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2 聖獣アリアの調査と演技

 前世で追放令嬢だったメリアがウサギのような聖獣として転生してイベリスという美しい少年に拾われてから一週間。その間に、色々とわかったことがある。


 アリアのことを拾ってくれた美しい少年イベリスはこの国の第三王子だった。若草色のローブを羽織るモルガは国内でも珍しい上級魔法使い、艶やかな黒髪にルビーの瞳を持つサイシアは若くして国で一二を争うほどの実力のある騎士で、二人ともイベリス王子に仕えているそうだ。


 アリアは拾われてからというもの、イベリスの部屋で毎日自由気ままに過ごしていた。 聖獣だからなのだろうか、排泄をする必要がなく食欲も特にわかない。ただ、食欲がわかなくても甘くて美味しい果物は与えられると喜んで食べた。動物なので獣臭がするかと思えば匂いは全く無く、やはり聖獣だからなのだろうか、何もせずとも常に綺麗なのだ。



「アリア、今日も元気だね、コホッコホッ」


 アリアは咳き込むイベリスをアリアは心配そうに覗き込んだ。イベリスは小さい頃から体が弱くあまり無理できない。そのためこの部屋からもほとんど出たことがなく、部屋から出たとしても城のほんの周辺を歩く程度だ。

 調子の良い時には咳が出ることはなく顔色も良い。だが調子が悪い時には咳がひどく、顔色は真っ青になる。


(私が聖獣だというのならなぜイベリスの体調は良くならないのかしら。モルガは私がイベリスに拾われてからイベリスの体調は悪化することがなくなったというけれど、悪化しないだけで良くなっているわけじゃない。なぜなのかしら)


 アリアは首を傾げながら鼻をひくひくさせる。ふと、遠くから微かにイベリスという単語が聞こえて耳を傾けた。その声は何となく気になる気分の悪い声色だ。イベリスは朝食後の薬を飲んで眠くなったのだろう、すやすやと眠り始めている。


(ちょうどいいわ、イベリスが寝ている隙にっと)


 アリアは部屋のドアの前に来て勢いよく飛び込んだ。するとアリアの体は扉を擦り抜けて廊下に出る。


(この体、本当に便利ね。扉も壁もなんでもすり抜けることができるんだもの)


 アリアは先ほどの気になる声のする方へ走り出した。



 気になる声を聞きながら走っていると、とんでもない言葉が聞こえてきた。


「全く、あの変なウサギが来てからイベリス様への毒の効き目が効きづらくなって困る。あれは本当に聖獣とかいう生き物なんだろうか」


 ものすごく小さな声なので恐らくは誰にも聞かれることのない独り言なのだろう。だがアリアの耳はどんなに小さな声でもしっかりと拾うことができる。初めの頃は色々な声が同時に聞こえ混乱したが、自分でコントロールできることがわかるとすぐに聞きたいものだけを聞けるようになった。


 声の主のいる場所へ到着すると、そこは第三王子専用の厨房だった。そこには一人のコックが小瓶を片手にフライパンの前に立っている。このコックは第三王子専属で他の従業員は見当たらない。


「毒が効かないせいで量を増やさなければいけなくなった。こんなこと一体いつまで続けなければいけないんだ。本来ならあともう少しでイベリス様の命を消すことができたのに。そうすればあの方からたんまりと褒章をもらってこんな仕事やめることができるんだが」


 ブツブツといいながらコックは小瓶の中の液体をフライパンに流し込む。そしてそのまま材料と一緒にフライパンを火にかけ、料理し出した。


(待って、まさかイベリスの体がずっと弱いのってこのコックの毒のせいなの!?毒が毎日食事に入っているから私がいても完全に治ることがない、まるでいたちごっこだったってわけね)


 壁の影に隠れていたアリアは驚きと怒りのあまり思わず後ろ足をタンッ!と床に叩きつけてしまう。


「誰かいるのか!?」


 物音に気づいてコックが振り返るが、隠れているアリアの姿はコックからは見えない。


「……ネズミか何かか。また駆除を頼まないといけないな。全く、めんどくさいことばかりだ」


(あっぶない、思わずスタンピングしてしまったわ。お生憎様、ネズミじゃなくて聖獣よ)


