距離感
「ありがとう。『会うわ』と、彼に伝えてもらう必要はないみたい」
苦笑しつつ執事に言う間に、マットがやってきた。
「王太子妃殿下」
厨房内は、マットの出現でキラキラしている。
(あいかわらず、マットのキラキラ感は半端ないわね)
マットは、人目をはばかってか「王太子妃殿下」と呼んだ。
「おひさしぶりね、ファイアストン公爵子息」
だから、こちらも律儀に返した。
「時間をとってもらえますか? 頼まれていたことを報告したいのです」
公務で異国に行った際、めずらしい物があれば情報を仕入れてもらうよう彼に頼んでいたのである。
「もちろん。朝食は?」
「じつは、まだなのです」
「だったら、すぐに準備するわ」
「王太子妃殿下、おれがやりますよ。同じものでいいですよね?」
「お願いします、料理長」
マットの朝食の準備をかって出てくれた料理長にお願いすると、他の料理人たちはテーブル上の皿などを片付け始めた。
「マット、座って」
だれもいなくなると、マットはわたしの隣の席に座った。
「ユア、元気そうだね。ロバートは? 彼は、まだ戻ってこないのかい?」
「ええ、わたしは元気よ。ロバートは、まだ戻ってこないの」
「そうか。彼は、ほんとうに頑固な奴でね。おれがいっしょに行って外交的なことをやると言っているのに、『頭脳労働ではない。肉体労働だ』と言ってきかないんだ。肉体労働であろうと、頭脳で解決出来ることがほとんどだ。いいや。肉体労働にならないよう、頭脳を使うべきだ。そうは思わないかい、ユア?」
マットは、ムダに美貌を近づけてきて力説する。
彼の強烈なキラキラがまぶしすぎて目を開けていられない。
(目くらまし攻撃なわけ?)
たとえ暴力的な展開になったとしても、彼が陣頭に立つだけでキラキラ攻撃で敵を攪乱出来そう。
「そうね。そうかもしれないわね」
彼のキラキラ感はともかく、たしかに彼の言うことは正しい。
わたしもそうしてきている。
デイトン帝国でくすぶり続けている犯罪や暴力の嵐も、「目には目を」ではなく言葉や計略で鎮静化させることが出来るかもしれない。
(様子も見てみたいし、わたしもデイトン帝国に行ってみたいわ)
そこまで考え、自分でも驚いた。
(『戻りたい』ではなく、『行ってみたい』ですって?)
「ユア?」
「ああ、ごめんなさい。一瞬、ボーッとしてしまっていたわ」
姿勢を正すふりをし、彼の美貌から自分の顔を遠ざけた。
(まぶしすぎて、これ以上耐えられそうにないわ)
「それで、報告って? なにか面白い情報かしら?」
「ああ、それね。残念ながら、今回は面白いものはなにもなかったよ。先程のは、きみとふたりきりになる口実さ」
たったいま遠ざかったところなのに、彼がまた美貌を近づけてきた。
「そう。残念ね。作物とか植物とか、なにか情報があったらうれしかったのに」
「きみの期待に応えられず、すまない。だが、大豆の仕入れ国の公子が、ぜひきみに会いたいと言っているんだ」
「ジャクソンね。わたしもまた彼に会いたいって思っていたの」
「なんだって? 彼のことを知っているのかい?」
マットは、さらに顔を近づけてきた。
(ちょっと、どういうつもり? わたしには、この距離感は不快でしかないんですけど)
「お待たせ」
料理長がマットの朝食を運んできた。
「ナイスタイミングよ」
またしても口から飛び出してしまった。
「だろう?」
料理長は、そうと気がついたらしい。ウインクしてきた。
それから、彼はマットの前に朝食を並べ、去ろうとした。
「公爵子息、レディとの距離感を考えた方がいいな。彼女は、王太子妃だ」
彼は振り向くと、そう忠告して去って行った。
マットは美貌を真っ赤にし、無言のままおからトーストにかじりついた。




