マットとティモシーとわたしと
「ジャクソンとは、マット、あなたの屋敷で知り合ったのよ」
マットにお茶を淹れるのを口実に、彼の隣の席からテーブルをはさんで向かい側の席に移った。
とにかく、彼と物理的に距離を置きたい。
「うちの? あぁそういえば、パーティーをすると言っていたな」
「ええ。一応、わたしも招待されていたから。ジャクソンも参加していたのよ。当然、キャロルの婚約者としてね。それで知り合ったというわけ。そうそう。キャロルともお近づきになれたわ」
あれがお近づきというのなら、たぶんそうなのでしょう。
「そうだったのか。ジャクソンは、そうだね。キャロルとは……、彼女は……」
「いいのよ、マット。ジャクソンとキャロルのことはいいの。でも、あなたも彼女のことを教えてくれなかったって意地悪ね」
「すまない。彼女は、わが姉ながら強烈すぎてね。正直、あまり好きではないんだ」
(『そうでしょうね』、って口から飛び出すところだったわ。危ない危ない)
「ジャクソンにいつでも遊びに来てもらってちょうだい」
「わかった。そうしよう」
彼は、よほどお腹が空いていたらしい。
たったこれだけの会話の内にすべてたいらげてしまった。
しかもナプキンで口を拭って立ち上がり、テーブルをまわってわたしの隣の席に移動してきたのである。
「ユア」
またしても距離感が近すぎる。
「おいおいおい、おれの朝食は?」
心からうんざりしているところに、ティモシーがフラッと現れた。
「ティモシー、寝坊よ。というか、あなた、いいかげんにしなさいよ」
ここぞとばかりに、ティモシーを槍玉にあげてマットとの近距離を回避したい。
「そんなことはない。おれは、人とは違うんだ。なにせ選ばれしパティシエだからな」
「なにが選ばれしパティシエよ。選ばれていようがいまいが、ここでは通用しないの。そもそも、選ばれたパティシエで、他の人たちと違うのだったら自分でお店を持ったらどうなの? それなら夜遅くだろうとなんだろうと自由に出来るわ。遠い親戚の宰相に泣きつけば、開業資金を融通してくれるだけでなく、顧客をわんさと紹介してくれるはずよ」
ティモシーを相手にしたくないけれど、ここはマットとの距離感をすこしでも遠ざけたいので相手にするしかない。
「おお? それ、いいかもな。ユア、どうだ? きみもついてくるか? 雇ってやるぞ。成功したら、給金を払ってやろう」
「まあああああっ! うれしいわ。ぜひぜひお願いね」
バカバカしくなってきた。あらゆる意味で。
「あいかわらずおバカだな、きみは。彼女は王太子妃だぞ。共同経営者として、あるいは彼女をスポンサーや事業主として誘うならともかく、雇うだなどと……。どれだけ態度がでかいんだ?」
(いえ、マット。そこじゃないわよね?)
ティモシーもたいがいだけれど、マットの天然さには驚かされてしまう。
「マット、きみを誘ったんじゃない。ユア、きみが言い出しっぺだ。この前のパーティーにふたり仲良く出席したしな。共同経営でもなんでも、スイーツの店をやることを前向きに考えようじゃないか」
(いえ、ティモシー。その気になるんじゃないわよ)
そもそも、その程度の腕や知識で店を開こうとノリノリになることじたい、あまりにも世間を知らなさすぎる。
「なんだって? きみは、彼女とパーティーに参加したのか?」
突然、マットが立ち上がった。
右の拳がフルフルと震えている。
「ああ、そうだ。ユアがどうしてもいっしょに行って欲しいって泣きついてきたから、仕方なくな。まったくもうっ、おれのパートナーに諦めてもらうのに苦労したよ」
どうやらティモシーには病的な虚言癖もあるみたい。
マットの右の拳だけでなく、左の拳までフルフルし始めた。
「嘘をつくな」
「嘘だって? まぁ、ほんのちょっぴり盛ったけどな。まったくの嘘じゃない」
「嘘だ嘘だ嘘だっ!」
マットは、美貌を真っ赤にして地団駄踏み始めた。
そんな子どもっぽい仕種は、彼の美貌からは想像出来ず新鮮さを覚えてしまった。
「マット?」
「マット、おいっ」
わたしたちが驚く間もなく、彼は走りだした。
そして、あっという間に厨房を飛び出してしまった。
「ティモシーのおバカの大嘘つきっ!」
ほんとうは、ティモシーを拳で殴りたかった。
が、自制した。妥協した。ガマンした。
彼の右頬に平手打ちし、返す手で左頬もぶった。
そして、マットのお皿をかき集めて流しへと向かった。




