侍女長からの頼み
ロバートは、デイトン帝国からまだ戻ってこない。
昨日、フェラー国から皇太子と皇太子妃が訪れるのを歓迎し、パーティーを開くと知らされた。
フェラー国は、ダルトリー王国の友好国。皇太子が婚儀を挙げ、皇太子妃の祖国を訪れるのだとか。ダルトリー王国には、その途中に立ち寄るらしい。
とはいえ、歓迎のパーティーと歓談をするくらいで、他になにかするわけではない。
歓談は、宰相や外務大臣を中心にわたしも出席することになっている。
パーティーもだけれど、ロバートが不在なのをいいことに、ひとりぼっちのわたしをさらし者にするつもりなのである。
みえみえすぎる。
が、そのパーティーや歓談のことより、祖国デイトン帝国へ行くことを考えてしまう。
パーティーや歓談は、ひとりでもやりすごすことが出来る。だから、さほど問題ではない。
それよりも、デイトン帝国のことの方がわたしにとっては重要である。
「ロバートに相談しなくては。というか、彼に手紙を送るしかないわよね」
自室で行ったり来たりしつつ、あれやこれやと考える。
「だけど、デイトン帝国に行ったからってなにが出来るというの? わたしは、とっくの昔に人々の記憶からなくなっているのに。というか、帝国民のほとんどが皇妃がだれだか知らない。皇帝であるアダムズのことだって、『これが皇帝だ』と言われて初めて知るのよ」
そんなものである。どこの国の民も、たいていは支配者の名前さえ知らない。ましてや見たことがあるわけがない。
「そうよ。わたしが行ったところで邪魔になるだけよ。だけど、様子を見てみたい」
ただのワガママでしかない。様子を見たところでなにも出来ないし、なにかあるわけでもないのだから。
「だけど、やはり行ってみたい。そうよ。いいわよ、いいわよ。やはり、ロバートに手紙を送ってみようかしら? 『そちらの様子はどう? いつ頃帰ってこれそう? 様子を見に行ってもいい?』そんな感じだとどうかしら? ロバートの様子を見に行くみたいな?」
自室を何度も行ったり来たりしているものだから疲れてきた。
「あの、王太子妃殿下?」
控えめに声をかけられ、驚いてしまった。
振り向くと、扉の近くにメリッサと侍女長が立っている。
「あら、ごめんなさい。気がつかなかったわ」
「王太子妃殿下、ノックをして『いいわよ』ときこえたものですから……」
メリッサは、当惑気味に言った。
そういえば、独り言で「いいわよ」と言った気がする。
「ところで、王太子妃殿下。殿下にお手紙を認めるのはいい考えだと思います」
メリッサが笑いながら背中を押してくれた。
「ありがとう、メリッサ。では、今夜にでも認めることにするわね」
笑いながら言うと、メリッサも笑顔で応じた。
「コホン」
侍女長の咳払いで表情をあらためる。
(わたし、今度はなにをやらかしたの?)
あれやこれやとやらかしすぎている。だから、特定することが難しい。
(もしかして、ひとつやふたつではないかも)
お小言、苦言。なんでもいいけれど、手短にすませてもらいたいわ。
心の中で覚悟をする。
「侍女長、失礼いたしました。いったいどのことでしょう?」
最近では、彼女とのやり取りは「どのやらかし」を尋ねることから始まる気がする。
「上級侍女のレニー・アップルトンのことです」
侍女長は、メガネの下で目を光らせつつキッパリ言った。
「ああ、レニーのことですか?」
そうだった。すっかり忘れていた。
レニーは、内務大臣のイアンに迫られていた。そのイアンを追っ払ったのだ。
「そうでした。内務大臣に理不尽な態度を取られていたので、しゃしゃり出てしまったのです。レニーがなにか? それとも、内務大臣が? あっ、もしかして両方から?」
クレームが入ったに違いない。
「そのことなのです。そのことで、あなたに話しがあって来たのです」
「はい?」
めずらしく侍女長が熱い。というか、こんな熱心な彼女は初めて見た気がする。
(そのことってなに?)
というか、疑問を抱いてしまう。
「今回の内務大臣とレニーのことだけではなく、そういうことはよくあります。それを止めて欲しいのです」
「はい? もしかして、迫られることですか?」
「当り前です。内務大臣やティモシーはもちろんのこと、他にも。まぁ、ティモシーは最近マシになりましたが。なにせあなたが目を光らせていますからね。それより、ある特定の人物が……。迫るだけでなく、暴力に発展したり、勝手に解雇してしまったり、やりたい放題なのです」
「なるほど」
熱心に語る侍女長を見つめつつ、イヤな予感がしてきた。
「それで? その特定の人物というのは?」
「王族です。あなたももうご存知だと思います」
侍女長は、そこでいったん言葉を止めた。
わたしを焦らす為に。
「それは、もうひとりの王子です」
やはり、そうだった。イヤな予感は的中していた。
ということは、またしても騒動になるかも、ね。
というよりか、騒動になること確定ね。