 そっと厨房を後にして、アリアは急いでイベリスの元へ戻った。



 部屋に戻るとイベリスはまだ寝ている。イベリスの寝顔は可愛らしく、全力で守ってあげたくなってしまう。


(こんな可愛い子に小さい頃から毒を入れていてしかも殺そうとするだなんて。一体、誰があのコックに指示を出しているのかしら。誰かに言われてやっているみたいだけれど……)


 アリアはまだこの城の中の人間関係をよく知らない。顔と名前をちゃんと知っているのはイベリス、モルガ、サイシアだけだ。


(きっとこの後出されるお昼の食事にも毒が入っているのよね。どうしよう、本人もしくはモルガかサイシアに知らせたいけれど、この体じゃ言葉も喋れない)


 アリアは考え込みながらしきりに毛繕いをする。イライラすると無意識でいつも以上に毛繕いをしてしまうようだ。



 厨房での恐ろしい秘密をアリアが知ってから数時間が経ち、昼になった。イベリスの元には先ほどの毒入りの昼食が届けられている。


(あぁ、どうしよう、これを食べたらまたイベリスの体調が悪くなってしまう。私がそばにいたって毎日これでは意味がないのよ。悪の根元を切り離さないと)


 アリアの心配をよそに、イベリスは届けられた昼食を口にしようとする。思わずアリアはイベリスのベッドにとびのり、イベリスが食べるのを邪魔した。


「アリア、どうしたんだい。いつもは僕の食事になど見向きもしないのに。一緒に食べたくなったの?」


 イベリスは不思議そうにそう言ってアリアを見る。思いが伝わらないアリアは後ろ足でタンッと叩く。


「どうしたの、何をそんなに怒っているの?これがほしい?ほしいならあげるよ、君は聖獣だから普通のウサギと違って何でも食べることができるからね」


(そうか、私がこれを食べて倒れてしまえば流石のイベリスだって食べるのをやめるわよね!まあ聖獣の私には毒なんて効かないけど、それでも演技でも何でもして阻止してみせる!)


 アリアはイベリスのフォークに乗せられた食べ物にパクッと食いついた。そしてもぐもぐと咀嚼すると、一思いに飲み込んだ。そして、すぐにその場に倒れ込む。そんなアリアを見てイベリスは悲鳴をあげた。


「アリア!アリア!どうしたんだ!」


(よし、演技だと気づかれていないわね、このまま気絶したふりをしなきゃ)


 イベリスの叫びを聞きつけてモルガとサイシアが慌てて駆けつけた。二人とも国の中でもトップクラスの逸材で忙しいはずなのに、イベリスの元へはどんな時でもすぐに駆けつけてくるのだ。


「イベリス様!どうなさいました!」

「モルガ!サイシア!アリアが大変なんだ!僕の昼食を食べて急に、急に倒れて……」


 ハラハラと涙を流してイベリスは訴える。その様子にモルガとサイシアは目を合わせ、モルガはアリアを抱えて治癒魔法を唱えた。


 アリアの体が緑色の光に包まれ、アリアはうっすらと瞳を開ける。


「アリア!大丈夫?」


 涙を流してアリアを抱きしめるイベリスの姿に、アリアは後ろめたい気持ちでいっぱいになる。アリアはそもそも倒れていたふりをしただけなのだ。


「この食事を念のため検査に回せ」


 サイシアが厳しい顔で近くの侍女に告げると、アリアはほっと胸を撫で下ろした。


(良かった、うまく行ったわ。これで毒が見つかってあのコックは調べられる。コックの後ろにいる黒幕にもきっと辿り着けるはずだわ)


 アリアは体を起こしてイベリスの手を優しく舐める。そうするとイベリスは安心したようにまたアリアを抱きしめた。


「しかし妙ですね、聖獣が人間の食事を食べて倒れるなどあり得ないはずなのに……」

「そういえばアリア、いつもは興味を示さないのに今日は僕が食べるのをしきりに邪魔してきたんだ。何なら後ろ足で床ドンして怒ってるようにも見えたよ」


  イベリスの話を聞いてモルガとサイシアは真剣に何かを考え始めたが、突然サイシアは何かに気付いたように部屋を飛び出していった。






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