4 人への変身
イベリス殺害未遂事件から一ヶ月が経った。あの後すぐに新しいコックが任命され、イベリスへ料理が運ばれる前には必ず検査されることになっている。
(あれからイベリスが狙われることはないようだけど、まだ黒幕が捕まったわけではないしまたいつ狙われるかわからないもの。イベリスのことをちゃんと守っておかないと)
今日もアリアはイベリスにモフモフなでなでされながら、しっかりと決意を固めていた。
「そういえばイベリス様、アリアとの友好関係がさらに強まったことでアリアの魔力にまた変化が見られます。そろそろ人化もあるかもしれませんね」
「人化?」
「言い伝えによると、聖獣はある程度の魔力変化の段階を経て、人の姿になることも可能なのだそうです。アリアもそろそろその時が近いのではないかと」
モルガの説明にイベリスもサイシアも興味津々だ。
「アリアが人の姿になったらどんな感じなんだろうね!僕、すごく楽しみだな」
目を輝かせて言うイベリスを見て、アリアは自分の体をしげしげとながめた。
(私、人の姿になれるの!?でもどういう姿になるのかしら?きっと一応女性よね?それとも聖獣っていうくらいだから性別不明なのかしら?まさか前世の姿と同じ、なんてことはないと思うけど……)
アリアが鼻をひくひくさせて首を傾げると、アリアの額の石と体が急に金色に光り、体が変化し始める。
(え、え、待って、これはまさか人になる!?)
イベリスたちは眩しい光に遮られアリアの様子がわからない。次第に光が収まっていき、イベリスたちが目を開くとそこには美しい一人の娘が立っていた。
その娘は二十歳前後だろうか、この国では十七歳が成人なので見た目は成人していると言っていいかもしれない。髪色はウサギの姿の時と同じ美しいシルバーグレーで、肌は白く毛穴はみあたらない。目はアリアを思わせるようなクリッとした大きな瞳で、白いワンピースのような服を着て襟や袖、裾には青い糸で細かい刺繍が施されている。
足元はモコモコしたショートブーツのようなものを履いていた。額の金色の石ももちろんあるが、前髪で隠れている。
(わ、気づいたら人になってた!)
首や体をひねり、自分で自分の姿を眺めるアリアを、イベリスたちは呆然とした顔で眺めていた。
「まさか、アリア?君はアリアなの?」
イベリスに呼ばれてアリアは返事をしようとした。だが、言葉が出ない。とりあえずアリアはにっこりと微笑んだ。
「わぁ!すごい綺麗!可愛い!すごいや!」
イベリスがアリアの元に走り寄り、抱きついた。
(やああああん、可愛い!いつもはイベリスにモフモフされたり抱っこされたりしてたけど、イベリスをこうやって抱きしめる側になるなんて!嬉しい!)
