王妃と内緒話
料理人たちは昼食の後片付けが終わり、夕食の準備開始まで昼食と休憩に入っている。彼らはすでに昼食を終え、昼寝をしに宿舎に戻っている。
奥のテーブルにはだれもいない。
そこに王妃を案内し、お茶を淹れて出した。
お茶は、アールグレイにした。
最新作の「おから蒸しパン」を添えておくのを忘れない。
とりあえず、ふたりで無言のまま食べて飲んだ。
「まあっ! とても美味しいわ。クッキーも美味しいけれど、これはやわらかくてやさしい感じね」
「ありがとうございます、王妃殿下。こちらは、クッキーよりさらにあたらしく試作したものなのです。王妃殿下は、蒸しパンの方がお好みですか?」
「ええ。どちらかを選べと言われれば、『おから蒸しパン』ね」
「蒸しパンだけでなく、食事用のパンも考えています。また、お試しいただけますか?」
「もちろんよ。でも、わたしは食通ではないから、試食には向いていないけれど」
「そんなことはありません」
おおげさに首を振って見せる。
たしかに、王妃は言葉で表現することはけっして上手いとはいえない。というよりか、表現力が乏しい。彼女は、生まれながらにして上流中の上流のレディ。そういう存在の彼女は、さほど表現力は必要なかったのかもしれない。
たいていのことは、微笑みがあればこと足りる。
泣くふりさえ、目にハンカチを当てるだけでごまかせるのだ。
(そういえば、わたしもそうだったのよね)
わたし自身、公爵令嬢として生まれた。そして、生まれながらにして皇太子の婚約者だった。将来、皇太子妃、さらには皇妃になる為、物心ついた頃から皇宮で教育を受けた。
王妃とほとんど同じ、のはずなのだ。
が、わたしは婚約者がハズレだった。
もちろん、ハズレの婚約者のことだけではない。とにかく、王妃とわたしとでは歩んだ道がまったく異なる。
わたしには、あらゆる表現力が必要だった。とくに負に近い方の表現が……。
「ところで、お話しとは?」
王妃やわたしの人生における表現力より、いまこのときのことである。
「ロバートのことよ」
王妃は、声を潜めるでもなく言った。
そのひと言は、わたしの心臓を飛び跳ねさせた。
「ロバートの地位が、つまり王太子の座が狙われているの」
「ああ、そちらですか」
ひさしぶりに独り言が口から飛び出してしまった。
五年以上におよぶひきこもりサバイバル生活で、言葉を忘れないようにというわけではないけれど、ひとりでずっとしゃべっていた。
というか、口から言葉が勝手に出ていた。
ロバートと知り合って直後、そのひとりごとの癖がなおらなかった。が、それもいつの間にかなくなっていた。
いまでは、いまのようにときどき飛び出す程度。
つい心の声が口から飛び出すことは、だれにだってあること。
そう思いたい。
いずれにせよ、安心しておもわず出てしまったひと言だった。
(って、安心? なににたいしての安心?)
おもわず、自問自答してしまった。
「ユア。そちらって、ゆゆしき問題よ」
「失礼いたしました。てっきり、その……。いえ、なんでもありません。それで、どのような問題なのですか?」
『キャロルとのことかしら?』
そう言いかけてやめてしまった。なぜかはわからない。
「隠していた、というわけではないの。でも、結果的にはそうなるわね」
王妃は、そう切り出した。
それから、説明してくれた。
じつは、もうひとり王子がいるらしい。
そのことじたいは、驚きでもなんでもない。が、その母親というのが宰相の双子の妹という。
(双子ですって? 宰相も双子なの?)
メリッサに「そこは驚くことではない」と叱られそうだけど、そこに驚いてしまった。
(マットとキャロルといい、ファイアストン公爵家は双子の家系なのね)
ということは、マットやキャロルも双子を授かる可能性があるというわけよね。




