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5 恐ろしい令嬢

「イベリス様!」

「リル、久しぶりだね」


 とある日、イベリスの元に一人の令嬢がやってきた。彼女はイベリスの婚約者候補だ。イベリスよりも五歳上で濃いめのブロンドの髪をハーフアップにして大きなリボンのついた薄紅色のドレスを身に纏っている。


「イベリス様、こちらに聖獣がいるとお聞きしました。ぜひ見せてくださいませんか」

「僕はいいよ。アリア、いいかな?」


(イベリスにこんなに可愛らしい婚約者候補がいたなんて。でも令嬢なんてみんな何かしらの仮面を被っているようなものだもの、この子も本性はまだわからないわよね)


 アリアは警戒しつつそれを悟られぬようにしながらイベリスの顔を見て小さく頷いた。それを見てイベリスはアリアを抱きかかえたままリルの近くまで行く。 


「まぁ!可愛らしい!すごくモフモフなのね」


 リルはそっとアリアを撫でて嬉しそうに微笑んだ。どうやら悪い子ではなさそうだ。


「イベリス様、少しお話よろしいですかな」

「ああ。リル、アリアの相手をしていてくれる?」

 

 リルの父親に呼ばれ、イベリスはアリアを静かに床に置いてリルの父親の元へ向かった。イベリスたちとはそう遠いわけではないが、実質その場にはアリアとリルだけの状態になった。


 リルはしゃがみながらアリアを撫でるようなそぶりを見せる。だが、その顔は先ほどのような可愛らしい笑顔ではなく、憎たらしいものを見るような顔だった。


「これが聖獣?どう見てもただのウサギじゃない。これのせいでイベリス様の体はすっかりよくなってしまったのね。病弱だからこっちの言いなりになるかと思っていたのに。最近はお父様の話にも口を出すようになったみたいだし、ずっと病弱なままならよかったのに。余計なことをしてくれたわね」


 そう言ってリルは周りにわからないようにアリアを静かにつねった。静かに、でも確実にその力は強くなる。


(い、痛い痛い痛い!何よこの子!やっぱり可愛い仮面を被った悪女なのね!)


「こんなただのウサギみたいな生き物のせいで思い通りにならないなんて気に食わないわ」


 撫でるふりをしながらアリアをつねる力はどんどん強くなり、リルは痛がるアリアを見て嬉しそうに微笑んだ。


(やだ!痛い!離してよ!離して!)


 アリアが我慢できずにそう強く思った瞬間、額の石とつねられた部分が金色に光り、リルの手に火花が散る。


「ひっ!」


 リルが驚いて手を離すと、アリアは一目散にイベリスの足元へ駆け寄り、後ろ足をタンッ!と大きく床に叩きつけた。アリアの異変にイベリスが気付き、アリアを抱き上げる。


「どうしたの、アリア。何をそんなに怒っているんだ」


 アリアを抱きながらイベリスがリルを見ると、リルは片手を痛そうに抑えて涙ぐんでいる。


「リル、一体どうしたの」

「イベリス様!その獣が!私の手を齧ったんです!」

「なんと!うちの娘になんてことを!」


 リルは涙を両目いっぱいに浮かべてイベリスに訴えかける。それを聞いたリルの父親がアリアを見て怒りをあらわにした。


「アリア、本当にそんなことをしたの?」


 イベリスに聞かれたアリアは鼻をひくひくさせて顔をフイっと背けた。


「アリアは違うって言ってる。リル、痛めているならその手を見せてもらえないかな」

「そ、そんな見せるほどのものではありませんわ」


 見せれば齧った跡ではないことがバレてしまう。リルは必死に手を庇うふりをして負傷した箇所を隠していた。


「イベリス様」


 突然魔力を感じ声のする方を見ると、そこにはモルガとサイシアが風を纏って現れた。きっとモルガの魔法で駆けつけたのだろう、イベリス周辺で異変が起こるとすぐに駆けつけるこの二人にはいつも驚かされる。


「アリアの強い魔力が感じられました。何か起こったのかと思い駆けつけましたが」

「モルガ、アリアがリルの手を齧ったそうなんだ。でもリルが手を見せてくれない」


 イベリスの言葉にモルガとサイシアは顔を顰めてリルを見る。


「た、大したことはありません」

「齧られたと言うのであればお見せください。すぐに治癒魔法を施しますので」


 モルガの気迫にリルは降参し、静かに手を差し出した。


「これは……齧られた後ではありませんね。火傷のようですが。とにかく治療をしましょう」


 そう言ってモルガはリルの手に治癒魔法を施した。


「それで、一体何があったのですか」


 尋ねるモルガの横ではサイシアがリルへ厳しい目を向けている。そんなサイシアの瞳に怖気付いたのかリルは怯えるように言った。


「わ、私は何もしていません!お父様、なんだか具合が悪いので帰らせていただきます」

「リ、リル待ちなさい!」


 そそくさと退散するリルとそんなリルを慌てて追いかけるリルの父親を見送り、イベリスはアリアを床にそっと置いた。


「アリア、一体何があったか聞かせてくれる?僕、君のことが心配だよ」


 イベリスの言葉にアリアは体を金色に光らせ、人の姿になった。そのアリアの首から鎖骨付近にかけて大きな大きな赤い痣ができている。


「アリア!」

「すごく強い力で何度も何度もつねられたの。とっても痛かったから離してって強く思ったら火花が出ちゃった」

「火花程度で済んでリル様は幸運でしたね」


 モルガが皮肉混じりに言うと、アリアはそう?と首を傾げた。


「とにかく治療しましょう。その姿は見ていて痛々しいほどです」


 そう言ってモルガがアリアの痣に手を差し伸べた瞬間、サイシアがその手を掴んだ。


「え?」

「あ」


 掴まれたモルガも、掴んだ張本人であるサイシアもなぜか驚いた顔をしている。そしてそんな二人をイベリスとアリアは不思議そうに見ていた。


「あ、いや、治癒魔法なら俺が。それくらいなら俺でもできる」


 そう言ってサイシアはアリアの痣に手を近づけ、治癒魔法を施した。魔法をかけているので直接触れてはいないが、手のほのかな温度は感じ取れる。


(騎士のサイシアでも治癒魔法使えるんだ。この国の騎士は剣だけではなく魔法も使えるのね。それにしてもサイシアの手がこんなに近くに、しかも首とか鎖骨辺りにあるってなんかこそばゆいし恥ずかしいな)


 いつも優しく撫でてくれている無骨で大きな男らしいサイシアの手を思い出し、アリアはなんとなく胸がドキドキしてしまう。じっとサイシアを見つめるが、サイシアはその視線に耐えきれなくなったのか治癒魔法が終わるとすぐにアリアから離れた。


「ありがとう、サイシア」


 そう言ってアリアが微笑むと、サイシアは頷いてすぐに顔を背けた。その耳はなぜか赤く染まっている。


(え、サイシアってば照れてるの?どうして?)


 どう見ても照れ隠しをしているサイシアを見てなぜかアリアも動揺し、少し顔を赤くする。


(ふう〜ん、そういうことですか)


 モルガはニヤリとした顔でサイシアを眺め、それに気づいたサイシアはバツの悪そうな顔をする。そしてイベリスはよかったね!と嬉しそうにアリアに抱きついた。





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