アリアは嬉しそうにイベリスを抱きしめる。イベリスはアリアの腕の中でうふふ、と嬉しそうに笑った。
「ねぇ!二人ともすごいよ!アリア、とっても可愛いよね!」
イベリスにそう言われたモルガとサイシアの顔はまるで魂が抜けたかのようにぼうっとしている。そしてイベリスの声に我に返るが、アリアと目が合いアリアが微笑むと、二人は両目を開いて顔を赤らめる。
(うわ……なんて美しい姿なのでしょうか、さすがは聖獣としか言いようがありませんが……それにしてもこんなに美しく可愛らしいとは思いませんでした)
(……すごい綺麗だ、しかも笑うと可愛い。心臓が撃ち抜かれたみたいに痛い)
「二人とも見惚れすぎだよ!ほら、アリアも戸惑ってる」
二人の様子にさすがのアリアもどうしていいかわからない。言われた二人は今度こそ我に返り、それぞれコホンと咳払いをした。
「申し訳ありません。……アリア、あなたはまだ話ができないのですね?」
モルガに言われてアリアは大きくうなづく。
(くっ、一挙一動がいちいち可愛い)
アリアの様子にモルガもサイシアも胸をときめかせながらなんとか平常心を保とうとする。
「おそらく人化してすぐだからなのでしょう。この国の言葉を学べばすぐに話すことができるかと」
「だったら一緒に勉強しよう!僕が教えてあげるよアリア!」
そう言ってはしゃぐイベリスに、アリアはとびきりの笑顔を向けた。そしてまたモルガとサイシアは悶絶する。
(うっわ可愛すぎる)
(……心臓が張り裂けそうだ)
アリアはふと自分で自分の姿をちゃんと見ていないなと思い、イベリスの部屋にある鏡の前に立った。
(わぁ、自分で言うのもなんだけどすごい綺麗……!前世の自分とは大違いね。やっぱりウサギみたいな姿と同じ髪色はシルバーグレーなんだ。肌すべすべで毛穴見えないな、すごい。でも、ずっとこの姿なのかしら?もうウサギみたいな姿になってみんなにモフモフしてもらえないのは嫌なんだけど)
鏡をしげしげと見つめながらそんな疑問を浮かべていると、またアリアの額の石と体が急に金色に光り、アリアはウサギのような姿に戻っていた。
(えっ、戻っちゃった!?もしかして戻りたいって思ったからなのかしら)
「アリア、その姿に戻れるんだね!よかった、人間のアリアも好きだけど、もうモフモフできないのかと思っちゃったよ」
イベリスはアリアをそっと抱き上げ、頬を擦り寄せた。
「聖獣は獣の形も人の形も自由自在になれると言い伝えられていますからね。アリアもそれができるのでしょう」
(よかった、あのままの姿だと心臓がもたない)
(ウサギみたいな姿、なんとなく安心するな)
モルガもサイシアもホッとして微笑みながら一人と一匹を見つめる。
「でもこの姿だと言葉を覚えるのは難しいかな?」
「この国の言葉を教えるのはその姿のままでも大丈夫だと思いますよ。何せ聖獣ですから」
イベリスの疑問にモルガが答える。その様子をアリアは鼻をひくひくさせながら眺めていた。
(モルガって何かあればすぐ聖獣だからって言うけど、そう言えばとりあえずなんとでもなるって思ってる節はないかしら?まあ、伝説の生き物みたいだし仕方ないのかもだけど)
それ以来、アリアはその姿のままイベリスからこの国の言葉を教わるようになった。
◇◆◇
「アリア、どうしてこんなところにいる」
アリアがイベリスの元に来てから半年が経ち、いつものようにイベリスの部屋を抜け出してアリアは城の周辺を探索していた。最初の頃は城の中を探索するだけだったが、城内のほとんどの場所を見尽くしたアリアは飽きてしまい、城の周辺まで足を伸ばすようになっていた。
今日いるのは城のすぐ隣にある騎士の鍛錬場だ。そこでは国専属の騎士たちが鍛錬する場所でサイシアもここで日々鍛錬をおこなっている。
獣姿だったアリアはその場で金色に光り人間の姿になった。
「最近サイシアの姿が見えないから、探しに来た。イベリスも気にしてたよ」
アリアがそう言うとサイシアは一瞬目を見開きほんの少しだけ顔を赤らめるが、すぐに真顔になって口を開く。
「最近は魔物討伐と巡回でイベリス様のところに行けなかったからな。だがもう任務も終わり、そろそろまたイベリス様のところに行けるはずだ」
「そっか、それはよかった」
すっかり言葉の話せるようになったアリアはそう言って嬉しそうに笑う。それを見てサイシアは片手で顔を覆いながら顔を伏せる。
(なんでそんな無防備に笑顔を向けてくるんだ、こっちはあまりの可愛さに心臓がもげそうなんだぞ)
サイシアの心の声など聞こえるはずもなく、そんなサイシアの様子にアリアは不思議そうに首を傾げた。