上がり、一気に顔が赤くなる。


(こ、この顔は、まずい……ただでさえタイプなのに、こんな顔されたら……)


「あ、あの、サイシアの手は優しくて暖かくて心地よいから大好き。でも、こ、これ以上は、ちょっと、心臓がもたない……」


 アリアの言葉に今度はサイシアが顔を赤らめる番だった。そんなサイシアを見てアリアは体を金色に光らせ、聖獣の姿に戻って部屋を飛び出していった。


(俺は何をやってるんだ、あのままアリアが目を開かなければ危うくキスするところだった。あんな可愛い顔されたら、止まらなくなってしまう……相手は聖獣だぞ、好きになっていいものなのか)


 サイシアはそのばにしゃがみ込み、大きく息を吐いた。



◇◆◇



 前世では自分のことしか考えず追放され野垂れ死んだ追放令嬢は、心を入れ替えて誰かの役に立ちたいと願い生まれ変わった。その生まれ変わった先では大切な人たちのために力を奮い、愛されながら今日もイケメンに囲まれてモフモフなでなでされながら生きている。


 その不思議な生き物が騎士から静かにだが確実に熱烈なアプローチを受け続け、自分を拾ってくれた少年と少年を守る魔法使いに祝福されその騎士と一緒になるのはもう少し先のことだ。


「人間じゃないのに人間と恋愛して一緒になれるのかって?だって聖獣だもの!」




最後までお読みいただきありがとうございました。二人の恋の行方を楽しんでいただけましたら、感想やブックマーク、いいね、☆☆☆☆☆等で応援していただけると嬉しいです。

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